南国編38話 驚愕の事実



「カナタの心の故郷がおっぱい星だってのは知ってるが、生まれはこの星のはずだよねえ?」


砲塔の影から姿を現したマリカさんは、一足飛びでオレとケリーの間に着地した。


「緋眼、立ち聞きは良くない趣味だ。」


苦み走った顔のケリー。気配に気付かなかったコトが悔しいのだろう。オレもそうだが、ケリーもこの距離で察知出来なかったコトなどなかったに違いない。


「おいおい、アタイは忍者の頭目だよ? 忍んでナンボの商売だろう。」


「……"アタイはコソコソすンのは嫌いだ"と、忍者らしからぬコトを仰ったのは誰でしたっけ?」


参ったね。ホタルと過去の凶事を話し合ってる時、親友シュリが潜んでいるのに気付かなかったオレは、その反省を踏まえて、気配察知の修練を積んできた。なのに全く役に立たなかったぜ。ま、"相手が悪い"としか言い様がないんだが……


「キッドナップ作戦の時に、そんな事を言ったっけね。……カナタ、アタイには話せない事なのか?」


「話せないではなく、マリカさんや三人娘にだけは話したくなかったってのが、正直なところです。」


「もうアタイは聞いちまったンだ。話してくれるンだろうね?」


有無を言わさぬ眼光と口調。緋色の瞳に猛る炎を見るまでもない。心に火が点いたら、絶対に引かないのがマリカさんだ。


「ええ。場所を変えましょうか。ケリー、今回は本当に助かったよ。」


「すまん、カナタ。最後の最後でとんだドジを踏んじまった。」


「いいさ。遅かれ早かれ話さなきゃいけないコトなんだから。」


少し……予定が早まっただけだ。マリカさんは親友のシグレさんには隠し事をしないと決めているみたいだから、場合によっては師匠にも話すコトになるのかもな……


───────────────────


岩壁にある打ち捨てられた灯台跡、ここなら安全だろう。島はずれにあって見晴らしもいい。シュリ夫妻に秘密を打ち明けた時もそうだったけど、テレパス通信じゃなく、肉声で伝えたいからな。念の為、バイオセンサーオン、出力最大。……よし、周辺に生体反応はない。


「……ええと、何から話せばいいのかなぁ……」


バベルの塔みたいに崩落した灯台の周りに散らばるコンクリート片に腰掛けたオレは、半壊した擁壁の上に座ってるマリカさんに顔を向け、上目遣いでチラチラしてみた。


「まず、おまえが何者なのかからだ。」


「そうですね。全ての始まりはそこからなんだから。オレはこの央球によく似た星、地球に暮らす平凡な大学生、天掛波平でした。波平の祖父、翔平は"八熾の変"から秘術を用いて逃れた八熾羚厳で、異世界人である事を隠して暮らしていたんです。」


「……マジかい!? 八熾羚厳が用いた秘術ってのは、どんな術なンだ?」


「心転移の術といいまして、他者の体に魂を固定するコトが出来ます。悪い言い方をすれば、"肉体乗っ取りの術"、ですね。心転移の術も、その下位術式の心憑依の術も八熾の秘術ではなく、御門の秘術なのですが、爺ちゃんの曾祖母は御門宗家の娘でしたので、行使するコトが出来たんです。」


マリカさんは煙草に火を点け、思案顔になった。


「……少し話が見えてきた。姫がカナタに強く入れ込ンで、誰彼憚りなく"弟だ"って言ってンのは、地球で暮らしていた八熾羚厳と話をしていたからか。確か御門宗家には"天心通"とかいう強力なテレパス通信能力があったはずだからな。」


「はい。オレは地球にいた頃から"念真強度成長"の能力を持っていて、過大な念真力が引き起こす奇病、キマイラ症候群に罹患する可能性が高かったんです。孫の将来を案じた爺ちゃんは、エリクサー細胞セルが存在するこの星への転移計画を進めていました。自らも奇病に冒されながら、爺ちゃんは残された命の炎を燃やし、命と引き換えに心転移の術を家伝の勾玉に篭めてくれたんです。オレはその勾玉の力を使って、この星に来ました。爺ちゃんは暴君ガリュウの下で暮らすミコト様の身を案じ、"自分に代わって御門の龍姫を護って欲しい"と、オレに使命を託しました。」


「照京動乱の時、大して付き合いがあるでもない姫を命懸けで救い出したのは、祖父の願いに応えたかったから、か。八熾家は義を重んずる家系と聞く。天掛彼方も狼の系譜に連なる者、という訳だ。」


「爺ちゃんの意志というだけではなく、オレの意志でもありましたから。オレと姉さんは、八熾羚厳に育てられた"魂の姉弟"なんです。」


「……魂の姉弟ねえ。まあ、夫婦じゃなく、姉弟だってンなら許してやろうか。じゃあその体は、ミコト姫が用意したアギトのクローン体って事だね?」


マリカさんに許可してもらったし、これで姉さんとオレは姉弟で問題なしだな。


「いえ。この体は同盟軍が秘密裏に進めていた"超人兵士培養計画"の産物です。何も知らずに戦乱の星に転移しちまったもんで、研究所から脱出するのには苦労しましたよ。今と違って弱っちかったし、思えばあん時が一番ヤバかったんでしょうね……」


弱い上に仲間もいない。ないない尽くしのスタートだったな。


「……超人兵士培養計画……そんなもんを画策してやがったのか。賢いおまえの事だ。物理的に脱出するのではなく、合法的に研究所を出る方法を考えたンだろう。兵器としての有用性を証明し、実戦テストの名目で自由の身になる、イスカとはそこで出会った。」


