南国編12話 こんな最後は認めない!



マスターゾンビの正体はケリコフ・クルーガーだった。クソッ、道理でどこかで見た剣筋だと思ったんだ。まさかケリコフがゾンビソルジャーにされてるだなんて、想像だにしなかった。オレに敗れたとはいえ、機構軍にとっては大功労者のアンタが、なんでこんな仕打ちをされなきゃならないんだよ!


「どういう事よ!コイツ、処刑人じゃない!」


「リリス、止血パッチを出してくれ!」


「オッケー、先に傷口を縫合するわ。マリカ、スキットルを貸して。」


マリカさんの差し出したスキットルの酒で念真髪をアルコール消毒したリリスは、傷口の縫合を開始する。縫合が完了した後は、衛生兵でもあるシオンが止血パッチを使って応急手当をする筈だ。オレは二人が救命処置をしてくれてるのを横目にハンディコムを取り出し、教授に電話をかけた。


「私だ。カナタ、何かあったのか?」


「今から緊急患者を御門グループの系列病院に運ぶから、最高のスタッフを集めてくれ。なんとしてでも助けたい。胸に大きな刀傷を受け、かなり出血している。」


「わかった。龍球御門病院に搬送されて来るのだな。すぐに手配する。現在位置は……龍餓鬼島か。ドクターヘリも必要か?」


「医療ポッド搭載の軍用ヘリが既に出発してるから大丈夫だ。それから、リグリットから薬物治療の専門家を送ってくれ。外傷よりも、重度の薬物投与を受けてる方が問題だと思う。詳しい事情は後で話す。」


「うむ、任せておけ。では後で。」


完全適合者のケリコフなら、肺や心臓に届いていない刀傷で死ぬ事はないはずだ。ダムダラスでオレと戦った時のダメージの方が、よっぽどヤバかったはず。なんであれこの男を、こんなカタチで死なせてたまるか!


!!……ヘリのローター音が聞こえてきたな。オレは応急手当の終わったケリコフの顔に仮面を付けた。


「マリカさん、オレはケリコフを御門病院に運びます。ゲンさんや隊員達には、事情を伏せておいてください。」


「わかった。だがカナタ、処刑人はおまえを殺しかけた男だぞ。なんで肩入れするンだい?」


「恨みつらみがあって戦った訳じゃない。この男は尊敬出来る敵手でした。……ケリコフ・クルーガー程の男が、薬物投与されて廃人になった? そんな最後はオレが認めない!」


「おまえのそういうトコは、出逢った時から変わンないねえ。任せな、ゲンさん達にはアタイから言い聞かせておく。」


ヘリから降りて展開する部隊をマリカさんが手招きし、入れ替わりにケリコフを背負ったオレがヘリに乗り込む。指揮を執ってるのはゲンさんか。ってコトはヘリを操縦してるのはシュリだな。


「カナタ、無事だったんだな!ザハトはどうした?」


操縦席のシュリにハンドサインで離陸を促し、簡単に事情を説明する。


「オレが始末した。シュリ、急いで龍球御門病院へ飛んでくれ。」


「オーケー、担いでる屍人兵は同盟兵士なのか?」


「違う。ケリコフ・クルーガーだよ。」


「なんだって!? 処刑人がどうして屍人兵にされているんだ!」


「オレが聞きたいよ。大功労者にする仕打ちじゃねえだろうに!シュリ、医療ポッドの起動スイッチを。」


起動した医療ポッドにケリコフを入れ、オートメデュケーションスイッチを押した。各数値を示すモニターはと。……よし、命に別状はない。病院で手術を受ければ、死ぬコトはないだろう。……肉体的には、だが。


「機構軍は何を考えているんだ? 連中にしたって、ケリコフ・クルーガーは使い捨てにしていい人材じゃないだろうに!」


親友の言い分はもっともだ。大粒のダイヤモンドを肥溜めに突っ込む連中の考えなんざ、理解出来ねえぜ。


「シュリ、そもそも屍人兵が問題外だ。人材の良し悪しとは無関係にな。」


「そうだね。カナタ、ケリコフをどうするつもりなんだ?」


「本人次第だ。了承が得られれば、御門グループの特殊工作員として力を貸してもらいたいと思っている。」


「同盟最強の特殊工作兵はマリカ様、機構軍最強ならケリコフ、確かに最高の人材だろうけど……」


そう。ケリコフ・クルーガーの真価は単に強い兵士というだけじゃない。あらゆる特殊技術を高水準で併せ持ったこの男は、数々の特殊作戦を成功させてきた実績がある。最高ランクの個人戦闘能力を持ったゲリラ戦の達人、それがケリコフ・クルーガーだ。


