南国編28話 白雨と剣狼



部隊長連の懇親会がお開きになった時に、マリカさんがテレパス通信を飛ばしてきた。


(カナタ、何か口実をつけて、ダミアンを飲みに誘ってみろ。)


(ダミアンを?)


(理由は言わなくてもわかるだろ。孤立しているとまでは言わないが、ロン毛の根暗男はイッカク以外の部隊長とほとんど交友がない。馴れ合う必要はないが、最低限のコミュニケーションは必要だ。全部隊長と良好な関係にあるカナタなら、結束剤になれる。)


(了解。イッカクさんが来てれば任せられたんですけどね。)


(イッカクが結束剤になんざなれるもンかい。やれるんだったら、とっくの昔に忠告しといたさ。)


……確かに。イッカクさんは"降りかかる火の粉は払う"けど、余計な節介は焼かない主義の人だよな。だから孤高の男ダミアンと気が合うんだろうけど。


「ダミアン、ちょっとナツメ絡みで相談したいコトがある。付き合ってくれないか?」


オレは席を立ったダミアンに声をかけてみた。


「……わかった。」


よし。ナツメを絡めれば、ノってくると思ったぞ。卑怯な殺し文句ではあったが、やっぱりダミアンには効果覿面だった。


(そのさかしさが頼もしいねえ。カナタ、日付が代わったらアタイの部屋に来な。……愉しませてやっからさ。)


お節介の報酬は……甘い一時、か。一番隊にいた頃からそうだったが、色気をダシに上手く操縦されてるよなぁ。ま、望むところなんだけどさ。


─────────────────


ホテルにはいくつかバーがあるが、そのうちの一軒を今夜だけ貸切にしておいた。マリカさんと二人で飲む展開もあるかもって下心が、妙なカタチで役立ったという訳だ。


「……貸切はいいが、バーテンもいないのか?」


「ああ。バクラさんがいればシェーカーを振ってくれんだろうけどな。」


カウンターに腰掛けたダミアンの前に、サイコキネシスで浮遊してきたグラスと氷が着地する。


「バクラが?」


「喋ったら死ぬ病のマスターの店にはちょくちょく行ってるんだろ?」


「ダーツバー"スネークアイズ"の事を言ってるのなら、そうだ。」


一言も喋らない変人マスターがゴロゴロいてたまるか。あんなケッタイな店は一軒で十分だ。


「あの店のメニューに載ってるカクテルのうちのいくつかは、バクラさんが考案したものだ。」


「バクラの趣味はオリジナルカクテル作りか。荒獅子の意外な一面、というところだな。それで合点がいった。あの店には部隊長の名を冠したオリジナルカクテルがあるだろう?」


悪代官大吟醸をベースに作られた和風カクテル"マスタートキサダ"、別名"クレイジーポエマー"はオレのお気に入りだ。バクラさん曰く"イスカ・マイ・ラブが、一番旨くて出来がいい"とのコトだが、司令以外はオーダー不可って但し書きがあるんだよなぁ。


「自分のとダミアンのはまだ飲んだコトがねえな。確か"無愛想アンフレンドリーダミアン"だっけか。」


「俺のは飲まない方がいい。……氷をたっぷり入れたが出てくるぞ。」


「それ、カクテルじゃねえだろ……」


バーボンの瓶を棚から出して、ダミアンのグラスに注いでやる。


「それで、ナツメがどうかしたのか?」


「タチの悪いストーカーのコトは話しただろ。オレが首を刎ねてやったが、ヤツの異名が伊達じゃなけりゃあ、甦ってくるはずだ。」


ザハトは以前、マリカさんにも殺されている。あの男が不死身なのは事実、だが、タネありの不死身だ。そのタネにも予想はついてる。クローン技術と心憑依の術を何らかのカタチで利用しているに違いない。


「強さは兵団最弱だが、不死の特性は厄介だな。ナツメも面倒な奴に付け狙われたものだ。」


ザハトは兵団最弱の部隊長、ダミアンの評価も皆と同じか。


「ダミアン、オレは不死身のタネは機構軍の開発した科学技術ではなく、民族特有の秘術か何かだと思っている。」


「俺も奴と同じ放浪民ラマの出身だが、不死の秘術など聞いた事がない。だが、俺の持つ水刃ウォーターカッターは、一族に伝わる血統秘伝だ。だから、そんな秘術があってもおかしくはない。特異な能力を持つ者なら、民族に拘らず身内に引き入れるのが放浪民の伝統だからな。」


