南国編30話 白雨の涙は涸れ果てた
麗しのくノ一先生に、目一杯甘えさせてもらったお陰で気力は充実、気分爽快だ。……体力はちょびっと減ってるけどな。ま、タフさには自信があっから、飯でも食えば即回復する。
「カナタ、ダミアンとちょっとはコミュニケーションが取れたかい?」
マリカさんが持ってきてくれたサンドイッチを頬張りながら、オレは頷いた。無頼な姐御肌のマリカさんだけど、実は気が利く女性でもある。そこんとこはリリスに似てるな。いや、年齢的に言えば、リリスがマリカさんに似てんのか。
「ならいい。今の状態じゃ三馬鹿あたりと組ませるのは不安があるからねえ。そこいらはイスカもわかってンだろうけど。」
「今回の作戦ではオレと組む訳ですから、問題ないです。司令はダミアンはイッカクさんと組ませるコトが多いですけど、相性どうこうなんて言ってらんない事態が勃発する可能性はありますからね。溝は埋めとくべきでしょう。……なんです、この写真?」
表情の選択に迷ってるっぽい困惑顔のダミアンに腕を絡ませているのは、元気溌剌って感じの女の子。軍服姿ってコトは、このコも軍人なのか……
管制用のイヤホンマイクを装備してるから、たぶんオペレーターだろう。
「寝物語に話してやるつもりだったが、ねちっこオットセイのせいで話しそびれた。そのコがダミアンの恋人だった、三条ヒナタだ。」
ねちっこオットセイ……まだ根に持ってるみたいだ。我を忘れるほど魅惑的なマリカさんが悪いと、責任転嫁しておこう。
「ナツメに似てるってダミアンから聞きましたけど、ホントによく似てますね。」
「従姉妹だからな。似ててもおかしかない。」
なんだと!?
「どういうコトですか! そもそもなんでマリカさんがこんな写真を持っ……当たり前か。スカウトする前に事前調査をしたに決まってる。」
それを誰がやるのかってのは、考えるまでもない。
「三条ヒナタの経歴を洗っていてわかった事だが、ナツメの爺様には結婚する前に作った隠し子がいたんだよ。ナツメの叔父にあたる三条大尉は、ダミアンの最初の上官でもある。高官連中からは"万年大尉"なんて陰口を叩かれていた三条だが、上にへつらいながら下を酷使してりゃあ、とっくの昔に佐官になれていただろうさ。だが、士官学校出のエリートにしちゃ珍しく、三条大尉は兵卒の立場に寄り添える将校だった。上官の自尊心を満足させる為だけの、意味のない命令には苦言を呈し続けていたんだ。上の連中からすれば、兵士からの信望が厚い彼は、さぞかし疎ましい存在だったろうねえ。」
上からは疎まれているが、部下からの信望は厚い。まるでヘルゲンだな。「竜巻」ヘルゲンはローゼの麾下に入ったそうだが、元気にしてんのかね?
「ナツメの親父さんは自分に兄がいるコトを知ってたんですか?」
「認知されていなかったから、知らなかったはずだ。雪村の爺様は結構な資産家で、かなりの額を三条母子に支払っている。口止め料兼、慰謝料ってとこだろう。」
資産家の火遊びから生まれた子か。ナツメから聞いた話じゃ、ナツメパパは父親が残した遺産を元手に交易商を始めたらしい。なかなかの資産家だったコトは、間違いないな。心まで豊かだったかは定かじゃないが。
「三条大尉は今どうされてるんですか?」
「三条
二階級特進……戦死されたのか。
「健在ならともかく、鬼籍に入られているのならナツメには黙っておきましょう。"叔父と従姉妹がいたけど、もう死んだ"は、あまりいいニュースじゃない。もちろん、いずれは話さきゃいけないコトですけど。」
「そうだな。今はそうする方がいいだろう。時期を見て、アタイから事情を話す。話を戻してだ、三条大尉は母子家庭で育ったが、三条ヒナタは父子家庭で育った。離婚した訳じゃない、早くに母親を亡くしちまっただけだ。そんな彼女は父親の背中に憧れて軍人になる道を選び、念願叶って同じ基地にオペレーターとして配属された。そこいらの事情はシオンに似てンねえ。」
「それで?」
