南国編24話 飛び入り参加は祭りの花



親子の対決はこの大会の最長試合になるコトは確実だった。なにせ、読みと駆け引きに長けた前、現継承者とその高弟がコンビを組んで相対してるんだ。高レベルの神経戦は長引くのが相場、精神のスタミナ比べに勝つのはどっちだ?


「ふむ、シグレはまだ若いようだね。」


巧みな一人時間差攻撃で得点を許したシグレさんを、親で師匠の達人が論評する。ビーチバレーはフェイント禁止だが、美威血刃麗では禁止されていない。わかりやすく言えば、ピンポンと温泉卓球の違いみたいなもんだな。まあ希少能力を使ってる時点で、まともな競技ではないコトは明々白々だけど。


そしてシグレさんはさっきやられたばかりの一人時間差攻撃で反撃。即座にポイントを取り返した。


「自分が使った技を無警戒とは……父上は老いられたようですね。」


「これは一本、いや一点取られたな。うむうむ、それでこそ次元流継承者だ。」


シグレさんもアブミさんもセイウンさんも大師匠の教え子、達人は弟子達の成長が嬉しいらしい。弟子ではないが、リックやビーチャムの成長を感じると、オレもほっこりするもんな。


「妹弟子に遅れは取らんぞ、うぉりゃあ!」


セイウンさんのパワースパイクをアブミさんはなんとかレシーブ、そして言葉による挑発も忘れない。


「ふう、セイウン師兄は相変わらずですね。剛直というか、力頼りというか……」


「一重で見切って剛撃を見舞う。それが俺のスタイルだ。」


「肝心の見切りが相変わらず、と言っているのですけど?」


打ってこいとばかりに相手陣にトスを上げるシグレさん。こんな挑発をされて引っ込むセイウンさんではない。


「言わせておけば!これでも喰らえ!」


「セイウン君、挑発に乗るな。アブミ君は力ませようとしているんだ。」


大師匠が忠告したが、セイウンさんは既に跳躍してしまっている。開き直ったセイウンさんの渾身のスパイクを、アブミさんはブロックし損ねた。だが、弾き損ねたボールを間髪入れず、シグレさんがスパイク。視線を明後日の方角に向けつつも、ライン際ギリギリにコントロールされた一撃は、さすがの大師匠も反応仕切れなかった。ノールックアタック、次元流で言うところの"無明の太刀"が見事に決まり、シグレアブミ組はリードを広げた。


しっかし師匠には驚かされるぜ。ブロックミスすら先読みして、高速サイドトスに使うとは……


「これは……トキサダセイウン組は苦しいですね。」


磁力操作を使って砂のネクタイを胸板に貼り付けたオレは、試合の展望を予測する。


「リードが広がったとは言ってもまだ僅差、勝負がどうなるかは…」


実況のチッチ少尉は、広報部最強の兵士と呼ばれているらしい。士官学校を出ていない彼が出世の糸口としたのは最前線での取材活動、本当の意味でので、名を成したのだ。


だが、やはり広報部は広報部だな。超高レベルの駆け引きの妙は、わからないようだ。


「なぜリードが生じているのか、が問題なんです。中盤まで試合を見てわかりましたが、トキサダセイウン組とシグレアブミ組のコンビネーションには違いがあります。セイウン選手を上手くフォローしているトキサダ選手に対して、シグレ選手とアブミ選手はお互いを活かし合っています。長く生死を共にしているからこそ出来る阿吽の呼吸、長い武者修行から帰ってきたセイウン選手は、連携において妹弟子二人に劣るようです。」


身体能力的にはトキサダセイウン組が上なんだけど、身体能力だけで勝負が決まる訳ではない。ビーチバレーみたいに連携が重要な競技ではなおさらだ。


家事が不得手なシグレさんの身の回りのお世話までこなすアブミさんは、シグレさんの立て方を熟知している。そしてシグレさんは、修行時代から苦楽を共にしたアブミさんの最大の理解者。1+1は2になるのが数学の世界、1+1が2以上になるのが軍学の世界なんだ。バカと組んだら2以下にもなるけどな……


「アブミ、僅差の緊張感を楽しもう。」 「はい、局長。」


大差など付かない、常に僅差の競り合い、凌ぎ合い。そして、そういう展開を最も得意とするのがオレの師だ。隊長連でも身体能力と念真強度は最弱のシグレさん、だが僅差を明確な差とする技術と精神力は部隊でもナンバー1と評されている。凡人であったからこそ身に付けるコトが出来た、壬生シグレの武器だ。


不動心を体現する雷霆は微塵も集中を切らさず、才気に勝るはずのセイウンさんの心を折った。劣勢を挽回しなければと焦った兄弟子の隙を見逃さずに攻め立てる。焦りが焦りを呼ぶ展開になっても、ほくそ笑むコトもなく、全力最善を尽くした妹弟子二人の前に、大師匠と兄弟子は敗れた。


