南国編26話 野望実現の最低条件



お遊びイベントの締めは、砂浜でのバーベキュー大会だ。


健闘を称え合いながら、ビールを片手に串焼きを頬張るゴロツキども。給仕専門にボーイ軍団を派遣してくれるだなんて、ドレイクヒルホテルも気が利いてる。


「私ね、子供の頃はバーベキューって大嫌いだったの。」


リリス、おまえは今でも子供だろ。ガーデンマフィアどもからは大人扱いされちゃいるがな。


「嫌いだった理由を当ててやろうか?」


「言ってみて。」


「理由その一、屋外だから空調が効かないし虫も出る。理由その二、準備と後片付けが面倒。理由その三、燃料や紙皿、開催地への移動にかける費用等を食材にあてた方が、食事のグレードが上がる。こんなところだろ?」


特に理由その三がこのちびっ子には重要だったろう。とにかく舌が肥えてやがるからな。快適な環境でグレードの高い食事を摂りたい元伯爵令嬢は、徹底的な合理主義者でもある。


「bingoよ。私的には合理的な理由のつもりでいたんだけど、本音の部分は違ってたのね。」


「だろうな。実は今言った三つの理由は…」


「少尉がバーベキューを嫌いな理由だった、でしょ?」


「ああ。オレもバーベキューに行くくらいなら、焼肉店にでも行った方がいいと思ってたクチだ。」


「でもそれって家族も友達もいない人間の言い訳だった。ま、私がインドア派である事は変わらないけどね。」


「それでいいのさ。オレもインドア派なのは変わってない。ただ、アウトドア派を否定っつーか、やっかむのをヤメただけだ。」


オレもリリスも、家族から必要とされなかった悔しさを、アウトドア派に向けていただけだ。バーベキューってのは家族団欒の象徴的なイベントだからな。そんでオレと同じく、リリスも爺様からは可愛がられていたみたいだし、そこいら辺も似た者同士なんだよな。


「お祖父様の言い草が傑作なのよ。"衣服を着て、快適な屋内で暮らす。それが人間の持つ知性であり文明だというのに、半裸になって野外で肉を貪るとか、儂から見れば退行にしか見えん。愚行権も人間の権利ではあるが、儂の趣味ではない"だって。」


愚行権……愚かと知りつつ、それらを趣味にする権利だ。酒、女、煙草にギャンブル。ガーデンマフィアの十八番だな。


「その愚行権をお偉いさん方が満喫してんのが、同盟軍の問題点だよな。」


「統合作戦本部の連中は愚行権を行使しているんじゃないわ。ただただ、愚かなだけ。少尉、愚行権っていうのは愚かと知りながら、趣味に定めて興ずる権利よ。連中は、自分達の行為行動が愚かだなんて思ってない。ついでに言えば、愚行権が認められる前提として"他人に迷惑をかけていない事"もあるんだし。」


「お高いスポーツカーをぶっ飛ばしたいなら、公道じゃなくてサーキットでやれ。ギャンブルで散財しても構わないが、家族を路頭に迷わすなって話だな。」


「……嫁がいるのに浮気するな、もあるのよ?」


う!……そ、それを言われますと……


「ま、少尉は女遊びしたい盛りの年頃なんだし、多少は大目に見てあげるわ。でも、私が16になったら必ず籍を入れさせるからね!何人嫁をもらうつもりなのか知らないけど、正妻はこの私なんだから!」


私だけ見ててって言わないあたりが、ホントにいい女です。不運だ不運だって言われてるオレだけど、この小悪魔に魅入られ……出逢えただけで、世界一の幸運野郎なんだって思えるよ。


─────────────────


そんな小悪魔様は、案山子軍団の参謀でもある。普段は溢れる才能を悪戯と毒を吐く事に使っているリリスだけど、ここぞという場合にこれほど頼れる相談役はいない。案山子軍団は結成以来、常勝無敗を誇っているが、その秘訣は"神の御加護"ではなく、"悪魔の叡智"なのだ。


「この部隊が使用している車両ヴィークルの速度だと、ポイントXまで移動してくるのに要する時間は……奇襲を受けた事に対する対応力が並と仮定して……ブツブツ……」


オレの部屋で行っている二人だけの作戦会議。シオンとナツメにも相談するつもりではいるが、計算出来る要素を全て計算し、立てる作戦が煮詰まってからだ。煮詰めた鍋から煮こぼしがないかは、複数の目で確認してもらう必要があるからな。


「少尉、ここにヘリポートがあるわ。ヘリに乗れるだけの人員を先行させてくる可能性は考えなくていいの?」


「部隊長級の猛者がいれば、その手もあり得る。だが、練度が並の兵士を少数で先行させれば、戦力分散、各個撃破の的になるだけだ。先行してきてくれるんなら、もっけの幸いだな。」