「基地一番の腕利き、いや、周辺一帯でも並ぶ者なき凄腕と称えられていたダミアンと恋仲になり、三条大尉も娘とダミアンの交際を認めていた。ダミアンは昔から不器用でぶっきらぼうだったらしいが、今みたいな"氷の地蔵"って訳でもなく、恋人の前では笑顔を見せてたらしいし、温厚で面倒見がいい上官だった三条大尉とも気が合ってたみたいだ。何事もなきゃあ、ヒナタ・ザザが誕生していたに違いないんだが……」
「……だけど、そうはならなかった。なにがあったんです?」
「敵襲さ。もちろん軍事基地なんだから、敵襲があってもおかしくはない。問題はエースのダミアンが不在の時にそれが起こったという事だ。ダミアン隊が出撃してからさほど間をおかず、三条大尉は"これは機構軍の仕掛けた罠だ"と気付いた。で、基地司令にダミアン隊の帰投を進言したが、受け入れられなかった。」
「ダミアンを使いこなしていたんなら、三条大尉は有能だったはずだ。機構軍の罠だって考えた根拠はちゃんとあったはずです。」
「阿呆に根拠や理屈が通じるかい? 低能が優先すンのは、自分の面子や個人的な好き嫌いなんだよ。理屈や理論は二の次、三の次だ。つーか、そんなもんは頭の隅にもないのかもねえ。」
「……どんだけアホばっかなんだよ。いくらスペードのエースが手札にあっても、残りがブタ札ならゴミ手にしかなんねえんだぞ。」
アスラ閥とザラゾフ以外の軍高官は、まとめてカードチェンジさせてくれ。機構軍の醜態を笑えねえぞ。
「ゴミ手だろうが、
忠告を無視したせいで窮地に陥ってんのに、また忠告を無視かよ。まさに鳥頭だな。
「基地を奪われた無能者と、高官仲間の物笑いになるのがイヤだったってとこでしょう。アホはいつも、機を逸する。最良の結果を出すチャンスは一度しかないけど、最悪の結果を避けるチャンスは何度かあるもんなのに……」
「至言だねえ、心に留め置いておこう。結果から言えば、三条大尉の忠告も外れてはいた。」
「え!?」
「彼は"基地を奪還するのには増援が必要"と主張した訳だが、増援は必要なかった。とって返してきたダミアン隊は、隊員の半数近くを失いながらも、獅子奮迅の働きで基地を奪還してのけたのさ。先頭に立って基地司令部に突入したダミアンは、拷問されて瀕死になってる三条大尉を発見した。基地司令の代わりに防戦の指揮を執っていたみたいだ。」
鳥頭は状況が切迫したら、われ先に逃げ出したのか!……どクズが!
「"司令部の人員は地下のシェルターに避難させた。ダミアン君、ヒナタを……頼む"三条大尉はそう言い残してこと切れた。そして、恋人が避難しているはずの地下シェルターの前でダミアンが見たものは、着衣の乱れたオペレーター達の遺体と、満足げにズボンのチャックを上げてる軍服姿の
獣の所業を間接的に表現したマリカさんの顔からは、強い嫌悪感が滲み出ていた。軍人なら誰しも、兵の生き死に対しては、ある程度の割り切りは持っているものだ。だが、尊厳を侮辱する行為を受容する者などいない。少なくとも
「避難が間に合わなかった、という事ですか?」
違うだろうとわかっている。でも、そう訊かずにはいられなかった。
「機構軍の獣どもの証言では"女はくれてやる。だから我々の安全は保証してくれ"と
「……人獣どもを駆除した。外の獣も、
許せる訳がない。女の子達を人身御供に差し出して、我が身の安泰を図ろうだなんて、男の……いや、人間のやるコトじゃねえ!機構軍の連中も、女が欲しけりゃ娼館にでも行きやがれ!強姦するだけでも許せねえが、殺す必要なんざなかったろうが!どんな世界、どんな時代でも、女の子を嬲り殺すサイコ野郎に生きる資格はない。
恩人と恋人の無惨な最後に立ち会ったダミアンの怒りと悲しみはいかほどだったか……想像も出来ない。
「アタイでも皆殺しにしたに違いないね。実態は人獣であっても、組織の中では軍高官だ。小便をチビリながら命乞いする基地司令と側近どもを惨殺したダミアンは投獄された。事情を知った
それでダミアンはオプケクル准将の麾下にいたのか。准将はダミアンの弁護人で身元引受人という訳だ。
