南国編31話 ポーカーゲーム
「ホタル、
忍者夫妻にあてがわれたスイートルームで複眼を発動させた新妻が、状況を報告してくれた。
「相も変わらず、ビジネスホテルに篭もりきりね。ドレイクヒルの向かい側にもホテルがあるのに、どうして市内のビジネスホテル泊まりなのかしら?」
研いだ刀を綿棒で手入れしながら、夫が答える。
「経費削減の一環じゃないかな?」
「監視対象がオレ達だからさ。諜報員が下手に近付けば、とっ捕まるだけ。インセクター頼みの諜報活動なら、場所は人通りの多い繁華街の方が目立たないって判断なんだろう。」
木の葉を隠すなら森の中にって訳だ。
「張り付くには腕の差がありすぎって事か。一番隊は手練れの忍者だらけだし、僕でも尾行は躊躇うな。」
「マリカ様が相手なら、インセクターでさえ怖いわね。」
マリカさんは、メチャクチャ勘がいいもんな。超小型のインセクターにでも気付くだろう。
「泳がせる時間がたっぷりあっただけあって、旅行者を装って龍球に入ってきた諜報員だけじゃなく、現地協力者も割り出せた。出撃前にまとめて掃除しておこう。問題は、どう掃除するかだが……」
「司令から指示は出ていないの?」
複眼を解除したホタルに向かって、オレは肩を竦めた。
「出てるさ。"作戦に影響が出ないように、諜報員と現地協力者を排除しろ"ってな。」
「……カナタに丸投げじゃないか。」 「司令も無茶言うわね……」
だよなぁ。諜報員と現地協力者の身柄を拘束すりゃあ、機構軍への連絡が途絶える訳だし……
帰投すると見せかけて軍艦に乗り、洋上で潜水艦に乗り換える。それが当初のプランだったが、司令的には"アスラ部隊が龍球を出立した"って情報も与えたくない訳だ。ホント、欲張りだぜ。
「カナタ、何か妙案があるかい? 南国の気候なら納豆菌の発酵も進みそうなもんだけど。」
シュリ、納豆菌の発酵温度は40℃前後だ。いくら龍球が南国でも、そこまで暑くはない。
「今考えてる。要は奴らを拘束しても、定時連絡が途絶えなきゃいい訳だろ。」
「それって"殻を割らずに黄身を取り出せ"って言われてるようなものよ?」
ホタルの言う通りだな。なかなかに困難な状況だ。
「連絡は途絶えさせるな。諜報員は拘束しろ。そもそもが矛盾してるよね。」
「シュリ、こういう場合は、先に解の出る方を優先させるんだ。諜報員は必ず拘束しなきゃいけない。拘束したフリに意味はないんだから当然だ。つまり考えるべきなのは、"諜報員を拘束した状態で、定時連絡を途絶えさせない方法"なんだよ。で、定時連絡を入れる時間は判明している。その方法もわかってるよな?」
「ああ。民間企業の龍球支社が、リグリットにある本社への業務報告を装っている。もちろん、ダミー会社な訳だけどね。」
「そう。つまり奴らは、同盟領の通信システムを使ってリグリットへ連絡している訳だ。細工するなら、そこだ。ホタル、奴らがどこの会社の通信網を使ってるかわかるよな?」
「もちろん。彼らが使用しているのは"御門テレコム"よ。」
「おやおや。灯台下暗しのつもりなのか知らんが、大胆なコトだな。」
「龍球からリグリットへの高速通信網を持ってるのは、御門と御堂だけなのよ。他の会社の通信網は、安定性に問題があるの。緊急連絡が発生する事だってあるんだから、嫌でもどっちかを選ばないといけなかったんじゃない?」
「夜の定時連絡の直後に出撃、間髪を入れず諜報員と現地協力者を拘束。翌日昼の定時連絡を誤魔化せさえすれば、24時間の猶予が出来る。大型ヘリで龍球を出立し、洋上で潜水艦に乗り換えれば、翌日夜の定時連絡の前には泡路島に攻撃を仕掛けられるからな。一回だけ定時連絡を偽装すればいい訳だ。」
報告書を装った機密情報を送る前に、龍球の諜報員は、リグリットの諜報員と世間話をしている。本人確認の為なんだろうが、直接顔を合わせて喋っている訳ではない。台詞に合わせて唇と表情を加工出来るソフトを使って動画を送り、琴鳥先生に声真似してもらえばいいだけだ。連絡役が誰かがわかっていて、画像データも十分取れてるんだからな。何度もやってればボロが出るかもしれんが、一度きりなら露見はすまい。
「いい手だけど、コトネが奇襲に参加出来なくなるね。」