「そうね。ヘリで先行の可能性は除外していいのかも……」


オレは今まで、もっけの幸いとやらを期待したコトはない。結果としてそうなったケースはあったが、オレにあるのは天運ではなく人運、人材に恵まれているコトこそが、最大の武器であり、強味だ。


「完全に除外していい。今までの機構軍高級軍人のテンプレを思い出してみろよ。」


パンプキンヘッド作戦の時みたいに、たまたま手練れの兵士が駐屯しているという可能性はある。だが、アスラレベルの兵隊となれば、そういう突発事態が起きても、即座に頭を切り替えられる。そこいらが並の部隊と決定的に違う点だ。ないと決め打ちしながらも、あったらあったで対応可能。オレが完全除外と命令オーダーしておけば、ヘリの飛来音をキャッチした時点で想定外の兵士がいると仮定し、動くコトが出来る。


「……どんな時でも自分が逃げる手段だけは確保しようとする、ね?」


「そう。ごく一部の例外を除けば、奴らの行動原則は"我が身が大事"だ。その原則に則り、あえて軍港は後回しにするつもりさ。目的は泡路島の制圧で、駐屯軍の殲滅じゃないからな。」


軍船で海上に脱出した後に、艦砲射撃で反撃に転じてくる可能性もないと読む。機構軍の腰抜け振りには、一本筋が通っているからな。


「読みが外れた場合の保険は? サッサと逃げてくれればいいけど、戦闘ヘリと違って、洋上からの砲撃は面倒よ?」


手練れがヘリでやってくるケースはその場で対応可能だが、艦砲射撃はあらかじめリスクマネジメントをしておく必要がある。


「ああ。だから高々度攻撃が可能な高射砲は破壊するが、通常砲台は制圧、占領する。洋上からの攻略が難しい要害だからこそ、海中と高空からの電撃作戦な訳だしな。」


高射砲が破壊されている訳だから、機構軍は空挺部隊による奪還作戦を試みるかもしれない。それは司令も計算済みで、泡路島を占領すれば即、分解済みの高射砲を積載した貨物船と護衛船団が進発する手筈になっている。機構軍が奪還作戦の準備、編成を完了させるよりも早く、組み立てた高射砲が機能するはずだ。


「洋上に脱出した連中に"転進もやむなし"と言い訳させる為には、泡路島最大最強の半円形長距離砲台"巨大タマネギビッグオニオン"の奪取が不可欠ね。」


艦隊による正攻法が難しい理由はいくつかあるが、巨大タマネギの存在は、その最たるものだからな。淡路島の特産品は"美味しいタマネギ"だってのに、泡路島の名物ときたら"タマネギ形長距離砲台"だってんだから、ヤになるぜ……


「この馬鹿デッカいタマネギちゃんは、ちょいとばかり辛みが強いのが問題だな。」


泡路島の位置と形状は日本の淡路島に瓜二つな訳だから、風土も似てるはずだ。平和になったら御門グループ農産部の手で島を開発させて、美味しいタマネギの生産でもやってやらぁ。


「辛み抜きには水にさらすのが一般的だけど、マグナムスチール製のタマネギはどう料理するの?」


「その手の調理が得意な料理人シェフを呼んである。」


「ケリー・Bを投入するのね?」


「ああ。彼の率いる"マスカレイダーズ"がビッグオニオンを料理する。」


仮面舞踏会マスカレイド襲撃者レイダーの造語ね? 少尉にしてはセンスがあるネーミングじゃない。おっと、少尉は"詭弁が信条"の"言葉の魔術師"だったわね。」


「詭弁が信条はリリスもだろ。」


オレもガーデンマフィアだから口は悪い方だけど、おまえほど毒性が強くはないぞ。"人間を悶死させうるレベルの毒舌"なんて評判は立っちゃいないからな。


「そうかもね。私達は"似た者同士"なんだし。」


「現地での状況によってアドリブは利かすが、攻略順序はここから、こうだ。そして、この段階でこう変化。どうだ?」


「………少尉の底意地の悪さが作戦にも滲み出てるわねえ。不意討ち喰らって泡を食った泡路島駐屯軍が混乱している間に取れるだけ取る。吹いた泡を飲み込んで態勢を立て直した高官達は、次の攻撃目標を読もうとするでしょう。そしてその試みは成功する。あえて読めるように、攻撃を仕掛けてあげてる訳なんだから。」


