覚醒編32話 満月は人を狂わせる(主にお色気方面に)



士官クラブの壁に掲げられたメインスクリーンには、市内各地で催されている祝勝会の活況が映し出されている。時折、分割画面に切り替わって同時中継などもしてみたり、宴が盛り上がっているコトを周知するのに余念がない。この演出はテムル師団の参謀長に就任したアトル大佐の仕事だろう。


武勇と人望に秀でた指導者が主役として前面に立ち、その両脇を知恵者アトル実務家バダルが支える。新総督は文字通り、右腕と左腕を得たのだ。


バダル大佐が一芝居打ったコトを、テムル総督には教えておいた。新総督は戦略謀略においてはアトル大佐、経済、都市運営についてはバダル大佐を頼みとするだろう。テムル総督には老練な前総督、ジャルル閣下もついておられる。盤石の体制のはずだ。息子を支える前総督の姿はこの祝宴にはない。もう一人の息子の喪に服しておられるからだ。


「オレは席を外します。バダル大佐、紹介しておきたい者がいますので、少し付き合ってください。」


司令を饗応していた前衛三都市のまとめ役、バダル大佐に声をかけ、少し離れた宴席に座るグループの元へ案内する。


「バダル大佐、この者は設楽原永久したらがはらながひさ、御門グループの渉外担当役員を務めています。同席しているのは課長級の幹部達、どうかお見知りおきを。」


ナガヒサから名刺を受け取ったバダル大佐は、握手を求める。


「これはこれは。私はタルタイ市長、バダル・カン・バダランだ。テムル師団の副師団長も兼任している。」


「存じ上げております。御門グループの方針といたしまして、今後はザインジャルガ地方にも進出したいと考えております。手始めに被害を受けた内縁区画に、紡績工場を建設したいと思いまして。」


「ほう!それは結構な話だ。遊牧民はよく働き、手先も器用。雇用も創出されるし、閣下もお喜びになるだろう。」


「つきましてはバダル市長に、テムル閣下へのお口添えをお願いいたします。」


「うむ。双方にとって良い成果を得られるべく、尽力しよう。」


決定するのはテムル総督だが、政の実務を取り仕切るのはバダル大佐だ。副師団長に任じられたといっても、軍事はテムル総督の独壇場。身分が高く、忠誠心が厚いコトを評価されての名誉職に過ぎない。テムル師団が出撃したとなれば、固く街を守る留守居役を命じられるはずだ。野戦では才気才能がモノをいうが、籠城戦に求められるのは、兵士市民の士気を維持しながら耐え抜く胆力。けれん味など必要ない。バダル大佐は自分を殺して上を立てられる理想的な部下なのだ。その本領は軍人よりも、宰相として発揮されるだろう。


今夜はただの顔合わせ、そしてナガヒサが顔を合わせておくべき相手はまだまだいる。宰相候補に挨拶を済ませたナガヒサと幹部連を連れて、オレは複数の車座を訪ねて回る。……全部、教授の指示なんだけどな。ま、これは仕方ない。自分でやろうにも経済分野のお話では、一流大学で教鞭を執っていた教授と、三流大学を中退したオレとじゃ差があり過ぎる。


────────────────────


「龍弟侯、お疲れ様でした。侯爵の仲介で、面識を得ておきたい要人とは全て、会う事が出来ましたよ。」


要人との顔合わせを済ませた渉外担当役員は、株主であるオレに頭を下げた。


「オレに出来るのはここまでだ。ナガヒサ、後は頼んだぞ。姉さん、いや、ミコト様の御為、この地でも御門グループを発展させるのだ。」


「はい。このナガヒサにお任せを。我ら渉外担当部門にとっては、これからが設楽ヶ原の合戦ですな。」


設楽ヶ原の合戦か。日本でいうところの関ヶ原の合戦だな。龍足(四国)、龍尾(九州)、大龍本島(本州)西部を支配下に置いた帝と御三家は、本島東部で同盟を結んだ朧月、御堂家が率いる東部連合軍と天下分け目の決戦に挑んだ。東西を代表する大勢力の激突、結果は日本とは逆で帝が率いる西軍が勝利した。この決戦に勝利したコトにより、御門家による天下統一が確定する。領地を大幅に削られた朧月家は一地方の外様大名として東国に封じられ、領地を没収された御堂家は西国の神楼を領地として転封された。司令は日本で例えれば"芦屋のご令嬢"といったところだけど、先祖は東国の出身だったのだ。


