第五章 南国編 剣狼カナタ、南の島へ

南国編1話 鏡の処遇



ザインジャルガ戦役を終えたオレ達は、懐かしのガーデンへ帰投した。


ガーデンで野暮用を済ませたら、南の島でのバカンスが待っている。とは言っても、バカンス先から地獄の戦場へと向かうコトも決まってるので、手放しには喜べないのだが……


ドッグに不知火の姿がある。マリカさんを総指揮官として、別の戦地に赴いていた部隊も帰投してきてるみたいだ。久しぶりにシュリと飲めるな。お互いに土産話がいっぱいあるし、楽しい酒になりそうだ。


戦役の戦果報告はザインジャルガにいる間に司令に直接行った。今度はオレが報告を受ける番だ。スケアクロウの隊長室で天羽の爺様がまとめてくれた領地運営報告書に目を通す。


あまり得意ではないオフィスワークを始めた矢先、隊長室のドアがノックされる。


「寂助です。御鏡雲水氏をお連れしました。」


「入ってもらってくれ。」


寂助がドアを開け、かなりやつれた印象を受けるウンスイ議長が姿を見せた。執務机から応接用のソファーに移動したオレは、ウンスイ議長に席を促す。


ソファーに座ったウンスイ議長は、丁寧に頭を下げてきた。


「この度は天掛少尉、いや、天掛侯爵のお陰で帰ってくる事が出来た。感謝の言葉もない。」


「交渉をまとめたのはウチの司令です。お礼は御堂少将と鷲羽大佐に仰ってください。」


「キミがアリングハム公の身柄を拘束しなければ、交渉自体が成り立たなかった。とにかく恩に切る。」


幽閉生活で毒気が抜かれちまったのかねえ。照京で会った時は、もっと尊大な感じだったのに。


「お礼は承りました。議長、それで今後はどうされるおつもりです?」


「どうするも何も……何も出来んよ。隠忍自重して暮らす以外はない。大きな対価を払ってまで助けてもらった身で、追い腹を切る訳にもいかんし……」


気落ちしてる人間に追い打ちをかけるのもなんだが、やらない訳にもいかない。ガリュウ前総帥が亡くなった以上、新生御門グループは前総帥の施政を全否定するコトになるからな。


「議長、耳に痛いコトを言わせてもらいますが、前総帥があんな最後を遂げた原因は、議長にもあります。」


「……わかっている。ガリュウ総帥の治世を市民がどう思っていたかは、身に染みてわかった。私も暴政の共犯だ。いや、共犯ならばまだよかった……」


「共犯ならまだよかった?」


「……正直に言えば、私は怖かったのだ。意見しようと思った事は何度もあったが、その度に八熾家……羚厳殿の顔がチラついてな。左龍様も前総帥も、意見される事を好まない。そして、叢雲家までがあんな事になった。以来私は、耳を塞ぎ、目を閉じて御門家への忠誠だけを考える機械になったのだ。過ちに気付かなかったのならば愚か者だ。だが、私は愚か者以下の……卑怯者だ。」


……議長の気持ちはわからないでもない。忠告を重ねた八熾と叢雲はああなった。歳を取ってから娘を授かった議長は、ますます臆病になっていったのだろう。けどな、気持ちは理解出来ても、怒りが収まるとは限らねえんだ!


「なるほど。意見するのは八熾と叢雲に任せ、自分は日和見を決め込んでいた。そして忠言を代弁する両家が消えた後は、前総帥のやる事を黙認した、か。……確かに卑怯千万だ。」


「………」


「議長!照京に伝わる伝承、"御鏡一族は鏡を称えたもう。その鏡を以て帝の心を映す者なり"、アンタが知らない訳ないよな!八熾や叢雲よりも古く長く、御門に仕えてきた御鏡家のアンタは、いの一番に意見すべき立場だったんだぞ!!」


「……言葉もない。」


外征し、御門の敵を討ち滅ぼすのは叢雲。御門を守護し、仇なす者を誅滅するのが八熾。そして……御門の相談役となるのが御鏡だった。アンタは先祖代々、守り続けてきた自家の役割を放棄したんだ!そのせいで八熾や叢雲が……落ち着け。ここでオレが御鏡を糾弾しても、姉さんの為にはならない。


「アンタがオレをどう思っているかは知らんが、ここからは当主同士の腹を割った話だ。」


「一族をまとめ上げ、遺恨を水に流させた八熾彼方殿が、正式な八熾家当主である事は認めている。話とはなにかね?」


「御鏡家当主、御鏡雲水殿。今度こそ、身命を賭して御門家に仕える覚悟はあるか?」


「……叶うならばそうしたい。稲穂が成人するまでだけでも……」


「わかった。オレから姉さんに頼んでみよう。ただし!御門我龍と御鏡雲水のこれまでは全否定する事になる。隠匿生活に入る方が、恥も気苦労も少ないと忠告しておこう。」


「もう命が惜しいとは思わん。私が死んでも、稲穂が新たな鏡としてミコト様をお支えするはずだ。」


どこまで信用していいかはわからない。人間、言うだけだったら、なんだって言えるんだからな。御鏡雲水の心の曇りが晴れたかどうかは、今後の行動を見て判断するしかない。少なくともこの男は"前総帥を全否定する道具"としては使える。だったら、使わない手はない。


