南国編27話 喧嘩をするにも時期がある



慰労会を装った作戦会議、というのは不正確な表現だった。正確に表記するのならば"慰労会の前に行う作戦会議"とすべきだろう。


北部攻略部隊を指揮するマリカさんと南部攻略部隊を指揮するオレはそれぞれの作戦案を持ち寄り、叩き台のプランを参加指揮官全員で精査しながら、修正を加えた。現場合わせな部分は当然あるにせよ、マスタープランはしっかり立てて動かないと、作戦の成功は覚束ない。


最重要攻撃目標だと全員が考えていた"巨大タマネギ"の攻略を、御門の企業傭兵部隊マスカレイダーズが担当するコトについては反対論が出るかと思っていたのだが、"カナタが問題ないと見做しているのなら"で、すんなり了承された。指揮官がケリーだと知っているマリカさんはともかく、事情を知らない部隊長達から異論が出なかったのは意外だったな。"とっておきの部隊だ"と言明したぐらいで、特に力説した訳でもないんだが……


作戦の打ち合わせを終えた後はみんなで酒盛り、面子はマリカさん、シグレさん、大師匠、金髪先生、ダミアン、そしてオレ、要は先遣部隊の部隊長連だ。


「さっきバクラとカーチスが通信を入れてきやがったんだが、"南国でバカンスたぁ、いいご身分だな"なんて僻んでやがったぜ。ざまあみろ、だな。」


"ガーデン三馬鹿"なんて揶揄されるぐらい、トッドさん達三人は本当に仲がいい。馬鹿かどうかはさておいて、つるんで馬鹿をやるお仲間でもある。


「いいゴミぶん? なぁ金髪モヤシ、おまえは"いいゴミ"じゃなくて、"悪いゴミ"だろう?」


マリカさんの毒舌にダミアンがボソリと呟き、相槌を打つ。


「……再利用リサイクルも無理そうだな。」


「ガーデン一の美女と美男は、なかなか毒性が強いようだねえ。綺麗な薔薇には刺がある、と言ったところかな?」


完全に他人事といった感じで、大師匠は無責任に論評しながら杯を傾ける。


「親父っさん、笑い話じゃねえ!マリカ、ダミアン、表に出るか?」


「へえ、お遊びで負かされただけじゃ物足りないってのかい?」 「……すぐに力に訴える。その短絡思考が羨ましい。」


トッドさんがノーモーションで繰り出した裏拳を、ダミアンが拳で掴んで止める。……わりかし本気で殴りにいったな、色男に鼻血でも噴かせてやろうと思ったみたいだ。受けたダミアンも本気で拳を握り潰しにかかってる。いつものじゃれ合い、では済まないレベルだ。


オレはギチギチいってる二つの拳を掴んで引き剥がした。


「そこまで。マリカさん、冗談にしても仲間に向かって"ゴミ"はないでしょう。トッドさんとダミアンは、大人げなさ過ぎです。」


今太閤って呼ばれた昭和の政治家が"言っていい事、悪い事。言っていい人、悪い人。言っていい時、悪い時"なる名言を残したが、トッドさんとダミアンは肝胆相照らす仲ではないようだ。発言の主が他の部隊長だったらトッドさんもムキにはならなかっただろう。この程度の毒はみんな吐いてる。


「わかったわかった。アタイが悪かったよ。しっかしカナタ、いつからそンな優等生になったンだい?」


「……ガーデン一の問題児に仲裁されると傷付くな。」 「全くだ。カナタは問題を起こす側だろう?」


なんで三方向からオレをディスる流れになってるんだ。


「オレがいつ、どんな問題を起こしたっていうんですか?」


「……市街地中枢で無酸素爆弾が炸裂しそうになったが?」


ダミアン、それはオレが悪いのか?


「オレが仕掛けた訳じゃない。」


「その後にザハトを呼び込んだのもオメエだろ?」


トッドさんまで相乗りすんのかよ。トラブルの渦中にいたコトは否定しないが、とばっちりを食らっただけじゃん!


「あのな!逆恨みやとばっちりまでオレのせいにされたんじゃあ、身が持たねえんだよ!」


「……逆恨みと言えば、司令の率いる泡路島攻略本隊に、ツバキが参加しているのは問題ではないか?」


シグレさんが疑問を呈すると、全員の視線がオレに集まった。


「ツバキさんが総指揮を執るなら問題ですが、司令も彼女が柔軟性に欠けてるコトは先刻承知です。錦城中佐が率いる神難軍の一中隊長ってポジションだったら問題ないでしょう。」


オレへの好悪は別にしても、ツバキさんの限界は中隊指揮までだ。柔軟性に欠け、感情的になりがちな彼女に大隊以上の指揮を任せるのは怖すぎる。軍隊って組織に身を置いてわかったコトだが、有為ではあっても手綱が必要な人間もいる。案山子軍団で言えば、ガラクがそれだ。あの小天狗はオレが手綱を握ってないと、危なっかしすぎる。


