南国編34話 狼の逆鱗
「第二攻撃目標の沈黙を確認。戦死者ゼロ、負傷者7名。うち2人は作戦続行不能です。」
シオンから報告を受けたオレは、すぐさま命令を下す。
「高射砲台の爆破作業を開始させろ。侘助、寂助、離脱者2人を連れて避難場所に設定したポイントT9へ向かえ。容態が悪化したらリモート移動中のカモノハシを呼び出し、離脱者を収容。その判断は任せる。」
「ハッ!」 「お任せくだされ!」
双子執事は死体の転がる発令所から走り去っていった。
「シオン、ヘリポートに偵察用ヘリが二機、残されている。リモート操作するから手伝ってくれ。」
「はい、次の攻撃目標にぶつけるんですね?」
「ああ。ま、回避機動の取れない木偶じゃあ、接近前に撃ち落とされるだろうが、嫌がらせにはなるだろう。」
あらゆるモノを利用し、作戦成功率を上げる。1%、いや、0,1%の可能性でもバカにしてはいけない。やれるコトは全てやる。そうしなければ、悔いを残す。オレはそういう世界に生きているんだ。
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使い捨てヘリの特攻は、ザインジャルガでもやった手だ。まるきりおんなじ手じゃ面白くないな、少しアクセントを加えてやるか。
襟元に仕込んだマイクに脳波を送って通信機能をオンにする。ロブは基地外縁部の高射砲の爆破作業をやってるはずだ。
「ロブ、始末した基地司令はノリス大尉で間違いないか?」
「死体の持ってた身分証を確認した。ヴィクター・ノリス大尉で間違いない。部下を置いて司令棟から逃げ出すたぁ、指揮官の風上にも置けねえ野郎だぜ。」
ノリスはノリスでも、チャック・ノリスなら勇敢に戦ってただろうにな。
「ノリスは多数派に与しただけさ。腑抜けと腰抜けが多くて助かるよ。
同盟軍高官も似たようなもんだってのが笑えないがな。安全な場所からチェスを指すような気分で戦争やってる時はえらく好戦的なクセに、自分が駒の一つになった途端に憶病風に吹かれる。
「シオン、作業を続けててくれ。一機は先行するヘリの真後ろで、先行機を護衛させるように飛行させるんだ。」
「何をするんですか?」
「嫌がらせは入念にやるのがオレの主義でね。少しブラフをかましてやろうかと思ったのさ。」
「隊長は本当にハッタリ好きですね……」
オレはテレパス通信でノゾミとビーチャム、それにリックを呼び出し、急いで発令所へ戻った。
「ノゾミ、緊急連絡回線を繋がる基地全部に開け。ビーチャムはオペレーターを説得して"当基地は陥落間近、ノリス大尉はヘリで脱出!"と通信を飛ばさせるんだ。」
ウチみたいに、脅迫されてのニセ通信を防ぐ為の手順がこの基地にもあるかもしれん。オペレーターに通信機器を操作させるのは危険だ。
「はいっ!」 「隊長殿、"刃物での説得"もアリでありますか?」
「当然アリだ。リックは…」
「基地司令の死体を持ってヘリポート、だろ? つくづく思うぜ、"兄貴が敵じゃなくてよかった"ってな。人が悪いったらありゃしねえ。」
能力が同じならば、意地が悪い方が勝つ。ローエングリン博士の提唱した原理に、オレも賛成だ。味方殺しを平気でやらかす機構軍には通用しないかもしれないが、少なくとも下っ端の独断では将校を撃てまい。オレらだったら操縦席に座ってんのが生者か死者かは即座に見抜くが、敵襲らしい敵襲を経験したコトがないであろう幹部様はどうだかな? 迷えばヘリが突っ込んできてドカン、間髪入れずに撃墜を命じれば、下っ端どもの士気がダウン。どっちに転んでも損はない。
「隊長殿、こういうケースにはどう対応すればいいんですか?」
ビーチャムは、やられる側に回った局面を想定したか。やはりオレと同じタイプの兵士だな。
