南国編22話 と金の誇り



ガーデン最強のビーチバレー選手は誰か、それは誰も知らない。なぜなら、ガーデンにはビーチがないから。


基本的にというか、徹底的に軍人稼業は肉体労働である。ヒムノン室長のような例外を除けば、体を動かす事を好む。そして、負けず嫌いの多いガーデンマフィアがビーチバレーに興じていれば、"誰が一番上手いのか?"という疑問には、早晩行き着く。本業の戦闘においては、明確な優劣を付ける事を避ける傾向にある部隊長達だが、遊びとなれば配慮も遠慮もない。


龍球でバカンスを過ごしているのは、クリスタルウィドウ、凛誠、クピードー、レイニーデビル、衛刃、スケアクロウの6個大隊、要は泡路島攻略の先遣部隊だ。これだけゴロツキがいれば、ロクでもない事を言い出す輩が絶対に出てくる。そして今回の黒幕はロブちんこと、ロバート・ウォルスコット少尉だった。なに食わぬ顔で方々を回って対決を煽り、見事にビーチバレー大会を開催させるコトに成功した。そして自分はちゃっかりトトカルチョの胴元に収まって一稼ぎ、という訳だ。


「大将は誰と組むんだ? 俺も一応、案山子軍団の一員な訳だからして、大将組張らなきゃいけないからねえ。」


「胴元が賭けに参加すんな。おとなしくオッズ表だけ作ってろ。」


「あらら、バレてんのかよ。表向きはチャッカリ先生が胴元になってんだけどな。」


「あのチャッカリ屋がオッズの作製なんて面倒を背負い込むかよ。ロブの悪巧みに乗るのも癪なんで、俺は出ない。」


「大将、すぐにバレる嘘をつきなさんな。選手として出場したんじゃ、揺れるおっぱいを堪能出来ないから、出ないだけだよな?」


バレてーら。


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我が案山子軍団から出場するのは、シオン&ナツメ組と、リック&ビーチャム組に、牛頭馬頭の兄妹組、それにガラク&トシゾー組だ。ウチから4チームも出場するんで俺は遠慮しといた、というのもあるにはある。衛刃からは大師匠&セイウンさん組だけだったりするしな。


クリスタルウィドウからはシュリ&ホタルの夫婦組が出るのか。ラセンさんは胴元(名義貸しだけど)だし、ゲンさんは、年寄りになるから不参加。マリカさんは"アタイが出たら、賭けにならない"と嘯いて、見学に回った。まあ、マリカさんが出れば、相棒が誰だろうと優勝候補筆頭だからな。コートの全域をカバーする最速の足と、最高のジャンプ力で飛んでから繰り出すパワースパイク、相棒はトスを上げるだけの楽なお仕事だ。


本命が不在だと、マジで誰が勝つのか読めないな。技師の金髪先生&フィネルさんのコンビはソツのない強さを見せるだろうし、シグレさん&アブミさんの次元流コンビも侮れない。先読みの強さを発揮するのは元祖次元流の大師匠&セイウン組も同じだろうし、身体能力の高さと息の合ったコンビネーションなら、シオン&ナツメ組だって秀逸だ。例によってダミアンは出ないが、レイニーデビルからはパワーが自慢の、ハッサン&ダニー組が出てくる。こりゃお楽しみは、揺れるおっぱいだけでもなさそうだぞ。


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調子ノリのお祭り好きがイヤほどいるせいで、プライベートビーチは満員御礼。白熱の戦いが繰り広げられているが、やはり強いのは異名を持った中隊長以上で構成されてる出場チームだ。


そして最大のサプライズは、シグレ&アブミチームの入場時に起こった。なんとあのシグレさんが水着姿で登場したってんだから、ゴロツキどもの驚きはハンパない。背後から大軍に奇襲されたって、ガーデンマフィアどもはあんなツラはしねえだろう。


「師匠!弟子のオレが記念写真など…」


ずずいっと近寄ろうとするオレを、漫才女がブロックする。


「局長に寄るな!ウチの鉄製ハリセンでしばき倒されたいんか?」


サクヤ、もうそれ、ハリセンちゃうやろ。ただの凶器やろ。


おっぱい革新党の同志達はSSレアの被写体を前に大はしゃぎ。イカ頭巾を被ってないのにそんなにはしゃぐと、"党員です"ってゲロしてるようなもんだぞ……


「シグレの体には無数の傷痕があるって噂だったけど……」


誰かが訊くだろうとは思っていたが、やっぱリリスか。まあ、直裁的かつ無遠慮な物言いが許されているキャラではある。


「アタイがファンデでちょちょいとね。いい仕事だろ?」


やっぱ親友のマリカさんの仕業だったか。おっと、言葉の猛獣リリス使いであるオレのセンサーが"いらんコト言い"の気配を感じ取ったぞ。テレパス通信で警告しておこう。


(リリス、気にするか否かは本人の問題だ。)


(傷痕はシグレの克己心と修練の結晶でしょ。恥じるべきじゃなくて、誇るべきなんじゃない?)


