南国編18話 皇女の苛立ち



「人間ってのは不思議なもんでね。頭のいい奴でも、"相手の裏をかいた、考えが読めた"と確信すると、そこで思考停止しちまうんだ。ごく稀に、"本当にそうか? これも罠じゃないのか?"と疑う奴もいるんだが、そんな捻くれ者は天才秀才ではなく、奇人変人と言うべきだろうね」とはボクの指南役、トーマ少佐のお言葉だ。


ご自身の発言によれば、少佐も天才秀才ではなく奇人変人に分類されるってわかってるのかな? 書類の決裁を終えたボクは、執務室の金庫を開けて、の中からあるモノを取り出す事にした。ちょっとした自分へのご褒美の品だ。


この厳重な金庫は、一流の金庫破りでも開けるだけで一苦労だろう。そして、その金庫破りが頭のいい人間であれば、金庫の高さと床厚の不一致から、二重底になっている事にも気付くかもしれない。そして二重底に隠されている宝石類を見てニヤつく。してやったり、と。


でも、本当に大事なモノは床をくり抜いてスペースを確保した三重底の中に隠されているのだ。しかも心理的トラップである二重底の中には、大きな宝石を散りばめた宝石箱が置いてあって、箱が所定の位置から動くとセンサーが働き、執務室をマグナムスチールの格子で封鎖する。三重底を開けた場合はもっとヒドくて、底面に設置されたカメラが顔認証して、"ボクではない"と判断すれば、即座に警報を鳴らして部屋を封鎖すると同時に、催涙ガスまで噴霧される。


「ローゼ姫本人に違いありませんね?」


三重底を開ける秘密の手順を踏んだボクに、金庫さんは丁寧に質問してくる。もちろん、声紋認証の為にだ。


「はい、ボクはスティンローゼ本人です。今日はいいお天気ですね。庭のお花も嬉しそうです。」


一言一句、台詞を間違えてはいけない。これは声紋認証であると同時に、パスワードでもあるのだ。面倒な手順を終えたボクは、一冊の写真集を取り出し、金庫を閉めて執務机に戻った。


"完全適合者・天掛彼方"、写真集にはそう銘打たれている。別件でロックタウンに行っていた赤衛門さんが、"御入り用かと思ったもので"と買ってきてくれたのだ。カナタの写真集は一般販売とは別に、ロックタウンでのみ限定発売されたバージョンもある。ロックタウンのコムリン市長はやり手みたいだ。


どれどれ、カナタの奴、元気にしてるのかな? ページをめくる度に、プロの写真家のスゴさを感じる。だって、カナタはこんなにカッコよくないもんね!もっとニヤケた顔で、ヘラヘラ笑ってるもん!


女性ファンへのサービスショットなのか、上半身裸で刀を構えている写真もある。魔女の森で見た時より、さらに鍛えられた鋼の肉体。……厚い胸板の中央に4本の傷痕が残ってる。森のヌシと戦った時の傷が、残っちゃったんだ……


なになに、"治そうと思えば治せるが、思い出を胸に刻む為にあえて残しておいた"って説明文に書いてある。うんうん、よろしい!ボクとの思い出を忘れたくないって事だね!


上機嫌になったボクは、さらに頁をめくっていったんだけど……なに、コレ!女の子との写真が一杯じゃない!……カナタの奴~、これ見よがしにイチャついてるんじゃない!本の中じゃなきゃ、引っ掻いてやるのに!


しかも途中からは案山子軍団の女の子達の特集ページになってる!"絶対零度のこぼす微笑み"、"殺戮天使に戻った笑顔"、"魅惑の小悪魔"、"赤毛の新星"、"龍頭大島から来た狩人"、"飛び級卒業の英才"……これじゃもう、"カナタガールズの写真集"だよ!


妙に分厚い理由は二部構成だったからかぁ。後半部分を目当てに買った人も多いんだろうな。シオンさんは大人の雰囲気でセクシーかつ綺麗だし、元気一杯のナツメさんは可憐で可愛いし、リリスちゃんはここまで造形の整った顔が実在するんだって感嘆するしかないレベルだし……それはそれとして、だ。


カナタ争奪戦から完全に出遅れているイライラが、溢れそうになってきちゃった。とりあえず、窓を開けて、と。それからテレパス通信の回線を開いて、護衛のみんなに”イライラ上昇中、思いっきり叫ぶね!”と伝達。これで準備はよし。大きく息を吸って~……


「あ~~~!!もう!!本気でイライラするんですけど!!(カナタの)バカ~~~!!!」


大声を出したついでに、床を思いっきり踏み締めてやろ!


(姫、そこまでストレスが溜まるまで、書類仕事を頑張らなくてもいいのですよ? クリフォード殿や、ザップ大尉がいるのですから。)


控え室のギンがテレパス通信を飛ばしてきたので、返答しておく。書類仕事でイライラしてたんじゃないんだけどね。


(大丈夫。もうすぐお昼だから、ラーメンでも食べに行こうよ。)


窓の下にある大木の天辺にいたタッシェが、大声を出したボクの元へと戻ってくる。


「キキッ?(姫たま、イライラしてるの?)」


「してたの。発散したからもう大丈夫。タッシェ、ちょっとお出掛けしよっか?」


「キキッ♪(一緒にいくの♪)」


定位置(ボクの肩)についたタッシェは、執務机の上にあるカナタの写真に気付くと、歯を剥き出して笑った。タッシェもカナタを忘れていないのだ。


─────────────────────


めん吉でラーメンを食べるのにはクエスターもついてきた。この店のご主人にはボクの顔がわかっちゃってるので、お忍びではなく、普通に来店する。


ギンとクエスターはチャーシュー麺&高菜チャーハンのセット、ボクはチャーシュー麺を食べた後、央夏デザートの愛玉子オーギョーチーを食べた。


なんだか仲のいい二人と一緒に帰りの車に乗り込んだ時に、ハンディコムにメールが入る。文面は意味のない川柳だけど、これは暗号だ。トーマ少佐がボクを呼んでいるらしい。場所は……軍港か。


「ギン、軍司令部ではなく、軍港に向かって。少佐がボクに用があるみたいです。」


「了解。」


軍港の中まで車で乗り付け、二人を伴ってアルバトロスの艦内に入る。艦長室には少佐とマリアンが待っていた。


来客用のソファーからマリアンが立ち上がって、ボク達に席を勧めてくれたので素直に着座、向かい合わせに座ったボク達は、少佐が口を開くのを待った。


「ケリーが御門グループに入った事が判明した。裏取りがまだだが、ほぼ確実と言っていいと思う。」


え!? ケリーさんが……御門グループに? 状況が見えないんだけど……


「今から経緯を説明する。まず、エスケバリとオコーナーは裏切り者だ。そして…」


説明を聞くクエスターの顔が紅潮してゆく。剣腕と高潔さを称えられる剣聖は、裏切りが大嫌いだ。クエスターは盟友アシェスと共に、病床の母様からボクの事を託された。それ以来ずっとボクを守り、我が身を削りながら尽くしてくれている。父上に疎んじられ、兄上と対立する事になっても、何も変わらずに……


「状況は理解しました。私達は素知らぬ顔をしながら、表向きは兵団と歩調を合わせるフリをすべきでしょう。」


功労者を麻薬漬けにする人非人にんぴにんとは、すぐさま手を切りたいけど、状況はそう単純ではない。嫌いなものは嫌い、それが通るほど政治は単純ではないのだ。


「ローゼ様、悪党の悪行が確かとなった今、手を組む必要がありますか? 我々も同列に見られかねません。」


クエスターだけではなく、アシェスもそう言うだろう。気持ちはよくわかるけど、釘を刺しておこう。


「その悪行は表沙汰になっていません。政治の世界では、無罪と同義です。兵団と手を切るのは、私達がもっと力をつけ、皇帝と兵団が対立した時です。」


「兵団が陛下と対立!? ローゼ様、そんな時が来るのですか? 朧月団長は、ガルム閥の最重要人物と目されている男ですよ?」


「クエスターは兵団にいた事があるから、薄々は気付いているはずです。朧月団長は危険な野心家で、誰かの下に甘んじるような人間ではありません。父上も彼が野心家である事には気付いていますが、自分ならば御し切れると考えているようです。ですが、私はそれは間違いだと思っています。彼は手段を選ばない、たとえ世界を焼き尽くそうとも、頂点に立とうとするでしょう。父上は彼の危険度を見誤っています。」


ボクが皇帝だったら、同盟と講和した後に、彼を処断する。"機構軍最強と謳われる軍人を処断する"は、一見悪手だけれど、寝首を掻かれるよりはマシだ。これも少佐に習った事だけど"絶対に代替の効かない人材などいない"のだ。自分の代わりなどいるはずもないと思っているのは当人だけ。いなければいないなりに、後を埋める人材が出てくる。……う~ん、ちょっとその考えには疑問があるかなぁ。現状では、少佐の穴を埋められる知謀の士なんて薔薇十字にはいない。


