南国編40話 富の再分配
部隊のコトはシオンとカレルに任せ、総督府に集められた民間人と会談する。彼らはこの泡路島にいくつかある街の代表で、オレは司令の名代として彼らとの交渉を担当するコトになっている。面倒な仕事を言いつけられたオレは、"同盟領になる街の要人との会談なんて、司令かクランド大佐の仕事でしょう"と抵抗してみたが、"トガとカプランが大艦隊を引き連れてこの島にやって来る。そっちの応対を担当してみるか?"と返されたので謹んで辞退した。
高そうなスーツを着た老若男女達は、一様に不安そうな顔をしていた。仰ぐ旗が変わった以上、自分達の地位が保障されるとは限らない。それはわかっているようだな。
「諸君の暮らす街には一切被害は出ていないはずだが、接収した基地の修理には財源が必要だ。今まで兵站街として同盟軍に不利益を与えてきた賠償金も必要なコトだし、ここはひとつ……増税にでも踏み切って頂こうか。」
幸か不幸か、尊大な顔をした連中は見慣れている。厭気が差すほど見てきた表情を作るのに、大した苦労はない。
「……あの……我々の身分保障は……」
一番年長と思われる白髪髭にそう問われたので、腕組みしたまま即答してやる。
「財源を捻出し、同盟軍に貢献するのなら保全する。」
「ははっ!皆、異存はあるまいな?」
安堵の表情で頷く要人達。……ほう、納得してないのが数人いるな。
「侯爵、お待ちください。確かに我々は兵站街として機構軍に協力してきましたが、その点を問題視して増税せよとは余りにご無体。都市の自主独立を旗印に存在するのが同盟軍なのではありませんか?」
同盟憲章にはそう記してあるな。
「同盟憲章第一条:自由都市同盟軍は、加盟都市の自主独立を尊重し、同盟市民の人権と財産権を保障する。」形骸化しているとはいえ、それが同盟設立の理念だ。
「その通りだ。貴公の名は?」
「
鮫頭……鉄ギンの元親分は鮫頭銀次郎だったな。老侠客「銀ザメ」は現在、ローゼに保護されているらしいが……
「鮫頭銀次郎の縁者か?」
「……銀次郎は私の叔父です。ですが私は侠客……いえ、反社ではありません。」
「知った名に酷似していたから興味が湧いただけだ。別に疑ってなどいない。鮫頭市長は増税したくないようだが、ではどうするのだ? 反対するのなら対案を出してもらおうか。」
「A級市民には相応の費用負担に協力して頂きます。豊かな領地をお持ちの侯爵には"アミタラに説法"と承知で意見させて頂きますが、一般市民から過度に搾取してはいけません。財政規律も大事ですが、緊縮の度が過ぎると経済のパイを縮小させ、納税額の減少を招きます。それでは意味がないのです。」
「金持ちから取る、か。聞こえはいいが富裕層のみに増税すれば、金持ちどもは街から逃げ出すだけだ。あまり上手い手とは思えないな。」
シンガポールに本拠を置く企業が多いのは法人税が安いからだ。庶民にはウケがいい富裕、法人増税になかなか踏み切れない国が多いのは、"他国に逃げられては意味がない"からである。
「洲友市に関しては問題ありません。保有する荘園、漁業プラント、観光資源を抱えて逃げられるのならどうぞ、ですね。」
農業と漁業、それに観光の街なのか。淡路島で言えば、洲本市なんだな。
「洲友はそれでいいかもしれんが、我々の街はそうはいかん!侯爵、
気色ばむ白髪髭。……老害って言葉はコイツの為にあるんだろうな。
「確かに市長に就任する為に叔父の手を借りた!だが市長になってからは、叔父とは一度も会っていないし、利益を供与した事もない!"公人になったからには、ヤクザと付き合ってはならん"と、絶縁されたんだ!」
銀ザメ親分って昭和の任侠映画に出てきそうな侠客だな。盃の関係はないのに、女侠客時代のウロコさんが"
様子を伺うに……白髪髭側に付いた要人が7人、鮫頭市長に付いた要人が3人か。いい塩梅だな。
「オレは鮫頭市長と話している。口を挟むな。」
目の色を変えた(比喩ではなく本当にだ)オレが睨むと、老害達は背筋を伸ばして畏まった。
「ハハッ!此奴めに身の程を教えてやってくだされ。」
