南国編37話 死者との約束



武装を解除した兵士達を総督府官舎に軟禁し終えたゴロツキどもは中庭に集結し、勝利を祝う。


「エッチ君、ウチの戦働きを見とった? 縦横無尽、八面六臂の活躍やったやろ!」


神難生まれのド根性娘からパスされた缶ビールをキャッチしながら、オレは苦笑する。


「南部戦線にいたオレが、北部で戦ってたサクヤの活躍を見れる訳ないだろ。」


本当に活躍したってのはわかってるけどな。自信家でお調子者のサクヤだけど、ガラクと違って戦機を見る目もあれば、裏方に回ってのフォローも出来る。ナツメもそうだけど、普段がお気楽極楽だからって、戦場での思考力に欠けるなんてコトはない。


「なんや、おもろないなぁ。エッチ君は肝心な時に居いへんから、あかんたれなんやで?」


唇を尖らせてブーたれるサクヤ。"罵詈雑言は目の前で"の鉄則を、今日も堅守しているようだ。


「オレがあかんたれだったら、サクヤはアホたれだな。」


「うっさいわ、あかんたれのヘタレ。……なあ、エッチ君。"アホ"って言われてもそんなアホ気な感じはせえへんけど、"アホたれ"って言われたら、ホンマにアホな感じがすると思わへん?」


……確かに。


「ま、サクヤを筆頭に、オレらは揃いも揃ってアホばっかなんだろうよ。」


「ダボ!ウチをアホの代表格にせんとってんか!……思たより元気そうで、ええこっちゃけどな。」


やっぱり仲間を死なせたオレを気遣ってくれてたのか。おまえ、本当にいい奴だな。……神難女は情に厚い、か。


「あんがとよ。帰投したら"凛誠最多殺傷記録賞"を記念して、安物の盾でも贈ろう。」


「……それ、今回はウチちゃうねん。」


なに!?……ああ、そうか。


「ランス少尉に取られたか。残念だったな。」


「しゃあないわ。ランスは範囲攻撃が大得意な攻撃型の兵士やし。ウチもジェット気流にばっかパイロキネシスを使つことらんで、範囲攻撃も磨かなな。雑魚はなんぼおったかて雑魚っちゅうのは、ウチらやから言える話や。先に範囲攻撃で敵兵を減らして数的優位を作っといたら、隊士はん達は楽に戦えるやろ?」


トレードマークのアホ毛をピンと立て、うんうんと頷くサクヤ。また一つ、お利口さんになっちまったか。


「ヒサメさんの氷雨にサクヤの風擊が加われば、凛誠の殲滅速度は飛躍的に向上する。可能ならば、やらない手はないな。」


「ウチにでけへん訳ないやん!此花家の辞書に不可能と納豆の文字はないんやで!」


納豆を差別すんな。美味しいし、栄養価も高いんだぞ。一家揃って納豆嫌いなのは知ってるけどな。


「嬢ちゃんよぉ。その割りに、乳はちっこいままじゃねえの。」


長~い手をブラブラさせながら近付いてきたアフロヘアは、ヘラヘラ笑った。


「パイソン、言ってやるな。傍目には無駄な努力に見えても、当人は必死なんだ。」


アフロな弟より酷いコトを言ったのはオールバックの兄貴バイパー。まさに人でなしの台詞だ。


「やかましわ!おどれら、ウチの正義の鉄拳で往生し晒せ!」


逃げ出した白黒の兄弟を、ジェット気流に乗って追いかけ回すサクヤ。作戦が終わったばっかなのに元気なコトだ。


「サクヤ姉さん、加勢するのであります!見・敵・必・殺!」 「よっしゃ!二人でいてこましてまうで!敵・愾……なんやったけ?」


ガーデン一の貧乳ビーチャムと、貧乳ブービーのサクヤは、脱貧乳を目指して共にバストアップ体操に励む同志である。残念ながら、結果はまだ出ていないが……


敵愾同仇てきがいどうきゅうだ。」


アホのコに知識を注入したオレに向かって、逃げるキング兄弟は中指を立てた。


「アンちゃん、他言は無用だろ!」


「それだと四字熟語にならない。他言無用と言うべきだ。ビーチャム、念真髪で狙うのは足じゃない。動きの少ない胴だ。」


頷きながら加速する赤毛の新鋭、見物に回ったゴロツキどもが、拍手を送って口笛を吹く。


「ボーイ、鶏鳴狗盗も大概にしろ!要らん知恵をつけるな!」


そっちは四字熟語だな。バイパーさんは何気にインテリだ。


「待たんかい!敵前逃亡は士道不覚悟やで!」 「捕まえた!天罰覿面、一罰百戒であります!」


ほう。おふざけの鬼ごっことはいえ、アフロボクサーを捕らえるとはやるもんだ。伊達に案山子軍団のホープをやってないな。


……頭上から視線を感じる。総督室の窓からこちらを眺めている司令とマリカさんの姿に気付いたオレは、敬礼する。鷹揚に手を上げた司令は室内へ消え、腕組みしたマリカさんだけが窓際に残った。……あの表情、何か深刻な話でもしていたのだろうか?


