南国編8話 こ、これはまさか、伝説の…



無酸素爆弾を前にしても冷静な親友。大丈夫だ、空蝉修理ノ助は工作の専門家スペシャリスト。こんな爆弾ごときは解除してくれるはず……


「カナタ、僕がこの爆弾を解除出来なかったらどうなると思う?」


「……考えたくもない。」


アロハシャツの上から羽織った軍服を脱ぎ、服の内側に吊した工具を取り出しながら、シュリは答えた。


「この銀行から半径10キロ以内のバイオメタル化してない住人が全員死ぬ。天才リリスがいたら推定人数を教えてくれるだろうけどね。」


推定人数はともかく、知識が豊富で手先も器用なリリスがいれば、シュリのアシストもしてくれるんだろうがな。クソッタレ、よりによって、ここは市街地中枢シティセントラルだぞ。……失敗したら、万単位で死人が出るのは、凡人のオレにだってわかる。


「まだ初夏だ。夏の悲劇にゃちと早い。シュリ、やれそうか?」


「やるしかないなら、やるまでさ。カナタ、司令に連絡して万一に備えてくれ。」


「オーケー。頼むぜ、シュリ。」


銀行の外に出たオレは、戻って来たダニーにシュリのガードを頼んだ。ホッケー軍団に仲間がいれば、爆弾解除を妨害しようとするかもしれない。


物陰でハンディコムを取り出したオレは、司令直通の緊急ダイアルをコールする。


「……私だ。トラブル発生とか聞きたくないぞ。」


「御堂銀行龍球本店で無酸素爆弾が起動中。現在、シュリが解除にあたっています。推定ですが、半径10キロ圏内が被害に遭う可能性があります。」


「残り時間は?」


「約2分。」


「……わかった。私から龍球総督に連絡を入れて必要な措置を取る。」


これで龍球防衛部隊が酸素吸入器を持って市街地中枢にやってくるはずだ。一般家庭でも気密のいい部屋に目張りをすれば、無酸素爆弾の効果時間が過ぎるまで凌げる可能性はあるが、間に合うまい。であるなら、龍球総督はパニックを恐れて、警報は出さないだろう。軍と医療機関への緊急伝達、よくやってもそこまでだ。


連絡を終えて銀行内に戻ったオレに、シュリが話しかけてくる。


「カナタ、緑と白、どっちが好きだい?」


「……まさか緑と白のコード、どっちを切るとかの選択か?」


「そう。」


マジかよ。オレが決めるのか?


「ダニー、どう思うよ?」


「黒はないのか? 下着ランジェリーは黒が好きなんだけどよ。」


「僕は白がいいな。ホタルはいつも白だしね。」


非常時だからって嫁さんホタルの下着の色を他の男にバラすなよ。後でお説教されんぞ?


「という訳で白を切る……とでも思ったかい? 違うね、これはそう思わせる為の引っ掛けトラップだ。正解は"両方を同時に切る"だろ!」


ニッパーを二刀流っぽく構えたシュリは、パチンとコードを切断し、耳障りなタイマーの音は止まった。


「……ふう。なかなか手の込んだ爆弾だったよ。汗も冷や汗もたっぷりかいた。」


アロハシャツの袖で汗を拭うシュリ。この事態を予測して長袖アロハを買ったんじゃなかろうな?


「お見事。これで南国の救世主の座を獲得したな。」 


親友が救世主ってのはいい気分だねえ。我が事よりも嬉しいぜ。


「ヘッ、ざまあみやがれ。ホッケー軍団VSアロハ軍団の戦争はアロハ軍団の完勝だ。シュリ、カナタ、後は軍警察に任せてキンキンに冷えたビールでも飲みに行こうや。」


銀行前に急停止した憲兵MP隊の車両を指差しながら、ダニーは魅惑的な提案をしてきた。


「二人は先に車に戻っておいてくれ。憲兵と話をしてから、オレも行く。」


この事件、一見金銭狙いの犯行に見えるが、何か裏があるかもしれない。訓練されたプロは犯罪集団にもいるが、普通の爆弾より格段に入手難易度が高い無酸素爆弾を持っていたのが引っ掛かる。無酸素爆弾なんて、軍に協力者でもいない限り、まず入手不可能なはずだ。全員殺したから自供させるのは無理だが、ホッケー軍団の装備、持ち物はシュリとホタルにも調べてもらいたい。忍者夫妻なら事件の裏取りはお手のものだ。


