第六章 暗躍編 皇女と黒幕、それぞれの日常

暗躍編1話 裏ドラ付きのドラ息子



「いやいや、タム〇ン。レーザーを撃ってないで、ハス〇ムを回復してくれよ……」


この時代のAIに最適行動を期待するのがおかしいのはわかっているが、ボヤかずにはいられない。


「しかも"ア〇ルシャンが悪いのっ"とか言っちゃってるよ。……これって責任転嫁、だよね?」


ゲーミングPCの画面を眺めながらお煎餅を食べてる娘が嘆息した。エメラ〇ドドラゴンは昔から遊びたかった作品なのだが、こうまでプレイヤー泣かせだとは思わなかった……


「これは……覚えられる魔法の数が決まっていると考えるべきだろうな。少し記憶を手繰ってみたのだが、途中からまったく回復魔法を使わなくなっている。」


このゲームに関する全ての記憶の掘り起こし作業が完了。間違いない。タム〇ンは回復魔法を使わないのではなく、使えなくなっているのだ。


「取得数に限りがあるからって、回復魔法を捨てちゃうとか……ないなー。もうヒロインというより、極太レーザーをばら撒く砲台じゃん……」


念真強度500万nを誇るアイリの放つ念真衝撃波も、レーザーみたいなものなのだが。タム〇ンレーザーといい勝負が出来そうだ。


「アイリ、レトロゲームに理不尽はつきものだ。理不尽と言えば、主人公のア〇ルシャン以外はAI任せだというのに、キャラが一人でも死んだら即ゲームオーバーというのもなかなかの鬼畜仕様だな。」


「打たれ弱い癖にとにかく敵に突っ込むハス〇ム王子って、もう味方というより敵だよね……」


「あなた、それって98版よね?」


珈琲を淹れてくれた妻が聞いてきたので、私は頷いた。口は煎餅を食べるのに忙しかったからだ。


「98版ならあなたが悪いわね。ワラ〇ルの薬で王子様を強化しておかないから即死地獄に陥るのよ。DEFとHPを増強しておけば即死だけは免れるから、ファ〇ナの回復が間に合うわ。」


「そんな薬があったのか!」 「ママ、早く教えてよ~!」


薄々勘付いてはいたが、風美代はかなりのゲーマーだ。交際している時も結婚してからも、そんな素振りは露ほども見せなかったが、間違いない。


「アイリ、気を取り直してス〇ーアーサー伝説でも遊ぼうか。第一作の途中だっただろう?」


「また砂漠で迷子になるの?」


父子で優雅に珈琲を啜っている風美代をチラ見してみた。この余裕顔、風美代はあの砂漠の抜け方も知っているな……


(お父さん、ママは地獄の砂漠の抜け方を知ってるよ!)


(そのようだ。だがお父さんはどんなゲームも自力でクリアすると決めている。)


テレパス通信を終えた私は、アドベンチャーゲームの草分け的作品に挑む。ケリーと三羽烏が帰って来るまでに、ピラミッドを探し当ててみせるぞ!


─────────────────────


「お嬢様、このぬいぐるみをどうぞ。」


「わ~い♪ ありがとー!」


甲田君から手渡されたお土産を受け取ったアイリは、ぬいぐるみと一緒に可愛らしくポーズを取った。待ち構えていた乙村君がカメラを回し、丙丸君は"お嬢様成長記"と刻印された専用タブレットにメモを取っている。


「甲田君、お土産は有難いが、このぬいぐるみはあまり可愛くはないな……」


タマネギを擬人化したのだろうが、可愛いというよりむしろ怖い。目玉がギョロついてるのもあるが、なんで両手に包丁を持ってるんだ。しかも角まで生えている。


「ボス、この"オニオンくん"は、泡路島のキッズに大人気のご当地キャラなんですよ!」


……鬼オンくん。なるほど、鬼+タマネギなのか。日本でもゆるキャラブームが起こって日本各地でご当地キャラが乱立したが、龍の島でも似たような事になっているようだな。


「そうなのか。すまんが私には理解不能の世界だ。」


……この不気味なマスコットが大人気なのか。何がウケるのか私にはよくわからん。まあ、鬼オンくんに、せ〇とくんのようなシュールさはなく、ただただ普通に不気味なだけなのだが……