───────────────────


総督府で祝勝会が始まる前に、オレは巨大タマネギへ向かった。この島最大の火力基地を攻略した功労者を労う為に。


丸みを帯びた巨大砲塔の天辺で、仮面の軍人は眩い朝日に照らされる海を眺めていた。海の向こうにいる部下達に思いを馳せているのだろうか……


「……来たか。酒とツマミは持ってきたんだろうな?」


「ああ。ここじゃあバスケットを置くには不向きだな。サイコキネシスで固定…」


言い終える前に、磁力操作の達人は砂鉄で卓袱台を作っていた。設えられた卓袱台の上にバスケットを置き、酒瓶とツマミの入った袋を並べ、紙コップで乾杯する。香ばしい焼き海苔もいいが、綺麗な朝焼けの海には負けるかな?


「仮面の軍人ってのも悪くないもんだな。ちょっとしたヒーロー気分を味わえる。死神の奴はどんな戦果を上げてもつまらなそうだったが、俺はそうでもないらしい。」


「今回の作戦、ヒーローはケリーだ。存分にヒーロー気分を満喫してくれ。」


かつて敵だった男と並んで胡座をかき、酌み交わす酒。雄敵として死闘を演じ、今は盟友となった男は、仮面を外して素顔を見せた。


「……部下に死なれたのは初めてか?」


「目の前で、よく知っている男に死なれたのはな。ケリーは部下に死なれたコトはあるのか?」


「何度もあるさ。もう部下を失いたくない、俺は強くならねばならん……そう思いながら戦っている内に、いつの間にか完全適合者になっていた。完全適合者になってからも、部下は死なせてしまったんだがな……」


「……そうか。ケリーほどの凄腕でも、部下には死なれるんだな……」


「なあカナタ、俺達は棺桶を引きずりながら長い道を歩いている。そして歩いて行く内に、引きずる棺桶は増えていくんだ。俺もカナタも、背負い込んだ荷物を必ず目的地まで運ばなければならない。それが"生者の義務"であり、"死者との約束"だ。」


死者との約束、か。……重いな。


「その重みに……オレは耐えきれるだろうか……」


「耐えきれないなら放り出せ。死んでいった連中が、馬鹿を見て終わるだけだ。棺桶に繋がる鎖が、肩に食い込み、血豆を潰そうと、俺は投げ出さない。歩みを止める、それは死んでいった仲間と、殺してきた敵に対する侮辱だからな。」


死んでいった仲間に対する侮辱はわかるが……


「殺してきた敵に対する侮辱?」


「そりゃそうだろう。兵士が背負っている命とは、仲間の命だけじゃない。殺してきた敵の命もだ。今まで手にかけてきた連中は、さぞかし俺を恨んでいる事だろうよ。だからこそ、奪った命、恨み骨髄の怨霊どもに、"俺はこんな半端者に殺されたのか"と情けない思いはさせられん。共に戦った者達への鎮魂の為、そして斃してきた者達の尊厳を守る為に、自分に架した任務を投げ出す事はない。俺は俺の生き方を貫き、死ぬ時は笑って死ぬつもりだ。」


十郎左が死に際に浮かべた笑顔が脳裏をよぎった。あの忠臣は"狼の死に様とはかくあるべし"と、オレに教えてくれたのだ。


「オレもそうするよ。精一杯生きて、笑って死ぬ。……笑顔で死者と再会する為に。」


自分の生き方を貫き、死ぬ時は笑って死ぬ。それが兵士の……男の生き方。おっと、女性を軽んじてはいけない。それが"人間の生き方"だよな。


「それがいい。遠き星から来た、若き狼よ。おまえの奏でる戦唄……伴奏役はこの俺だ。」


オレ達は微笑みながら紙コップを合わせた。洗うのが手間でも、ガラスコップを持ってくるんだったな。紙コップじゃ風情がイマイチだぜ。


「……いい話だねえ。男同士の語らいを邪魔して悪いんだが……"遠き星から来た狼"ってのはどういう意味なンだい?」


ドクン!……自分の心臓の音がここまで大きく聞こえたコトはない。気配を察知する術には自信を持っているし、それは決して過信ではない。今のオレならどんな相手だろうと、気配を感じ取れるはずだった。




……そう、相手が世界最高の忍者でさえなければ……


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