「なんとしてでも、西軍と同じ結果を上げてくれ。設楽ヶ原の決戦と言えばナガヒサ、おまえの姓も設楽原だが、あの設楽ヶ原と何か関係があるのか?」


その顔は"よくぞ聞いてくれました"といったところかな?


「我が家のご先祖は御鏡家にお仕えする足軽でして。ご先祖様は設楽ヶ原の合戦で大きな手柄を立て、苗字帯刀を許されました。以来、設楽原を名乗っております。」


躍進の地にあやかって家名としたか。戦国時代あるあるだな。……設楽ヶ原の合戦で御堂家の長、阿門入道を討ち取ったのって八熾牙ノ助だっけな。その八熾と御堂が同じ陣営にいるんだから、面白いもんだねえ。阿門入道ってコトは仏門に入ってたんだろうけど、司令はナルカミ信徒(一応)だったはず。転封と共に宗旨替えでもしたのかねえ……アミタラ様にとってはいいコトなのか、悪いコトなのかは知らんけど。


「……龍弟侯、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


聞きたいコトはわかってるがな。顔に書いてあるから。ナガヒサが心配しているのは……


「龍弟侯のお働きによって、雲水様のご帰還が叶いました。どう遇されるおつもりですか?」


「それをお決めになるのは総帥たるミコト様だ。」


「もちろんです。しかしミコト様は龍弟侯に助言を乞われるに決まっています。御鏡家の家人けにんとして、龍弟侯の腹積もりを知っておきたく存じます。」


「ではオレはナガヒサに助言を乞おう。どうすればよいと思う?」


「蟄居だけはご容赦を。雲水様は武人としては龍弟侯に遠く及びませんが、企業人としての手腕は確かです。龍弟侯が武、雲水様は文、長じた道を担当するのが良策かと愚考します。雲水様は間違っても御門家に弓引くお方ではありません。」


それが問題なんだ。いかに主君といえど、暴君を諫めなかった責任はある。


「文武両道か。心に留め置いておこう。」


ナガヒサには悪いが、文を担当する者は既にいる。雲水議長の処遇は、会ってみてから考えるつもりだ。


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教授に頼まれた仕事は終わったし、せっかくの祝宴を楽しまないのは損だよな。オレは珍しい料理に舌鼓を打ち、美酒を味わう。ホロ酔いになったオレは、夜風に当たる為に士官クラブを出た。草原を駆け抜けるかの如き涼風が心地良い。


士官クラブから少し歩いて、街を見下ろす丘の上に立ったオレは夜景を眺めてみる。……しまったな、酒を持ってくるんだった。いい眺めをツマミに一杯飲るのも悪くないのに。


「はい、お酒です。」


オレに酒瓶を差し出してきたのは、尽くしたがりの副長シオンだった。


「あんがと。ここで少し飲んでいこうか?」


「はい。そう思って敷布を借りてきました。」


尽くしたがりで気の利くシオンは、敷布の上に数本の蒸留酒ウォッカと乾き物の入った袋を置いてくれた。


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月の光の下、杯を交わす二人を見つけたリリエス・ローエングリンは当然のように歩み寄ろうとしたが、雪村ナツメに止められる。