「オラオラ!輪切りにして食っちまうぞ!タマネギなめんじゃねえぞ、オラ!」


……姿だけではなく、声まで不気味だ。喋るぬいぐるみとにらめっこしている私の姿が滑稽だったらしく、妻子と三羽烏は腹を抱えて笑い出した。


────────────────────


お土産を貰ったアイリは、たくさんのぬいぐるみに囲まれたベッドでお昼寝中だ。今日、新しい面子も加わった事だし、さらに賑やかになったな。


「……ムニャムニャ……お兄ちゃん……」


寝相のよくない娘にタオルケットをかけ直してから、私は子供部屋を出た。リビングに繋がる階段を降りながら、少し考えに耽る。


……やっぱりアイリはカナタに会いたいのだな。血を分けた父親には父だと名乗ってもらえず、母親には見捨てられた過去を持つアイリは、似たような経験をしているカナタに強く共感している。優柔不断だが、英雄でもある義兄を誰よりも尊敬しているのもわかっている。カナタの活躍を聞かされる度に、敬慕の思いを募らせているのだろう。


危険を承知で二人を会わせるべきだろうか。しかしカナタはアイリが只者ではない事など、即座に見抜いてしまうに違いない。アイリは賢い娘だがまだ子供、カナタの洞察力の高さを考えれば、私や風美代の事に勘付きかねない……


息子が切れ者なのは嬉しいのだが、こういう時は痛し痒しだな。


それに感情の高ぶったアイリが龍眼を発動させてしまう危険性もあり得るな。少なくとも、アイリが龍眼のコントロールをマスターするまでは見合わせた方がいいか。


──────────────────


リビングに戻るとマスカレイダーズのリーダーが昼酒を飲んでいた。この凄腕は期待を裏切る事なく、困難な仕事を見事に遂行し、一人の戦死者も出さなかった。これほどの男を屍人兵として使い捨てにするとは、朧月セツナも馬鹿な男だ。……馬鹿ではないか。ケリーとセツナは水と油だ。いずれ敵対するのなら、始末を兼ねて使い捨てにするのは合理的な戦略だ。ただカナタの尽力で、最悪の裏目を引いただけ。


そして私は確信している。この男の存在は、いずれ朧月セツナにとって致命的な痛手をもたらすだろう。ケリコフ・クルーガーは完全適合者の中でも最も大人で、冷静な男なのだから。


「私も一杯もらおうか。」


ケリーに注いでもらったブランデーをチビリと飲る。昼酒は背徳の味、やはり旨いな。


「……教授、俺は泡路島でとんだドジを踏んじまった。」


「任務は完遂し、戦死者もゼロ。ドジどころか完璧な手際だったじゃないか。」


苦み走った顔でグラスを傾けるケリーは、アルコール混じりのため息をついた。


「任務はな。……緋眼にカナタの正体を知られた。」


「なにっ!? それは本当なのか!」


「カナタと二人で話しているつもりで"遠き星から来た若き狼"と口にしてしまったんだ。言い訳するつもりはないが、最強忍者の隠密接敵技術があそこまでだとは思わなかった。」


ケリーほどの手練れに気取らせず、会話を聞き取れる距離まで接近するとは、最強忍者の看板に偽りナシだな。相手が悪い、もしくは流石だとしか言い様がない。


「なるほど、だいたいの状況はわかった。」


緋眼のマリカに、カナタの正体を知られたか。……落ち着け、考えろ。計算外の事態ではあるが、最悪の事態という訳ではない。いや、考えようによっては良い事なのかもしれない。まずは疑問を解消しておこうか。


