南国編33話 盟友二組、異なる信念



卓上のデジタルクロックが20:30になった。作戦開始時間まで後30分だ。オレはノゾミに命じて全艦に通信を繋がせる。


「全隊、現況を報告せよ。」


先遣隊の指揮はオレとマリカさんが共同で執る、という話だったのに、オレの単独指揮ってコトになってしまった。


マリカさんは"イスカの指示は「アタイとカナタで相談しながら指揮を執れ」だったろ。相談した上で指揮権を統一したんだから問題ないさ"なんて言ってるが、作戦後に司令は文句を言いそうだよなぁ。つーか、相談してねえし。マリカさんから押し付けられただけだし!


グラドサルの悪例が示すように、本来、指揮権は分割してはいけない。派遣師団長エプシュタインと都市総督グリースバッハ、同格の二人が意地を張り合って、てんでバラバラに動いた結果、巨大都市の陥落を招いた。でも、オレとマリカさんならいがみ合うコトもないし、功績の取り合いもしない。協力、協調出来る間柄の二人なら、共同指揮で問題なかろうに……


「α1、準備は出来てンよ。」 「α2、作戦決行に問題なし。」 


α1はマリカさん、α2はシグレさんだ。αチームの指揮はマリカさんが執るコトになってる。シグレさんはマリカさんと頻繁にコンビを組み、ベストパートナーと言っていい存在。何も問題はない。


「β1、準備完了だ。いつでもいいぜ。」 「β2、準備完了だよ。」


β1はトッドさん、β2は大師匠、アタックチームの援護に回るβチームは、戦況に応じて作戦行動を変えなければならない。アスラきってのバイプレーヤーであるトッドさんと、人を活かす術に長けた大師匠は、サポート任務に適任だ。


「Ω1、準備完了です。」 「……Ω2、問題ない。」


Ω1は我が案山子軍団。オレは先遣部隊の総指揮も執らなきゃならないから、副長のシオンの負担が大きくなるな。だが、シオンと同等の能力を持つシズルさんがいるし、参謀のリリスもいる。負荷を三人で分担し合えば、作戦遂行に瑕疵は生じない。Ω2のダミアンは、部隊長連でもっとも"我を出さない男"だ。冷静に、粛々と任務を遂行するだろう。


「了解した。10分後に浮上を開始、21:00ジャストに攻撃を開始する。アースドラゴンが来援するまでに高々度高射砲を叩けるかどうかが作戦の成否を分ける。シメてかかれ!」


土龍アースドラゴンは、司令が率いる主力部隊の暗号名だ。飛行船団なのに土龍もぐらとはな。二次大戦時のドイツ軍が巨大戦車を"マウス"と命名したのと同じかねえ。


──────────────────


搭乗してきた潜水艦の前方上部デッキは、切り離して揚陸艦として運用可能なシステムになっている。デッキに集結した案山子どもは気合い十分、伊達に修羅場をくぐってきた訳じゃない。


「揚陸開始10分前。ラウラさん、ダックビルカモノハシを射出だ!」


「了解しました。ご武運を!」


鋼鉄のカモノハシに乗ったゴロツキどもは、海面目指して突き進む。


「トンカチ、ドジ踏むなよ?」


相棒ウスラの軽口に、操縦桿を握ったトンカチが怒鳴り返す。


「うっせえッス!俺がメカの操縦をミスる訳ないっしょ!」


ガーデンにいる時はドジの多いトンカチだが、ここぞという場面では頼りになる。メカニック、リガーとしての働きを求められる局面では特にだ。そんなコトはウスラが一番わかってるんだろうけどな。


「海面到着2分前だ。白狼衆はカタパルト前に移動する。」


奇襲部隊の最先鋒を務める指揮中隊を率いたオレは、カタパルトデッキに移動を開始した。2分足らずとは思えない長い時間が過ぎ、トンカチの声がデッキに響く。


「海面に到着ッス!カタパルトを開くッスよ!」


いよいよだな。殺し合いの時間の到来だ。


「案山子軍団、出撃だ!総員、オレに続け!」


開いたカタパルトから飛び出したオレは、月の光を背に受けながら、波を蹴り砕いて走り出す。この作戦は時間との勝負だ。


───────────────


部隊の先頭を走るオレの頬に、塩水ではない水滴が当たり、月の光が掻き消えた。……小雨模様の曇り空か、気候条件を加味して作戦決行日を選定したとはいえ、司令は本当に強運だな。本日は奇襲日和なり。溢れる才気にこの強運が伴ってるなら、オレ様イスカ様にもなろうってもんだ。


