南国編19話 発想の天才
皆と会食する前に、ケリーのお見舞いにでも行ってみるか。ホテルの売店で買った手土産をサイドカーに放り込んで、オレはバイクを走らせる。特別病棟に向かう途中で、ケリコフ治療チームのリーダー、甲山女史に声をかけられ、病院の応接間まで案内された。教授が送り込んでくれた薬物治療の専門医、甲山梅雪さんは、ケリーの現在状況と今後の治療日程を説明してくれる。
「……と、いった感じでしょうか。通常の
ケリーは中量級だけど、手練れの重量級ですら捻じ伏せるパワーを持ってるからな。しかも理性が飛んでいても、鍛え上げた殺人技を的確に繰り出せるし……
「やっぱり暴れたのか……」
「無理もありません。常人なら廃人になる質と量の麻薬を投与されていたのですから。ケリーさんからは"危ういと判断すれば緋眼に連絡しろ"と言いつかっています。」
なぜマリカさんに? オレがいるじゃないか。
「マリカさんではなく、オレに知らせろ。ケリーの戦法を知っているオレの方が対処もしやすい。」
「お言葉ですが、クルーガー氏は"男"なのです。龍弟侯の情に厚いお人柄を知っていている以上は、火隠大尉に頼むに決まっています。誤解なきように言い添えますと、私もクルーガー氏も、火隠大尉の情が薄いと思っている訳ではありません。ですが大尉は
「………」
「何より、ケリーさんは"友"と認めた龍弟侯に"苦しんでいるところや、弱っているところを見せたくない"のだと思います。私は女ですけれど、そういった"殿方の意地"は、理解出来ますし、好ましく思います。」
……もし、オレがケリーの立場だったら……禁断症状に苦しむ姿をシュリにだけは見せたくないと思うだろう。安っぽい見栄かもしれないが、伊達と見栄に命を張るのがガーデンマフィアの美学だ。
「……そうだな。ケリーが暴れ出して手に負えない場合は、マリカさんに対処してもらおう。オレからもそう頼んでおく。ただ、もうじき"バブルクラウド作戦"が発令される。そうなったらマリカさんも龍球から離れるコトになるが……」
「それまでにはリグリットからさらなる増援チームが派遣されて来ます。彼らはサワタリ所長が以前から研究を進めていた試薬も携えてくる予定ですから、劇的な回復が可能かもしれません。」
「試薬? どんな試薬だ?」
「
そうなんだ。オレが搭載しているアンチポイズン機能やバイオセンサー機能といった戦術アプリは、零式には搭載されていなかった。教授は"カナタが搭載しているユニットは、零式に似てはいるが零式ではない。おそらく、零式のベースとなったオリジナルなのではないか"と言っていた。たぶん、教授の予測は的を射ている。オレの搭載しているユニットはバイオメタルの生みの親、叢雲トワさんが、トワさんの研究に協力していた姉さんに渡してくれたものだしな。
"この
やはり教授の言う通り、ゼロ・オリジンは、XXー0とは別物、そう考えるべきだろう。……あっ!じゃあ叢雲トワさんは、息子である叢雲トーマにもゼロ・オリジンを渡していたんじゃないか?