「ストップなの。」


「なんで止めんのよ?」


「……今夜は二人にしてあげるの。私とリリスは甘えたい時に甘えてるけど、シオンはいつも我慢してるから、ね?」


ナツメの言葉にワガママが骨の髄まで染み渡ったリリスは反駁はんぱくする。


「我慢してるのはシオンの勝手でしょ。いいコぶりっコしたいだけじゃない。」


「シオンまで好き放題に振る舞ったら、我が家ウチは滅茶苦茶になっちゃうよ? リリスは正妻なんでしょ。たまには余裕を見せてみたら?」


思いもしなかった方角からの反撃、だがそれはリリスの急所を突いていた。リリエス・ローエングリンは、天掛カナタの正妻を自他ともに、いや、自々己じじおのれだけで認める少女なのである。そんな少女に正妻認定は、猫に木天蓼またたびであった。


「……む~、それもそうね。でもナツメ、アンタって結構物分かりが良かったのね。意外だったわ。」


木天蓼を与えられたからではなかろうが、ぴょこりと猫耳を生やしてみたリリスは感心した面持ちになった。


「にゅふふ。私は"愛のカタチにはこだわらない"、なぜなら"いい女"だから!」


それは"都合のいい女"じゃないの?、と思ったリリスであったが、口には出さなかった。


「じゃあ正妻と愛人で飲みに行きましょうか。自分は規則破りの常習犯の癖に、未成年の飲酒にだけは煩い少尉と、ただフツーに口煩いシオンもいない事だしね。」


「なのなの♪」


こうして少女二人は、踵を返して宴の席へと戻ってゆく。


─────────────────


「……ふう。少し酔ったみたい。」


シオンさん、ウォッカを3本も空ければ、そりゃ酔いますよ。酒豪なのは知ってたけど、ここまでとは……


お♪ 酔ってガードが甘くなったシオンさんが、オレに肩を寄せてきましたよ!格闘家だけあって、いつもはガードが固いんですけどねー。


……!!……悟られるな、悟られるな。オレの上腕におっぱいがあたっているコトを悟られてはならない。この至福の時間を少しでも長く味わいたいなら、自然に振る舞え。


「……私の胸の感触が気になりますか?」


ばれてーら。


「ふふっ。わ・ざ・と・ですよ? 隊長がどんな顔をするのか見てみたくて……」


耳元で囁かないで。熱い吐息が理性を狂わせるでしょ!元からないかもしんない理性なんですよ!今夜のシオンさんはなんだかアグレッシブだぞぅ。


「もっと酔っちゃおうかな~♪」


「シオンはいつもみんなの引率係をやってくれてるんだから、今夜ぐらい羽目を外していいよ。酔い潰れたらオレが送っていくからさ。」


「はい。……でも"送り狼"にならないでくださいね? 剣狼だけに。ふふっ、傑作。」


ジョニージョークにドギマギする日が来るとは思わなかったでござる。いかん、動揺のあまり、語尾がヘンになってる。


「ならない、ならない。オレはこう見えても紳士なんだよ。」


悪戯っぽい顔をしたシオンさん、何を考えてるんだ? 直後にぎゅっと押し当てられる、つややかおっぱい。もう"あたってる"どころじゃなくて、"腕を挟み包んでる"ぞ! "大きさだけじゃなく、張りと艶でも姉さんといい勝負"と、ナツメが太鼓判を押したおっぱい様の攻勢に、我が軍は敗北寸前だ。


「……狼になってもいいですよ? でも、責任は取ってくださいね?」


「……え、え~と、そのぉ……」


どこまで本気で言ってるんだろう?……マズい!パンツに納刀してある刀(鞘はついてない、名誉の為に言っておく)が、お元気になりそーだ!


オレの理性が決壊する前に、おっぱい様は軍を引いてくれた。……安堵したいような、残念なような……


「隊長はやっぱり優柔不断ですね。……はぁ、これは本当に覚悟が必要かも……」


なんの覚悟か知らないけど、悪ふざけはほどほどにしてね? もうちょっとでアオーンって雄叫びを上げて、狼男になるトコだったんだからさ。




綺麗な満月だからって、狼男になっちゃいけないよな。オレがシオンを好きなのは確かなんだけど、今のオレの心は戸建て住宅じゃなくて、集合住宅なんだよなぁ。……どうすんだよ、オレ。ビアンカとフローラすら選べなかった癖に、この修羅場をさ。


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