「……第一攻撃目標発見。」


Ω2の先陣を切るダミアンが呟き、身に纏う水刃ウォーターカッターが先鋭化する。海外沿いにある基地ターゲットを確認、攻撃開始だ。


監視塔に立っていた歩哨二人がこちらに目を向けた瞬間に、耳から血を噴いて倒れた。


「……この距離で届くのか。大したものだな。」


完全適合者になったオレは、狼眼の射程距離が飛躍的に伸びた。今では顔を視認出来る距離なら、届かせるコトが出来るのだ。


「トンカチ、戦槌ウォーハンマーを貸せ。」


「ういッス!」


走りながらトンカチ愛用の戦槌を受け取ったオレは爆縮で加速し、基地の大門を渾身の力でブッ叩く。助走に加えて腕の爆縮までプラスされた戦槌は、マグナムスチールの鋼板を剥ぎ飛ばし、かんぬきを露出させた。間髪を入れずに射出された水刃が閂を切断、部隊長二人で左右の扉を蹴っ飛ばし、侵入路を確保する。


「……正門を粉砕して強襲とは、スマートさに欠けるな。」


ルックスは限りなくスマートなダミアンだが、レインコートめいたレイニーデビル大隊専用軍服で、今は美男ぶりが目立たない。戦場では見栄えのする容貌ではなく、見事な戦い振りで魅了するのがダミアン・ザザという男なのだ。


「格下相手に小細工なんか必要あるかよ。"拙速は巧遅に勝る"は、常に有用な格言ではないが、この局面では必要だ。」


荒っぽくてもスピードを重視すべき局面と、デンと構えて慎重に行動する局面を的確に判断する。"拙速と巧遅を使い分ける"が、指揮官に求められる資質だ。


「……最初におまえに会った時、ダニーの言っていた通りの男だと思った。その後、おまえの戦い振りを見ていて、ダニーも俺も勘違いしていたとわかった。狼の爪だけを見て猛獣だと思い、牙が見えてはいなかったんだ。……天掛カナタは猛獣どころか稀代の怪物、マリカが指揮を譲る気になるのも頷ける。」


遠近の敵兵を同時に始末しながらダミアンは独白する。フードに隠されて、その表情は見えない。群がる敵を斬り伏せながら、怒鳴り返してやる。


「みんなして過大評価しやがるから、オレは苦労が絶えねえんだよ!」


「カナタ、あれを見ろ!」


車輪式のガトリングガンを持ち出してきやがったか!敵味方が入り乱れてるってのに、構わず撃とうってんだな?


「オレに視線を合わせようとしないあたり、少しは対策してきてやがんな。」


「味方もろとも撃つつもりか!ダニー、前に出てカバーしろ!」


横殴りの一斉掃射はダニー一人で防げるもんじゃない。……範囲防御が可能なリリスは中衛、ギャバン少尉は後衛か。


「寄れる奴はダニーの後ろに寄れ!他の奴は全力防御だ!ダミアン、ガトリングガンは任せる!」


「了解だ!」


暗記は苦手なオレだが、案山子軍団とレイニーデビルで念真力が低めの隊員ぐらいは把握している。一斉掃射を一度だけ耐えれば、ダミアンが射手を始末してくれるはず……


人でなしの一斉掃射、オレは念真障壁をチョイスした前衛隊員に付与し、ダメージを極小に抑える。ギャバン少尉の持つ希少能力"念真力サイキックエン付与チャントメント"をコピってるコトもわかったんでな。有難く使わせてもらおう。


「そ、そんなバカな!」


射手が呆然としながら呟く。ガトリングガンの餌食になったのが味方だけじゃあ、呆けたツラにもなるよな。


「……味方殺しは楽しかったか?」


射手の背後から小雨に濡れたダミアンが囁く。機銃から手を離した射手はホルスターの銃を抜くか、そのまま両手を上げるかを迷ったようだが、降伏する道を選んだ。


「投降する!パーム協定に…」


台詞を言い終える前に長剣が胸を貫き、ダミアンの軍用コートは小雨だけではなく、血の雨にも濡れた。


「……聞こえなかった。もう一度言ってみろ。」


剣を引き抜きながらダミアンは問うたが、死体は黙して語らない。パーム協定云々とか抜かすなら、味方殺しの掃射をやらかす前にしろってんだ。


────────────────


戦死者ゼロで第一攻撃目標を制圧し終えたスケアクロウとレイニーデビルは、高射砲の爆破準備を開始する。データ班は基地のコンピューターをハッキングだ。両班が作業している間に、少しカロリーを補給しておこうか。


シガレットチョコを齧りながら、ギャバン少尉に指示を出す。


「ギャバン隊はレイニーデビルに同行しろ。」


範囲防御が可能なギャバン少尉を温存したのは、分隊行動を見据えてだからな。この一手は確定だ。案山子軍団にはリリスもいるし、いざとなったらオレも範囲防御は可能だからな。


