南国編7話 親友、悪友、またトラブル



バカンスの二日目は市内観光に充当する。そして今日の連れは野郎ども、親友のシュリと悪友のダニーだ。女の子達はお買い物デーで、野郎どもはハブられている。だが、それでいい。買い物の中には水着も含まれているからだ。どんな水着でビーチに現れるのかは、知らない方が楽しみが増えるってもんだぜ。


レンタカー屋でオープンタイプの4人乗りスポーツカーを借りたオレ達は、海岸線をドライブしてから、市内の名跡に向かった。龍球は元の世界でいえば沖縄だから、なんくるないさ~的なノリを期待していたのだが、そこまで沖縄的ではなかった。


観光ガイドを見てわかったのだが、龍球は沖縄と違って琉球王国のような歴史を経ていない。龍尾大島の大名が直轄支配していた離島で、文化的にも龍の島に準ずる。だから龍球の人々は自分達をウチナーンチュとは呼ばない。海人ウミンチュTシャツがあったら買おうと思っていたオレの目論見は外れてしまったようだ。龍の島最北の地、龍頭大島は歴史も北海道に近く、リムセやケクル准将みたいにアイヌにあたる民族もいるんだが……


地球のコピーみたいな(もしかしたら地球の方が央球のコピーなのかもしれないが)央球だが、やはり地球とは違う星なのだ。


かつて龍球管領の居城であった修理城を訪れたオレ達は、建設当時から残っているという石垣を見物しながら散策する。


「そういやこの城の名前ってシュリとおんなじだよな。やっぱり感慨深いか?」


派手派手アロハを着たダニーの質問に、控え目アロハのシュリは複雑な表情になった。


「感慨は感じるよ。このお城が経験してきた苦難の歴史を考えるとね。」


「苦難の歴史?」


コイツ、入場チケットに書かれた説明文を読んでねえな。


「このお城は"風獅子かざじし城"が正式名称なんだ。でも戦国時代には何度も焼け落ち、平和になって再建されてからも巨大台風で何度も被害を受けた。年中修理しゅうりをしているお城だから、修理シュリ城なんて俗称がついちゃったんだよ。お役目を終えて観光名所になってからは、何事もなく過ごせている。お城にとってはいい事だね。……でもないか。今も戦乱の最中だ。また、戦火に晒される可能性はある。」


そうだな。軍事基地としての機能は軍司令部に移管されているとはいえ、龍球が攻撃されればお城だって無事にはすまない。


世界各地で要塞化された都市達、早く"あの城壁は世界中で戦争をやっていた時代の名残なんだよ"なんて言える日が来るといい。基地もお城も観光名所として平穏無事な日々が送れれば、それに越したコトはないんだ。


「シュリの言う通りだな。平穏無事が1番だ。戦争が終わったら薔薇園ローズガーデンも観光名所になんのかねえ?」


オレがそう言うと親友と悪友は首を振った。


「……それはヤメた方がいい。」


「だぜ。ボウリング場や雀荘、ゲームセンターまでなら洒落で済むが、セクシーパブやストリップバーまであるんだ。この城と違って、俺らの乱痴気振りを後世に残す事にならぁ。」


「言っておくが、オレとシュリはセクシーパブにもストリップバーにも、行ったコトはない。ダニーみたいな助平野郎の巻き添えを食ってんだよ。」


もらい事故としか言い様がねえよ、まったく!


「真面目一徹の妻帯者シュリはともかく、カナタは"毎日がキャバクラ状態"だから行く必要がねえだけだろ!」


誰の毎日がキャバクラ状態だって?


「人聞きの悪いコト言うな!どこの世界に四肢を関節技サブミッションで痛めつけられてから、耳かきされるキャバクラがあるってんだよ!」


「……関節技? シオンがそんな事するかな……」


うっ!親友から疑惑の目で見られている!


