南国編39話 あるべき場所に、あるがままに



秘密を打ち明けるつもりが、とんでもない秘密を聞かされちまったぞ!DNAが変化してるってのはどういうコトなんだ!


「ウソでしょ!第一、なんでマリカさんがそんなコトを知ってるんですか?」


「アタイはカナタのストーカーだからね。週に何回、一人エッチをしてるかも知ってるさ。」


とんでもない秘密だけじゃなく、とんでもなく恥ずかしいコトまで、さらっとカミングアウトされちまったぞ!


「ヤメて!超恥ずかしい!」


「恥ずかしいかねえ? 誰でもするだろ、マスターベーショ…」


「話を戻します!オレのDNAが変化してるってのはどういうコトなんですか!なんでそれを知ってるんですか!」


「そりゃあ、アタイがカナタの生体情報を盗み見したからさ。入隊した時から変だと思ってたンだよ。おまえだけ、妙に精密検査の回数が多かったからねえ。でだ、おまえの念真強度が成長してるって話を聞かされた時に、アタイはおまえが新型生体兵器の被検者にされてンじゃないかと疑いを持った。」


一人エッチ伝々は冗談だろうけど、オレの身辺を訝しく思ってはいたようだな。


「新型生体兵器の被検者どころか、新型生体兵器そのものだった訳ですけど……」


「まったく、イスカの秘密主義にも困ったモンだ。アタイにぐらいは事情を話しといてもいいだろうに。」


「司令のポリシーは"秘密を守る最善の方法は、話さないコト"ですからね。」


「そうらしいな。ま、疑いを持ったアタイは、ヒビキのコンピューターをイジって、極秘ファイルを観察してたンだ。カナタの体は、適合率が80%を超えたあたりでDNAが変化し始め、99%になった時点で、遺伝子的には完全に入隊時とは別人になっていた。」


オレのDNAは変化していた。……しかし妙だな。それだったら…


「オレはヒビキ先生からも司令からも、その事実を知らされていません。なんで二人は隠していたんだ……」


「そりゃアタイがヒビキに口止めしといたからだよ。イスカはまだ知らないンだ。」


「口止め?」


「いよいよおかしいと思ったアタイは、ちょいと前にヒビキを問い詰めたンだ。"カナタに何をした!返答次第じゃ死ぬと思え!"ってな。ヒビキは"私からは話せない。話せるのは、私はカナタ君の味方で、彼の為に全力を尽くしているという事だけよ"と答えた。嘘は言っていないと判断したアタイは、様子を伺う事にした。イスカやヒビキが非人道的な人体実験に手を染めるとは思えなかったから、新型生体兵器の被検者にされたアギトの甥っ子を保護してるンだと自分を納得させたンだ。」


「その通りです。司令は研究所にいたオレをアスラに迎え入れ、人間として扱ってくれました。」


そう、司令も紛う方ないオレの恩人なんだ。だから、もう少し腹を割って話をして欲しい。オレからアプローチすべきなのかもしれないが、どうにもやり辛い。徹底して腹を見せない主義の司令は、オレの本音だけ引き出そうとするだろう……


「そこンとこは本当にホッとしてる。もしイスカが人体実験に手を出してたら、アタイは袂を分かっていただろう。ヒビキの様子から見て、DNAの変化は、ヒビキ達にも予想外の出来事だったと推察したアタイは、誰にも口外するなと釘を刺した。おまえの話を聞いて前後関係がハッキリしたが、アタイがヒビキを問い詰めた時には、もう超人兵士培養計画は破綻し、再開される事はない状況だったんだ。だからヒビキもおまえを一人の兵士だと考え、余計な事は上に報告しなくてもいいと思ったンだろうな。アタイが口止めする前から、ヒビキは変異の事実を自分の胸だけに留めていた。」


オレの体調に悪い変化でもあれば教えてくれてたのかもしれないが、体調不良どころか、めきめきタフになっていってるんだからな。ヒビキ先生は、なにも問題はないと判断したんだ。


「そこまで疑いを持っていたのなら、当事者であるオレを問い詰める手もあったはずですが……」


「……カナタはいつか、自分から事情を話してくれるはずだと信じていたンだ。」


「……すいません。どうしても勇気が出ませんでした。」


「このおびんたれめ。さんざんアタイの体を弄んだンだから、寝物語にでも話せばよかっただろ!」


弄んだとは人聞きが悪い。おびんたれでヘタレなのは確かですけど……


「返す言葉もないですね。適合率が上がるにつれ、"オレはアギトに近付いてるんだ"って憂鬱な気分だったけど、実は離れて行ってたのか。」


早くDNAの変異がわかっていれば、素直に強くなったコトを喜べていたんだけどな。マリカさんからすれば、誰の口からであれ、オレにそのコトを伝えたなら、抜き差しならぬ事態を招くかもしれないと憂慮していたんだろう。


「今さらな話だが、おまえには変化の事実を伝えておくべきだった。危ういところだったよ。」


「危うい? 別にいつでもいい話じゃないですか。」


あのクソ野郎と別人になったと聞いて、心底清々してるけどな。……カリモノジャナイ、か。マイボディはそのコトをわかっていたんだ。あ、そういうコトか!