「セイウン君、これは反省会が必要だね。」


砂浜に片膝を着いたセイウンさんの広い肩に手を置いた達人。お遊びからも教訓を得たコトに満足そうだ。


「……面目ない。妹弟子と侮った訳ではありませんが、あからさまに狙われ、平常心を失いました。」


「次元流の要諦は心の在り方だよ。出来て然るべき事が出来なかったから負けた。当たり前、とはなんと難しく、奥深いものだろうか。」


「はい。お師匠が雷霆を後継者に選んだ理由が、よくわかりました。」


才気ではセイウンさんが上、だがどちらが強いのかならば、断然シグレさんだ。


「解説席のカナタ君、この試合を総括してくれたまえ。」


大師匠のリクエストに応え、オレは試合をまとめてみる。


「純金で作った器は、それだけで価値があります。しかし、その価値は曜変天目茶碗には及ばない。元はタダの土塊つちくれであろうと、金をも凌ぐ名器は存在する。」


「うむ。実に言い得て妙だ。器の中に小宇宙があると言われる天目茶碗、我々の心の内にも無限の可能性は広がっている、という事だね。」


心の小宇宙を燃やせれば、聖闘士になれますしね。青銅ブロンズなのにゴールドに勝っちゃう人達だし。


───────────────────


準決勝第二試合をはシオンナツメ組VSトッドフィネル組か。新兵時代には本当に世話になったトッドさん、いつもオレの傍にいてくれるシオンとナツメ。どっちにも勝って欲しいが、勝ちと負けを別つからこそ勝負と呼ぶ。感情を抜きで論評するなら、シオンナツメ組が不利だろうな。


「シオン、最初っから全力で行くの!」 「ええ!必ず勝つわよ!」


気合いを入れる娘二人を迎え撃つトッドさんは落ち着き払っている。


「おうおう、張り切ってるねえ。レティ、抜かるなよ?」 「はい、隊長。」


最初から全力、その言葉通り、シオンナツメ組は端っから必殺の"ナツシオスパイク"を惜しげもなく連発する。二人で協力する強力な必殺技で数ポイントは稼いだものの、途中から旗色が怪しくなってきた。


「必殺技の決定力が落ちてきています!シオンナツメ組、やや疲れたか!」


「疲れではありません。見切られたんです。温存したかった必殺技を、準々決勝のサクヤヒサメ組に使わざるを得なかった。トッドさんは事前にナツシオスパイクへの対応策を考えてきたんでしょう。そして試合の序盤を捨てて必殺技のレシーブ方法を確立し、フィネル少尉もそれを真似ている。シオンナツメ組は苦しいですね。」


薄皮を何枚も重ねたような念真障壁を張った手で衝撃を殺しながらレシーブ、トッドさんとフィネル少尉は念真障壁の精密なコントロールには定評がある。どっちもレベルが高いが、あえて言うなら一枚落ちるフィネル少尉に的を絞って狙い撃ちにするべきだろうな。オレと同じコトを考えたシオンだったが、フィネル少尉も懸命にレシーブし、得点は許さない。


狙い撃ちの理由はもう一つある。得点出来ずともフィネル少尉にレシーブさせておけば、トッドさんはトス役に回らざる得ないはず、というクレバーな判断だ。だが、技師トッドを甘く見てないか? 思惑通りにフィネル少尉にレシーブさせたからって、油断は禁物だ。


「嬢ちゃん二人に教えてやろう。大技の後には隙が出来るってな!」


案の定、トッドさんはレシーブされたボールをダイレクトでスパイクし始めた。消耗の大きいナツシオスパイクを打った直後に、トスを挟まないツーアタック。しかもタダのスパイクではない。ドライブをかけたり、左右にカーブさせたり、変幻自在の流星スパイクに二人は翻弄される。ナツシオスパイクを攻略された以上はと、通常戦術に戻してみたが、そうなると地力の差が出る。八方ふさがりだ。


金髪先生の大車輪の活躍により、トッドフィネル組はシオンナツメ組を下し、決勝へと駒を進めた。


「惜しかったな。ま、この俺様に挑むにゃあ、十年早いってこった。」


金髪をかき上げて勝ち誇るトッドさんに、ナツメが捨て台詞を吐く。


「……カナタが出てたら、そんな余裕面はかませないの。」


「あん? 言ってくれんじゃねえの。腕相撲アームレスリングならともかくよ、この手の遊びじゃカナタだろうがマリカだろうが、俺様は負けやしねえよ。」


あ!トッドさん、それはNGワードです。妹が負かされた上に挑発されたんじゃ、マリカさんが…


「軟弱モヤシがお言いだねえ。いいだろう、アタイらが相手になってやンよ。カナタ、準備しな!」


やっぱ炎の女王に火が点いたか。でもなあ、それって問題あるよな。


「飛び入り参加はアンフェアですよ。試合をやってないオレらは、全然消耗してないんですから。」


「ハッ!俺らも消耗なんざしちゃいねえよ。飛び入り上等、かかってこい!」


やるのはやぶさかじゃないんだが、パートナーの意向ぐらいは確かめなさいって。困った人だな。


「フィネル少尉、いいんですか? やるとなったらオレもマリカさんも手は抜きませんが。」


四天王ビッグ・フォーが出ていたのなら、きっと優勝していただろう、と思われるのは業腹です。かかっていらっしゃい。」


本物の金髪を浜風になびかせながら、フィネル少尉はニヤリと笑った。アスラ部隊は何気に金髪率が高いのだ。偽も混じってっけどな。


「話は決まりだな。やンよ、カナタ。」


了解ラジャー。では遠慮なく、飛び入り参加といきますか。」


急造コンビではあるが、オレとマリカさんなら問題あるまい。バレーで組むのは初めてだが、戦場では何度も組んでる。


(カナタ、勝ったらアタイの生乳なまちちを見せてやンよ。頑張ンな。)


マジかよ!……やる気が出てきたねえ。


(これは負ける訳にはいかないな。大人げなく勝ちにいきますか!)


(見せるついでに、やろうか?)


(……な、何を挟んでくれるんですか?)


(何かって、に決まってンだろ?)


わぉ、メッチャたぎってきたぞぉ!もちろん、滾ってるのは闘志な?




破格の勝利報酬が提示された。この勝負、勝つしかねえぜ!


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