「……カナタ。その話、詳しく聞かせてもらえるかな? 珈琲でも飲みながら、ね。」


咄嗟に目を逸らしたのは悪手だったか。友の疑念を深めちまったぞ。


───────────────────


オープンカーに乗った野郎どもは、珈琲専門店のドライブスルーでフローズンラテを買い込み、路肩に止めた車内で冷えっ冷えのラテを堪能する。


……ん? 向かい通りの銀行前に、サイドの窓全部に濃いフィルムを貼った黒塗りのバンが2台止まったぞ。……もうイヤな予感しかしねえ……


やっぱりか。バンから降りた武装集団は、統率のとれた素早い動きで銀行内へと踏み込んでゆく。


「……おい、カナタ。ホッケーマスクだぞ、ホッケーマスク!初夏のリゾート地にホッケーマスクだ!わかるよな?」


がなりたてるな、ダニー。アイツらを見た瞬間から頭痛がしてんだ。


「見りゃわかる!アイツらがパティシエじゃねえコトぐらいはな!」


「これだけは言わせろ!なんだっておまえはどこに行ってもトラブルを起こすんだ!趣味か? 趣味なのか!?」


「ああ!? あの場所を弁えない上に間も悪い連中が湧いて出たのまで俺のせいか? おまえは朝起きて、顔を洗う為に蛇口を捻る。そんでたまたま運悪く、カルキの効きすぎたお水がジャバジャバ出てきたら、それも俺のせいだって思うのか?」


「そこまで!僕にプランが3つある。プランA、見なかった事にする。プランB、警察に電話。プランC、僕らでなんとかする。3つ数えるまでに決めてくれ。1、2…」


そんなの決まってるだろ!


「プランCだ!!」 「プランC以外ねえだろ!」


「決まりだ、行こう。」


クソッタレのホッケー軍団にゃ、痛い目見てもらうかんな!抵抗するなら容赦なく死なす!罪状は"オレの休暇を邪魔した罪"だ!


─────────────────────


やるとなったら行動は早くだ。ダニーはオープンカーを銀行の死角に移動させ、シュリの飛ばしたインセクターが、音もなくガラスに丸い穴を開け、店内に侵入する。


車を脇道に停めたダニーはダッシュボードから拳銃を取り出してGパンのベルトに差し、トランクからフランベルジュを持ち出してきた。


「カナタの銃はどこだ?」


「ホテルに置いてきた。ま、刀は下げてるし、狼眼もあるから問題ない。」


そんな会話を交わしてる間に、上忍シュリはタブレットのメモアプリに、指先で店内の見取り図を描き終えていた。


「ホッケー軍団の人数と配置はこうだ。人質はここ、カウンター前にまとめられている。武装はアレス重工製のサブマシンガン・タイニーサラマンダーとハンドガンのマンハンターカスタム。刀も持ってるけど、抜いてないから質は不明。」


「……手慣れてるな。廉価版とはいえ、いいお値段がするTサラマンダーを持ってるあたり、プロだろう。」


こりゃ職業犯罪者か、テロリストだな。手際の良さと武装から考えて、間違いあるまい。


「ホッケー軍団にとって不運だったのは、超一流のプロの目前で犯行に及んだ事だな。」


ダニーの言う通りだ。土地柄を弁えないホッケー軍団と、南国に相応しいアロハ軍団。南の島の神々だって、オレ達に味方するだろう。


「シュリ、スモーキーインセクターは持ってるか?」


「さっき忍び込ませたのがそれだよ。突入をアシストさせる必要があるからね。」


そう言ったシュリは、足元の小型ケースを膝に乗せて開いてみせた。中にはインセクターが各種、収納されている。ほぼ全ての用途を網羅している鋼鉄の蟲達は出番を待ちわびていた。"蟲使いインセクトマスター"の異名を取るホタルがいるから目立たないだけで、シュリの腕も超一流なのだ。


「オーケー。シュリが陽動、オレとダニーで突入する。ダニーは…」


「人質の安全を確保だろ。レイニーデビル一のガード屋は俺だ。任せときな。」


陽動、殲滅、護衛、オレ達はバランスのいい同期三人なんだ。後は侵入経路だけが問題だな。


─────────────────


手慣れた犯罪集団だけあって、表も裏もインセクターで警戒している。そこでシュリが裏口側の道路に路駐している車にインセクターで白黒の光線を当てて、パトカーに見せかける手を使うコトにした。


(今だっ!索敵要員の注意が裏口のモニターに向いたぞ!)


