南国編21話 黒幕はレトロゲームがお好き
私の休日には、休日の中に余暇がある。中の余暇とは、家族サービスではなく、自分がやりたい事をやる時間の事だ。私の場合は"レトロゲームの攻略"がそれにあたる。受験には苦労しなかったが、将来を考えて受験以外の勉強に明け暮れていた私は、あまりゲームをやる時間がなかった。リアル人生ゲームに勝利してから、ゆっくりゲームを楽しもうと思っていたのだ。そして虚構の人生ゲームのゴール目前で、蹉跌を踏んで人生の真実に気が付いた。虚構に気付いてしまった以上は、失った息子と青春、どちらも取り戻したいものだ。
息子との絆を取り戻すのは、難易度"ベリーハード"だが、レトロゲームを遊ぶのはベリーイージーだ。幸いな事に、私のような中年向けに、レトロゲームを復刻販売している会社がある。権藤に頼んでデータの入ったUSBメモリを送ってもらえば、それでミッションコンプリート。後は楽しむだけだ。
「あなた、そろそろゲストが到着する時間よ。ゲームはそこまでにしてください。」
好事魔多し、今日はゲストが我が家にやってくる日でもある。一日でも早くここに来てもらえ、と命じたのは私だから、休日と被ったからと言って、文句を言う訳にもいかない。
「もうちょっとだけ。このゲームはゲートを潜らないとセーブ出来ない仕様なんだ。」
「私がザ〇ドゥを知らないと思っているでしょう? ブラックオニキスを使えばどこでもセーブ出来る事ぐらい、知ってます!」
クッ!妻がザ〇ドゥの経験者だったとは!
「私がバースファンである事を隠していたように、キミもザ〇ドゥ経験者である事を隠していたのか……」
「ええ。私は"隠しショップ"を使わずにクリアしました。言っておきますが、先にレベル10に行ってバトルスーツやヴォーパルウェポン、+7ラージシールドなんて入手してないわよ?」
最強武具の先行入手不可&隠しショップ未使用でクリアだと!今まさに、私がやろうとしている事じゃないか!なんて事だ、"風美代がザ〇ドゥ上級者だった"だなんて……
「ちなみにシナリオⅡもクリア済みです。」
"結婚とは新たな発見の連続である"が、親父の哲学だったが、どうやら真理だったらしい。……私の場合は再婚、だが……
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「アンタが"
我が家にやってきた助っ人軍人は、期待通りの風格、強者特有のオーラめいたものを漂わせていた。
"
「よく来てくれた。私が風見光明だ。こっちが妻の風美代と娘のアイリ。そして元殺し屋の相棒、バートラム・ビショップだ。」
「……バートラム・ビショップ。なるほど、おまえさんが"
助っ人は腕利きの工作員だけに、暗黒街の事情にも詳しいようだ。
「そんな風に呼ぶ者もいたみたいですね。暗黒街の腕自慢なんて、プロの兵士からすれば笑い種でしょうが。」
「そうでもない。どこに居ようが、強者は強者だ。現に"人斬り"トゼンは暗黒街上がりだろう。」
「彼は暗黒街でも別格中の別格扱いでしたよ。"
さもありなんだな。プロの兵士が束になっても手に負えない悪魔を、チンピラ如きがどうにか出来るはずもない。復讐が終わってから判明した事だが、
「俺にゃあな、乾きモンとカップ酒がありゃ十分よ。おい、自称ドン。黒いのはイカスミパスタだけにしときな。俺は腹黒い奴ぁ嫌いじゃねえが、性根まで真っ黒な野郎は叩き斬りたくなるんだ。ウロコも
そう毒づかれたアンチェロッティは、人斬りの招聘を断念した。プライドだけは高いマフィアボス達とドン・アンチェロッティが一線を画していたのは、罵詈雑言に報復など考えず、綺麗に手を引き、不干渉を貫いた事だ。
"金銭や色香で動く男ではない"、
地上げに成功すれば、巨額の金を掴めるのだ。ビショップ神父と丁寧に交渉し、新しい教会の建設と手厚い補償金を提示すればよかった。私だったら、神父の養子達への学費の提供や、進学就職の為の便宜供与も申し出ていただろう。貧乏教会の主だったビショップ神父の最大の悩みは"子供達に夢を叶えさせる為の金とコネ"だったのだからな。円満に解決さえすれば、"地上げ"ではなく、"真っ当なビジネス"だ。高潔な人格者だったビショップ神父が、マフィアの助力を断ったとしても、皆殺しにする必要はない。神父一家を力尽くで引っ越しさせ、金も与える。そうしておけば、恨まれはしても、復讐に命を賭ける
暴利を貪る事なく、自分と関係者全員を"受益者"にする。元の世界で私が見てきた"真の成功者達"は、皆そうしていた。WIN・WINの関係を、この助っ人とも成立させねばな。
「ケリコフ君、直属の部下になる三羽烏に引き合わせる前に、少し話がある。私の"元いた世界"での話だ。」
「だいたいのところはカナタから聞いている。なにか補足すべき情報でもあるのか?」
「ああ。カナタから私の本名が"権藤杉男"だと聞かされているだろうが、それは私の友人の名前だ。私の実の名は"天掛光平"というのだよ。」
「なんだと!?……それじゃあ、アンタは……」
「そう。カナタの父親だ。」
私と直接関わり合う立場で、頭も良ければ機転も利くケリコフ君は、細かな点から真相に辿り着く可能性がある。であるならば、全てを話して、口止めする。リスク管理と信頼関係の醸成の為に打つべき一手は、これしかない。
