南国編5話 ゾンビソルジャー



最後の兵団ラストレギオンの本拠地、白夜城。"不死身"と恐れられる少年の姿が、中枢区画にある城の中にあった。この少年、姿は幼くとも、実年齢では兵団幹部の中でも年長者に分類される事を、白夜城の主だけが知っている。少年の姿に合わせているのか、ザハトの口調は子供っぽく、幼い。それが演技なのか、実像なのかは、もう本人にもわからない。


「ねえねえ、団長~。剣狼の奴、呑気に龍球島でバカンスをするつもりらしいんだ。だからさ、僕が殺しに行ってもいいよね?」


"不死身の"ザハトの顔に、龍をあしらった豪奢な椅子に腰掛けた男、最後の兵団団長・朧月セツナは胡散臭げな視線を向けた。


「おまえが剣狼を殺す? "吹雪の老人ジェド・マロース"にさえ勝てなかった、おまえがか?」


「あの時は雑魚を相手に消耗してたからだよ!万全だったら勝ててたってば!」


「どうだかな。殺されたところで甦る体だ、やるだけやってみろと言いたいが、龍球は同盟軍の支配下にある。潜り込ませるのも、甦らせるのも手間だ。」


高い念真強度と強力なサイコキネシスを持っているが、ただそれだけ。朧月セツナは兵士としてのザハトをさほど評価していない。


「団長、1対1で勝負するとは言ってないよ。選りすぐりの屍人兵ゾンビソルジャー達も連れて行くさ。それとね……こないだ手に入れたなんだけど、もう仕上がったんだ。」


ザハトの真価は本人の戦闘能力にはなく、"ゾンビソルジャーの使役"にある。それが兵団の部隊長達に共通した認識であった。


「なるほど。それで妙に強気になった訳か。……いいだろう、やってみろ。アルハンブラ、工作は任せたぞ。」


玉座の横に佇立していた"魔術師"アルハンブラは頷き、少年の姿をした異形の者に声をかける。


「了解しました。ザハト、警戒の厳しい龍球島にゾンビソルジャーどもを運び込むのは不可能だ。人がいないか、少ない小島になら可能だろうが……」


「そっか。……じゃあ、この龍餓鬼島ならどうかな?」


戦術タブレットを取り出し、映し出された島の立体映像をザハトは指差す。


「やれん事はない。それでも時間が経過すれば、安全は保証しかねるがな。」


答えた魔術師に、年齢不詳の少年を心配する様子はない。ザハトもゾンビソルジャーも、使い捨ての駒と見做しているからである。不死身のザハトは、再利用可能な捨て駒ではあったが……


「いいよ、それで。団長、剣狼の部下に雪村ナツメって女の子がいるんだけど、捕まえたら僕の好きにしていいよね? 僕は昔からあのコが気に入ってたんだよ。僕が好きな"人形みたいな女の子"に、戻してあげたいんだよねえ。今の姿は、見るに耐えないからさぁ。」


完全適合者、"緋眼の"マリカの麾下にいた雪村ナツメには、いくら恋い焦がれていようと、ザハトは手を出せなかった。いや、一度は手を出した。結果は、自分が殺されただけ。"剣狼"カナタもマリカと同じ完全適合者だが、ザハトは最近になって"切り札"を手に入れていた。欲望に忠実なザハトは惜しむ事なく、切り札を切る事にしたのである。


「殺戮天使など好きにすればいい。ただし、パーム協定がある以上は、絶対に表には出すなよ?」


「もちろんだよ。ナツメちゃんを捕まえたら僕好みに調教して、誰も知らないところでずっと匿っておくんだ。二人きりの隠れ家で、あんな事やこんな事をして楽しむつも…」


「おまえの趣味など、私の知った事ではない。表に出すな、と言っているのだ。」


嫌悪感を言葉にして吐き捨てたセツナは、もう用はないと席を立った。


アルハンブラを従えて歩きながら、朧月セツナは考える。わかっていた事だが、ザハトは神世紀には必要のない男。不完全な秘術でクローニングを繰り返していれば、いずれ発狂するだろうが、それより早く処分しなければならない、と。