「あの小娘の視野狭窄にも困ったもんだねえ。カナタ、今回の作戦が成功すりゃあ、永遠のナンバー2は小娘を龍姫の護衛に戻してくれって言ってくるかもしンないよ?」


マリカさんは自分と大して歳が変わらないツバキさんを"小娘"呼ばわりしている。ああいうタイプの人間が嫌いなのは知ってるけど、露骨に態度に表すのは、余計に感情的にさせるだけなんだけどな……


「でしょうね。困難な作戦に参加し、その達成に協力したって実績が出来る訳ですから。」


「どうすンだい?」


「御門グループに帰参するのには賛成しますが、姉さんの護衛に戻すのには反対します。大師匠、姉さんの護衛は引き続き衛刃で担当してください。」


「心得た。ツバキ君には"私かセイウン君に勝てたら護衛役を譲る"とでも言っておこうか。」


「それはいけません。大師匠まで…」


「カナタ、父上は"自分が泥を被る"と言っているのだ。」


シグレさんもあまりツバキさんを評価していない。親友のマリカさんほど露骨に態度には出していないが……


「そんなコトをさせられないから、反対してるんです。ツバキさんは大師匠を尊敬していますが、その一言で敬意が根刮ねこそぎ吹っ飛びますよ。」


「それで吹き飛ぶ敬意なら、持たぬ方がよい。カナタ君も知っての通り、左内君の人望のお裾分けは、妹である彼女にも及んでいる。真の忠臣だった彼の早世を惜しむ照京兵達の気持ちは、ツバキ君を立ててゆこうという行動に繋がるのだよ。大龍君の側近である龍弟侯が、かつての側近だった竜胆左内の妹を冷遇していると取られるのは、甚だよろしくない。」


「……しかし……」


迷うオレに、トッドさんが諭すように忠告してくれる。


「カナタ、"喧嘩をするにも時期がある"って事よ。オメエが姉と慕うミコト姫の為に、全部の泥を引っ被る覚悟でいるのはわかってる。けどなぁ、今回の件は親父っさんの好意に甘えとけ。」


「トッドの言う通りだ。既にかなりの照京兵は"天掛カナタこそ御門を守る狼"と考え始めている。もう少し時を置けば、竜胆家ゆかりの者と竜胆左内の熱狂的支持者だった者以外はカナタに靡くだろう。時期を待つ、それも戦いだぞ。俺が思うに、本格的に彼女を排斥するのは、照京を奪回した後がいい。照京動乱の際にはミコト姫の危急を救い、後にはその武勇で都を奪還した英雄となれば、功労者の妹を"任にあらず"と要職から外しても、大きな反発は出ない。それでも反発する人間は彼女の同類、まとめてスポイルするに限る。」


昔から世話になってるトッドさんの言葉だけでも重たいのに、普段は口数の少ないダミアンにまでこう言われると、心の天秤がどうしても傾く……


「竜胆准将が生きていればこんなコトには……」


完全適合者の……今持つ力が照京動乱の時にあれば!竜胆左内を死なせずに済んだかもしれないのに!


知らず知らずの内に握りしめた拳を、マリカさんが優しく手のひらで包んでくれた。


「……"たられば話に意味はない"が、カナタの持論だったはずだ。照京動乱の責任を取って同盟軍剣術指南役を辞任した壬生トキサダが、失地回復の為に大龍君警護役の座に拘っているという図式で、小娘とそのシンパ達との全面対立を避けるのは妙手。親父っさんに泥を被せたくないっておまえの感情面だけクリア出来れば波風は立たない。いや、さざ波が親父っさんに向かうか、大波がカナタに向かうかって話なんだよ。」


「………」


泥を被せる相手が恩師の師匠で、姉さんを守る為に尽力してもらってる「達人マスター」トキサダだってのが……


「実力と実績、人望に家柄、カナタがあの小娘に劣るものなど何一つない。御門グループ内で権力闘争が起こっても勝つのはカナタだ。だからコトを構えるという選択もなくはない。けどねえ、竜胆左内に世話になった、尊敬出来る人物だったと考える連中の気持ちはアタイにも理解出来るし、故人の恩義に報いる為に、実の妹を立てていきたいってのも忠義の現れで、決して非難されるようなもんじゃあないンだよ。」


「……ただ、その忠義に応えられる器量がツバキにはないだけだ。それも厳密には彼女の責任ではない。兄妹と言っても人格は別物。偉大だった兄のような才能を妹が持ち合わせていないからといって糾弾するのはお門違いだ。」


「シグレの意見には賛同しかねる。器量に欠けるのは本人の責任ではないが、器量足らずならば、身を引けばよいだけだ。偉人英雄の血縁者でも、己が才と器量を悟って、賢く身を遇した人物はいくらでもいる。新たな英傑の協力者になった者、市井の一市民として生きた者、身の遇し方は様々にしてもな。」


日頃の無口なクールキャラはどこへやら、今夜のダミアンは珍しく多弁だ。


「そういう事よ。最後までツバキに追随するのは同類の視野狭窄型の忠臣だけだろう。だが今、ツバキを御門から追い出しゃあ、そうでもない人間まで巻き込まれんぜ? 親父っさんはそこまで考えて悪役を買って出てくれてるんだ。恩人の死から立ち直れていない連中が、道を誤らないようにってな。」