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私は天掛家の家庭事情を、助っ人軍人に全て話した。
リビングのソファーに深々と身を沈めたケリコフ君は、私と妻の顔を交互に見てから口を開いた。
「……カナタが地球にいるはずの家族の事には言及しないはずだ。他人の家庭に口を挟む趣味はないが、アンタらは親として、ちょっとどうかとは思うぞ? 俺の親父は貧しい炭鉱夫だったが、息子の俺に精一杯の事をしてくれた。鉱山の事故で死んじまったが、いい父親だったと今でも思う。」
「でもお父さんもママも、いっぱい反省してるんだよ!」
私達を弁護する娘に、ケリコフ君は大人の理論で応じる。
「お嬢ちゃん、反省したら免罪されるのは小学生までだ。」
「でも!」
「カナタは教授を信頼している。だが、いま正体を明かせば、どうなるやらわかったもんじゃない、か。俺も同感だ。カナタは情に厚いが、それは"正負を問わず、情を重んじる"という事でもある。情愛が深い人間は、憎悪も深い。絶対零度の
ケリコフ君はカナタをよく理解してくれているようだ。どれだけ強かろうとも、機微のわからない人間を見込むほど、息子の目は節穴ではない。
「カナタが市井の一市民なら、私も妻もすぐにでも…」
「それもわかっている。キーパーソンであるカナタが機能不全を起こせば、御門グループは心肺停止状態になりかねん。カナタは表の総帥と代表、裏の教授と俺達を繋ぐ結節点だからな。」
もう御門グループの内幕を把握しているのか。やはり大した男だ。
「……だが教授、"時が来ればカナタに全てを打ち明ける"、その言葉は絶対に守ってもらうぞ。結果がどうなるかは知らんが、このままでいいとは思わん。アンタの事だから"カナタが拒絶した場合の対応"も考えているはずだが……」
「無論だ。そうなった場合は、私と妻は組織から身を引き、二度とカナタの前には姿を現さない。」
そうなった場合に備える為にも、キミのような男が欲しかったのだ。
「娘と相棒はどうする気なんだ?」
「組織に残るさ。それは問題ないと確信している。カナタは無関係の人間に八つ当たりするような男ではないからな。」
「お父さん!」 「コウメイ、私は…」
娘と相棒を手で制し、ケリコフ君はある提案をしてきた。
「おっと、その議論は身内でやってくれ。教授、カナタ達はバカンス先から泡路島の攻略作戦に出向く。その作戦には俺も参加しよう。御門グループから増援部隊が派遣されたという形を取れば問題ない。先行部隊のツートップ、カナタと緋眼は俺の生存を知っているんだからな。」
「そうしてくれれば心強いが、後遺症の問題がある。T・アンチポイズンは、オリジナルほどの性能はない。不発弾を抱えたまま、任務に赴くのは危険だ。」
「入院中でも、そこらのジャンキーみたいに突然フラッシュバックを起こした事はなかっただろう? 前兆を察知し、スタッフに警戒を促していたはずだ。万が一、任務遂行中にフラッシュバックが起きそうになったら、自分で自分を失神させる装置を作動させればいい。そんな装置ぐらい、御門グループなら簡単に作れるはずだ。俺でなければ対処出来ない輩を速攻で始末して、後は仲間に任せるさ。」
アンチポイズンを処方されてからは、一度もフラッシュバックは起きていない。九分九厘安全で、運悪く一厘が出た場合の保険もある。ならば、問題ナシだ。
「わかった。顔合わせを済ませたら、すぐに派遣部隊の人選を開始しよう。三羽烏の一人は、キミをここに連れてきた甲山君だ。」
「"甲山梅雪"は、偽名だろう?」
それも見抜かれていたか。なぜ偽名だとわかったのかを、後からレクチャーしてもらう必要があるな。
「その通りだ。彼女は甲田小梅、これも元は偽名なのだが、彼らは仮の名だったはずのコードネームを本名にしている。甲田小梅、乙村竹山、丙丸吉松で三羽烏。ケリコフ君が部隊長とすれば、彼らは中隊長といった位置付けになるのかな。」
「甲乙丙で松竹梅か。連なった意味を持つコードネームを本名にしているのは、三人の団結力が高い事を示唆している。腕が伴っているのなら、いいチームになるだろう。教授、俺にもコードネームを付けてもらおうか。」
この最強の助っ人に相応しいコードネーム。……よし、決めたぞ!
「ケリー・B・バルカがキミのコードネームだ。」
「バルカ? どんな由来なんだ?」
「元の世界にハンニバル・バルカというゲリラ戦の名手がいた。世界帝国と言っても過言ではないローマ帝国に戦いを挑み、散在苦汁を飲ませた名将だよ。彼が活躍したのは古代だが、2000年以上経っても、その戦術を現代軍人が参考にしていたほどだ。」
「おやおや、歴史上の偉人じゃないか。名前負けしないようにせんとな。間のBとはなんのBだ? 貴族になった覚えはないんだが。」
「
「ケリー・
個人的には真ん中のBにはbass(バース)の意味も持たせたつもりなのだがね。誰も隠された意味には気付いていまい。
……娘がジト目で私を見ているな。聡い娘を持って、父は幸せだよ。
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