───────────────────


数日後、白夜城の執務室で師団の増強プランを練るセツナに、秘書室長を務めるアマラが来客を告げてきた。


「サイラスが訪ねてきただと?……いいだろう、通してやれ。」


アルハンブラは潜入工作の為に旅立ち、彼の代わりに朧月セツナの傍にいるのは"黒騎士"ボーグナイン・ダイスカークと、彼の副官に任命された元ギロチンカッター大隊副長、グスタフ・エスケバリだった。


「軍師気取りの軟弱が団長になんの用でしょうな。」


黒衣の騎士の問いかけにセツナは答える。


「さてな。……ザインジャルガで散々な目に遭ったサイラスは、ネヴィル師団での立場が弱くなった。自力で窮状を脱するのは難しいだろうから、用件は"失地回復への助力"といったところではないか?」


ドアをノックする音がしたので、セツナは冷笑を引っ込める。失墜したとはいえ、ロンダル閥のナンバー2だった男を敵に回すのは賢くない。サイラスは、策謀を得意とするロンダル閥の知恵袋でもある。顔色を飾ったとしても、内面を覗こうとするには違いなかったが……


ナユタに案内されたアリングハム公と護衛のヘインズ大佐が入室し、黒騎士とその副官は立ち上がって席を譲った。


「久しぶりだね、朧月准将。おっと失礼、もう少将だった。」


「アリングハム公ともあろうお方が、わざわざ辺鄙な城まで出向いて来るとはな。早速、用件を伺おうか。」


皮肉を皮肉で返したセツナだったが、サイラスは意にも介していなかった。


「用件というほどの事ではない。私は最近、ローゼ皇女と親交を持ったものでね。薔薇十字と協力関係にある少将には挨拶しておいた方がよいかな、と思ったまでだよ。」


セツナの元にはサイラスがローゼ姫と接触しているという情報はもたらされていた。内通しているかつての部下、リットクが言うには"薔薇十字はサイラスサイドから協力を持ちかけられているが、条件面で折り合えていないようだ。薔薇十字の幹部達がサイラスに猜疑心を持っているので、交渉がまとまるかどうかも不分明だが、ローゼ姫の決断次第では急転直下の展開もあり得る"との事だった。


……どうやら急転直下の展開とやらが起こったらしいな、とセツナは思ったが、顔にも口にも出さなかった。


「それはそれは。ローゼ姫はまだ若いが、器量には見るべきものがある。同じ陣営に属する者同士、親交を深めるのはいい事だ。」


心にもない言葉で応じながら、セツナは素早く計算を巡らす。薔薇十字が窮地のサイラスと手を結んだ。最後の兵団としては、そろそろネヴィル元帥に接触を図った方がいいようだ。ザインジャルガでは敗れたネヴィルだが、奴の派閥がガルム閥に次ぐ規模である事は変わっていない。ネヴィルはゴットハルトへの牽制にも使える。将官になった今は、ゴットハルトも以前のように都合よく兵団を使える訳ではなくなった。だが、それでも煩わしい存在には違いない。


二つの巨大派閥の間でバランサーとなり、十分に力をつけてから出し抜く。結局のところ、人間は強い者になびく。私を超える者など存在しない以上、最終的な勝者は決まっているのだ。


腹の内を隠しながら、朧月セツナとサイラス・アリングハムは当たり障りのない会話を交わした。


「さて、このあたりでお暇しようか。そうそう、そこに掛けてある絵画だけれど、それは贋作だよ?」


立ち上がったサイラスは、壁に掛けてある絵画を見やりながら指摘した。


「知っている。本物も所有しているのだが、"贋作の方が出来栄えがいい"のだよ。私は経緯はどうあれ、最高の物が好きなのでね。だが真贋を見抜いたのは、流石だと褒めておこうか。」


「それはどうも。……朧月少将、"何をモチーフに選び、どう描くかを考えたのは、贋作者ではない"と言わせてもらおうか。真作を描いた画家の労苦を嘲笑うのは感心しないね。それでは、ごきげんよう。」


分厚いドアで隔てられた二人の少将は、互いに冷笑を浮かべる。



美に対する考え方は違う二人であったが、謀略家である事は共通している。そして互いに出した結論も同じ、"あの男は到底信頼出来る人間ではない"であった。


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