「無理強いをする気はない。けどな、これ程の男が屍人兵として終わるなんて、断じて認めない。ケリコフ・クルーガーにそんな最後は似合わねえんだ!」


「このまま見捨てるのは"心にシミを残す"んだろ? カナタルール、その一だね。」


「そういうこった。」


ついでにルールその二、"間尺に合わないコトは合わさせる。場合によっては力尽くで"にも該当してる。ケリコフをこんな目に遭わせやがった連中からは、きっちりケジメを取ってやんぞ。ザハトは言うまでもないが、グスタフ・エスケバリにもだ。兵団入りした元副長が、ケリコフを売った犯人に違いない。


……オレとの戦いで瀕死の重傷を負ったケリコフは、医療ポッドの中で昏睡状態だったはず。エスケバリの野郎は、そんな状態の上官を売りやがったんだ。そうでもなきゃ、ケリコフがされるがままに屍人兵になんぞされるもんかよ。高値で上官を売り払った代償は、テメエの安い命で支払わせてやるからな!


「シュリ、凄腕工作員の招聘は、サンブレイズ財団理事としても"賛成"だよな?」


「うん。完全適合者をグループに迎え入れるのは、理事としても大歓迎だ。ケリコフさんにはなんとしても復活してもらおう。そうと決まれば、目一杯とばすよ!」


速度を増したヘリは一路、龍球本島に向かって飛ぶ。未来の大戦力を乗せて……


────────────────


手術室のランプが赤から緑に変わり、ケリコフを乗せたストレッチャーと共に執刀医と助手達が退出してきた。


「侯爵、手術は成功です。かなりの重傷でしたが、完全適合者の体力は並の兵士とは違うようですね。」


「ご苦労様。ドクター、上から話は聞いているだろうが…」


「私もスタッフも他言する事はありません。これは守秘義務だと心得ております。患者X様にはVIP専用の病室を用意し、治療にあたるのもここにいるスタッフだけで行いますので。」


「ありがとう。VIP専用の病室なら、機密が漏れる心配はないな。」


ごく少数の精鋭従事者と隔離された病棟。これなら機密が漏洩するコトはない。さすが教授だ、頼りになるぜ。


「当院は龍球最高の設備を有していますからね。ですが侯爵、深刻なのは外傷ではなく、過剰な薬物投与の後遺症です。私の専門は外科ですが、それでも医者としての見解を述べさせて頂ければ、後遺症どころか、そもそも正気を取り戻されるかどうかが……」


やはり医者の目からみても厳しいか。だが、ケリコフ・クルーガーはあらゆる意味で並じゃない。奇跡が必要なら、起こしてみせる男だ。オレと戦った時は、奇跡の神様の機嫌が悪かっただけさ。


「薬物治療の専門医を派遣してもらう手筈をつけた。協力して治療にあたってくれ。」


「はい。リグリットから専門チームが派遣されてくると報告を受けています。」


ストレッチャーに横たわるケリコフにオレは話しかける。


「ケリコフ・クルーガー、おまえが廃人になってお終いとか認めないぞ。還ってこい!!……オレは、待ってるからな……」


返事を期待していた訳じゃない。今、彼がそんな状態じゃないコトぐらいはわかっている。


「それでは侯爵、患者X様を特別病棟へ搬送致します。」


スタッフに押されたストレッチャーは、病院の廊下を進んでゆく。オレは遠ざかっていくストレッチャーを見送りながら、ズボンのポケットからシガレットチョコの箱を取り出し、付着した砂を払ってケースを開けた。ザハトごときが相手なら砂浜を転がるコトもなかったが、意志を奪われてなお、ケリコフは強敵だった。箱の中まで砂塗れになった菓子が、その証だ。