「はい。培養計画の発案者で、研究所の責任者だったシジマ博士は、"勉強が出来るバカ"でしたから、たばかるのはそう難しい話じゃありませんでした。」


「シジマ博士!? それってヒビキの…」


「従兄弟らしいです。今は鉄格子の嵌まった病室で、意味不明な独り言をブツブツ呟いてますよ。地球から来た第二の男、権藤杉男の手によって、精魂を注ぎ込んできた研究所が崩壊し、ショックのあまり、気が触れたみたいです。培養計画の黒幕だったザラゾフとも話をつけましたから、もうプロジェクトの再開はありません。」


教授の存在に言及するのは少し迷ったが、話すコトにした。オレが異邦人であるコトが露見してしまった以上、もう隠し事はしたくない。


「観艦式の時に"災害ディザスター"と面会したのは、そういう事だったのかい。妙だと思ったンだ。同盟元帥のザラゾフが、いくら名を上げてきたとはいえ、特務少尉とサシで話すだなんてな。」


頭の風通しがいい女性ヒトと話すのは、楽でいいな。一を語れば、十を悟ってくれる。


「弁護するつもりはありませんが、ザラゾフは培養計画に気乗りはしていませんでした。"強い兵士を作り出せ"という厳命を、側近どもが忖度した結果だったみたいです。」


「だからってザラゾフに責任がないとは思わないがな。……それで地球から来た第二の男、権藤杉男とはどんな人物なんだ?」


この質問は当然なんだが、どう答えたものかな。なんせマリカさんに秘密を打ち明けるコトは、教授の了承を得ていない。存在自体を隠すのが良かったのかもしれないが、全てを話すと決断したんだ。とはいえ、教授には教授の判断があるだろう。お叱りを受けるコトは覚悟しとかないとな。


「キマイラ症候群に冒された妻子を救う為にこの星にやってきた元大学教授で、恐ろしく頭が切れる英才。戦略に秀で、実務にも優れた辣腕家が欲しくて、オレが御門グループにスカウトしました。現在は風美光明と名乗り、グループの暗部を全て取り仕切ってます。マリノマリアマフィアで言えば、相談役コンシリエーリってところですか。オレ達は"教授"って呼んでますけど。」


マフィアに例えるのはどうかと思ったが、教授自身が特命チームを"コウメイファミリー"と称しているからなぁ。


「……カナタ、アタイはね、イスカから"御門グループに潜む影のブレーンを探り出せ"と密命を受けていたンだ。その答えは"風美光明"だったって訳だねえ。」


そんな密命を受けていたのか!教授の存在を察知されたと思った時に、"痛くもない腹を探るな"って警告しといたのに、司令め。……オレの存在が疎ましくなってきたと考えるべきか?


「マリカさん、教授の存在は…」


「イスカには黙っておく。もちろん、カナタの秘密もな。心配すンな。その密命、アタイは断ったンだ。イスカには、"身内の周囲をコソコソ嗅ぎ回るような真似が出来るか!"って言ってやったよ。」


……ホッ。マリカさんに本気で探りを入れられたら、いくら教授でも危ない。


「ありがとう。教授とは照京動乱の時に出会ったんですが、彼は身を挺してオレの為に時間を稼いでくれました。腹の内が全て読めるような男じゃないんですが、オレの味方だってコトは、疑いの余地がない。マリカさんも信じてください。」


「カナタの見立ては信じてるよ。でもね、アタイが教授を信じるかどうかは、実際に会ってから決める。いいね?」


「教授に面会の可否を訊いてみましょう。秘密が露見した以上、断る理由はないと思いますけど……」


「断った時点で二心があると見做すって教授に伝えときな。さて、秘密を教えてもらってばっかじゃ悪いから、アタイも秘密を教えてやるとするか。」


「やったぁ!マリカさんの性感帯を教えてくれるんですね!」


シュタッと擁壁の上から飛び降りながら、マリカさんはオレの脳天にチョップをかました。そんで隣に腰掛け、オレの耳朶を思いっきり引っ張る。


「痛い痛い!そんなに引っ張ったら、ロバの耳になっちゃうでしょ!」


「アタイが気ィ失うまでエッチしやがった癖に、今さら性感帯なんざ知ってどうする!アタイがカナタの性感帯を訊きたいぐらいなンだよ!」


……まだ根に持ってるよ。この調子じゃあ、先々まで言われ続けそう……


「知りたいものは知りたいですよ。」


がっついてばかりじゃ申し訳ないからなぁ。若さに任せて甘えてばっかじゃ、男としてどうかとは思うし……


「……アタイの性感帯はね……"カナタの触ったところ全部"だよ。納得したかい?」


わぁい!顔から湯気が出るくらい嬉しいお言葉をもらったぞぉ!……だけど……


「……でも、この体って"アギトのクローン体"なんです。その……気色悪かったり……しないんですか?」


ゴメンな、マイボディ。オレはもうおまえをクローン体だなんて思ってないけど、他人から見れば、そうとしか思えないはず……


「秘密ってのはそれだ。おまえのDNAは変化してンだよ。」


え!?……オレのDNAが変化しているだと!そんなバカな!




DNAが違うのなら、外見がいくら似てても他人だ。だったらオレは、本当にアギトのクローン体じゃないってコトに……オレの体に何が起こってるんだ。……いったいオレは、何者なんだよ!


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