「鳥頭の所業を揉み消す代わりに、ダミアンの上官殺しの罪状を不問にする。そんな政治取引が成立したってコトですね。」
「それが屁こき熊の話じゃ、顛末を聞かされたザラゾフも鳥頭には怒り心頭だったらしい。"女を差し出して命乞い?……クズめが!ルシアの男なら戦って死なんか!"と吠えて、あっさり釈放を了承したそうだ。"ワシも大概頭に血が昇っておったが、ザラゾフの怒りは頭どころか髪にまで及んでおったわ。怒髪衝天、とはよく言うたものじゃ"だとさ。」
上官の所業を表沙汰にしなかったのは、"殺した理由は理解出来ても、無罪放免には出来なくなる"からか。殺されて当然と判断したザラゾフは、上官殺しの事実自体を"なかったコト"にした訳だ。直接会ったコトは一度しかないが、「災害」ザラゾフならありそうな話だ。暴勇を誇りとするあの元帥は強き者を好み、臆病者をゴキブリよりも嫌っている。女を差し出しての命乞いなど、論外だろう。
「いくら諜報がお仕事でも、よくそこまで調べ上げましたね。」
オプケクル准将はマリカさんの元上官だから、投獄後の経緯はすんなり話してくれただろうけど、上官殺しに至るまでの詳しい顛末は、なかなか調べがつくコトじゃない。ダミアンが誰かに話したとは思えないし……
「元ダミアン隊の退役軍人を見つけて話を聞いただけだ。彼は最初から最後まで、ダミアンと共に行動していた。」
「退役軍人ってコトは、九番隊の隊員って訳じゃなさそうですね。」
「ああ。ダミアンと一緒に制裁に加わったその男も軍刑務所から釈放されて、身分保証も確約されたが、腐りきった軍に厭気がさして下野した。現在はヒャッハー狩り専門の民間武装会社を経営している。ザラゾフが軍装品を格安で払い下げてくれたお陰で初期投資は安く上がったし、事業が軌道に乗るまでの操業資金まで融通してくれたと言っていたな。ちょっと意外だったがあの元帥閣下、面倒見は悪くないらしい。」
「目の届く範囲
ザラゾフの不幸は、派内に能吏タイプの参謀がいないコトだ。強い男を好んで登用している本人の責任も大きいが、もしルシア閥にヒムノン室長のような苦労人の実務家がいれば、話は全く変わってくるだろう。強さに重きを置く体質が行き過ぎてて、誰も機微や根回しの重要性に気付いていない。強い者による上意下達、それしかないのがルシア閥の弱点だ。俳優ばっかり集めてて、照明係も音響係もいない劇団みたいなもんだな。
その点、ウチの司令はヒムノン室長が赴任してからは、ガーデン内の実務や外部への根回しはほぼ任せきっている。御堂財閥の城下町、ロックタウンの統治はコムリン市長に丸投げだし、いい意味で人任せに出来る人間だ。司令が重視しているのは"委任に応え得る人間の登用"、ここがザラゾフとは決定的に違う。
「カナタはザラゾフをそこそこ評価しているみたいだね。む、もう日が昇ってきたか。ちょいとばかり話が長かったみたいだな。カナタ、言うまでもない事だが…」
「もちろん、誰にも話しませんよ。じゃあオレはこの辺でお暇します。マリカさん、素敵な夜をありがとう。」
「……アタイが
「アイサー、マム。それでは。」
アイサーとは言ってみたものの、えちえちな思い出が脳裏に浮かんできて、どうしても頬が緩んじまうな。悲劇を聞いておきながら手前勝手だとは思うが、いいコトだ。ダミアンの過去は考えれば考えるほど、重たくてしんどい。マリカさんがオレを介してお節介を焼こうとしてるのは、ダミアンがああなった理由を知っていたからだったんだ。
「だらしないツラしやがって。カナタ、ラセンやゲンさんに気取られないように帰れよ。あの二人はマジで耳年増だからな。」
……もうそのお二人には気取られてます、残念ながら。
女神とイチャつく天国の後は、敵兵相手の地獄が待ってる。……ま、オレらは地獄を見る側じゃなくて、見せる側だけどな!
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