南国編14話 陰と陽の共闘



「助けた理由は今言った通りだ。他に聞きたいコトはあるか?」


「俺の部下達はどうなった?」


気になるのはそこだろうと思っていた。この男は部下を死なせない為に、危険を承知でオレに一騎打ちを挑んできたんだからな。


「1、3、5中隊はマリアンヘラ・バスクアル中尉が率い、薔薇十字に身を寄せた。」


「2、4中隊とグースはどうした?」


「グスタフ・エスケバリは兵団に入った。現在は黒騎士ダイスカークの副官に収まってる。」


「……裏切り者はグースか。俺も人を見る目がない。」


ダムダラスで会ったエスケバリのドライ過ぎる態度。あの野郎は瀕死の重傷を負った上官を売り飛ばす算用をしてやがったんだ。……クズが。許さねえぞ。


「オレからも聞きたいコトがある。クルーガー大佐、これからどうする気だ?」


「ケリーでいい。一応どころか、本格的に命の恩人様だからな。」


「フランクで助かるよ。オレのコトはカナタでいいぜ。」


「了解だ。これからどうするか。……機構軍には戻れんな。戻ればザハトとグースを殺すしかないし、そうなればダイスカークや朧月セツナは黙っていない。」


この表情、やはり黒騎士は完全適合者らしいな。ケリコフの実力をもってしても、並々ならぬ相手のようだ。


「だからって泣き寝入りするアンタじゃあるまい。」


「その通りだ。ザハトとグースには必ず落とし前をつける。マリアン達には死神がついているから問題あるまい。アホみたいに強い癖に、ウサギみたいに慎重な男だからな。」


死神とケリーは知り合いか。……なるほど。オレと戦う前に、自分が敗北した場合に備えて、バスクアルに指示を出しておいたんだな?


「そこでオレから提案がある。アンタをスカウトしたい。」


「同盟軍にか?」


「いや、御門グループにだ。御門にも財閥に付き物の、表に出ない特殊工作部隊があってね。」


「なるほど。それもあって、俺を助けたんだな?」


「そんな下心があったコトは否定しない。もちろん、アンタは拒否してもいい。それでもオレに損はない。」


「ほう? なぜそう言い切れる?」


「ケリコフ・クルーガーが"筋目を曲げない男"だからだ。筋目を曲げない男は裏切りには必ず報復する。野に放たれた完全適合者は、ザハトとエスケバリに報復を開始するだろう。そしてその刃は親玉の朧月セツナにも向く。奴がアンタを薬漬けにするコトを知らなかったとは思えない。黙認か賛同かは知らんが、どっちにしても有罪ギルティだ。」


「その通り、頭のいい野郎だ。死神がおまえさんを"成長する怪物"と評して忠告してくれた意味が、よくわかったよ。」


死神がオレを評価してる?……なんだかちょっと嬉しいぞ……


「野に下るか御門に入るかの二択、どちらを選んでも完全に回復するまでの治療はオレが責任を持つ。」


マイルールその三、"一度関わった以上は、コトの顛末を見届ける"だ。ケリコフ・クルーガーが復活するまではオレの責任。オレのルールに変更はない。


「カナタ、俺が御門入りするにあたっての条件が聞きたい。」


「ケリーが好きに決めていい。」


「白紙委任か。信用されているのは光栄だが、無理難題を言い出すとは思わないのか?」


「アンタはダムダラスでも妥当な条件で交渉を持ちかけてきた。そんな男が話にならない条件を言い出すなんて思ってない。」


あの時、この男は"獲物オレの釣り出し"に成功してたんだ。勝つコトだけを考えるなら、不意打ちの総力戦がベストだったはず。でも部下を死なせたくないケリーは、"オレが乗れる条件"を提示しての一騎打ちを選んだ。ケリコフ・クルーガーは交渉の通じる相手、この読みには絶対の自信がある。


「なるほど。では遠慮なく条件を付けさせてもらおう。条件その一、たとえ御門の利益と相反しようと、マリアン達には手を出さない。これは俺だけではなく、御門グループ全体に関してもだ。」


グループの総意としてギロチンカッター大隊の安全を保証しろ、か。そうくると思っていたぞ。


「わかった。だがオレからも条件がある。案山子軍団スケアクロウ三本足の鴉スリーフットレイブン、その他の御門グループ各セクションはオレがコントロール可能だが、アスラコマンドや同盟軍に関してはそうではない。司令がバスクアル達に攻撃命令を出した場合でも、助命出来るよう働きかけてはみるが、完全な安全は保証しかねる。」


オレが責任を持てるのは、自分の影響力が及ぶ範囲までだ。


「約束を守る男とは、出来ない約束をしない男だ。マリアン達への安全保障は、カナタの影響力の範囲内でいい。」


「もう一つ問題がある。アンタと戦った後に、バスクアルは復讐戦を挑もうとしてきた。3、5中隊の隊長に制止されて泣く泣く諦めたが、オレを深く恨んでいるに違いない。バスクアル側から仕掛けてこられたら、受けて立たざるを得ない。無論、一騎打ちであれば、オレがバスクアルの相手をして殺さずに無力化する。だが集団戦になれば、マリアン隊や加勢する部隊の隊員は殺さざるを得ない。部下にまでリスクを取らせる訳にはいかないんでね。」