「司令が吐いた名言に、"罠を仕掛ける狩人の背中こそ、狙い撃つべし"ってのがある。小魚を食ってやろうと後を追う魚は、背後に迫る大魚の存在に気付かないものだ。」


「パワーボールで例えれば、絶好のパスシチュエーションで、意表を突いたラン攻撃を仕掛けるみたいなものね。」


「そういうコトだ。もちろん、ラン攻撃の前には、入念にパスフェイクを入れといてやるさ。」


「私はお祖父様とよくチェスを打ってたんだけど、一度も勝てた事がないの。お祖父様曰く"知能が互角なら、が勝つ"らしいわ。たぶん、戦争も同じなのね。常に相手が嫌がる事を考え、勝ったといい気にさせておいて裏を取る、そんな性悪じゃなきゃ勝てないのよ。」


戦場で強いのは性格の悪いヤツ、か。


……南北戦争を勝利に導いたユリシーズ・S・グラントは酒癖が悪く、お世辞にも人格者とは言えなかった。前任者が揃いも揃って不甲斐なかったがゆえに、彼に白羽の矢が立てられたのだ。だが、名将の誉れ高い南部の将軍、ロバート・E・リーを破って北軍に勝利をもたらしたのは、飲酒癖を理由に解任されたコトもあるグラントだった。北軍の持つ構造的優位性が勝因ではあったが、凡将ではその優位性を活かすコトも出来ない。実際、リー将軍は巧みな戦術で、常に南軍以上の損害を北軍に与え続けたが、それでも負けた。人口と工業力に勝る北軍を指揮するグラント将軍は、戦術的劣勢の挽回よりも消耗戦を強いるコトを優先し、目論見通り、南軍の分断に成功したからだ。


南北戦争は、戦略と兵站>戦術であるコトを示す実例と言える。とはいえ、この公式が常に有効だと考えるのも危険だ。この星では戦争におけるマンパワーの比率が地球よりも断然高い。劇的な戦術的勝利が戦略的優位性を吹っ飛ばす可能性も、考慮には入れておかないといけない。その実例もある。「災害ディザスター」ザラゾフがそうだ。戦術に長け、個としても抜群に強い彼は、戦術的勝利を積み上げて、相手の戦略を台無しにするコトが多々あった。ザラゾフは政治家としては微妙なんだけど、軍人としては実に有能だ。


その点には類似性があるな。グラント将軍は紛れもなく名将、だが後に政治家に転じた彼に後世の歴史家が下した評価は"史上最低の大統領"だった。名選手が必ずしも名監督ではないように、名将が名宰相になるとは限らない。恩赦を悪用して自分の地位を守ろうとした人間性、荒廃した南部の再建に失敗した統治能力、これでは歴史家に酷評されても仕方がない。政治においてはグラントの下位互換であるザラゾフがこの星の統治者になったりしたら、彼よりも手酷く評価されるだろうな。


……オレは、どうなんだろう? 小なりとはいえ自治領の領主、"殿様稼業"をうまくやれているだろうか。兵士としての自分に芽生えた自信、その自信が過信、傲慢さになって、統治に反映されてはいないか?


「……少尉、怒ってるの?」


おっと、アメリカ史を思い起こしていた沈黙を、ヘンな方向に受け取られちまったな。


「そんな訳ないだろ。性悪の自覚はあるし、むしろそれは褒め言葉だ。ヒネた悪党だからこそ、こうして生き残ってこれたんだからな。ただ、その性格の悪さが、領地運営に出ちゃいないかと心配になっただけさ。」


「そうやって自省している間は大丈夫なんじゃない? 己を顧みなくなった時に、暴君は誕生するものだから。ま、少尉が暴君化しそうになったら、私が内助の功で救ってあげるから心配無用よ。」


リリスの忠告すら聞かなくなったら、オレもお終いだろう。そんなコトはありえないが……


「リリス、マスカレイダーズの司令に知らせておこうかと思う。どの道、作戦後にはバレるんだからな。」


「そうね。ケリー・Bの事は伏せておくべきだと思うわ。部下に裏切られた上に広報戦の材料にされたんじゃ気の毒だもの。」


皆まで言わずとも悟ってくれるのが、オレの参謀で正妻候補のいいところだ。


……正妻候補か。三人娘、いや、マリカさんも加えて四人娘……待て、マリカさんは年上だった。とにかく、オレの好きなコは全員嫁にするって秘めたる野望を実現させる為にも、オレは勝ち続ける。世界最強も(マリカさん攻略フラグだから)目指す。



戦乱の終結に多大な功績のあった世界最強の兵士……ハードルは高いが上等だ。そんぐらいの男じゃなけりゃあ、"オレの好きなコ全員嫁"なんて贅沢は許されねえからな!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る