南国編36話 一角の男に、一家言あり



※今回のお話はマリカ視点になっています


火隠マリカは天掛カナタを愛してる。兵士、指揮官としての傑出した才気と……それ以上に欠点だらけの人格をだ。人格の方はダメ出しし始めたらキリがないンだが、軍人としては完璧、それがアタイの未来の旦那だ。ほぼ、と留保をつけなきゃなンないのは人格面の欠点、いや、美点が軍人としてプラスに働くとは限らないからだ。


今作戦でアイツは近しい者を亡くしてしまった。熊狼十郎左は兄貴の九郎兵衛と共に、カナタによく仕えていた忠臣だ。"射場兄弟が未来の主戦力なら、熊狼兄弟は即戦力だ"と郎党達に評されるだけあって、地味だがいい働きをしていた。八熾一族はカナタを惣領と崇め、敬愛しているが、カナタも一族郎党を家族と思って接している。……カナタの受けた心傷は深いだろう。アタイが初めて火隠衆から戦死者を出しちまった時に、そうだったように……


「マリカ様、連中、白兵戦では分が悪いとみて、装甲車を繰り出してきたようです。」


副頭ラセンの声は、アタイを旦那を案じる嫁(候補)から、火隠衆里長に引き戻した。


「イスカの読み通りだな。装甲車が大量に配備されてる基地の近くに"スレッジハマー"を降下させといた甲斐があったって訳だ。」


「左様で。羅候を中心に据えた南部戦線も順調に戦況を推移させていますし、北部の我らも負けていられませんな。」


降下第一陣が戦地に降り立った時点で、この島の戦いはアタイらの勝ちだ。後は、"いかに失点を少なく勝つか"って課題が残ってるだけだねえ。


「ああ。ラセン、アビーを呼んでこい。」


「呼んだかい?」


デカい体を僅かに屈めながら、アビーが野営テントの中に入ってきた。


「アビー、おまえの大好きなウスノロどもがこっちに向かってるらしい。」


「索敵してるホタルから聞いたよ。装甲車と戦車を繰り出してきてるらしいねえ。」


専用のパイルバンカー"カタストロフ"を両腕に装着済みか。己のやるべき事がわからないバカは、アスラにはいない。


「任せていいか? シュリ隊を援護につける。」


「任せときな。シュリをつけてくれるんなら、小細工も万全。万事問題なしさ。じゃ、行ってくる。」


"壊し屋クラッシャー"の異名を持つ大女は、大股でテントを出て行った。


───────────────────


南部戦線にウタシロ大佐、北部戦線にヒンクリー少将が部隊を率いて展開を完了し、敵軍の最後の拠り所、物量的な優位性も失われた。南北から挟撃された泡路島駐屯師団は、敗走に次ぐ敗走を積み重ねる。指揮官の能力、率いる兵の士気と練度に劣る側が、奇襲までされてるんじゃあ、どうにもなンないよねえ。


神楼から出撃した艦隊が、泡路島防衛艦隊との交戦を開始したが、砲撃戦は小一時間で終了した。アタイらが占領した基地から砲撃されながら、ほぼ同数の神楼艦隊とドンパチするより、逃亡を決め込む方がはるかに楽だからだ。臆病風に吹かれた結果とはいえ、正しい決断ではある。仮に互角の条件であったとしても、屁こき熊オプケクルが指揮する艦隊とまともにやり合ったら、勝ち目はないンだからな。


将官だってのに戦斧を振るって勇戦するヒンクリーパパを、アタイは後ろから援護してやる。


「アタイの緋眼を喰らいな!」 「隙ありだ!せいっ!ふんっ!」


瞬間催眠で隙が出来た敵兵の頭を、不屈の闘将は容赦なく戦斧でカチ割ってゆく。体格では息子に劣る親父だが、膂力もタフさも息子以上だな。この親父を超えようってんだから、リック坊やも大変だ。


「少将、寄る年波って言葉とは無縁みたいで何よりだねえ。」


「援護には感謝するが、俺を年寄り扱いするな。まだ43なんだぞ。」


リック坊やが20だから、23の時に出来た息子って訳だ。アタイはもうじき25、いくら老化の遅いバイオメタルとはいえ、結婚適齢期っちゃあ適齢期だねえ。何人嫁を貰うやらわかったモンじゃない旦那カナタだが、梟オババを安心させてやる為にも、アタイが先に嫁入りしてやっかな?


