南国編32話 杓子でも定規でもない、自分の物差し



「カナタはん、リーダーの喋っていた龍球外の情報提供者と以前に従事した作戦の裏取りは完了ですえ。作戦決行に問題おまへんよ。」


「わかった。予定通りに昼の定時連絡の偽装工作を開始してくれ。」


「了解どす。……カナタはん、ご武運を。」


潜水艦の中で、龍球に居残りしたコトネからの報告を受けたオレは、ラウラさんに指示を飛ばす。


「作戦決行に問題なし。巡航速度を上げろ。」


「ヨーソロー!」


ラウラさんが戦艦マニアなのは知っていたが、潜水艦の操縦、操舵まで出来たとはな。"好きこそモノの上手なれ"を、地で行ってる人らしい。そういや龍球滞在中に、ジャスパー警部からお孫さんと一緒に映った写真が送られてきたが、話通りの乗り物好きみたいだ。警部にちょっと似ているちっちゃなコは、山ほどの模型に囲まれてご満悦だった。ガーデンに帰投したら、俺の船ソードフィッシュの模型でも送ってやるとしよう。今作戦では出番がないが、眼旗魚と撞木鮫は俺の自慢の船、リガーに憧れるジェレミー坊やのお気に入りになるはずだ。


「少尉、第一のハードルは越えたわね。」


この潜水艦には専用のお子様シートがないので、リリスは大人用の椅子で小さな体を余しながら、足をブラブラさせている。


「そうだな。手の込んだ逆工作スピンの可能性は消えた。」


コトネに頼んだ裏取りは無事に完了した。機構軍は、オレ達はまだ龍球にいると思い込んでいる。


「問題は次のハードルよねえ。何かしようにも、何も出来ない訳なんだけどさ……」


第一のハードルは越えた。第二のハードルを越えるのは、マリカさんとケリーの仕事だ。


「心配するな。マリカさんは上手くやる。」


「まーね。マリカが失敗するなんて、ちょっと想像出来ないもの。」


そう。オレの元上官で現女神は"失敗しない女"だ。ましてやケリーまで付いているんだからな。


────────────────


予定地点の水域まで到達した潜水艦隊は、護衛艦の工作任務に向かったマリカさんからの連絡を待つ。


「ノゾミ、蝶々夫人マダム・バタフライからの連絡はまだか?」


まだ独身なのに、コードネームが蝶々夫人とはな。マリカさんが蝶々夫人よりも煌びやかなのは確かだけどさ。


「……まだです。」


作戦完了時刻はもう過ぎてる。予定通りに行かないのが戦場だとわかっちゃいるが、待つのは苦手だ。とりわけ仲間の無事を祈りながら待つだけの時間は特にだ。


……信じる心と懸念する心の乗った天秤のバランスが揺らいでいくのを感じる。仲間や部下を信頼する心がなければ、戦場を渡るコトは出来ない。だけど、指揮官は闇雲に信頼するだけではいけない。不測の事態を考慮しながら、決断を下す立場にいるのだから。オレの決断には作戦の成否と、仲間の命が懸かっている。