テレパス通信を受け、隣のビルの屋上でスタンバイしていた突撃チームは動き出す。具体的にはダニーを抱えたオレが、隣のビルから壁走りで銀行前までダッシュする、だ!


「大丈夫なんだろうな、カナタ!」


壁を地面に疾走するオレに、不安そうなダニーが聞いてきたが、実はその危惧は杞憂じゃなかったりする。重力磁場発生アプリをインストしたのは、ザインジャルガ戦役を終えて帰投してからなのだ。まだ試し運転すらやってない。


「このアプリを使うのは初めてだったりするんだな、これが。」


「マヂかよ!?」


ナツメは得意なんだけどな、壁走り。ま、なんとかなるでしょう!


重力磁場が切れる瞬間に、壁から突き出た看板のポールを掴んだオレは1回転して勢いをつけ、V3ばりの反転キックでガラスを蹴破って店内に突入。人質の前にダニーを滑り込ませた。店の奥に潜んでいたシュリのインセクターが、突入直前に紫色の煙を吐き出し、アラームを鳴らしてホッケー軍団の注意を引いてくれていたから、スムーズにコトが運んだんだけどな。


我に返ったホッケー軍団が、オレと人質に向かって銃を乱射してきたが、炎壁の異名を持つガード屋の守りを撃ち抜くコトなど出来ない。もちろん、サブマシンガンごときでオレにダメージを与えるコトも不可能だ。


「気は済んだか? じゃあ死ね!」


ホッケー軍団に狼眼を喰らわせ、沈黙させる。残ったのはリーダーだけ。おまえには話を聞かせてもらわないとな。


ホッケーリーダーは刀を抜くかと思ったが、手にしたのはスイッチだった。まさか自爆する気か!


「ゲブッ!!」


自爆される前に狼眼でトドメを刺したが、聴覚を強化された耳が、ピッピッという音を捉えた……


「終わったみたいだね。ダニー、僕も人質の誘導を手伝うよ。」


店内に入ってきたシュリを大慌てて手招きする。


「誘導はダニーに任せてコッチに来てくれ!」


この音はどこからだ!……リーダーの足元に置いてあるアタッシュケースからか!


「カナタ!そのケースには手を触れるな!僕がやる!」


一瞬で状況を悟ったシュリが、特製ゴーグルをかけてケースを調べ始める。


「ダニー、人質の脱出を急げ!」


「おう!すぐ戻る!」


開けても問題ないと確認したシュリは、そっとケースに手をかける。中には、爆弾の専門家ではないオレの目から見てもヤバそうな装置が仕掛けられていた。


「……やっぱ爆弾かよ。後3分だとさ。リーダーは始末したってのに、なんで起動したんだ。」


「リーダーの心音が停止したら起動する仕掛けだったんだよ。でも殺したのは悪手じゃない。スイッチを押されていたら即、起爆していた。」


殺さず生け捕りが最善手だったか。だがスイッチに手にかけられた状態じゃあ、瞬殺しないのは危険すぎる。虫の息でもスイッチぐらいは押せるからな。


「シュリ、コイツはどのぐらい威力のある爆弾なんだ? それによってはダニーは戻って来させない方がいい。」


オレはシュリの傍を離れる気はないがな。なにも手伝えないけど、オレとシュリは一蓮托生だ。


「僕達に害はないよ。これは……だからね。」


無酸素爆弾だと!? おいおい、マジかよ。なんだって銀行強盗が※無酸素爆弾なんか持ってやがんだ?




疑念は後回しだ。今は目の前の状況に対応する時。とはいえ、オレに出来るコトは、そう多くないってのが問題だな。


※無酸素爆弾 爆発すれば数キロ範囲で、空間の酸素を消滅させる兵器。効果時間は15~20分。爆心地に近いほど効果時間が長くなります。短時間の無酸素状態なら耐えられるバイオメタル兵には脅威ではありませんが、バイオメタル化していない一般人は、ほとんど窒息死します。


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