「無論だ。その前に白髪髭、おまえは…」
「儂は栄えある…」
「名乗らなくていい。おまえら8人は荷物をまとめて引っ越しの準備をしろ。おまえ達がどういう市政を行ってきたか、調べずともわかった。財源は八つの街で暴利を貪ってきた特権階級の財産と関連企業を接収して賄うコトにしよう。」
オレの最後通牒を聞いた途端に狼狽え、騒ぎ出す老害達。
「同盟憲章には財産権の保護も謳われておるはず!同盟侯爵ともあろうお方が、憲章を破られるのですか!」
喚き立てる白髪髭。営々と築いてきた地位と財産が風前の灯火なんだから、そりゃ必死にもなるか。
「黙れ。憲章によって保護されているのは、
誰を残すかの選別作業をやっていただけなんだよ、バカ。
「そ、そんな!」 「それは詭弁でしょう!」 「我々を謀ったのですか!」 「御堂少将と話させてくれ!」 「そうだ!侯爵といっても少尉ごときに…」
徒党を組んで吠え立てる爺婆。オレは渾身の力で樫の木のテーブルをブッ叩き、真っ二つに粉砕する。
「やかましい!!この件に関しては、司令から一任されている!グダグダ抜かすなら首でも刎ねて、人生ごと終わらせてやろうか!」
もう後ろ盾なんざないコトぐらい理解しやがれ!おまえらを型に嵌めるのがオレの仕事なんだよ!
「こ、侯爵、落ち着いて交渉しましょう。我々も最大限協力致しますので……」
リーダー格の白髪髭がおずおずと交渉を持ちかけてくる。とことん往生際が悪いな。
「話し合いなど必要ない。おまえ達にあるのは交渉権ではなく選択権だ。地位と財産を失うのか、それとも生命を失うのか、好きな方を選べ。オレはどちらでも構わん。」
魂の抜けた顔でへたり込む老害達は放置して、鮫頭市長と彼のシンパ3人に向き直る。
「鮫頭市長、貴公には洲友市長を辞任してもらう。」
「……はい。すぐさま帰庁して引き継ぎの準備を致します。ですがこの3名は引き続き市政にあたらせてください。市民の役に立つ人材ですので…」
「勘違いするな。貴公には洲友のみならず、この島全体の行政を管轄してもらう。泡路総督、それが貴公の新しい仕事だ。」
「!!……わ、私が総督……よろしいのですか?」
司令のプランに誤りはない。この人事は既定路線なんだ。
「問題ない。御堂少将は貴公を第一候補と考えていた。通常、都市総督はエリア全体の政治と軍事を統括するのだが、行政経験しかない貴公に軍事は無理だ。よって、軍事に関しては駐留軍司令が行うコトとする。いずれ正式な駐留軍司令が赴任してくるが、当面はウタシロ大佐が臨時司令を務められる。大佐と協力しながら、島の統治を行ってくれ。異存はないな?」
「はい!島民と同盟軍の為に微力を尽くします!」
軍人ではないが軍隊式に敬礼する市長に向かって拍手するシンパの3人。
「鮫頭市長、いや総督閣下、おめでとうございます!」 「奇襲を受けた時はどうなる事かと思いましたが……」 「島民の為にはこれでよかったのですね!」
「キミ達3人は引き続き市長として新総督に協力してやってくれ。鮫頭総督、正式な就任式は後日行われるが、もう執務を開始してもらいたい。……この
オレが指を鳴らすとビーチャムが隊員を連れて入室してきた。
「隊長殿、お呼びでありますかっ!」
「魂の砕けた※
「了解!ささ、お帰りはこちらであります!」
腰が抜けたり泡を吹いたりしてる老害どもは、ビーチャム達に連行されて部屋から消えた。真っ二つになったテーブルが残ってるが、木片は嘔吐も失禁もしないからな。
「これでよし。鮫頭総督、最初の仕事は戦死者の追悼だ。オレ達が斃した駐留兵には、この島出身の者もいたはずだからな。彼らを追悼する式典を準備し、主催者になってくれ。片付けた兵馬俑どもから巻き上げた金で遺族には十分な見舞金を支払うが、その後のフォローは行政の仕事だ。精神面、生活面の双方に手厚いケアが必要だろう。」
身内を殺された島民が同盟軍を恨むのは致し方ないが、恨みの深度は最小限に留めたい。
「侯爵はお噂通りの仁君なのですね。」