シュリの言う通りだが、リスクマネジメントぐらいはしてあるさ。
「問題ない。こういうケースを想定して、ランス少尉を招待してある。午後の便で到着するはずだ。」
ダニーとランス少尉がマブダチなのは機構軍も把握しているはずだから、さほど不自然には思うまい。特殊工作ならコトネが上だが、直接戦闘能力、とりわけ攻勢戦術ならランス少尉はコトネを上回る。二番隊の戦力がダウンするコトはない。
「いつも思うんだけど、カナタって盤面の全てを見通してるみたいね。」 「まったくだ。」
「夫妻の諜報力があればこそさ。龍球の草は根こそぎ刈り取っておきたいが、機構軍がいくらアホでも"横の連絡はさせない"ぐらいは守っているだろう。」
忍者は現地協力者や潜り込ませたスパイを"草"と呼ぶ。草には、誰が自分と同じ草なのかを知らせないのが鉄則。でないと一人が捕まると芋づる式にお縄になっちまうからな。今回判明したのは、アスラ部隊の動向を探る為に派遣されてきた連中と、彼らの活動を補助している現地協力者だけ。草は他にも潜んでいるはずだ。
「他の草の心配はしなくていいんじゃない? "アスラの動向観察は派遣チームの仕事だ"って、リーダーが言っている訳だし。」
"とても手が足りない"とボヤく部下達に、リーダーらしき男がそんなコトを言っていたな。六個大隊を5人でカバーしてりゃあ、ボヤきたくもなるが。
「シュリはどう思う?」
「嘘は言ってないと思うね。龍球攻略に繋がる情報の収集が、草本来の仕事だろう。逆監視されているのに勘付いて偽装情報を流しているのだとすれば大したものだけど、その可能性はない。彼は"喋り過ぎている"からね。」
そう、リーダーは"かつて行った諜報活動の実例"や"龍球以外の場所にいる情報提供者の名前"まで喋っている。それらは撒き餌にしていい情報じゃないはずだ。自慢げに話した実例が事実ならなかなかに優秀と言える諜報員なんだろうが、
「シュリの考えに同意だな。ホタル、念の為にギリギリまで連中の動向観察は続けてくれ。賭け事は嫌いだろ?」
「ええ。命がチップの
命がチップの
「僕もあまり賭け事は好きじゃない。カナタ、勝負はビリヤードにしよう。」
「それだとオレに勝ち目がない。現在、49連敗してるんだぜ?」
「記念すべき50敗目は、高級リゾートで飾ればいい。」
「断る。さあ、カジノフロアに行くぜ。」
カジノフロアだけじゃなく、ホテルの至る所でギャンブルをやってるんだけどな。サンピンさんから胴の引き方を教えてもらったオレは、畳敷きの大部屋で※
「やれやれ、仕方ない。ポーカーじゃ勝てる気がしないけどね……」
手入れを終えた名刀を鞘に収めたシュリは椅子から立ち上がった。
「ねえシュリ、カナタってそんなにポーカーが強いの?」
「流れ博徒だったサンピンさんの直弟子だからね。ゴミ手でも顔色一つ変えずにチップを積み上げるし、ブラフに見せかけておいて、本命を叩き付けてもくる。ただただ強運な司令と違って手札の引きは普通、いや並以下かもしれないんだけど、ここぞという場面では必ず手が入ってるっていうのが、いかにもカナタらしい。」
「……カナタ、土壇場エースは戦場だけにしておけば?」
ホタルさん、友達を呆れた目で見ないの!
「司令みたいに豪運勝ち出来るなら、そうしたいさ。だけど、人間は"与えられた手札"で勝負しなきゃいけないんだ。」
「……そうね。でも出撃を控えてるのに"大賭博祭り"なんて開催する? とことんツキがなかった兵士は、出撃が不安になったりするかも。」
ツキがあったら"この幸運は戦場にも持ち越す"と思うし、ツキがなかったら"不運の前払いを済ませた"と思う、それがアスラコマンドだ。オレ達はゲンを担いで勝ってきた訳じゃない。
「そんなヤワな兵隊がアスラにいるかよ。観光名所は巡り終わり、マリンスポーツも楽しんだ今が、いい頃合いなんだ。ゴロツキどもが
「……あっ!」 「……そういう事だったのね。」
そう、このギャンブル大会は
これで全ての仕込みは完了。さて、バカンスの最後を飾るギャンブル大会を楽しむとするか。
※手本引き
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます