南国編15話 スペシャリストの挑戦
精神を集中しながらプライベートビーチの砂浜に手をあて、砂鉄を集める。集めた砂鉄を剣山のように形成し、畳半畳ほどの大きさの針山に変えた。これもケリーから教わった磁力操作の鍛錬法だ。
……まだ時間が掛かり過ぎだな。ケリーだったら、手もあてずに一瞬で形成してのけるだろう。オレを投手に例えれば、球種はストレート(夢幻一刀流)、フォーク(天狼眼)、そして高速スライダー(磁力操作)、この三種が軸になるはずだ。サイコキネシスはたま~におりまぜるスローカーブかチェンジアップといったところか。死神が羨ましいぜ。アイツは160キロのナックルを投げるオールナックルボーラーだ。
死神は超ナックルボーラー……これは言い得て妙だな。なんせ奴は全力で能力を使えば"自分でもどう変化するかわからない"んだ。奴自身がわからねえのに、対戦者にわかる訳もない。わかってるのは"とんでもないスピードのナックルボールを投げてくる"ってコトだけ。マジで始末が悪い。ま、そんなナックルボーラーが現実にいても野球にゃならないだろうけど。160キロの揺れる豪速球を捕球し続けられるキャッチャーなんていないだろうからな。戦争にキャッチャーは要らないから、成立してる戦法なんだ。
他人を羨んでも仕方がない。……そもそもオレだって大概反則級の能力を持ってんじゃねーか。この体は最高ランクの身体能力を持ってるだけじゃなく、少し学べば直に技が身に付くセンスの高さがある。それに爺ちゃんから継承した天狼の目、片っ端から特殊能力をパクれる
最強を目指すには何かモチベーションがいるな。……世界最強の男になったら、オレの好きなコ全員を嫁にもらうってのはどうだ? いいね!惑星テラ最強の男だったらそんぐらいの役得があっても許されるはず……もちろん、誰かには、下手すりゃ全員に断られるかもしんないけどな。中断したままお蔵入りになったあのゲーム、ビアンカかフローラか選べと言われたから、困ったんだ。どっちも~、なんてルートがあったらゲームクリア出来てたはずだ。よし、これは最強になるまでは口にしない究極の目標だ。燃えてきたぜ!
「カナタ、妄想癖はほどほどにした方がいい。見るに耐えないニヤケ面だ。」
「これはこれは龍球の英雄殿ではないですか。」
「僕を英雄に仕立てた黒幕が何を言う!」
そう怒んなって。実際、無酸素爆弾を解除したシュリがMVPに違いないんだから。
「カナタの腹黒さはさておいて。シュリ、あなたが大勢の市民を救ったのは本当の事よ? 私は夫を誇りに思うわ。」
イルカさんの浮き輪を持ったホタルに褒められたシュリは、満更でもなさそうだった。
「もう少しで日没だ。ホテルに戻って一杯飲ろうぜ。」
「その前に僕と一戦、戦ってくれないか?」
「何故だ?」
シュリには悪いが結果は見えてる。コト戦闘においてなら、オレの相手は部隊長級でないと務まらない。
「僕とカナタの差がどの程度あるのか知っておきたい。」
「……わかった。相手になろう。人目に付かない場所に移動…」
「大丈夫よ。ここはホテルから死角になってる。そして周囲に人がいない事は確認済みだから。」
シュリがアタッシュケースを下げてるのは、そういう訳か。ホタルが周囲を監視してるなら、問題ない。心おきなく勝負といこうか。
──────────────────
親友が成長する為に、オレが役立つならお安い御用。沈む夕陽が刀を構えて対峙する二人の影を長く伸ばし、砂浜の空気が張り詰めてゆく。
シュリの愛刀"紅蓮正宗"の刀身に赤い夕陽が映り、赤みがかった刀身をさらに赤く染め上げる。
「いくぞ、カナタ!」
「こい。」
砂地を踏み締め、駆け出すシュリ。天下に名だたる剛刀の一撃をスッと引いて躱し、返しの刃をお見舞いしたが、シュリは高速バク転で回避した。
これで挨拶は終わり、双方が持てる技を惜しみなく繰り出しながら、刃を交わす。
「……パワー、スピード、それにテクニックでも上を行かれてるか。」
接近戦の均衡が崩れる前に距離を取るシュリ。戦いを形成する三つの要素で劣っている以上、真っ向勝負では勝ち目はない。
「あらゆる要素を底上げしてきてるな。だが、まだオレには届かない。」
親友に上からモノを言うのは気が引けたが、事実は事実として言わねばならない。戦場とは、究極のリアルを要求される場所だ。
「………」
オレが軍に入隊した頃にあった力量の差が逆転したコトを確認したシュリは、強く唇を噛んだ。オレの成長を誰よりも喜んでくれてるのはシュリだが、誰よりも悔しがってるのもシュリだ。ライバルってそういうものだから。
「どうした? もうお手上げか?」
「真っ向勝負では敵わない。だけどね、
やばり分身したか。だがその芸のタネは知っている。真ん中が本体、左右が分身。どんなにシャッフルしても、オレの動体視力なら捉えられる!
三人のシュリは体を入れ替えつつ、距離を詰めてくる。オレは入れ替わる本体を目で追い…
「なにっ!?」
三人は跳躍し、空中で体がクロスする。そして空中で形成した念真皿を蹴ってまた三つに分身、これじゃあどれが本体だかわからない!
三方向から迫る刃、オレは爆縮を使って急加速、間一髪で難を逃れた。
「爆縮があったか!だけど逃さない!」
体勢が崩れたのを好機と見たか。……甘い、不意を打たれたぐらいでアスラの部隊長は体勢を崩したりしないんだ。撒き餌にかかったな!
「くっ!」
左逆手で繰り出した居合い抜き、迫る脇差しを紅蓮正宗で受けたシュリだったが、影に隠れてすり抜けてきた磁力刀が胸元に突き付けられていた。
「……やられたよ。磁力刀に受けは通じない、か。」
「初見で防げる技じゃない。もう同じ手は通用しないだろう。」
ここは砂浜、戦いながら砂鉄を集めるのは難しくない。背中に隠した砂鉄を見られないように戦うのは、難儀だったがな。
「マリカ様ならそれでも躱す。」
「マリカさんと比べるなよ。超反射に超スピード、世界最高の回避能力を持ってるんだぜ?」
「カナタ、一つ教えてくれ。どうして本体がわかったんだ?」
オレは砂浜に残った足跡を刀で指した。
「空中でシャッフルはいい手だったが、これからは足元にも気を配るべきだ。特に、砂浜はマズい。」
「……そうか。着地した時の足跡の深さで本体を見抜かれたのか……」
「念真人形には本体のような重さがないからな。砂地で使うなら、さらに工夫が必要だろう。」
「分身の踏み締める強さは、地形によって変える必要があるね。……難易度が高いな。」
「シュリなら出来る。空蝉修理ノ助に出来ないコトは"諦める"だけだ。」
「そうよ。あなただったらきっと出来るわ。私もカナタも信じてる。」
「惚気はビールでも飲みながらゆっくり聞こうか。」
「バーじゃなくてカナタの部屋で飲もう。X氏について話しておきたいからね。」
サンブレイズ財団の理事三人はホテルの部屋で飲みながら新戦力の今後を話し合うコトにした。
──────────────────
「カナタ、ケリコフさんの事だけれど、司令には話しておいた方がいいんじゃない?」
ホタルがオレのグラスに悪代官大吟醸を注ぎながら提案してくる。親友の細君から注いでもらった酒を飲み干してから、オレは首を振った。
「ダメだ。そうなれば司令は、ケリーを宣伝戦略に使おうとするに決まっている。」
「だろうね。でもカナタ、ケリコフ・クルーガー程の功労者を使い捨てにしようとした事実を明らかにする事は、同盟軍にとっても大きなプラスとして作用する。なのにどうして公表に反対するんだい?」
「理由は三つ、一つは"公表するのはいつでも出来る"コト。」
「二つ目はなに?」
ホタルのグラスに悪代官大吟醸を注ぎながらオレは答える。実はホタルの味覚は、辛党寄りだったりするのだ。
「ケリコフ・クルーガーが"部下からの信望が厚い男である"コト。ケリーの生存と機構軍の裏切りを知れば、マリアンヘラ・バスクアルが率いるギロチンカッター大隊の残党は、同盟への亡命を考えるだろう。亡命されるぐらいなら、機構軍は彼らを処断しようとするに違いない。」
公表するならその前に、ギロチンカッター大隊を亡命させなければならず、それは亡命を許した
ローゼと姉さんが手を結んで協調と融和の
自信もある。"君臨すれど、統治せず"の二人の姫君。実権を握るが最高権威ではない英雄。この方式には教授も賛成してくれたから。
教授曰く"最高権威と最高権力が同一になった国は必ず腐敗する。その点では、元の世界の日本と
議会制民主主義には懐疑的なオレだが、最高権威と最高権力の分割には全面的に同意する。あまり知られていないコトだが、オーストラリアの国家元首は今でもイギリス女王なのだ。豪
「三つ目とは?」
ホタルから甘口の酒、名奉行大吟醸を注がれたシュリの質問に、オレは弄する策を開陳した。
「ケリーが生きているコトを知られていないアドバンテージを活かしたい。外道のザハトや裏切り者のエスケバリに、ケリーは報復を考えている。生存をヤツらが知れば、完全適合者の逆襲に備えるだろう。」
「なるほど。ケリコフさんが裏切り者に逆擊を喰らわし、部下達を亡命させられたら、大々的に広報戦略に活用するつもりなんだね?」
「ああ。本人の承諾が得られたら、だけどな。だがその場合でも、ケリーには十分な見返りを用意してもらう。最低でも大佐の階級と独立運用可能な大隊、この二つは譲れねえな。」
「カナタの考えはよくわかったわ。ケリコフさんの存在は、時が来るまで伏せておきましょう。でも司令が事実を知った時には怒るでしょうね。」
他人事みたいに言ってるけど、キミ達夫妻も共犯だからね?
「司令だって僕達に隠している事があるはずだ。だったら、お互い様だよ。」
「あら!シュリも秘密主義に転向したの? でも夫婦の間に隠し事はナシにしてね?」
「……僕に隠し事をしていたのは、ホタルだよね?」
ジト目のシュリにボヤかれて、慌てて目を逸らすホタル。確かに、最初に隠し事をしていたのは嫁の方である。
「結婚前だから、ノーカンだな。シュリ、ルームサービスのメニューに"マムシ酒"があるぞ。飲んでみないか?」
「せっかく龍球に来たんだし……飲んでみようか?」
野郎二人は珍酒に興味を示したが、やっぱりというか当たり前というか、女のホタルは蛇が丸ごと入った酒には忌避感を示した。
「お酒の瓶に蛇が入ってるんでしょう? ヤメとかない? 私達には蛇の仲間もいるんだし……」
「ハクが見たら憤慨するかもしれんが、ここには来ちゃいないからな。……ところで新婚のご夫妻さん、マムシ酒って滋養強壮に効くらしいぜ?」
精をつけて、今夜は盛り上がっちゃうんじゃないかな~?
「カナタ、いやらしい目はやめろってば!」 「そ、そうよ!大きなお世話です!」
別にいいじゃんかよぉ。もう夫婦なんだからさぁ。
結局、モノは試しと三人でマムシ酒を飲んでみるコトにした。そして驚愕の事実が発覚する。オレがマムシ酒を飲むのは初めてではなかった。
デートメドレーの最終日、マリカさんからしきりに勧められたあの酒は、マムシ酒だったのだ。
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