────────────────────


「だ~か~ら~!オレが事件を起こした訳じゃないって言ってんでしょーが!たまたま居合わせただけだってーの!……疫病神め? 司令、それは電話を切ってから呟けや!」


キンキンに冷えた生ビールと美しい緑が際立つ枝豆を前に、オレは言い訳電話に終始する。


「おいカナタ、それで何件目よ?」 「リリス、マリカ様、司令で3件目。たぶん、シグレさんにもかけるから…」


「シグレさんにはマリカさんが話しといてくれるとさ。やっとビールにありつけるぜ。作戦成功に乾杯!」


「「「お疲れ~!」」」


泡立つジョッキを合わせて乾杯、そしてグッと飲る。あ~、冷えたビールが旨えなぁ……


「乾杯が終わったところで、明日の予定だ。シュリ、午前中に細君を連れてホッケー軍団の装備と持ち物を調べに行ってくれ。憲兵総局と話はついてる。」


「了解だ。無酸素爆弾をどうやって入手したかは知っておきたい。下手をすれば軍に協力者がいるかもしれないからね。」


「そういうコトだ。午後はダニーと一緒に総督府な。礼服を着て行けよ?」


「総督府? それに礼服?」 「おいおい、なんで俺まで?」


「龍球総督が市民を救った英雄を顕彰したいんだとさ。シュリにはゴールドメダル、ダニーにはシルバーメダルが授与されるらしいぜ。いや~、よかったねえ。」


「カナタ、ちょっと待て!」 「俺は聞いてねえ!」


「だから、"今言った"んだ。……諦めろ、大衆は英雄を必要としている。」


重々しく言ってみたが、二人とも納得しない。


「なんでカナタは行かないんだ!作戦の指揮を執ったのはカナタだろ!」


シュリの猛抗議を、オレは南国の涼風のように受け流す。


「なんで行かないと言われてもな、"オレはいなかった"んだから、当然だろ?」


「汚ねえ!コイツ情報操作しやがった!」 「カ~ナ~タ~!前々から言ってるだろう!カナタは司令のやり口に毒され過ぎ…」


お小言をツマミにもう一杯、生ビールでも飲るかねえ。その次は泡盛だな。龍球は沖縄とは違った島だったけど、泡盛があるのはポイントが高い。


────────────────────


翌日の朝、ホテルの部屋に配達されてきたスポーツ新聞の見出しを見て、オレはニンマリした。


「龍球市民を救った男、その名は"専門家スペシャリスト"空蝉修理ノ助!!」


いいねえ。実にセンセーショナルに書き立ててくれちゃって、もう!


ウッキウキのオレはフロントに電話して、龍球で発行されている新聞全紙を取り寄せてくれるよう頼んだ。


おっと、チッチ少尉にも連絡しないとな。同盟機関誌リベリオンにも記事を書いてもらわねえと。


「……ああ、その件なら、もうミドウ司令から連絡を頂いてます。"実録!極秘作戦24時"の番組スタッフにも連絡が入ってるようですから、そのうちテレビでも放映されるんじゃないですかねえ。」


さすが司令、仕事が早い。んじゃあオレはお楽しみタイムと洒落込もう。プライベートビーチに三人娘が待っている。どんな水着を買ってきたのかな~♪


────────────────────


「……あの……隊長、あまりジロジロ見ないでください……」


無理です。ジロジロ見ます。着痩せするシオンさんがビキニを着たら、こんなにグレートなんですね!眼福です!


「もう!やっぱりビキニはヤメておくんだったわ……」


胸を手で隠さないで!後生だから!


「少尉、私の水着も見なさいよ!」


リリスさんはワンピースタイプの水着ですか。フリルも付いてて、めんこいめんこい。でもなんで浮き輪を装備してるんだ?


「リリスってカナヅチだったっけ?」


「な訳ないでしょ。これは用心、少尉が内蔵してる海綿体で溺れないようにね。」


そんな不浄なところで泳ぐなよ。せっかく海に来てるんだからさ。


「あれ、ナツメはどうした?」


「後ろにいるの。」


おや、いつの間に背後に。……そしてなぜバスタオルを巻いている?


「ジャジャーン!これが真打ちなの!」


バスタオルを投げ捨てたナツメが着ていたのは、飾り気のない真っ黒な水着だった。そして胸には「なつめ」と書かれた名札!……こ、これはまさか、伝説の「スクール水着」なのでは!


「えへへっ♪ カナタってこういうのが好きそうだから、あらかじめ準備してきたの!」


「……オレは猛烈に感動している!スク水サイコー!」


高鳴る胸の鼓動、溢れ出す感動。スク水には、男の浪漫が詰まっているんだぁー!



渾身のガッツポーズを決めたオレを、シオンさんとリリスさんが冷ややかな目で見ていた。


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