南国編10話 ザハトの切り札



クルーザーで海路を行く途中、オレは三人娘と雪風に、罠が待ち受けている可能性があるコトを話しておいた。


「少尉、罠と知ってて飛び込むつもり?」


タブレットに映された島の全景図を見やりながら、リリスが質問してくる。


「ああ。だからリモート操作でジェットスキーを上陸地点の反対側に回しておく。基本的には返り討ちにしてやるつもりだが、状況によってはサッサと逃げるからな。」


「龍球諸島一帯は同盟の勢力圏です。隊長を倒せるだけの数を極秘裏に潜入させるのは無理でしょう。」


「シオン、そこは"私達"って言おうよ。案山子軍団の絶対的エースはカナタだけど、私達も立派な戦力だよ?」


スク水から軍服に着替えてしまったナツメが、シオンに提案した。


「うふふっ、そうね。それに今回は頼もしい助っ人もいるしね。」


純白の助っ人は尻尾を振りながら胸を張った。


「バウ!(頑張る!)」


複数の脱出路、高速ヘリで待機する仲間、遠巻きにだが海上も封鎖した。これで手抜かりはないはずだ。


────────────────────


龍餓鬼島はそんなに大きな島ではない。クルーザーから無人偵察機を飛ばし、島内はあらかた調べてみたが、人っ子一人いない。ま、伏兵がいたとしても、上空から発見されるような場所に潜んでいる訳はないが。


「中継点とされているのは、海岸線にあるこの洞窟だ。狭い上に分岐も細かいから、偵察機で様子を窺うのは無理だな。インセクターを使う手もあるが……」


積極策を提案してきたのは、アグレッシブ娘のナツメだった。


「上陸してみよ!罠があっても踏み潰すだけだし!」


……どうしたものか。敵が潜んでいるにしても、雪風が察知してくれる。事前に潜入していようが、火隠一の忍犬の鼻からは逃れられない。


「行くか。洞窟ではなく、道中に潜んでいる可能性もある。みんな、油断するなよ?」


頷く三人娘&忍犬。


「オレが先頭だ。リリスを挟んで、シオンは最後尾を固めろ。」


クルーザーを降りたオレ達は、船着場から洞窟に至る海岸線を行軍してみるコトにした。


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「リリス、クルーザーに異常はないか?」


無問題モーマンタイ。接近してくる者はナシよ。」


「ナツメ、ジェットスキーの方は?」


「異常ナシなの。」


足を奪いにはこないか。ま、ジェットスキーの方は島内に入れちゃいないんだが……


砂浜を歩く雪風の足が止まった。忍犬は低く唸って警戒を促してくる。


「雪風、どうした?」


「グルル……バウ。(金属の臭いがする……まだ新しい。)」


金属の臭い?……砂浜にねえ。なるほど、そういうコトか。


「出て来い。ヒメホリスナムシじゃあるまいし、砂の中に潜んでねえでな!」


無人の砂浜に呼びかけると、10体ばかりの金属ケースが砂中から現れた。現れたケースの一つが開き、子供、いや、糞餓鬼が姿を見せた。コイツは……兵団のザハトか!ポケットのハンディコムを操作して、シュリに緊急連絡。到着までの時間は30分か。相手が兵団の部隊長となれば、ギリギリかもな。


「やれやれ、犬は余計だったなぁ。囲えるように配置したのに台無しだよ。久しぶりだね、ナツメ。やっと迎えに来れたよ?」


オレはアウトオブ眼中かよ。マリカさんから聞いたコトがある、"ザハトはナツメを狙うストーカーだ"って。……しまった。狙いはオレじゃなく、ナツメだったんだ。


「行けっ、ゾンビども!ナツメ以外は殺していい!」


残りのケースはやっぱり屍人兵ゾンビソルジャーか!開いたケースの中から姿を現した生ける屍は、オペラ座の怪人みたいな仮面を付けていた。仮面を纏った魍魎どもは、ザハトの号令で動き出す。


奇声を上げながら襲い来るゾンビに狼眼を喰らわせたが、一撃では落ちない。ザハトめ、選り抜きの屍人兵を引き連れてきやがったな?


「グシャアアァァァ!」


屍人兵なんて呼ばれているが、コイツらは生きている。精神が崩壊するほどの薬物投与によって強化された兵隊だから痛覚がなく、異常なタフさを誇るからゾンビ扱いされてるだけだ。適合率の高い兵士を屍人化させたなら、三回殺してようやくくたばる、と考えなきゃならない。


シジマ博士の造った実験体よりタチが悪いのがコイツらだ。だが、"自我がない"という弱点は一緒だろ?


「屍人兵はフェイントに弱い!学習能力がない弱点を突け!」


一体を斬り捨てながら、指示を飛ばす。いくらタフでも首を刎ねればそれまでだ!