でも少佐には"短命の呪い"がある。いつまでボクを支えてくれるのか……わからないんだ。


「姫が順調に育ってくれているようで、嬉しいねえ。もう"鳳凰の雛"ではないな。立派な鳳凰様だ。」


「お世辞を言ってもダメです、少佐。まだまだ少佐の助力が必要ですからね。マリアンを中核メンバーに加えるお考えには賛成です。マリアン、旦那さんともども、私の理想に力を貸してください。」


「事前に少佐とお話をされていたのですか?」


「一を聞いて十を知るのが、君主のあるべき姿だ。俺の読みでは剣狼は同盟側で御門ミコトを旗印に第三極を形成する腹積もりだろう。ならばこちらも予定通り、ローゼ姫を担いで第三極を構築する。問題は二つ、剣狼と御堂イスカの思惑が一致しているかどうかと……」


「……私達、薔薇十字と御門グループが手を結べるのか、ですね。」


「停戦を目指す第三極同士なら手を結ぶ事は可能。なにが問題なのですか?」


ギンの質問に、ボクも少佐も即答出来なかった。


「……私の存在が枷になってきますね。ローゼ様、申し訳ありません。私の短慮がローゼ様の戦略を難しくさせてしまいました。」


クエスターは照京の"昇り竜"竜胆左内を討ち取った。昇竜は戦上手なだけではなく、本社機能の移転によってグループの瓦解を未然に防いだ知略の士でもある。知勇が揃った上に、処刑された前総帥の暴政をギリギリのところで食い止めていた彼は、身分の高低を問わず、人望も集めていた。御門グループの幹部や、カナタの率いる照京兵は、クエスターを深く恨んでいるだろう。殺害の共犯と見做されているアシェスも同様だ。


「終わった事を嘆いても仕方がありません。与えられた状況で、やるべき事をやるのが人間の有り様です。」


正当な軍事行動だった、はこちらの言い分で、建前では彼らは納得しない。ハシバミ少将のクーデターに相乗りしたカタチだから、正々堂々の戦だったとも言い辛い。


"相応の理由を吟味、勘案して答えを出す"のが理性的な生き方。でも人間は"感情"の生き物でもある。"出ている答えを正当化する為に、相応ふさわしい理由を探す"事だってあるのだ。"竜胆左内を殺した剣と盾、許すまじ"という感情の問題でも、"汚い不意打ちで照京を植民地化したお先棒の二人"という理由付けは出来る。税と保護料を二重取りされている照京市民の逼塞ぶりを知るだけに、反論するのは難しい。


「ローゼ様、場合によっては私の首で話をつけて頂いて構いません。ですが、アシェスだけは…」


「そんな事が出来るものですか!馬鹿を言うのも休み休みになさい!」


家族を売ってまで叶えるべき大義なんてない!言うに事欠いて、なんて事を言うの!


「……しかし、私の存在が妨げになるのは確実で…」


「お黙りなさい!本当に怒りますよ!」


「姫、もう十分怒ってるぞ。クエスター、先々問題になる事は確かだが、それは今考える問題じゃない。さしあたっての問題を話し合うとしよう。」


「そうですね。マリアンだけではなく、アンドレアスとペペインを仲間に引き入れるかを討議しましょう。」


ギロチンカッターは大隊ごと取り込むのが理想だ。補充された2、4中隊の隊長は、辺境伯の部隊にいた人間だから問題ない。旧隊を率いる二人をどうすべきか……


「ローゼ姫、アンドレとぺぺなら大丈夫です。グースやライアンのような裏切り者とは違う。」


「私もそう思いますが、少佐のご意見は?」


「アンドレはどうかな? 口は固いが朴訥な男だけに、すぐに考えが顔に出る悪癖がある。」


「少佐の麾下にいる岩猿殿も寡黙で誠実です。アンドレだって…」


同僚を弁護するマリアンに、少佐は首を振った。


「確かにウチのガンと同じタイプだが、ガンは身内以外には"岩みたいに表情を出さない"からな。」


誠実さや朴訥さが、仇になる場合もあるのだ。岩猿さんは派手なパワーファイターだけど、忍者の里で育った。誠実で不器用な彼には"喜怒哀楽を装う腹芸は出来ない"ので、"鉄面皮で己が腹の内を見せない"訓練をしてきたのだろう。




志を共にする同志達には、謀略についても訓練する必要があるようだ。最低でも考えを顔に出さないところまでの鍛錬は必須。もちろん、それはボクにも言える事だ。


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