「適合率が99%になった時点で、完全適合者・剣狼の完成していたンだ。遺伝子配列では血縁関係が認められるものの、完全な別人になってたんだからね。でもそれを知らないおまえは、借り物の体だと考えていて、覚醒するに至らなかった。」


「でもマリカさんは"入隊した時とは体が別人"としか、わからなかったんです。何かにつけて考えすぎるオレの性格は知ってるんだし、悩ませるだけだと思っても仕方がない。」


「だがその結果、おまえの覚醒を遅滞させた。足らずはそれじゃないのかと薄々思っていたのに、おまえとの関係が破綻するのが怖くて、言い出せなかったンだ。ケリコフに死の間際まで追い詰められたカナタが自力で覚醒してくれたからよかったようなものの、もしダムダラスでおまえが戦死していたら、アタイは一生悔やんでいただろう。……ナツメの件でもそうだったが、自分のビビリが嫌になンよ。」


「マリカさんが覚醒するのに、誰かの手を借りたんですか? そうじゃないでしょう。完全適合者への扉は、自分自身で開くしかないんです。たとえマリカさんの助言で覚醒に至っていたとしても、最良の結果にはならなかった。オレが完全適合者になっていたら、ケリーはオレとの対決を躊躇していたかもしれない。そうであれば、オレが頼りになる盟友を得るコトはなかったんです。」


ケリーと敵対したままの未来は十分あり得た。でも、そうはならなかったんだ。司令みたいにいつも豪運って訳じゃないオレだけど、ここぞという時には必ず手が入る。司令とポーカーをやった時、アホみたいに手役に恵まれる強運に苦杯をなめ続けたが、最後の最後でオレがまくった。オールベットしたオレに、司令は自信満々で応じてきた。ストレートフラッシュが手中にあったんだから当然だ。でもオレの手の中では、ロイヤルストレートフラッシュが完成していた。今回もそれと同じだ。マリカさんの逡巡が、オレに最強の切り札ケリーを呼び込んでくれたんだ。


「結果オーライ、か。……カナタ、おまえはクローン人間じゃないし、アギトのコピーでもない。八熾羚厳がこの世界に生きていたなら誕生していたはずの、孫の肉体を取り戻しただけなんだ。紆余曲折はあったかもしれないが、本来あるべきところへ帰ってきたのさ。」


「はい。オレはあるべき場所に、あるがままに生きている。」


「でだ。アタイのあるべき場所は"おまえの隣"な訳だが、そのあたりの事も話しておこうかねえ。」


腕に絡められる腕。指まで一本残らず、しっかり握り締められる。


「なんで腕を絡め取るんですか……」


「あン? 逃げらンないようにしただけだよ。さてと……カナタはアタイを……愛してるよねえ?」


「もちろんです。」


「だったらちゃんと言葉にしな!つくものついてンだろ!」


空いた手でついてるモノを握らないで!……こんな怖い愛の囁きってあんのか?


「マリカさんを愛してます!心の底から!」


「さん、は要らないんだよ。ま、今はそれでいいが、所帯を持ったら"マリカ"って呼ぶ事、いいな?」


所帯……マリカさんと所帯……おはようのチューとか、裸エプロンとか……


「幸せな妄想に浸るのはいいが……愛してンのはアタイだけじゃないよねえ?」


怖い。緋色に輝くお目々がマジで怖い。嫉妬の炎……なのかな?


「うっ!……ええと……実はですね……」


「年の順で言えば、シオン、ナツメ、リリスだろ?……仕方ないねえ、全員まとめて嫁にもらっちまいな。年長のアタイが大家族をまとめてやっから。」


「とは言いましても、拒否られる可能性もある訳なんですが……」


「拒否られたら諦めろ。見事全員にフラれても、アタイだけは嫁になってやっからさ。嫁入りの前に、アタイを超える男になったかどうか、ガチ勝負はするけどな。」


それだとオレが、死んぢゃうんじゃないですかね……


「ガチ勝負はさておき、オレの秘密を三人娘にも話した方が…」


「まだ黙っとけ。今の段階で秘密を知ってんのは"嫁の中の嫁"であるアタイだけでいい。妹はいい娘過ぎて腹芸が苦手だし、カナタの心理的負担も心配だ。」


「心理的負担?」


「おまえの心には、絶体絶命の窮地に陥っても顔色一つ変えない豪胆さと、機微に敏感で痛みを感じやすい繊細さが同居している。この戦争に区切りがつくまでは、ナイーブな面を刺激したくない。時代は、剣狼カナタが最強の存在である事を求めている。戦乱が終わって、最強の軍人である必要がなくなったら、心おきなく全部ゲロしな。三人娘のみならず、おまえの仲間全員にな。」


「弁護はしてくれるんですよね?」


「早くも宿六宣言かい?……しかしカナタは八熾の惣領でアタイは火隠の里長、それなりの手順を踏まないと周りが四の五の言いそうだねえ。ラセンに里長をやらせてアタイは引退、んでカナタとアタイの子を里の後継者に……いや、シズルや天羽の爺様あたりが黙っちゃいないか。いっその事、八熾と火隠を一体化させちまうのも手だねえ……」


……なんだか気の早い計算が始まってるぞ。


「旦那様はどう思う?」


「邪眼の継承次第じゃないですかね。かなりの確率でどっちかの邪眼を継承すると思いますから。」


「狼眼と緋眼、両方を受け継いだ子が出来たりしてな。」


「あり得ますが、無用の長物になるでしょう。……この戦争は、オレが終わらせる。」


「フフッ……男前だぞ、旦那様。」


ルージュを塗らずとも艶やかな唇が頬に寄せられる。




オレは地球からやって来た異邦人じゃない。あるべき場所へ帰ってきた帰還者なんだ。


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