南国編2話 世界最強のヤンデレ



姉さんの甘々膝枕&耳かきを堪能したオレは、幸せ気分をお裾分けする為にザインジャルガで買ったお土産の入った袋を片手に、挨拶回りへと向かう。


ニヤケ面で歩くオレに神様が配慮してくれたのか、背後から声がかけられた。


「八熾の当主様!お待ちください!」 「お帰りなさいませ、お館様!」


ニヤケ面をリセットしたオレは威厳に満ちた顔(当人比)で、重々しく振り返ってみる。


「ただいま、イナホちゃん。ライゾー、警護役ご苦労。何事もなかったか?」


「はいっ!お館様がお留守の間も、イナホ様をお守りしてましたっ!現在も任務を遂行中ですっ!」


元気よく駆け寄ってきたライゾーの頭を撫で撫でしてやる。……ん? ライゾーの髪型が変わってるな。


「ライゾー、髪型を変えたのか?」


出撃前は額が全部隠れるほど前髪を伸ばしていたライゾーだったが、今は前髪を短くして左右に分けている。露わになった額には、稲妻型のアザがあった。アザがあるのは知っていたが、思ったより大きいな。眉間の下から髪の付け根部分まである縦長のアザか。


「はいっ!恥ずかしいので隠していたのですが、イナホ様が"これはアザではなく、ナルカミ様が射場ライゾーに格別の加護を与えたもうた印。隠す必要などありません"と仰るので、自慢する事にしました!」


お嬢様らしく、しずしずと歩み寄ってきたイナホちゃんが、ライゾーの額を見てニッコリ微笑んだ。


「ナルカミ様は雷神です。ライゾーの力はナルカミ様が与えたもうた力に違いありません。八熾の当主様もそう思われませんか?」


「そうだな。雷擊を操れる者は稀にいるが、ライゾーほどの力を持つ者はさらに稀だ。きっとナルカミ様が加護をくださったのだろう。よかったな、ライゾー。」


「はいっ!先ほどイナホ様と一緒にナルカミ様のお社を訪ねて、今まで額を隠してきた事をお詫びしてきましたっ!」


背筋を伸ばしたイナホちゃんが、オレに向かって丁寧に一礼する。


「私はお父様が無事に帰還した事をナルカミ様に報告して、お礼を申し上げました。八熾の当主様、ありがとうございます。当主様のお働きで、お父様は無事に帰ってこられました。……ガリュウ様は残念でしたが……」


「ああ。だけど姉さんは天涯孤独になった訳じゃない。オレもイナホちゃんもいるからな。」


「はい。八熾と御鏡、人器の二種は御門の元にあります。これで叢雲が戻ればどんなによかったか……」


イナホちゃんには叢雲一族が健在であるコトを教えてないんだよな。このコを政争や戦争に巻き込むのは早すぎる。御鏡家の次期当主が確定している身だから、いずれは避けて通れぬ道ではあるが……


「姉さんは雲水氏を御門グループ代表に据えるおつもりのようだ。八熾と御鏡が両輪となって、御門を支えていこう。」


「はい。ミコト様は姉も同然。御鏡イナホは聖鏡のお役目に殉じる覚悟です。」


イナホちゃんのまなこが鏡のように光る。雲水代表と違って、イナホちゃんは邪眼持ちの宗家血族だ。


「ライゾー、オレは数日後には龍球りゅうきゅうに出立するが、その前にどれほど腕を上げたか見てやろう。身は幼くとも八熾の狼、鍛錬を欠かしてはいまいな?」


「もちろんですっ!目指すは夢幻一刀流の師範代ですから!」


現師範代のシズルさんも、成長したライゾーになら師範代の座を譲ってくれるだろう。雷撃能力だけではなく、剣腕もシズルさんに並べよ。おまえ達兄弟には、期待しているからな。


────────────────


御鏡家次期当主とその警護役と別れたオレは、ハシバミ軍医の姿を探す。診療所にいなかったというコトは畑にいるのだろう。オレは軍医を探して基地外れの農園に出向いてみた。


やっぱりここだったか。兄を亡くしたばかりの軍医は、野良着姿で作物の手入れをしている。肉親の訃報がガーデンに届いても、軍医は一日喪に服しただけで、翌日からは診療に戻ったらしい。仕事や畑の手入れをしていた方が気が紛れるというコトだろう。


「先生、無事に戻ってきましたよ。お兄さんのコトは残念でした。お悔やみ申し上げます。」


「カナタ君か。ザインジャルガでは大層な活躍だったようだね。兄の事は気にしないでいい。覚悟の上でやった事だろうから。」


「照京で少将とお会いした際にうまく立ち回っていれば、この事態は防ぎ得たかもしれないと後悔する時があります。姉さんを立て、前総帥に引導を渡すというカタチを取っていれば……」


「……"たられば話に意味はない"が、カナタ君の持論だったはずだ。」


「しかし……」


軍手を脱いだ軍医は、オレの肩に手を置いて首を振った。


「胸を張りたまえ。キミはよくやった。最善を尽くしたのだ。司令が機構軍に掛け合ってくださったお陰で、近いうちに兄の遺体と遺品が届けられるそうだ。ついては最高の祭司であるミコト姫に弔って頂きたいと思っている。御門家に弓を引いた男の葬儀には難色を示されるかもしれんが……」