「……マリアンの直情径行にも困ったものだな。だから俺に次ぐ戦闘能力がありながら、副長に任命出来なかったんだ。カナタ、それに関しては俺が手を打つ。ギロチンカッター側から仕掛けてくる事はないと保障しよう。万が一、向こうから仕掛けてきたら、それは俺の責任で、カナタは気にする必要はない。受けて立ってもらって結構だ。」


「了解した。他に条件は?」


死神が背後にいる以上、そんな真似はさせないだろうとは思うが、自分の読みが外れた場合だってあるからな。今回なんかもそうだ。てっきり敵の狙いはオレだと思っていた。


「条件その二、マリアン達が窮地に陥った場合は、俺は救援に行く。俺の手の届かない場所、知り得ない間に凶事が起こった場合は仕方がないが、知っていながら手をこまねいて見殺しになど出来ない。」


エスケバリめ、ここまで部下想いの上官を、よくも裏切ってのけたな。この代償は高くつくぞ? 少なくともオレの"殺すリスト"の二番目に載せたからな。一番は言うまでもなく、ザハトだが……


「そうなった場合は一人では行かせない。御門グループが全面的にバックアップするコトを約束しよう。」


「おやおや、えらく物分かりがいいんだな?」


「オレが逆の立場だったら、同じ条件を出しただろう。自分が考えそうなコトを提示されて、イヤとは言えない。」


「フフッ、それはそうだ。……交渉成立だ、カナタ。これからよろしく頼む。」


握手しようにもベッドに拘束された右手は満足に動かせず、ケリーは苦笑した。オレは固めた拳でグータッチしてから、椅子から立ち上がった。


「そういやおまえさん、俺から磁力操作能力をパクっただろう? ライセンス料をサラリーに上乗せしてもらうからな。」


龍餓鬼島の戦いの記憶まであるのか。……そうか、朧月セツナがザハトの計画にゴーサインを出した理由がわかったぞ。ゾンビソルジャーは"ナマモノ"なんだ。並の兵士ならともかく、ケリー程の兵士は自我が完全に崩壊する前に戦場に投入したかった。洗脳状態で、なおかつ、鍛えた技を発揮出来る状態は、そう長くないんだ。


身体能力が高いだけの暴れになる前に使う、実に合理的な判断だったが、裏目に出たな。朧月セツナ、おまえは最強の工作兵を敵に回しちまったんだ。回復可能な早期段階で送り込んでくれて、どうもありがとう。マジで感謝してやるよ。もっとも、回復したのはケリーの実力、おまえの計算外だろうがな!


「ライセンス料じゃなくて、レッスン料にしてくれ。我流で鍛錬はしているが、アンタの足元にも及ばんレベルだ。」


5点集中はどう足掻いても真似出来そうにないが、精度と強度はもっと上げないといけない。ケリーの磁力盾なら、ザハトのサイコキネシスナイフ如きは完全にブロックしていただろう。あんなナイフ攻撃を防ぎ切れず、念真衝撃球で弾いたオレは、まだ磁力操作のビギナーと言わざるを得ない。


「ではレッスン1だ。アナログの錠前を買って、鍵開けにチャレンジしてみろ。」


「鍵開け?」


「そうだ。指先に砂鉄を集め、鍵穴に差し込む。本物のキーを使うように錠前を開けられるようになれば、デリケートな操作をマスターした証さ。俺は多層式のマルチロックであろうと、一瞬で開けられる。潜入工作にも役立つ技だ、覚えておいて損はない。」


さすが凄腕工作兵、あらゆる機械錠のマスターキーを持ち歩いているようなもんだな。オレは派手な技の修練にかまけて、基本を疎かにしていたらしい。"目先の有利さに惑わされるな。わかりやすい強さを過信するな"、未熟な新兵だった頃のオレに、カーチスさんはそう教えてくれた。……初心に帰れ。磁力操作は強力な特殊能力だが、わかりやすい強さに溺れる者は、いずれ足を掬われる。


「いいアドバイスをありがとう。レッスン料を弾む必要があるな。」


「なに、ミコト姫に受けた恩を、弟に返しただけだ。御門の龍姫は、実に綺麗でお優しい方だな。」


そっか。精神にダメージを受けたケリーのケアを、姉さんがやってくれたんだった。


「……ケリー、姉さんを口説きたいなら、オレと勝負して勝ってからだぜ?」


「おいおい、そんな怖い顔をしなさんな。俺は事実を言っただけだろうが。それに俺とカナタの格付けはもう終わってる。二度も負けたんだ、話にもならん。」


二度目は勝負のうちに入らない。この男がオレとマトモにやり合える腕前なのは、オレが誰よりも知っている。


「とにかく、姉さんを口説きたければ、門番オレに勝ってからにしてもらう。」


「そんな気はない。シスコン狼に教えてやろう。俺の好みはだな、"凛として、強い克己心を持つ女"だ。おまえさんの姉上は克己心よりも、慈愛が先行するお方だからな。敬意は抱いても恋慕は芽生えないから、安心しろ。」


ケリーは強い女が好みらしい。凛としていて、強い克己心……マリカさんは該当しそうだな。いや、待て!




その条件にピッタリ当て嵌まってる女性がいる。……ケリーを師匠シグレさんに会わせるのは危険かもしれない。この凄腕助っ人は何気にイケメンだしな。


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