「今は夜、目を閉じていたら死人と見做せ。昼間でサングラスをかけていたならヘリに通信を入れて、返答がなければ死人と見做し、撃墜を命じろ。大事なのは"味方殺しではない"と、兵士達に理解させるコトだ。撃墜してからでもいいから、なぜそうしたのかをキチンと説明する。そうしなければ"自分達を殺すコトにも躊躇しない"と兵士は考える。機構軍の阿呆どもには想像力が欠けているが、オレらが真似する必要はない。」
「機構軍のアホ幹部に欠けているのは想像力だけではないのであります。仲間意識や思いやりもスッポリ抜け落ちているのです。」
「実に結構な話じゃないか。」
「はいです。下衆を殺すのには、何の躊躇も要らないでありますから。」
異名兵士"赤毛"は悪い顔で嗤った。
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ノリスの死体を乗せたヘリは予測通り、即座に撃墜された。ま、ソロホームランで勝とうとかムシのいいコトは考えちゃいない。投打に渡って圧勝出来る戦力を保持しているなら、真っ向から叩き潰せばいいだけさ。
実力の違いを見せつけた案山子軍団は、三つ目のターゲットも粉砕、制圧した。爆破作業の指揮はロブに任せ、オレはちびっ子参謀に現在状況の分析を命じる。奇襲に浮き足立った敵さんも、そろそろ組織的な動きを見せる頃だ。
「……ふ~ん。少尉、バカはバカなりにない知恵を絞って、部隊を集結させ始めたみたいよ?」
だろうな。いくらバカでもナマコじゃあるまいし、脳はついてる。何かしらの考えはあるはずだ。
「それがコッチの狙いだとも知らずに、な。ホタルの送ってくれたデータを元に、手薄になった基地を割り出せ。こっからは融通がモノをいう局面だ。」
「当たり前だけど、敵さんは"巨大タマネギ"周辺を固めようとしているわ。」
ここまで予測通りだと拍子抜けしてくるな。好事魔多し、にならなきゃいいが……
「そこらには、β1、2が罠を敷設し、待ち受けている。集結してくる敵軍の数は?」
「約2000、マズいわね。想定よりもかなり多いわ。」
かなりの数のレッドマーカーが巨大タマネギに向かっている。……今作戦、初めての想定外か。ここまで極端に部隊を寄せてくるとは思わなかった。手薄な基地を全て制圧し、巨大タマネギの射程外から土竜を迎え入れるべきかもしれない……
「隊長、マリカ隊長から通信が入ってます。」
背嚢型の通信機を操作していたノゾミから子機を受け取り、相談を始める。
「Ω1、状況はわかってンな。どうすンだい?」
護衛艦隊もそろそろ戻ってくる頃だ。手こずってるところに、海上から砲撃されると面倒だな。
「そうですね。……αチームとΩチームで、島の中央にある総督府に進軍しますか。」
「正気かい? 総督府は、土竜を迎え入れてから攻撃を開始する最終攻撃目標じゃないか。」
「制圧するなんて言ってませんよ。完全適合者が率いる部隊が、南北から総督府に向かってくるとなれば、総督閣下は慌てるでしょう。物量的に攻略は不可能だと思っても、保身に走るのが連中の習性だ。」
おそらく泡路島防衛師団は、まだ奇襲部隊の総数を掴めてはいまい。βチームの偽装工作、陽動攻撃を見抜ける目を持っているとは思えないからな。
「なるほど。我が身大事な総督閣下は、巨大タマネギに集結しようとしている部隊を割いて、総督府に向かわせるってんだね?」
「巨大タマネギさえ防衛すればなんとかなると考えたヤツが敵さんの中にいた。それが総督閣下なのかどうかは、仕掛けてみればわかるでしょう。賭けにはなりますが……」
「分のいい賭けだ。アタイはこの島の総督がそんな慧眼を持ってるだなんて思えないねえ。典型的な世襲総督だろ?」
総督のほとんどは世襲ですけどね。中にはテムル総督みたいに優秀な人もいるが、ごく僅かだ。レポートを読んだ限りじゃ、この島の総督閣下は英明とは言い難い。
「ではそういうコトで。5分後に行動を開始します。」
「了解だ。α2と合流してから進軍を開始する。」
オレもΩ2に通信を入れるか。頼むぜ、総督閣下。保身に走ってくれよ?