「みんな、遠慮は無用よ!コイツらは生きてはいるけど、もう廃人なの!元が同盟兵か敵兵かは知らないけど、薬漬けで生かされるよりも、殺してやるのが情けだわ!」


シールドを展開しながらリリスが叫ぶ。過剰な薬物投与で精神は崩壊、限界以上を引き出すドーピングは、いずれ肉体をも崩壊させる。リリスの言う通り、殺してやるのが情けだ。


「ナツメ、僕がキミを本来の姿に戻してあげるからね? キミは誰も知らない場所で、僕と一緒に暮らすんだ。」


サイコキネシスで浮遊したザハトが、ナツメに向かって気色の悪い台詞を吐いた。……すぐに殺してやるから、待ってろよ?


「バーカ、アンタと一緒に暮らすとかありえないから!」


屍人兵と斬り結びながら、舌を出すナツメ。ザハトはなおも気色の悪い台詞を謳い続ける。


「キミは僕のモノなんだ。すぐにそれがわかるようになるからさぁ。」


「真正のバカなの? もう私はカナタのモノだし!」


ナツメの台詞を聞いたザハトの顔が青ざめ、ワナワナと震え始める。


「な、なにぃ!!剣狼ぉ~!僕のナツメに手を出したのかぁぁぁ~~~!!……ゆ、許せない。ナツメの初めては僕が奪う予定だったんだぞぉぉぉ~!!」


なんか勘違いしてるようだ。……だが、怒ってるのはオレの方なんだよ。死なすぞ、テメエ!!


「何が"僕の"ナツメだ!!変態は変態らしく、ゾンビでも愛でてやがれ!」


眼前の屍人兵を始末したオレはザハトに向かってダッシュする。ザハトは悪趣味なマントを翻し、裏地に吊されていた無数のナイフが襲ってきた。


「死ね死ね死ねぇ!おまえは邪魔なんだよぉぉ!」


「……死ぬのはテメエだ。」


猪口才な芸で殺れるとでも思ったか? オレは袖口のジッパーを開き、振り撒いた砂鉄で作った盾で防御した。強力なサイコキネシスを持つだけあって、ナイフは砂鉄の盾を貫通してきたが、威力の減衰したナイフを念真衝撃球で弾く。


「処刑人の固有能力タレントスキル!おまえが他人の能力を学習ラーニング出来るという噂は本当だったんだな!」


「そうだ、死に戻って朧月セツナに教えてやんな!」


これからは磁力操作を駆使して戦う。能力学習スキルラーニングはサイラスにも知られてるし、隠す必要はない!


サイコキネシスでの腕止め、足止め、そしてナイフによる包囲攻撃。腐っても兵団の部隊長だけあって、それなりの戦闘力を持っている。だが、じゃ、オレをどうこうするコトなど出来ん!


黄金の刃の切っ先が、糞餓鬼の頬を捉えた。滝のように流れる血を拭ったザハトは、苛ついた顔で距離を取る。接近されたら敵わないと判断したか。ま、悟ったところでおまえの足じゃ、オレを振り切るなんて無理だけどな。


選りすぐりの屍人兵といえど、5体や6体じゃ三人娘&雪風の敵じゃない。せっかく張った罠だったが、無駄死にで終わりだ。


「……おまえが強いのはわかった。小手調べはここまでだ!」


ザハトはさらに砂中から複数の屍人兵入り金属ケースを呼び出した。おかわりゾンビかよ!


「行けっ、マスターゾンビ!剣狼を殺せっ!」


マスターゾンビ? 一人だけマスクが違う奴のコトか?


…!!…マスクだけじゃない!動きも桁違いだ!一瞬で距離を詰めてきた足、凄まじい速さで繰り出された斬擊!


マスターゾンビの振るう擊剣を、なんとか刀で受けて押し返す。オレとマトモに張り合えるパワー、コイツを三人娘のところへ向かわせてはならない!……コイツは間違いなく、ザハトより強い。


「なんなんだコイツは!」


数合、打ち合ってみたが、コイツは本当に屍人兵なのか? 本能任せの暴れじゃない。明らかに技巧を伴ったファイトスタイルだ。鍛えた技が、本能レベルで発揮出来る手練れをゾンビにしたってのか!?


「マスターゾンビは気に入ったかい? 気に入ったなら、そこでじゃれ合ってるといい。」


マズい、フリーになったザハトがナツメ達に向かっている。屍人兵10体にザハトが相手じゃ、ナツメが攫われちまう!マスターゾンビを早く始末しなければ!……クソッ、コイツにゃマジで隙がねえ!


「………」


無言で戦うマスターゾンビ。他のゾンビみたいにヨダレを垂らしながら奇声を上げたりせず、淡々と、ルーチンワークをこなすような仕事ぶりだ。出し惜しみしてる場合じゃない、全力の狼眼で仕留めよう。……無双の勾玉よ、我が瞳に宿れ!


「……!!」


コイツ!!咄嗟に目を切って逃れやがった。理性がないのになんで狼眼に反応出来るんだ!? 




クソが!!ザハトめ、どんな凄腕をゾンビにしやがったってんだよ!……さぞ名のある兵士だったんだろうが、ナツメを守る為だ。ここで死んでもらうぞ!



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