「了解だ。ギデオン、いよいよ出番だね。」 「あいです、坊ちゃん。」


ギャバン少尉が愛用する特注品の刺突剣エストックと、ギデオンの鎖鎌が鋼の織り成す協奏曲を奏でる。ギデオンの得物もなかなかの銘品のようだな。


「ギデオンも武器を変えたのか。前の鎖鎌よりいい品みたいだな。」


「へい。火を吹くかのような赤い分銅に、茶色みがかった刀身の大鎌で、"分吹茶鎌ぶんぶくちゃがま"って銘なんでさぁ。」


分福茶釜……訊くまでもないが……


「やっぱり鉄斎武器なのか?」


「もちろんだよ。こう見えて僕は、同盟各地の古美術商に顔が利くんだ。」


また"こう見えて僕は~"シリーズの新作かよ。いくつあるんだよ、一体……


「坊ちゃんはお屋敷に飾る美術品の買い付けを任されていたんでさぁ。美術鑑定士の資格も持ってるんでやすぜ。」


……マジか。薄々わかっちゃいたが、ギャバン少尉は見た目こそアレだが、頭蓋骨の中身は多岐に渡る才能を秘めてるよなぁ。刺繍デザイナーからフグ調理師免許まで持ってるロブが手先系の達人なら、ギャバン少尉は知識系の達人だ。多芸多才の申し子なリリスは言わずもがなだし、ウチにゃヤベーヤツが揃ってんぜ。


秀才どもに囲まれてると、自分の凡人ぶりが際立っちまって、いささか情けない気分になるが……


「家督放棄と引き換えに継母からせしめた大金は、有効活用しないとね。刃紋から見てダミアン氏の長剣も鉄斎武器みたいだけど、銘はなんていうのかな?」


刃紋とは、刀剣類の指紋とも言えるものだ。刃紋だけで刀匠の判別がつくとは、ギャバン少尉はかなりの目利きだな。死神の差し料である"宝刀武雷ほうとうぶらい"はオレの差し料"宝刀斬舞ほうとうざんまい"にソックリだったからすぐわかったが、兄弟刀でもない限り、オレにはハッキリした判別は出来ない。


江戸時代の武士の間では、刀を見て刀匠を言い当てる目利き大会なんてものが開催されていたらしいし、オレも目利きの達人シュリ先生にさらなる教えを乞おうかな。武具の大まかな良し悪しがわかるだけでよしとしていたが、知識は力な訳だし。


「……ライトブレード・インテンジブルだ。」


光刀ライトブレード無形インテンジブル……こーとーむけー……荒唐無稽……やっぱ駄洒落じゃねえかよ!


「ダミアンも"五代目鉄斎、命名被害者の会"に入れるみたいだな。」


「なに!? 何か妙な意味合いでもあるのか?」


(隊長!ハッキング作業完了です!) (起爆装置もセット完了ッスよ!)


ノゾミとトンカチからテレパス通信を受信、今は"時は金なりタイムイズマネー"だ。


「作戦終了後に教える。予定通り、こっからは別行動だ。」


手分けして高射砲を潰しながら、最後に合流。まだ作戦序盤だ、プランに変更はない。


「ああ。ではギャバン隊を借りるぞ。ギャバン少尉、ハッサン隊の後ろからついてこい。」


「了解だよ。行こう、ギデオン。」 「ガッテンだ。」


樹上で哨戒にあたっていたナツメが、ヒラリと舞い降りてきて、ダミアンに敬礼した。


「ダミアン、気をつけてね?」


「……ナツメもな。」


指二本の敬礼を返した色男は、レインコートの悪魔達を召集して、別行動を開始する。


「……ダミアン達、大丈夫だよね? 女を相手に不覚を取ったりしないよね?」


「心配ない。ダミアンは"女は殺さない主義"だが、それは"仲間を死なせないで済む場合のみ"だ。」


仲間を危険に晒してまで、紳士を気取るような男じゃない。二人で飲みながら話したから、ダミアンのコトを少し理解出来るようになった。物事の価値観で、オレとダミアンは共感出来る点も多い。


……一点だけ、どうしても相容れない価値観もあった。"人間の本性は悪、その悪を抑え込む為には強制的な枷の使用もやむなし"って信念は、オレとシュリの抱く夢、"ほどほどに妥協出来る世界"とはかけ離れている。


絶対に悪を認めない正義を選ぶか、正邪は人間の宿業と捉えるのか、ダミアンとイッカクさんは前者を選び、オレとシュリは後者を選んだ。人間が二人いれば二つの考え方があり、盟友が二組あれば二つの大義を掲げるコトになる。



だが、それでいい。"ほどほどに妥協出来る世界"とは、"違う価値観との共存"も含まれているのだから……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る