───────────────────


議長との面談を終えたオレは、命龍館に赴いて姉さんに事情を説明した。


「そうですか。雲水も辛い立場だったようですね。」


議長は真っ先に姉さんに会いに来たようだが、警護役を買って出たビーチャムに"隊長殿の許可を得てから出直してください"と追い返されたようだ。確かに"ガーデンの要人以外が姉さんに面会を希望した時は、オレの許可を取らせろ"と言っておいたが、相手は侯爵で身元もハッキリしている。そのまま通してよさそうなもんだが、ビーチャムにとってはオレの命令が第一らしい。


「どこまで信用していいかは計りかねますが、とりあえず空席の御門グループ代表に就任してもらいましょう。」


「雲水は御三家の当主ですから、妥当なポストだと思います。ですがカナタさん、父の悪政の片棒を担いだと見做されている雲水が、いきなり代表に就任したとなれば、人事に不満を持つ者が出てきませんか?」


「手綱を姉さんが握るのなら不満は最小限に留まります。トップが入れ替わる訳ではありませんし、現役員のほとんどは議長に推薦されて御門グループに入った者ばかりですから。新代表が名ばかりの代表で終わるか、真のナンバー2になれるかは、その働き次第でしょう。もちろん、代表就任の前にそれなりの禊ぎは済ませてもらいます。」


教授の評価では"荒事はからきしだが、経済人としては有能。ただし、度胸がないのでテコ入れは必要だろう"との事だった。身命を賭して姉さんにお仕えするとの言葉に嘘がなければ、有為な人材になってくれるはず……


「わかりました。代表就任の件は了解です。しばらくは教授に観察してもらう事にしましょう。教授は御門グループの影のトップなのですから。」


やはり姉さんもオレと同じ考えのようだな。そう、新代表がボンクラかどうかは、教授に判断してもらえばいい。教授の評価が芳しくなければ権限を取り上げ、お飾りにしてしまうだけだ。お飾りさえ務まらないのなら更迭する。表のトップは姉さん、裏のトップは教授、この両頭体制は揺るぎないのだから、簡単な話だ。


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新代表就任の手筈を姉さんと打ち合わせ、大筋の枠は定まった。


「姉さん、役員への根回しなんですが…」


「私がやりましょう。そういう工作はカナタさんの得意とするところですが、この件に関しては、私がやった方が良い結果になるかと思います。」


そう。雲水代表に恩を噛ませ、役員達にこの人事が「総帥主導」であるコトを知らしめる為にも、そうした方がいい。


「お願いします。姉さん、オレが提案したのは"代表代行か、副代表への就任"です。雲水代表や役員達には"オレは代表就任には反対した"というスタンスを取りますから、そのおつもりで対応してください。」


実際にはツーカーでも、そういうカタチを取る。"龍弟侯の意向であろうと、大龍君は覆せる"という前例を示しておくコトが大事だ。役員の中には"総帥は龍弟侯の言いなり"と見ている者がいるからな。


「自分が泥を被ってでも、私を立てようという気持ちは嬉しい。ですがそれ以上に歯痒い気持ちでいるのですよ? 可愛い弟にそんな真似をさせなくては威厳を保てない自分の無力さに、厭気がさします……」


よかれと思ってやってきたが、心優しき龍に心苦しい思いをさせていたか。オレもまだまだ人を見る目がない。


「お気になさらず。それが"人徳"というものです。オレだって誰にでもそうする訳ではありません。」


「……御門ミコトという人間に、そこまでする価値があるかどうか……」


「八熾一族は至玉を称えたもう。その至玉を以て帝の御身を護る者なり。"護るべき者を護る為に、牙を剥け。八熾の狼はかくあるべし"と、オレは爺ちゃんから教わりました。帝とは御門家という意味ではなく、"自分が定めた帝"に、という意味です。姉さん…御門ミコトこそがオレの帝だ。」


「……はい。少し自信が持てました。でも、カナタさんの帝は、私だけではなくお三方もそうなのでは?」


「そうですね。三人娘の為なら死ねる。」


八熾は"忠の家"ではなく、"義の家"なのです、とシズルさんも言っていた。オレにとって大切な者を護る為に、この牙はある。


「そうだわ。テムル総督から敷布をお土産にもらったのです。」


姉さんは壁に立てかけられていた敷布の封を解いて、床に広げた。精緻で美しい刺繍、美術品を見る目のないオレでも、これが最高級品だってのがわかる。


「これは見事だ。テムル総督は姉さんをまだ諦めてないな。」


手机から何やら取り出した姉さんは敷布の上に正座し、ちょいちょいとオレを手招きする。


「なんですか、姉さん?」


姉さんはニッコリ笑って耳かきを見せてくれた。そして自分の膝をトントンと叩く。




膝枕&耳かき!男をダメにする最強コンボじゃないか!


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