「政治的にも軍事的にも、そうする方が得策だ。以前の生活には戻りたくないと願う島民達が現体制を支持する島と、どっちが勝とうがどうでもいいと考える島民達が暮らす島、どちらが攻略しやすいかなんて考えるまでもない。官民一体となって島の防衛にあたってこそ、難攻不落の要害が誕生するんだ。」
軍備に全振りした貧しい独裁国の軍隊より、豊かな民主国家の保有する軍隊の方が強い。強制されてイヤイヤ戦う兵士と、国民と国家の為に志願して戦う兵士が戦えば、数と装備が互角であっても後者が勝つ。豊かな国は教育も軍装も充実させるから、さらに差は開くだろう。富国強兵は理に適った政策だ。
「敵は機構軍であって、島民ではない。同盟軍は市民を守る軍隊である、という事ですね?」
「アスラ閥は、と言わなきゃならんのが悲しいがな。ま、同盟軍内でも"領地は切り取り勝手"がまかり通っている。司令の領地となったこの島では公正な治世を約束しよう。」
「上層部は機構軍と似たり寄ったりですか。これは是非とも御堂少将に天下を取って頂きたいものですね。」
「その為にも、この島を豊かにしてくれ。痩せた牛からは乳も搾れん。旨いチーズが食いたきゃ、まず牛を太らせるコトからだ。」
増税大好き財務省にいた癖に、親父は増税推進派ではなかった。小難しい理論はよくわからなかったが、"為政者たる者は、取る事ではなく需要を作る事を考えるべきだ"が、持論だったな。少子高齢化が進んでいた日本と違って、この島には内需も外需も拡大する余地がある。暴利を貪る特権階級を排除するだけでも、歪だった経済構造は変化するだろう。富の再分配ってヤツだな。市民が豊かになれば購買意欲も上昇し、購買意欲の上昇が好景気を生み出す。三流私大を中退したオレでもそのぐらいはわかる。
「私は大切な乳牛を育てる牧夫ですね。」
「そうなるな。ところで新総督、この島にはヒャッハーがいないよね?」
本音トークを始めたオレの豹変ぶりに、新総督は戸惑ってるみたいだ。
「は、はぁ。泡路島は島全体が軍事基地みたいなものですからね。軍人だらけで追い詰められたら海に飛び込むしかない状況ではロードギャングの蔓延る余地などありません。軍艦が頻繁に行き交うおかげで海賊も近寄れないですし。」
「うんうん。そしてこの島はバイオハザードの影響が少ない。つまり、理想的な農耕地と漁場がある。」
「仰る通りです。」
「御門グループには畜産部門も漁業部門もあるんだよねえ。兵馬俑どもが牛耳っていた農場牧場、それに漁場は当然、この地に暮らす島民全員が享受すべき公共財なんだが……」
「……そのあたりは接収してから相談しましょうか。彼らがガメていた利権の詳細がわからないと配分の相談も出来ませんから。」
「そうねそうね。あ、食肉と水産の加工工場も作りたいから用地の相談もよろしくね。加工工場が出来れば島の雇用も拡大するからいい話でしょ? これ、御門グループ代表の御鏡雲水氏の名刺。詳しいコトは代表と相談して。もうじきこの島に来るはずだからさ。」
大筋をまとめて細部はブン投げ。……なんだかオレも、司令にやり口に似てきたよな……
「侯爵、先ほどまでの威厳に満ちたお姿はどこに……」
「舞台には表もあれば裏もあるの。舞台セットを裏手から見ればこんなもんでしょ!」
呆れ顔の新総督に文句を言っておく。萎縮されるぐらいなら呆れられた方がいいけどな。
予定通り、この島での利権確保は雲水代表に任せてみよう。これほどのビッグプロジェクトなら雲水代表の復帰戦として申し分あるまい。武人としては落第点の雲水代表だが、企業人としてなら極めて優秀だと教授が言っていた。
姉さんをトップに戴く御門グループ、武門はオレが、財務は雲水代表が、暗部は教授が取り仕切る。今後を考えれば雲水代表にも教授の存在は明かしていいかもしれないな。だが、まだ早い。心底性根が据わったかの確認はしないと。
※兵馬俑 副葬品の一種。貴人の墳墓で死者を守る、兵士や馬を模った焼き物。カナタは役立たずの意味で揶揄しています。
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