南国編4話 上忍筆頭の目は誤魔化せない
「これは絶品だ。磯吉シェフもうかうかしていられんな。」
バカでかいスプーンで超特大カレーを堪能しているのはガーデン一の武道家、豪拳イッカク。向かいに座ったダミアンが淡々と話す。
「同じカレーでも磯吉シェフとは系統が違う。昆布ダシが効いた具沢山のまかない風カレーと、本格的なバラトカレーだからな。」
バラト……こっちの世界のインドだ。元の世界でもラテン語表記だとインドはバーラト、だったな。
「なるほど。俺は食には疎くてな。ダミアン、午後から鍛錬に付き合ってくれないか? 試したい技があるのだ。」
「了解した。俺も希少な重力使いとの訓練には得るモノが多い。とはいえ、お手柔らかに頼む。」
「粗忽者のバクラならともかく、俺は訓練でムキになったりせんよ。」
クールな男と寡黙な男は仲がいい。ここに来るまで孤高の男だったダミアンは、あまり他の部隊長とも付き合おうとしないが、イッカクさんだけは別だ。レンゲさんの店に二人で飲みに来て、ほとんど会話らしい会話もなく、ぼっかけをツマミに黙々と杯を交わしていたらしい。"終始無言で飲んではるさかい、店のモンが決闘でも始めはるんかとヒヤヒヤしてましたわ。あんなお通夜みたいな飲み会、ウチも見た事おまへんね"とはレンゲさんの弁。
「カナタサ~ン、お噂は聞いてるのネ~!チキンとポーク、どっちがいいデ~スかぁ? 併せ盛りもあるデスよ~。」
「おっと、じゃあ併せ盛りで。ハッサン中尉、これからよろしく。」
「ハッサンでいいのデ~ス。"さん"もいらないのネ~。ハッサンさんとか意味不明デ~ス。」
意味不明なのは、あなたの性格と国籍だと思いますよ?
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ハッサンは変人だったが、料理の達人でもあるようだった。子供向きではない辛さだけど、このカレーは滅茶苦茶旨い!
「とろみの付いたカレーもいいが、こういう本格的なカレーもいい。やはりカレーは人類の友だな。」
ラセンさんにとっては、友じゃなくて神でしょ。でも三食カレーの生活を、結婚してからも送ってんのかね?
「ラセンさん、結婚してからも三食カレーの生活をしてるんですか?」
「い、いや、それがだな……」
「天掛隊長、奥様の強い要望で"カレーは一日一食まで"というハウスルールが定められたそうです。」
ゲンゴが笑いをこらえながら教えてくれた。そりゃそうだよな。三食カレーじゃ
「では今日の予定はこれにて終了ですね、残念。」
「アスナと産まれてくる我が子の為だ、やむを得ん。」
憮然とした表情ながら、どこか幸せそうなラセンさん。やっぱりカレーよりも、家族なんだねえ。
猫舌らしいゲンゴがスプーンに載せたカレーをふーふーしながら、教えてくれる。
「臨月が近くなったら、アスナさんは火隠の里へ行くそうです。里の爺様婆様達が、里長の血を引く
そっか。火隠家の分家である漁火家に子が産まれたら、火隠衆里長の継承候補になる。本家のマリカさんに子供が出来たら筆頭継承候補になるだろうけど、まだ独身だし……
つーか、それって他人事じゃないよな。オレがマリカさんを超える兵士になった時には、もしかしたら……
(なに、カナタも結構な金持ちになったのだ。贅沢税ぐらい、問題なかろう。)
!!……ラセンさんは気付いてたのか!俺は恐る恐る、テレパス通信で返答する。
(……知ってたんですか……)
(マリカ様がご母堂様の胎内にいた頃から知っている俺だぞ。従兄の俺と親代わりのゲンさんにはお見通しだ。俺としても我が子は気楽に生きさせてやりたいのでな。邪眼を持った完全適合者同士のカップリング、最強の血脈を受け継いだ御子が次期里長で決まりだ。今は静観しておいてやるが、いずれ外堀を埋めてやるから覚悟しておけ。ちなみに内堀はゲンさんが担当するからな。)
堀を埋めるスコップならぬスプーンをかざして、ニヤリと笑うラセンさん。オレって何回堀を埋められれば気が済むんだろうな……
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まだ先の籠城戦のコトは先々考えるとして、今は目の前の仕事を片付けるか。
隊長室に戻ったオレはラセンさんから預かった書類に目を通し、少し考えに耽る。白狼衆から誰かを選ぶとなれば、やはりあの男しかいない。卓上の受話器を取り、司令に話をつけたオレは白狼衆の一人、
「お館様、何かあったのですか?」
「狼山に少し頼みがあってな。まあ座れ。」
「ハッ!」
応接ソファーに腰掛けた狼山の向かいに座り、話を切り出す。
「この度、火隠の忍者、田鼈源悟を預かるコトになってな。田鼈は火隠の名門、ラセンさんの話では"里で厳しい修行を積んできたゲンゴは、既にかなりの力量を備えている"とのコトだ。」
「お館様、訓練では優秀でも、実戦で使えるとは限りません。最近は見られるようになってきましたが、ガラクなども"訓練場の強者"でしたぞ?」