(オレもそう思う。だがそれは"オレ達の考え方"だ。)


(たとえ正しい考え方であっても、"強要した時点で"正論ではなくなる。どうしても白黒つけなきゃいけない問題なら別だけど、あやふやにしておいて差し支えない事だったら、無理に変える必要はない。それが少尉のポリシーだったわね。)


我ながら日本人的だとは思うが、そんなところだ。シグレさんが気にしてるなら気にしてていい。当のシグレさんから教わったコトだが、"瞑るまい、瞑るまい"と意識すれば、人はまばたきしてしまう。"気にするな"は、典型的な気休めの台詞だけど、オレは"気にするな。でも気にしたいならしててもいい。どっちにしても、オレは味方"というスタンスでいたい。


「……カナタ、私を女々しいと思うか?」


師にそう問われたので、間違いを正しておく。弟子が師に意見する場合だってあるのだ。


「ちょっと字が違ってますね。正しくは"女らしいと思うか?"でしょう。そして答えは"イエス"です。」


体の傷痕を気にしている心も、しなやかで引き締まった体も、女性らしくていい。"この傷痕は私の誇り"と、自慢してくれたら、もっといいかな……


でも、それは"シグレさんが決めるコト"だ。


「カナタは世辞と言葉遊びが上手いな。……私の弱さを知りつつも、あえて指摘せずに、寄り添い見守る。三人娘が惚れる訳だ。だが弟子に見守られているようでは、師の立場がないかな?」


「オレはシグレさん達に鍛えてもらって、ここまで強くなれました。その強さを誇りにしていますが、同時に"自分の弱さ"も大事にしています。オレにはいっぱいダメな部分がありますけど、それも含めての自分ですから。羅候の連中が聞いたら鼻で笑うでしょうけど、"弱いからこそ、強くなれる"……オレはそう思っています。」


「そうだな。私達は"虎"ではない。生来の強者ではなく、弱者からの成り上がりだ。歩兵も成れば、と金になる。私は自分が"と金"である事を誇ろう。」


虎が強いのは、元から強いから。そういう強者も存在するコトは否定しない。だけど、裕福な親からの仕送りで、甘えた生活を送っていた半ニート大学生だったオレが、この星で人の輪に育まれ、ここまでこれた。


……思えば地球にいた頃のオレには、親父に四の五の言う資格なんてなかったんだ。親父の稼いだ金で、ぬるま湯に浸っていたんだからな。親に反抗したきゃ、自分の力で生きてみろってんだよ。高校を出てすぐに働いてる人なんて一杯いる。なにも中学→高校→大学と進学するばかりが人生じゃない。高校受験に失敗して、親父に見限られたんなら、もう頼らずに自活すりゃあいい。自分で稼いで、自分で学ぶコトだって出来る社会だったんだから!


だが、負け犬だったかつての自分とは、もうおさらばした。頼り切るコトを信頼だと勘違いしていたオレはもういない。地球にいた頃のオレが"信頼"だと思っていたのは、"依存"だったんだ。信頼とは、"人を信じ、頼られるコト"だ。


いや、待て。今は天才ちびっ子に生活のかなりを依存しているような気もするぞ……まあ、お互い様ってコトにしとこう。


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審判はハシゴ椅子に座って試合のジャッジをする。つまり、斜め上から色んなおっぱいを堪能出来るのだ。だがなぜか、オレには野郎同士の試合ばっかり、審判役が回ってくる。……くそぅ、誰かの作為を感じるぞ……


とはいえ、フィジカルエリート達が、大真面目にビーチバレーに興じる姿も一興ではある。クダんねえコトにほど熱を上げるゴロツキどもは、お遊びのバレーにも大真面目だ。プロの排球選手じゃあるまいし、そこまでムキになるかねえ。……密かに用意しておいたマイボールで、リック達とのボーリング勝負に勝ったオレも人のコトは言えないか。


華麗なる美技、反則スレスレの荒技と、ゴロツキ達は死力を尽くして勝ちに拘る。そしてトーナメントが進行すれば、敗者がふるい落とされていくのは当然の話だ。


無名連中の中では最後まで残った牛頭馬頭組とガラクトシゾー組だったが、まず牛頭馬頭組が技師トッドの妙技の前に敗退を余儀なくされ、ガラクトシゾー組もサクヤヒサメ組を相手に善戦はしたものの敗れた。