ラマ……元の世界でのロマだ。ダミアンの"西洋人のような顔立ちで、浅黒い肌を持つ国籍不祥な容貌"は、洋の東西を問わず混血を繰り返してきた放浪民ゆえの所産だったか。


洋の東西を問わず……もし……ザハトが僅かながらも心龍の血を引いているとすれば……


「どうしたカナタ? 物凄く悪い顔をしているぞ。」


悪い顔にもなるさ。御門家の系譜は数千年にも及ぶ。どこかで、記録に残らない血の流出があったっておかしくない。ご落胤話なんて名家にゃつきものだ。帝がお遊びで女中に手をつけて懐妊させてしまい、慌てて堕胎するように命じたが、女は逃げて行方知れずなんて話があっても、闇に葬られたはず……


ザハトは心憑依の術を放浪民の秘伝だと思っているだろう。まさかオレが心憑依の術の上位版、心転移の術でこの星にやってきた男だなんて、想像もしちゃいまい。秘術の正当継承者である姉さんに詳しく話を聞けば、分体を通して本体を殺す方法が判明するかもしれないぞ……


「ザハトはいずれ、オレが完全に始末する。だが始末するまでの間は、ナツメは自分を守る必要があるんだ。ザハトは兵団最弱の部隊長、しかし中隊長以上の腕は持ってる。」


「自衛させるのではなく、おまえがナツメを守るんだ!俺みたいな失敗はするなと忠告しただろう!」


「それがダミアンの失敗だ。」


「なに!?」


「言われるまでもない、オレが傍にいれば、命に代えてもナツメを守るさ。けどな、ザハトはイカレ野郎だが、知能が皆無って訳じゃないんだ。今回の件でヤツは、"オレには勝てない"と思い知っただろう。事実、ザハトはマリカさんに殺されてからは、ナツメに手出ししてこなかった。」


ザハトの自信の源は、"ケリーを手駒に出来たコト"に違いないが、あの餓鬼は心のどこかで"オレならマリカさんよりも付け入る隙がある"と舐めてやがったんだ。


「ザハトはカナタの不在時を狙ってくる、という訳だな。……俺の失敗、か。確かにカナタの言う通りだ……万が一に備え、"自分の身を自分で守るすべ"を彼女に教えておくべきだった……」


やっぱりダミアンが不在時に起きた悲劇だったか。そうだろうと思っていた。「白雨スコール」ダミアンこと、ダミアン・ザザが傍にいたなら、どんな窮地であろうと恋人を守り抜いていたはずだから。


「古疵をえぐってすまなかった。ダミアン、ヤツには大義も信念もなく、あるのは"自分の欲望を満たすコト"だけだ。無酸素爆弾を使って罠を張った外道だけに、どんな汚い手でも使ってくるだろう。」


「放浪民の恥を一身に背負う男だ。もう手と面が汚れきっているだけに、どんな汚い手も厭うまい。」


放浪民の面汚しか。ダミアンのように一途な男もいれば、ザハトみたいなド外道もいる。人格に民族や出自は関係ないってコトだな。


「ナツメの戦闘記録を戦術タブに入れてきた。オレと一緒に"ザハトと1対1で相対した場合の逃亡法"を考えてみてくれ。」


「俺ではなく、緋眼に相談すべきだ。」


「もちろんマリカさんにもシグレさんにも相談するさ。だが、ダミアンの意見も聞きたい。オレはオレの大事な人間を守る為なら手段を選ばないし、使えるものはなんでも使う。ダミアンの傷心を知った上で、ムシのいい頼み事をしている確信犯だ。」


「恥も外聞もなく大切な人を守る、か。……俺に欠けていたのはそれだな。本当に大事な人がいるのなら、いい意味で"恥知らず"になるべきだった。"俺が彼女を守ればいい"なんて格好をつけていた自分を、今更後悔しても遅いが……」


格好をつけなくても格好のいい色男は、深々とため息をついた。眉間に寄せた皺の深さが、ダミアン・ザザが失ったものの大きさを物語っている。ナツメやシオンのように、この男も塞ぐコトの出来ない傷を抱えて生きていかなければならないのだろう。



オレにダミアンの傷心を癒すコトは出来ないが、他の部隊長達との関係を繋ぐ接着剤にはなれるかもしれない。……せめて、そのぐらいはやってみよう。ダミアンがオレをどう思っているかは知らないが、オレは結構この男を気に入っているのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る