「ゲンゴは既に業炎の街の守備隊として実戦経験を積んでいる。この報告書を読んでみろ。」
報告書に目を通した狼山は、率直な見解を述べた。
「……実戦でも優秀なようですな。さすが火隠忍軍相談役、田鼈源五郎の孫だ。玄武の子に鈍亀はおらぬようで。」
虎の子に犬の子なし、か。おっと、犬を馬鹿にしちゃいけない。雪風先輩に噛み噛みされちまう。
「これほどの人材を平隊員として扱う訳にはいかん。そしてレイブン隊のカレルからも頼まれ事をしていてな。"隊を強化する為に、優秀な指揮官を補充して欲しい"と。」
「なるほど。
「狼山が白狼衆に不要だという訳ではない。わかってくれぬか?」
「お館様の下知とあれば、従うまでです。」
「狼山、レイブン隊は並の兵士よりも強いが、白狼衆に比べれば練度が低い。ゆえに育成手腕を評価されているおまえに白羽の矢を立てるしかなかった。幸い狼山は将校カリキュラムを受講済みだし、今日付で准尉へ昇進させる。出向ではなく、栄転だと思ってくれれば、ありがたい。」
「勿体なきお言葉。狼山勾九、御役目を拝命致しましてございます。」
これで司令への根回しが無駄にならずに済んだ。指揮中隊の小隊長としてゲンゴを組み込み、隊の強化を図ろう。カレルも欲しがっていた育成上手の指揮官を得れば、少しは楽になるはずだ。
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「ぷはっ!田鼈の本領、水中戦でも勝てないとは、剣狼の名に偽りなしだぜ!」
室内プールから這い出た孫に、ゲンさんがタオルをかけてやる。
「当たり前じゃろう。もうカナタにはワシでも及ばん。ゲンゴのようなヒヨッコが、敵う訳もなかろうが。」
「水中ならワンチャンあると思ったんだよ、爺ちゃん。」
フィンのように伸ばしたすね毛と、刃のように固めた腕毛を戻しながら、ゲンゴはボヤいてみせた。
「田鼈一族だけあって水中戦は大得意のようだな。ゲンゴ、白狼衆に水中戦を教えてやってくれ。体毛を変化させられる特異体質までは真似られんが、田鼈は水中での戦い方を熟知している。」
オレはハンドサインで、八熾の庄から呼び寄せた新米狼達をプールに入らせ、水中戦の準備をさせた。
「ゲンゴめの拙い技が田鼈の秘技と思われては困るのう。ワシが相手しよう。」
そう言って、源五郎の名を継いだ田鼈一族の長は、プールに飛び込んだ。
「自分から行きますっ!」
張り切った若狼が、水中の老人に向かって泳ぎ始める。
「皆でかかれ。一人ではどうにもならんぞ。」
三人がかりでもどうにもならんだろうがな。地上でも強いゲンさんだが、"水辺の殺し屋"の異名を持つだけあって、水中戦なら独壇場だ。水中の殺し屋ゲンに勝てるのは、アスラの部隊長でも完全適合者の4人だけだろう。
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「塩素の匂いがするわね。もうじき龍球島でバカンスだっていうのに、もう泳いできた訳?」
洗濯物から塩素の匂いを嗅ぎ取ったリリスは、おもむろに洗濯カゴから手に取ったオレのパンツを頭から被った。
「パンツを被るな。変態か、おまえは!」
「失礼ね!私は変態じゃなくて痴女よ!」
似たようなモンだろうが。
「変態と痴女の違いはよくわからんが……リリス、オレの荷造りは終わってる?」
「少尉のはね。私のはまだ。全部でトランク五つぐらいになりそうね。」
持つのがオレだからって、盛大な大荷物にしやがるなぁ。トランク五つぐらい、片手で持てる重さだけどさ。
「……ん? オレの部屋が妙にスッキリしてるんだが……って、家具がねえじゃん!」
「バカンスに行ってる間にリフォームするんだから、家具がある訳ないでしょ!」
おまえの逆ギレには慣れてっけど、今回は理不尽すぎんだろ!
「待て、コラ!オレはなにも聞いてねえ!」
「
「シオンやナツメと同居しろってのかよ!」
「そんな美味しい話を私が認めるとでも思う? シオンとナツメは隣の隣にお引っ越しよ!これはもう決定事項だからね!」
「……隣の隣も空き部屋になったの?」
「ったり前でしょ!当事者じゃなければ、私だって引っ越すわよ。クソド変態のおっぱいマニアを気に入ってくれる女なんて、世界中を探したって片手の指の数以下しかいないでしょうに、その世界でたった三人の物好き女が、グランドクロスよりも稀な確率で集結しちゃったのよ。そんなド幸運野郎の隣に独身男が住めると思う?……あら、グランドクロスって不吉な星の配列だったわね……」
「……おまえ、そこまで言うか……」
そのクソド変態の巣窟、おっぱい革新党は、また一人、入党…乳頭者を迎えそうだけどな。
新入り白狼衆には一人、女性隊員がいた。その女性隊員の濡れた軍服のお胸を見るゲンゴの視線。あいつは革新党の存在を知れば、乳頭したがるに違いない。
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