なんせ"怪我をさせない程度なら"希少能力の使用が認められるってレギュレーションだからな。目立つのが大好きなお祭り女サクヤは、容赦なく"竜巻スパイク"を連発して、トシゾーをノックアウトしたのだ。


「お館様、サクヤはやり過ぎでしょう!見て下さい、トシは気絶してますよ!レギュレーション違反だ!」


目を回した相棒を背負ったガラクが憤るが、後の祭りだ。


「ガーデンじゃ気絶は怪我の内に入らん。おまえだってわりかし容赦なく"氷結スパイク"を使ってただろうが。」


その氷結能力でも氷雨ひさめさんに及ばなかった。んで、希少能力抜きでも負けてただろうってわかんねえのが、おまえのダメなトコなんだよ。悔しいの前に、なぜ負けたのか、何が足りなかったのかを考えるべき段階だってのに、困ったヤツだぜ。


「ガラク、負けてから言い訳するのはみっともないぜ。」


オレの隣に座って試合を見学していた田鼈家の跡取りに窘められた天羽家の跡取り、だが怒りは収まらない。


「ゲンゴは引っ込んでろ!試合に出てもいねえ癖に!」


「言い訳の後は八つ当たりか? ガラク、そんな熱量があるのなら、己の研鑽に注げ。」


ったく。おまえはホントに手がかかる。当分はオレが手綱を握ってないといけないな。


「ですが!」


オレが軽く睨むと、不承不承といった顔のガラクは、一礼してから引き下がった。


その後ろ姿を見送りながら、ゲンゴが濃い顎髭を擦った。


「業炎防衛部隊で天狗になってた俺も、ガーデンに来て鼻っ柱をへし折られました。ガラクもそのうち学ぶんじゃないスっかねえ。負けず嫌いは、いい事でもあるんだし。」


ゲンゴはちょい見しただけで、井戸の外の世界は広いと気付いたからな。痛い目に遭ってんのに、まだ鼻を伸ばすガラクとは違う。ガキの頃から絶対的な格上マリカさんの存在を知っていたゲンゴと、辺境でヒャッハーを相手に無敵を気取っていたガラク。心構えの差は大きいようだ。


「アイツは負けず嫌いじゃない。"負けを受け入れられない"だけなんだ。」


「どういう意味ですか?」


「サクヤは最強中隊長決定トーナメントでキーナム中尉に敗れたが、言い訳はしなかった。副長兼任の中隊長は出場不可ってレギュレーションを、"トーナメント開催日前日に辞任して、翌日に復帰する"なんて反則まがい、いや、反則そのものをやられたってのにな。」


「それ、最大限に擁護しても"脱法"ですよね。」


擁護しなけりゃ違法だよな。でなきゃ温厚なシグレさんが"激おこモード"になる訳もない。


「実家で出してるタコ焼きと同じで、味のあるコトを言ってたよ。"気に入らへんなら勝負せんかったらええんや。副長がなんやっちゅーねん、やったるで!ちゅうて勝負したんやから、結果に四の五の言うのはおかしいやろ。イチャモンつけるのは、負けるよりもみっともないわ"だとさ。シグレさんの話じゃあ、サクヤはトーナメントが終わってからは、タフさを磨きつつ、機動力を奪われた場合の戦法を研究し始めたそうだ。」


「なるほど、負けを受け入れたからこそ、進歩と成長がある。サクヤさんは負けず嫌いで有名ですけど、負けは負けだと認められる人なのか。」


「ああ。だが小天狗ガラクは負けた時でも、心のどこかで"俺の力はこんなもんじゃない"ってしている。だから持ってる素質ほど、力が伸びない。」


「隊長、どうしてそれを教えてやらないんですか?」


「諭して身に付く心構えじゃないからだ。ゲンゴみたいにさっくり理解出来るタイプは、ほっといても気付く。ガラクが"敗北を糧に成長する強さ"を得るのには、時間がかかるだろう。」


あの小天狗が考えているコトなんて、手に取るようにわかる。"お遊びのバレーで負けただけだ。剣の勝負で負けた訳じゃない"とか言い訳しているだろう。"トシゾーに足を引っ張られたから負けた"と言い訳しているなら教育の必要があるが、小天狗も少しは成長している。相棒への信頼は本物だ。


「おっ、次はSSレア……もとい、シグレさんの試合か。じゃあ幹事長、俺は撮影スポットに移動します。」


「うむ。同志ゲンゴ、抜かるなよ?」


ゲンゴが出場しなかった理由もやっぱりそれか。オレはプライベートビーチを見下ろせるホテルの窓に着目する。……やはりな。同志ギデオンを助手にした同志ギャバンが、望遠レンズを準備している。



"こう見えても僕は、アマチュアカメラマンコンテストで準グランプリを取った事があるんだよ"とか言ってたし、出来栄えに期待させてもらおうじゃないの。


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