南国編11話 マスターゾンビの素顔
無双の勾玉を顕現させ、
「どけっ、小娘。ナツメは僕のモノなんだっ!」
「どくわけないでしょ、変態小僧!アンタが小僧かどうかは怪しいモンだけどね!」 「バウ!(変態!)」
雪風と組んだリリスが、
「隊長、私達は大丈夫ですから、ソイツに集中してください!」 「だよ!」
壁役のシオンにもダメージが入り始めてるし、ナツメも無傷じゃない。だが、三人娘はオレの誇る精鋭。その力を信じろ。……リリスが悪魔形態化で受けるダメージの深刻化がタイムリミット、まだ時間はある!
大丈夫、マスターゾンビがいくら強くても理性はない。フェイントにも対応しているが、それはコイツが訓練で得た力を、本能レベルで発揮出来る凄腕というだけ。思考を積み重ねて戦いを構築してる訳じゃないのは、もうわかった。リスクを承知で早い勝負をかけるだけだ!
だが、ここが勝負どころと見たのは、ザハトも同様だったらしい。
「……一か八か、勝負するしかないか。死んでいいから大女を止めろ!貴様らは犬と小娘だ!」
命令に従って、無謀とも言える特攻を仕掛けるゾンビ達。
ザハトの野郎!なり振り構わずナツメを攫いに来やがったか。ゾンビを捨て駒にして、自分は全力のサイコキネシスで標的を足止め。ナツメも抵抗してはいるが、自慢の足が鈍ってる!……やむを得ん。仕込みが不十分かもしれんが、ここで勝負…
「焦ンな、カナタ。焦るのはこの糞餓鬼の方さ。」
突如現れた真紅の閃光。放った音速の蹴りがザハトの顔面を捉え、あまりの衝撃に眼球が一つ飛び出して宙を舞う。
蹴り飛ばされて、錐揉みしながら不様に砂浜を転がるザハト。うつ伏せに倒れた糞餓鬼は、片手で半身を起こしながら、片目が潰れ、変形した顔で喚き立てる。
「緋眼!貴様がどうしてここに!」
「どうしてだって? 妹の窮地には姉が現れる。テメエみたいな糞餓鬼にゃ、理解出来ないだろうがな。」
ポケットから取り出した煙草を咥え、指先に灯した炎で火を点けるマリカさん。不敵なお姿に惚れ惚れしますなぁ。いや、もう惚れてるんですけどね。
「姉さん、素敵!ありがとなの!」
ナツメの頭をポンポンと叩きながら、マリカさんは嘯いた。
「妹を守るのは姉の仕事だ。リリス、悪魔形態を解除しろ。」
「了解。せっかくのバカンスなのに、ホテルで療養とか勘弁だわ。」
悪魔形態を解除したリリスは、後ろに下がってサポートに回った。これで一安心だ。
「カナタ、落ち着いて勝負しな。ザハトなんぞよりそのゾンビの方が、よっぽど厄介だよ?」
ですね。コイツを要所で運用されてたらと思うとゾッとする。並の異名兵士じゃ歯が立たない。それどころか、メキメキと腕を上げてるリックとビーチャムが二人掛かりでも勝てないだろう。屍人兵自体が問題外だが、よくこんな切り札をテメエの欲望の為だけに使おうなんて気を起こしたな。
マリカさんが来てくれたなら、向こうは問題ない。マスターゾンビ以外のゾンビソルジャーは、邪眼に対して目を切るなんて芸当は不可能。一瞬でも緋眼の瞬間催眠で動きが止まれば、マリカさんなら首を刎ね飛ばせる。同盟のエースなら、顔面が崩壊したザハトをいなしながらでもそのぐらいはお茶の子さいさいだ。
「どうして僕の邪魔をするぅぅぅ!!」
邪魔者はテメエだよ。先輩部隊長達が言っていたコトだが、オレも実際に戦ってみて確信した。ザハトは兵団最弱の部隊長に違いない。薔薇十字に移籍したが、「鉄拳」バクスウや「戦鬼」リットクは、もっと強かった。コイツの取り柄は"死んでも復活出来る"だけなんだ。
……よし、仕込みは完了。シグレさんに教わった見切りの極意を活かし、マスターゾンビが受けに転じるタイミングは掴んだ。コイツに思考力があればオレの狙いを読めたかもしれんが、ゾンビゆえに不可能。左袖のジッパーを開いて……今だ!