「姉さんは少将のやむにやまれぬお気持ちを理解しています。御門グループや照京兵はオレが説得しますから、巫女王に弔って頂きましょう。……先生、申し訳ないですが、ご遺体と遺品が到着したら、シュリに調べさせてください。」


「なぜかね?」


「少将は臨時総督に祭り上げられていましたが、実権を持たされてはいませんでした。ですが少将ほどのお方が、為す術もなく、されるがままだったとは思えない。なんとか一矢報いるべく、準備をしていたのではないかと考えています。その策を授ける相手は、弟である先生以外にあり得ません。」


「それでシュリ君か。了解した。兄に託したい遺志があるのだとすれば、是非とも見つけてもらいたい。」


「あくまで可能性の話です。空振りに終わるかもしれません。ですがノーリスクでリターンが見込める以上、やる価値はある。」


「カナタ君が軍人として大成する訳だ。戦場でも平時でも、あらゆる可能性を考え、策を講じる。よく働く脳細胞には栄養が必要だろう。これを持っていきたまえ。」


軍医は腰に下げていたビニール袋をオレに手渡してくれた。


「これは……卵、ですか?」


「最近育て始めたんだ。龍の島一のブランド鶏、九斤鶏の卵だよ。」


九斤……名古屋コーチンって九斤黄が原種だったよな。しかし軍医は、とうとう養鶏にまで手を出したのか。もう医者なのか農家なのか、よくわからんな。


「ありがとうございます。明日の朝メシは、卵かけご飯にしよう。」


有精卵だからな。早めに食べないと。


────────────────


挨拶回りを済ませたオレは、部隊長室で速読マシーン・リリスが目を通した書類の決裁を開始する。決裁っつっても判を押すだけだけどな。実際に読むのはリリスが"保留"の付箋を貼った書類だけだ。領主に部隊長に御門グループ株主、三足の草鞋わらじを履いてる身としては、こうでもしないと書類の山に圧殺されちまう。


「半分人任せにした仕事とはいえ、精が出るねえ。」


「マリカさん、なんでいっつも窓から入ってくるんです?」


背後を振り向かずに判子を押し続けるが、首に巻き付いた腕によって作業は中断を余儀なくされる。


「こっちの方が早いからだよ。……カナタ、とうとう完全適合者になったみたいだねえ。いっちょ勝負してみっか? アタイに勝てたら約束通り、カナタの女になってやンよ?」


耳に息を吹きかけるように、囁いてくるマリカさん。確信犯だ、絶対。


「それは遠慮しておきます。まだ"マリカさんを超える兵"にはなれてません。」


同じ土俵に立っただけだ。うおっ!耳たぶをはみっと噛まれちゃったぞぅ!


「ん~、兵士の頂点に辿り着いたってのに、初々しい反応だねえ。耳が赤くなってンよ?」


マリカさんに甘噛みされたら、神様だって赤くなるわ!


「マリカさん、とりあえずですね…」


いい時に限って邪魔が入る。もし、こんな場面にシオンあたりが現れたら……隊長室のドアに鍵は掛けてねえぞ!


「……とりあえず言い訳を聞こう。この写真を見ろ。」


目の前にかざされたハンディコム、そこに映っているのは……一枚の写真。姉さんの膝枕の上で、耳かきをしてもらってるオレの姿だった。……我ながら、見るに耐えないほどニヤケた面をしてやがる……


「さあ、なんとか言ってみな?」


!!……首に回された腕がキツく締まる。緋眼の怪しい輝きが、対面の書類棚のガラスに映って見えた。見たくないけど、その表情もガラスには映っている。……首に入ったチョークスリーパーよりも"ガンギマリ"してるぞぉ……


「マ、マリカさん!首を絞められたら喋れな…」


机をタップしてみたが、マリカさんは手を緩めない。こ、これがヤンデレってヤツなのか!?……つーか、最強兵士がヤンデレってヤバすぎねえ?


椅子に座ったままのチョークスリーパーから寝技グランドに移行、蜘蛛に巻き付かれた羽虫みたいに床に転がされたオレは、ギュウギュウと背後から四肢を締め付けられる。


「マジで、マジで極まってますから!」


この圧力、オレが完全適合者じゃなきゃ、手足が折れてるぞ!


「本気でキメてる。これが本当のガンギマリってね!」


自覚があんのかよ!仕方ねえ、力尽くで振りほど…


「はみっ♡ そしてギュムっとな♡」


力尽くで寝技を外そうとした瞬間に、耳たぶを咥えられ、張りのあるおっぱいが背中に押し付けられた。


「ちょっ!? それは反則…」


「うりうり、こういうのに弱いんだろ?」


……はい、弱いんです。外すべきなのに、外したくない。やはりおっぱい様が、崇める神にして天敵だ。


四肢を十分に痛めつけたマリカさんは、マグロみたいになったオレを拉致し、自分の私室に連れ込んで"耳かき"を始めた。あの~、さっき掃除したばっかなんですが……


「……写真を撮って姉さんに送る気ですね?」


「当然だろ。動くな、動けば耳かきを脳味噌にブッ刺す。」


甘々耳かきの後は怖々耳かきですか。マリカさんと姉さんは、何かにつけて張り合うよなぁ。




それにしても……逞しい足だ。そりゃ、世界最速の足だもんな。……これはこれで最高ですけど……後が怖い。絶対姉さんに説教される……


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