網膜に時刻を表示させたシオンは、念の為に腕時計の指す時刻も確認し、決断を促してくる。


「隊長、バックアッププランの開始時刻を過ぎていますが……」


さあ、どうする? マリカさんが不在である以上、この艦隊の最高責任者はオレだ。


「……10分後にバックアッププランを開始する。」


「カナタ、姉さんは上手くやるに決まってるでしょ!」


抗議するナツメに頷きながら答える。


「そのはずだ。だがオレ達は不測の事態に備えていたからこそ、今も生き残っている。ラウラさん、緊急浮上のスタンバイ。ノゾミ、各艦に指示を伝達しろ。」


杓子定規に判断するのが一番楽だ。だけどオレは、決断する時に杓子も定規も使わない。使うのは、自分で定めた自分の物差しだけだ。


「待ってください!蝶々夫人から通信が入りました!"白粉おしろいは化粧箱に入った"、繰り返します!"白粉は化粧箱に入った"です!」


「化粧直しに時間を食ったようだな。やれやれ、女ってのはこれだから…」


三人娘とラウラさん、ノゾミにビーチャムといった女性陣から睨まれたオレは、マリノマリア人ばりに大仰に肩を竦めてみせた。


「蝶々夫人を回収し次第、泡路島への行軍を再開する。」


ロスした時間はごく僅かだ。行軍速度を少しだけ上げれば、じきに取り返せる。リリスの淹れてくれた珈琲を飲み干したあたりで、艦に戻ったマリカさんから再度通信が入った。


「カナタ、アタイからの連絡がないもんで、ちったぁ焦ったんじゃないか?」


「冷や汗をかいて消費した水分を補給し終えたところですよ。」


スチール製のマグカップを指先で弾きながら答えを返すと、マリカさんはニヤリと笑った。


「そりゃすまなかったねえ。護衛艦のレーダーシステムがアップデートされていたみたいでね。予定より時間を食っちまった。」


やっぱりアクシデントが発生してたか。


「ツキの太いマリカさんにしては、珍しく不運でしたね。」


「アタイのツキは、イスカほど太かないさ。予定時刻をオーバーした時点で、艦隊司令殿はどういう決断を下してたンだ?」


「10分待ってから、バックアッププランを開始するつもりでした。」


「……それでいい。やっぱりおまえには"指揮官の器"があるようだ。」


「怒ってません?」


"アタイを信用してないのか?"って言われんじゃないかと思ってたんだけどな。


「怒るのはおまえの方だろ? アタイが作戦完了時刻までに仕事を終えてりゃあ、難しい決断をせずに済んだンだ。」


「マリカさんなら、作戦続行が不可能であれば、その旨の連絡だけは入れる。その連絡がないというコトは、作戦は続行中。ですが予定外の何かが起こったのは間違いないと考えました。詳しい状況を知りようがなかったので、予定外のトラブルに対処するリミットを10分と定め、連絡を待った。それだけですよ。」


"仲間を信頼しろ。だが過信はするな。どんなに良い健康食品でも過剰摂取は体に毒だ"、これは一番隊クリスタルウィドウにいた頃に、マリカさんから教わったコトだ。


「次からは5分でいい。カナタ、次からは誰と組んでも、おまえが指揮を執れ。アタイを含む全ての部隊長、その誰と組んでも、だ。」


なんでそんな話になるんだよ!そんな無茶振りされるぐらいなら拗ねられた方がマシじゃん!


「いやいや!待ってください!オレは最年少の部隊長で…」


「指揮官に必要なのは年齢じゃない、経験と能力だ。アタイもカナタも際どい綱渡りを何度も経験してきたが、修羅場を潜った経験を糧に成長する力は、アタイよりもカナタが上だ。そしておまえは、信頼が過ぎて過信に陥らない事も、証明したんだ。」


「過大評価は迷惑ですって!」


「アタイの緋眼は人間の真贋が見える。この真紅の目が言ってるのさ、"天掛カナタは本物だ"ってな。以上オーバー。」


言いたいコトはもう言ったとばかりに、マリカさんは通信を切ってしまった。


「別に緋眼がなくても見えるけどね。少尉がマリカよりも戦略に秀でてる事ぐらいは。」


シガレットチョコの紙を剥きながらしれっと呟くちびっ子参謀。軽~い口調で重たいコト言うなよ……


「リリス、他人事だと思っていい加減なコト言うな。」


「他人事じゃなくて自分事よ。運命共同体の約束を忘れたの?」


「悪魔と交わした契約を忘れるワキャない。契約不履行は、魂の破滅だ。」


「わかってるならよろしい。真面目な話、この先少尉がどれだけ経験を積んで修練に励んでも、マリカ以上の工作兵になる日は来ないわ。人には適性ってモノがあって、マリカ以上に工作兵の資質を持つ者なんていないんだから当然よね。」


「ンなコトは言われなくてもわかってる。」


張り合えるとすればケリーぐらいだ。


「いいえ、わかってない。少尉はをわかってないの。常識外の発想が生み出す独創的な戦略と戦術が奇跡的な戦果を積み上げ、わずか一年のキャリアで最強部隊の部隊長にまで成り上がったのよ? 控えめに言っても"化け物"だわ。」


「……運が良かっただけだ。仲間にも恵まれたしな。」


「運が良かったですって? どこらがよ!行く先々でトラブル勃発、幸運どころか不運の塊でしょ。成長途上で魔女の森に落っことされるわ、さほど間をおかずに死神には出くわすわ、なんとか切り抜けて照京に遊びに行ったらクーデターに鉢合わせ。挙げ句にネヴィルの差し金で完全適合者ケリコフのターゲットにされて九死に一生、今回のバカンスでも変態ストーカーの仕掛けた罠で、"龍球、危機一髪"だったじゃない!」


羅列されるとヤバさがよくわかる。あまりにトラブル多すぎて細かい事件は割愛されてるが、他にも色々あったっけ。……オレ、よく生きてるよなぁ……


「話を戻すけど、アスラ十二神将はいずれも一騎当千のツワモノ。だけど戦略眼において少尉に比肩する者はいない。マリカの意見に私も同意するわ。」


「案山子軍団参謀殿の意見は承った。オレはアスラ最強の戦略家だと自惚れておく。リリス、納得したら目先の任務に集中しろ。」


今はリリスのおだてに乗っておこう。任務完遂の為にはポジティブな要素が多い方がいい。




自分に自信を持ち、仲間を信頼する。だが、過信はしない。それがオレの物差しだ。数々の修羅場を越えてきたように、今回も乗り越えてみせる!


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