居合い抜きした脇差しを、擊剣で受けるゾンビマスター。しかしオレは受けられる前に脇差しから手を離し、脇差しの陰で形成していた
まだ息があるようだが、もう動けまい。即死しなかったのは得物が短かったからだけじゃない。コイツは陰の刃にすら、咄嗟に反応して身を捩ったのだ。……恐ろしい奴だぜ。肉体的な能力は、アスラの部隊長すら凌駕していた。相手がオレでなければ、タダでは済まなかっただろう。
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ゾンビソルジャーは壊滅し、一人になったザハト。殺すつもりならマリカさんは、とっくに殺せていただろう。さっさと殺せばいいのに、なんでまだ生かしてるんだ?
「マリカさん、コイツにも痛覚がありませんよ。いたぶっても無駄です。」
馬鹿の一つ覚えのナイフの雨をいなしながら、マリカさんはせせら笑った。
「別な方法でいたぶってやろうと思ってね。ナツメ、やってやンな。」
「あいなの、姉さん!」
え!? ナツメさん、なんでオレのアゴを掴むの? ザハトはあっち…
「……ん~♡ 甘露なの。もっかいやるね。今度は舌も入れちゃうから!」
あろうことか、ナツメさんはザハトに見せ付けるようにオレにキスしてみせた。
「あああああぁぁぁぁぁ!ナツメ!僕のナツメがぁぁ!!」
潰れた眼窩からは血の涙、まだかろうじて無事だが、マリカさんに殴られて青く腫れ上がった目からは普通の涙を流すザハト。赤い涙と透明の涙に加えて、ひしゃげた鼻から鼻血と鼻汁まで流す糞餓鬼の醜態を見たリリスは爆笑、シオンは失笑している。
「気色悪っ!私、一度だってアンタのモノだった事なんかないんだけど? カ~ナ~タ~、ベロちゅ~しよ~♡」
オレの首に手を回して抱き付き、おっぱいを擦り擦りしてくるナツメさん。リリスとシオンは、ザハトが地団太を踏んで悔しがるのが面白いらしく、黙認を決め込んでいる。せっかく黙認してもらったコトだし、ここはノっておこうかな。
「ベロちゅ~はホテルに帰ってからな? 今夜は寝かせないぞぉ~!」
「嬉しい!いつもみたいにい~っぱい可愛がってね♪」
ナツメさんもノリノリですね。あ、ザハトのヤツ、本当にこめかみの血管が切れて出血してやがらぁ。マンガの表現ではよくあるけど、ガチで可能だったんだな。
「剣狼おぉぉぉぉ!!おまえだけは僕が殺すぅぅぅぅ!!」
「おまえ如きがオレを殺すなんて不可能だ。いずれ完全に滅ぼしてやるから、楽しみに待ってろ。」
ナツメを背後に庇いながら、オレはナイフを片手に飛び掛かってきたザハトの首を刎ね落とした。
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「雪風、マリカさんがクルーザーに乗り込んでいたのを、オレ達には黙っていたんだな?」
オレがアニマルエンパシーで窘めると、パタパタ尻尾を振りながら雪風は答える。
「バウ!バウバウ!(私、火隠の忍犬!)」
そう言えば、そうでしたね。忍犬としての忠義を全うした雪風先輩に文句は言えないか。
「雪風は子犬の頃から可愛いかったねえ。んで、餓鬼の体でも可愛くないのがコイツだ!」
刎ね飛ばされて砂浜に転がったザハトの首を、マリカさんがサッカーボールキックで蹴っ飛ばす。長~く滞空した生首がボチャンと海面に落ちるのを見届けて、一件落着だ。
「糞餓鬼の生首なんざ、サメのエサにもなりゃしねえ。いずれ本体の素っ首も叩き斬ってやるぜ。」
オレの天使につきまとうストーカーには、死、あるのみだ。
「ソイツはアタイがやってやンよ。……カナタ、マスターゾンビはまだ息があるみたいだな。」
「ええ。咄嗟に身を捩ってダメージを抑えたんです。それでも、もう動けないはずですが……」
とはいえ、屍人兵だからな。バイオメタル兵よりもタフ、油断は禁物だ。
倒れた時に擊剣は蹴飛ばしといたから、得物はない。たとえまだ戦えるにしても、素手で重傷のコイツはもう無力化してるか。……痛みは感じない体のはずだが、顔でもかきむしったのだろうか? 仮面がちょっとズレて……まさか!!
「カナタ!迂闊に近寄ンな!ソイツはゾンビソルジャーなンだよ!」
マリカさんの声に耳を貸さず、オレは仰向けに倒れた男の傍に膝を着いて顔を覗き込む。……まさか、そんな……オレは震える手で仮面に手をかけ、顔を確認した。
仮面で隠された素顔が露わになり、オレは息を呑んだ。男の顔をオレはよく知っていた。敗北寸前まで、オレを追い詰めた雄敵の顔を忘れる訳がない!
「ケリコフ・クルーガー!!なんだってアンタが!!」
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