「カナタからそんな報告は入っていないが……」


「俺から教授に報告すると言っておいたのでな。ドジを踏んだ張本人が報告するのが筋だろう?」


ケリーは冷静かつ狡猾、だが物事の筋目はキッチリ通す男。軍事技術の最先端を走る、昔気質の職人兵士なのだ。


「秘密を知られた状況は想像がつく。その後の経緯を詳しく話してくれ。カナタの正体を知った緋眼がどう出るつもりなのかは、とても重要だ。」


「出ると言うより、つもりらしい。」


「……入る?」


「緋眼は、嫁するつもりなんだとよ。日本式に言えば、姐さん女房ってヤツだな。」


ケリーは楽しそうに笑っているが、私は頭を抱えた。


「……いやいや、待て待て。なんでそうなる?」


頭がクラクラしてきた。剣狼と緋眼が夫婦になるだって? 別に反対する気はないが、というか、私には反対する権利すらないのだが……話が急展開過ぎて意味不明だ。


「礼服の準備はまだしなくていい。今すぐ所帯を持つって話じゃないからな。」


「それにしたって緋眼は何を考えているんだ。突拍子がないにも程が…」


「教授、別に突飛な話でもなかろう。緋眼は以前からカナタに入れ込んでいたし、全部ゲロして秘密もなくなった。電光石火が信条の緋眼にしてみれば、"事情はわかった。アタイを嫁にしろ"って事に当然なるさ。」


当然……当然なのか?


「カナタは、シオン君やナツメ君やリリス君をどうする気なんだ!」


「さあな。ま、俺の予想を言っていいのなら、カナタは結構な額の"贅沢税"を払うつもりなんだろうよ。」


この世界では、複数配偶者を得た者には、贅沢税を納める義務が生じる。カナタは同盟侯爵だから永久エターナルパスを持つA級市民。そしてミコト総帥に次ぐ株数を保有する御門グループの大株主でもある。制度的にも、財産的にも複数配偶者を持てる状態だな……


「優柔不断なのはわかっていたが、まさか……"選べないなら全員嫁だ!"なんて開き直るか!? カナタは一夫一妻制の日本育ちなんだぞ!」


父の勘が告げている。ケリーの予想は当たっていると。


「俺に"親父の嘆き"を聞かされてもな。教授、どんな世界にも"はみ出し者"はいるもんだ。そもそも、カナタが良識のある常識人なら、とっくの昔に死んでいる。」


……それはそうかもしれないが。とはいえ、父だと名乗れていたのなら、小一時間ばかり説教してやるところだぞ!


「風美代!ちょっとリビングに来てくれ!」


「なあに、あなた?」


肉球柄のエプロンをつけた妻がお玉を片手にやってきた。お玉に潰れたイチゴが付いているところからして、自家製ジャムを作っていたようだ。


「聞いてくれ!カナタの奴、"オレの好きなコ全員嫁"なんて開き直るつもりらしい!」


「あらそう。いいんじゃない、賑やかで。」


……妻がまったく衝撃を受けていないように見えるのは、気のせいだろうか?


「いやいや、常識的に考えておかしいだろう!」


「日本の常識を戦乱の星に持ち込んでもねえ……」


ジャムの味見をしながら風美代は首を傾げた。私の言葉に傾げた首なのか、ジャムの味が気に入らなかったのか、よくわからない。 


「巨大マフィア二つを共食いさせて自滅に追い込み、ついでに資金援助していた企業に謀略を仕掛けてトップの首をすげ替えた男が常識云々言ってもな。まるで説得力がない。」


ケリーはテーブルの上に、砂袋から垂らした砂鉄で狼と蜘蛛のミニチュアを作り、食事の合図に使っている呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。末長く幸あれ、と言いたいらしい。


「姐さん女房、同い年女房、年下女房に……幼妻ね。四役ついて満貫かしら。」


風美代、結婚は麻雀じゃない……


ヨメが多ければ勝ちとか思ってないだろうな?


「おミヨさん、カナタの事だから裏ドラもあるかもしれんぞ?」


コードネームのつもりなのか、ケリーは妻の事を"おミヨさん"と呼んでいる。愛称はどうでもいいが、恐ろしい事を言わないでくれ。


「それもそうね。これがホントのドラ息子、なんちゃって♪」


「ハハハッ、おミヨさんは上手い事を言うな!」


……なんで二人ともそんなに楽しそうなんだ。




私達が家族に戻れたら……私と風美代には娘が5人、アイリには姉が4人も出来るのか。やれやれ、手練れ揃いの大家族だな。


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