……念真力をバカ食いするから普段はオフってるバイオセンサー機能、だが念真強度1000万nを誇る死神トーマには屁でもない。
剣術武術のド素人である彼の弱点を補うにはうってつけ過ぎる。叢雲トワさんは"せっかく開発したのだし"と、"ゼロ・オリジンにはバイオセンサー機能も載っけといた"が、コトの真相に近い気がする……
「サワタリ所長はオレのデータを元に、アンチポイズンアプリを開発していたのか。アニマルエンパの戦術アプリ化といい、天才だな。」
「はい。サワタリ所長は御門グループの至宝です。教授も"機構軍に亡命された生体工学の最高権威、百目鬼兼近博士にも引けを取らない"と、仰っていますわ。」
オレと最初に会った時の彼女は、姉さんからは信頼されていたが、何人もいる開発主任の一人に過ぎなかった。照京バイオコーポレーションでは最年少の主任だった訳だから、彼女の素質に気付いていた者はいたに違いない。だけど、才能に相応しい権限と裁量を行使出来る地位は与えられていなかった。そんな彼女に教授は、グループの持つ技術を結集させた最新鋭の研究施設と経験豊富な精鋭スタッフを与え、全権所長の椅子を用意した。
その結果が、希少能力アニマルエンパシーの戦術アプリ化、そしてT・アンチポイズン試薬の完成だ。
「T・アンチポイズンは量産化出来そうか?」
パーム協定で劇毒の使用は禁じられているが、協定破りの例は枚挙に暇がない。オリジナルのアンチポイズンの性能には及ばないにせよ、毒無効の特性はアスラの仲間達には持たせておきたい。
「T・アンチポイズンの量産化には意味がないんです。零式ユニット搭載でないと効果がない、のだそうで。」
「そうか。サワタリ所長には"さらなる性能の劣化"を試してくれと伝えてくれ。」
「性能の
「上げるのは難しいが、落とすのはそうでもない。うまく性能を落とせば、5世代型にも流用可能かもしれんからな。毒無効が無理なら、毒半減でも軽減でもいい。それで助かる命も出てくる。」
「……"発想の天才"、教授の仰った通りですわね。サワタリ所長には龍弟侯のお言葉を伝えておきます。」
オレが天才なもんかよ。"上げられないなら、落としてやる"、シュリが分身の術を編み出した経緯をパクらせてもらっただけだ。
────────────────────
「………手土産は"飲むヨーグルト"か。カナタ、俺が好きなのは"ヨーグルトリキュール"だぞ?」
少し頬のこけたケリーは、オレの持参した土産を見て文句を言った。
もう治りかけてはいるが、腕に滲む内出血の跡。おそらく足にも同様の跡があるはずだ。手足の傷に頬がこけるほどのカロリー消費、昨晩はかなり暴れたようだな。
「ケリー、ここは"病院"だぞ? 飲みたいんなら、早く退院するコトだな。」
液体ヨーグルトの入ったガラス瓶の蓋を開けたケリーは、グビグビと白い液体を胃に流し込む。
「ふ~、なかなかお高いヨーグルトみたいだな。そうそう、バスクアルには絵葉書を送っておいたよ。マウタウに届くのには時間がかかるだろうが、ギロチンカッターは再編の最中だろうから、即座の出撃はない。これで問題は解決だ。」
マリアンヘラ・バスクアルはボスの指示には忠実に従う女だ。これでギロチンカッターとの交戦は考えなくてよさそうだな。
「体調が回復したら、ケリーにはリグリットへ行ってもらう。首都にある御門グループの秘密施設にいる"
「なるほど、俺はその教授とやらと組めばいいんだな?」
「そうだ。ところでケリー、オレは"この星の生まれではない"んだが、どう思うね?」
賭けではあるが、十分な成算がある。どの道、教授の顔を見れば、オレが"クローン兵士"であるコトに、ケリーは気付く。秘密を小出しにするくらいなら、いっそ全てをブチまけてしまう方がいい。ケリコフ・クルーガーと教授の間にも、絶対的な信頼関係が必要なんだ。避けては通れぬ道ならば、踏み越える以外にない。
「特に驚きはしない。おまえさんは"おっぱい星"から来たらしいな。ネヴィルの指令を受諾した後、一時は本気で"色仕掛け"を検討したぐらいだ。」
オレのおっぱい好きまで調べ上げてたのかよ。世界最強の工作兵だからって、やり過ぎだろ。
「おっぱい星は心の故郷だが、実際に生まれた星は"地球"ってところだ。地球はこの央球によく似た星でな。オレは
「おやおや、俺の戦術クロックが狂ってるのかな。カナタ、今日は
「そう、真面目に話している。結論から言えば、オレも教授も"別世界から来た異邦人"なんだ。」
「詳しく話せ。興味が出てきた。」
"リスクを取らずに得られるリターンなどない。最強の工作兵、ケリコフ・クルーガーに我々と行動を共にしてもらうのならば、私とカナタの秘密は話しておいた方がいいだろう"、オレ達の秘密を話すコトには、教授の同意も得ている。
教授は片手の数以下の最側近には素顔を見せ、自分とオレが異邦人であるコトを伝えている。ケリコフ・クルーガーを例外にする理由はない。教授が選んだ側近達だから有能に違いないが、強さにおいてケリーを超える者はいないと断言出来る。この星でも指折りの強者を迎え入れるのならば、最大限の礼を尽くすべきだ。
玄徳は孔明を迎える為に、三顧の礼を尽くした。"暗黒街の軍師、
しかし"風見光明"ねえ。教授、偽名を名乗るのはいいけど、格好つけ過ぎだろ。……本名は"権藤杉男"の癖にさ。
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