「そんじゃあ男盛りの少将閣下、もうひと働きしようじゃないのさ。」


「おう。エマーソン、海賊どもの指揮は任せた。俺は緋眼と組んで血路を開く!」


「了解。大要塞シュガーポットに戻ればまた退屈するでしょうからな。今の間にストレスを発散しておいてください。」


右手にカトラス、左手には単分モノフィラメ子鞭ントウィップ陸の海賊ランドパイレーツの副長エマーソン中佐は、典型的な技巧派だ。力重視のNo.1と技重視のNo.2でバランスは取れてンねえ。


「そういやなんで少将閣下は、南部戦線行きを志願しなかったンだい? リック坊やは南部にいンだよ。」


「どうせ中央で合流する。まだまだ未熟とはいえ、バカ息子も兵士としてはモノになったし、心配はいらん。」


「親父の背中を見せておこうとか、思わないのかい?」


「緋眼、"誰かの背中を追っている間は、決して追い抜く事は出来ん"だろう? おまえも母になればわかるだろうが、親ってのは"我が子には自分を超えて行って欲しい"と願うものなんだ。」


一角ひとかどの男となれば、必ず一家言いっかげんはあるもんだ。体一つで少将閣下に成り上がった男の台詞には含蓄がある。少将は、"親の背中を追いかける"って美談を、"親の幻影に振り回される"って理解してンのか。


「親の願いか。アタイのクソ親父が生きてたら、今のアタイを見てどう思うかねえ。」


「誰よりも誇りに思うだろうな。"緋眼の"マリカが、"忍者の頂点マスターニンジャ"と謳われた火隠段蔵を超えられたのは、偉大な父の背中を追いかけず、父の目指した遥か高みを見据え、歩み続けたからだ。」


自分の背中を追うのではなく、自分の目指している場所を、共に歩んで欲しい。手を携え、共に歩いてゆくのなら、例えその身は朽ちようとも、家族の絆は生きているから。


"マリカよ。刃に心と書いて"忍"と読む。忍者とはを持つ者なのだ。鍛え鍛えた力と技、その体技に負けぬ心を磨き、己が信じる正義を貫け"、親父の言葉は今もアタイの心に火を灯してくれる。親父の魂は、アタイの心の中で燃えているんだ。


「嬉しい事を言ってくれンねえ。世辞にも年季が入ってる、伊達に歳は食ってない。」


「年寄り扱いするなと言っただろうが!」


「まあまあ。アタイはクソ親父を年寄り扱いしてみたかったンだ。火隠段蔵の代わりに年寄り扱いされときな。」


……カナタの親父ってのは、どんな男だったんだろうねえ。あの口数の多い男が、死別した家族の話になった途端に口が重くなる。いい関係を築けてなかった事は明白なんだが、あの特異な才能を生み出すのに、親の影響が皆無だったとは思えない。カナタは身勝手な行動で仲間を危険に晒したガラクに、父親の哲学を引用して説諭した。"歯車になりたくないなんて広言する見栄っ張りは、歯車にすらなれない"と。この言葉を聞く限り、かなり世間ってモンがわかってる男のはずなんだが……


─────────────────────


空が白み始める早朝、昇りゆく朝日と共に、泡路島総督府に同盟軍の旗が掲揚された。


大トリで戦地に来援したイスカとカーチスが、総督府を捉える重砲支援体制を構築し、ゲームは終わった。射撃精度で総督府防衛部隊を圧倒した"鉄腕"カーチスの手腕は、要害に立て籠もる総督に降伏を決意させたのだ。


総督室の窓から防壁にたなびく軍旗の列を眺めるイスカは、隣に立つアタイに話しかけてきた。その言葉に、いくぶん非難の色を混ぜ込みながら。


「……マリカ、なぜ指揮をカナタ一人に委ねた。"二人で指揮を執れ"、私はそう命じたはずだが?」


「アタイ以上がいなかったから、指揮を執ってきた。アタイ以上が現れたから、指揮を委ねた。それだけの話だよ。何か問題あるか?」


「カナタがおまえ以上? 誰がそれを証明したのだ?」


「カナタ自身がだ。ロスパルナス防衛戦がいい例だろう。河を干上がらせて道にするなんて奇策は、アタイからは絶対に出なかった。真っ当な戦術合戦でもサイラスに完勝してるカナタは、王道邪道の戦術を駆使する天才だ。兵士としての優劣はやってみなきゃわからないが、少なくとも指揮官としてならカナタはアタイより上さ。」


「………」


イスカは沈黙したままライターを取り出し、"炎を少し眺めてから"、煙草に火を点けた。ガキの頃からの付き合いのアタイは知っている。これはイスカが、気まずい思いを抱いた時に見せる癖だ。


「イスカ、前々から言おうと思っていたんだが、なぜカナタをそこまで警戒する? アイツは先に裏切られない限り、決して裏切らない。」


カナタに期待をかけ、成長を促してきたのはイスカもだろうが。それが今になって、歯止めをかける理由はなんだ?


「別に警戒などしていない。考えすぎだ、マリカ。」


視線を下に落としてみると、中庭に人の輪が出来ていた。その中心にいるのは……カナタだ。見慣れた光景だが、当たり前じゃない。人を惹きつける力があればこそ、こうなる。


「だったらいいが。……イスカ、アイツは"世界を変える英雄"になるかもしれない可能性を秘めてンだ。アタイらの手で育ててやるべきだろう。」


「かもしれん。……だが世界を変えるのは、仕事だ。」


……まさか。イスカは"天掛カナタは、自分を超えてゆくかもしれない"と……恐れているのか?


両雄並び立たず……もし、カナタとイスカが対立したら……アタイはどうする? そうならないよう間に入るのは当然として、それでも対立が避けられなくなったら……




そうなった場合は……この愛に殉じる。世界を変えようとしている剣狼カナタは、アタイの全てなんだ。


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