スタッフと患者の姿が廊下を曲がって消えてから、砂の付いた巻紙を剥いたシガレットチョコを口に咥え、オレは天井を見上げた。ビター味のチョコレートが、いっそうホロ苦く感じた。


─────────────────


今夜は病院にいるつもりだったが、事情が変わった。ガーデンにいるはずの侘助が病院までやってきて、姉さんが龍球に来訪したコトを告げられた。多忙なはずの姉さんが、わざわざ龍球までやって来たんだから、何か起こったとしか思えない。侘助の運転する車に乗り込んだオレは、ホテルへと戻った。


姉さんは部隊が滞在しているドレイクヒルホテルのロイヤルスィートルームでオレを待っていた。なんでだか、マリカさんまで一緒にいる……


「姫、ひょっとして暇なのかい?」


「暇? マリカさん、私は視察でこの島に来ているのです。そう、あくまで視察ですとも。」


そうやってまた喧嘩するぅ。間に挟まれるオレの気持ちにもなってくれよ……


「視察ねえ。……顔に"弟に会いたい"って書いてあンよ?」


「弟と遊びたい、ですわ。あっ、カナタさん!……その顔、何かあったのですか?」


心配げな姉さんの顔。よかった、何があったにしても、姉さんの凶事じゃないらしい。


「個人的に非常にムカつく出来事がありまして。でも姉さんの顔を見て、少し癒やされました。」


「では姉さんの膝枕でもっと癒してあげましょう。どこかの誰かさんの膝枕と違って、柔らかいですよ?」


わ~い!……なぜ、マリカさんまで正座する。絨毯の上に正座した姉と姉御は膝をポンポンと叩いてから互いに睨み合い、邪眼同士が火花を散らした。


「選択不能な二択を突き付けるのはナシにして、話を聞いてください。」


正座したお二人の間でオレが胡座をかくと、舌打ちしたマリカさんは膝を崩した。正座慣れしてる姉さんは、そのままだ。


オレはザハトの襲撃と、ケリコフの容態を姉さんに話した。賛成してくれるコトはわかってるけど、ケリコフを抱え込むのに、グループ総帥の意見を聞かない訳にはいかない。


話を聞き終えた姉さんは、意外な提案をしてきた。


「カナタさん、私もケリコフさんの治療に協力しましょう。となれば、しばらく龍球に滞在しなければなりませんね。」


「驚いた。姫に医学の心得があったとはね。」


マリカさんの言葉に、姉さんは首を振った。


「医学の心得はありませんが、私には心龍眼があります。ケリコフさんの砕かれた心を集める事が出来るかもしれません。」


マジか!でも姉さんの心龍眼は、表層意識を読める。深層意識は読めずとも、刺激するだけなら出来るかもしれないよな!


「お願いします!オレはあの男をこのまま終わらせたくないんだ。」


「はい。それがカナタさんのいいところです。では今度は姉さんの話を聞いてください。その前にマリカさんは、席を外して頂けますか?」


「アタイはのけ者かい? 面白くないねえ。」


案の定、マリカさんがぶんムクれる。機嫌を取るにはどうしたらいいか……


「そう仰らず。いいモノを差し上げますから。」


「いいモノ?」


姉さんは、懐から取り出したアンプルをマリカさんの手に握らせた。


「アンプル? 新型の戦術アプリかなにかかい?」


マリカさんの質問に、姉さんはチャッカリマンばりのしれっと顔で答えた。


「これは、御門グループが開発に成功した"アニマルエンパシーアプリ"です。」


「マジか!? これがあれば雪風と話が出来るンだな?」


「もちろんですわ。」


「よし!さっそくインストしてくる!カナタ、しっかり姉さんの話を聞いてやンな!」


疾風のように去っていったマリカさん。アニマルエンパシーを持ってるオレらを心底羨ましがってたもんなぁ。



しかし御門グループも、スゲえアプリを開発したモンだぜ。正式発売されたら、アプリショップの前に長蛇の列が出来るに違いない。ガーデンのアイドル、雪風先輩やハクとお話したがってる連中は、ウヨウヨいるんだから。


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