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案の定、総督閣下は保身に走り、巨大タマネギに向かう部隊の半分を総督府へ向かわせた。戦力比1対5なら、アスラ部隊は十分喧嘩が出来る。敷設された罠があるならなおのコトだ。
もちろん、総督府へ進軍するオレ達の前には1対5どころではない敵軍が待ち受けている。頃合いはよし、いったん下がって高射砲叩きに戻るとするか。
狼眼で群がる敵を一掃し、案山子軍団とレイニーデビルに後退を命じる。
「次の波がくる前に下がるぞ!
無数に転がる敵兵の死体が、島の大地を赤く染めている。白地の精鋭達の傍で折り重なって倒れてる死体が僅かに動いた!
「十郎左!」
叫びながら念真障壁を張ったが間に合わず、死んだフリをしていた敵兵の仕込み剣が、十郎左の胸に突き立った!
「グッ!!……白狼衆、
胸に剣が刺さったまま、十郎左はサイボーグ兵士の首を刎ね飛ばし、ガックリと膝を着いた。
クソっ、オレとしたコトが!
「
十郎左の兄、九郎兵衛が弟の体をしっかりと抱き抱える。
「十郎左、しっかりせい!」 「……兄者、不覚を取ったわ……」
十郎左に駆け寄るオレの視界の端に、敵兵の姿が映った。チッ、もう第二陣が出張ってきやがったか!
「オレが最後衛だ!九郎兵衛、弟を連れて先に下がれ!馬頭丸が右!シズルが左だ!ナツメは両翼をカバー!」
群がる敵に怒りと殺意を込めた狼眼をお見舞いしてやる。おまえらは運が悪かった。……逆鱗を持ってるのは、龍だけじゃねえんだ!
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第二陣を壊滅させた白狼衆は、先に退避させた本隊に合流した。
「リリス、十郎左の容態はどうなんだ!」
朽ち木を切断してこしらえられたベッドの上に、十郎左は横たえられていた。リリスはオレの質問に、黙って首を振る。
「……お館様……ご無事ですか……」
「ああ、無事だ。オレが殺される訳ないだろう。」
傍で片膝を着いたオレの姿を確認した十郎左は、血の跡がまだ残る唇を上げて微笑んだ。
「……フフッ、お館様こそ…世界最強の狼じゃ。……兄者…俺の分まで……」
「わかっておる。後の事は、この兄に任せておけ。」
弟の手をしっかりと握って頷く兄。医者じゃなくても、致命傷なのはわかる。軍人になってからというもの、さんざん人を斬ってきたから。バイオメタルだから即死を免れただけで……熊狼十郎左は、もう助からない……
「……白狼衆が一翼、熊狼十郎左よ。おまえはオレの誇る"八熾の狼"だったぞ……」
手向けの言葉としては陳腐かもしれない。だが、おまえは正真正銘の狼。"だった"と過去形にしなくてならないのが……無念だ。
「……有難きお言葉……お館様、兄者……おさらば…………」
十郎左は、笑いながら目を閉じた。……とうとうオレは、案山子軍団から戦死者を出してしまったのだ。
「……十郎左、すまぬ……安らかに眠ってくれ……」
オレは涙を堪えながら、忠臣の遺体に両手を合わせた。
「お館様、弟は狼としての生を全うしたのです。お家再興を夢見た弟は、お館様と共に戦い、見事に大願成就の一助となった。我ら兄弟に思い残す事などありませぬ。」
「九郎兵衛と十郎左だけではありません。我ら白狼衆一同、お館様の御為に死ぬるなら本望。ですからそのようなお顔は、お止めくださいませ。」
そう言った馬頭さんは、朽ち木の傍に咲いていた一輪の花を摘み取り、十郎左の胸ポケットに差し入れた。
「十郎左の遺体は私が運ぶ。……今までご苦労であったな。」
シズルさんが遺体を抱え上げ、死体袋に収納した。
「シズル様には白狼衆筆頭としてのお役目がございます。弟は俺が運びますゆえ、お気持ちだけ受け取らせてくだされ。行きましょう、お館様。……我らは歩みを止めてはいけない。」
もっとも悲しみが深い九郎兵衛が歩みを止めないのに、オレが立ち止まっている訳にはいかない。狼達の先頭に立ったオレは、唇を噛み締めながら歩き出す。
……この胸の痛みを、オレは生涯忘れない。願わくば、一度きりであってくれ……
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