「カナタ、そもそもがだ。竜胆ツバキにミコト姫の護衛を任せられない以上は、父上に続投して頂く以外になかろう。達人トキサダとその高弟達ならば、コトの優先順位を誤る事はない。だが「円剣」の異名に似合わず角を立てがちな彼女は己の感情を優先して、大局を見失いかねないぞ? それに……チッチ少尉から話を聞いているはずだ。」


最愛の兄の復讐に盲進するだけでも問題だが、ツバキさんには気位の高いところもある。字は違うが読みは同じ「燕剣えんけん」サクヤは、自分のいみなをもう一つの異名「飛燕ひえん」で統一するよう、バカンス中のチッチ少尉に頼んだようだ。


"あんな高慢ちきのハンパモンとおんなじ読みの異名なんて、真っ平御免やわ。照京の名家の出か知らんけど、えらっそーにしくさって!御家人だった爺様が暴君の提灯掲げてもろうた子爵号が、そないに自慢かい!下町生まれの下町育ちでも、己が腕一本で粉もの作りを極めたオトンやオカンのがよっぽど立派や!"って憤慨していたらしいから、オレの知らないところで一悶着あったに違いない。兄の訃報を聞き、荒れていた時期のコトかもしれんが、悲劇の渦中にいたからって無関係の人間に当たり散らしていい訳はない。


……子爵号だの下町だのってワードが出てる以上は、お家自慢が絡んでいるか。となれば、竜胆准将の訃報が届く前の話だな。訃報を聞いた後の彼女は、お家自慢なんてしてる余裕はなかった。


サクヤもガーデンマフィアだから口は悪い。でもサクヤは"悪口は本人の前で言い、陰口は叩かないヤツ"なんだ。顔を合わせちゃ憎まれ口、でも陰では相手の長所や美点は素直に認めて賞賛している。だから無茶をやっても周囲がフォローしてくれるし、上からも下からも人気がある。最強中隊長決定トーナメントでのレギュレーション違反について、当事者のサクヤにも詫びておこうと考えた司令に、あの気っ風のいい神難女は"レギュレーション違反? 司令はウチやったらあの黒マッチョに勝てるんやないかって思うとったんやろ? 期待に応えられんかったウチが悪いねん。そないな顔は似合わんで"と言ってのけた。


"シグレがサクヤを可愛がる理由がよくわかった。此花サクヤは確かにアホの子だが、アホだからこそ愛おしくなる天然の人格者だ"、人物評が極めて辛口な司令にここまで言わせたサクヤに、異名を変えさせるほど嫌われる……


「……大師匠、申し訳ありませんが、今回だけは"地位に拘る嫌な人間"になってください。」


今までツバキさんとはそんなに接点もなかったし、竜胆准将の訃報が届いた後はもっと距離が開いた。現状では彼女の人間性を測る材料は著しく不足している。オレも人間だから恨まれてれば、相手を見る目にフィルターがかかってるはずだし……


だが、サクヤの人物評はあてになる。ガーデンに赴任してきたアギトを一目見て"虫の好かんオッサン"と断言したサクヤの勘働きの良さは、ある種の才能だ。赴任直後じゃアギトの劣悪な人間性なんざ、わかる訳もなかったんだからな。竜胆ツバキを信じないのではなく、此花サクヤの直感を信じてみよう。


「うむ。孫弟子の為に、喜んで泥を被ろう。しかし人間とは面白いものだ。同じ孫弟子でもカナタ君とサクヤ君は完全にタイプが違う。論理を組み立ててから勘を働かせるカナタ君と、まず直感のお告げを聞いてみるサクヤ君か。」


「辛気臭い話はここまでにして飲みましょうか。大師匠の好きな茄子の煮浸しも用意させてあります。」


「それはいい。では好物を待つ間に一句、……孫弟子や、ああ孫弟子や、孫弟子や……」


出たよ。大師匠の悪癖が……


「父上、そのパターンの川柳は聞き飽きました。」


おもっくそ冷たいシグレさんのお言葉。幼少の頃から聞かされてるんだから、耐性がありそうなもんだが……


「マスタートキサダ……孫弟子の、跳ねた泥をば、受ける師父……ぐらいの句は詠めないのか?」


ダミアンの方が才能あるんじゃないか?


「推敲が甘えぞダミアン。孫弟子の、災禍は泥か、肩代わり、これでどうよ?」


トッドさんも大師匠よりは上だな。まあ、大師匠より下を探すのが難しいんだけど。


「弟子の危機、負けるな大父たいふ、これにあり、はどうだい?」


……マリカさん、小林一茶が似たような句を読んでます。つーか、いつの間にか川柳大会が始まってんぞ……



オレの今の心境を句にすれば……跳ねた泥、笑顔で受ける、師父の愛……ってところか。不肖の弟子は師のシグレさんのみならず、大師匠にも世話になってんよなぁ……


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