覚醒編31話 名誉と実利



全ての仕事を終えた救援師団は本日帰投する予定だったのだが、テムル総督の強い要望で一日だけ先延ばしされる事になった。


遊牧民には客人を厚くもてなす習慣がある。街の防衛に尽力したオレ達と一緒に祝勝会を催したいと言われた司令は申し出を受諾し、待機命令を師団に下した。


救援師団をもてなすホスト、テムル総督は街全体に祝勝会兼決起集会の開催を伝達し、使用せずに済んだ籠城用の備蓄物資を焼け出された市民に配布した。これから始まる都市再建の前祝いと士気高揚を狙ったセレモニー、灰の中から立ち上がろうとする市民達は勝利の美酒を楽しみ、再建への決意を新たにするだろう。


祝勝会は夕刻からだ。宴が始まるまで、街を散策してみるか。


オレが出掛ける時には三人娘の誰かがついて来るものなんだが、シオンはこの戦役の報告書の作成、リリスは司令のお手伝いで忙しい。平時には暇してるナツメもロブと一緒に、テムル師団の中から斥候、工作兵の適性がある者の選抜作業をやっている。特殊工作の重要性を再確認したアトル大佐から頼まれた仕事は、テムル師団の強化に役立つだろう。


オレも"テムル師団の兵士を教練をしよう"と大佐に申し出たが、"街の復興が一段落し次第、素質がある者を選抜してガーデンに送る。そこで徹底的にしごいてやって欲しい"と言われた。せっかく出来た半日の休日だ、この街を見学して土産話を増やそう。普段旨いものを食わせてくれる磯吉さんに、名物の一つぐらいは買って帰るのがいいだろう。公務に出掛けた姉さんには大師匠がついているから、心配ない。


─────────────────────


「隊長殿、街の視察にお出掛けでしたら、自分もお供するのであります!」


私服に着替えて出掛けようとしたオレの後ろを、これまた私服のビーチャムがついてこようとする。


「ビーチャム、第5中隊の報告書はもう仕上がったのか?」


オレがそう言うと、ビーチャムは薄っぺらい胸を叩いて答えた。


「自分の仕事はもう完了したのであります。ノゾミに"報告書はお願い"と頼んだので!」


「おい、ビーチャム。それは胸を張って言うコトじゃない。要するに自分の仕事をノゾミに丸投げしただけだろう?」


「隊長殿と自分は"同じタイプの兵士"でありますから!戦後処理の方法も隊長殿と同じなのであります!」


ビシッと敬礼する赤毛の小娘。すがすがしいほど、いい顔してやがるな……


"自分がやっていないコトを、部下に命じてはならない"とは、先輩部隊長である師匠シグレさんのお言葉だ。だからオレにはビーチャムの怠慢を責めるコトは出来ない。


「じゃあ一緒に出掛けるか。」


「ハイであります!」


実務に長けた副長に書類を丸投げした部隊長と中隊長は、かたやスキップ、かたや口笛を吹きながら、ザインジャルガの中核市街へと繰り出してゆく。持つべき者はよき副長、だな。


───────────────────


「この馬乳酒アイラグはシグレさんの口に合いそうだ。お土産に買って帰ろう。」


土産物屋の店先で酒の試飲をする上官を、指を咥えて眺める部下。無法が法のゴロツキ部隊であっても、お酒は二十歳になってからである。……未成年だった頃のリックと飲み比べをやっちまったけど、記憶から消去しておこう。


「自分に半分出させてください。シグレさんは自分のお師匠でもありますので!」


「いい心掛けだ。師匠は大切にしないといけない。」


「はい!自分も隊長殿のように、お師匠が自慢にするような弟子になりたいのであります!」


自慢の弟子ねえ。不肖の弟子でしかないんじゃないかなぁ。


「シグレさんが自慢するほどの男になった覚えはないな。」


おっぱい革新党の党大会の度に、ガサ入れを喰らってる弟子だからな……


「そんな事はありません。隊長殿とシグレさんは、理想的な"超人兵士師弟コンビ"であります。」


「……コーホー、コーホー……」


「なんですか、その妙な呼吸は?」


いや、超人師弟コンビと言えば、コレだから。ロビンマスクとウォーズマンを知らないのか?……知らないよな。


土産物にあぶれ、ムクれるゴロツキの報復に備える為に馬乳酒を箱買いしておく。ドッグまでお届けしてくれるとはサービスがいいな。おっと、酒は飲まない雪風パイセンの為に、羊肉のジャーキーも買っておこう。


土産物を買った後は街を散策、市内を巡回する騎馬警官の姿が見えたの"ご苦労様"と声をかける。民族衣装を纏った警官の申し出でビーチャムが馬に乗ってみたので、手綱を握る警官と一緒に記念撮影してやる。サービス精神旺盛なのは、土産物屋だけじゃないらしい。


「隊長殿、今夜の祝勝会、自分は中原の民族衣装を着て出席しようかと思います!お店を探してみましょう。」


「それがいい。オレも姉さんもそうする予定だ。ビーチャムはこの戦役でもよく働いたから、衣装はオレが買ってやるよ。」


「やったぁであります♪」


民族衣装を扱うお店で、ビーチャムに合う衣装を見繕い、超特急で仕立て直しを依頼する。オレは店主に衣装代に特急料金を上乗せした代金を支払い、採寸されているビーチャムに声をかける。


「夕刻前までには間に合わせるそうだ。祝勝会が始まるまでに取りに来ればいい。」


「アイサー、ボス!」


夕刻前までは成長著しい部下と市内見物を楽しもうか。少しばかり散財して、街の景気に貢献しよう。


──────────────────


日が傾く頃に眼旗魚に戻ったオレは、黄金の狼の刺繍が入った民族衣装を身に纏い、昇龍の刺繍が入った伝統ドレスでおめかしした姉さんをエスコートして、祝勝会の会場に向かう。


「馬子にも衣装とはよく言ったもんね。生意気にも本物の金糸で刺繍されてるじゃない。」


長~いリムジンみたいな車の中、オレと姉さんの間に座ったちびっ子は、狼の刺繍を見ながら憎まれ口を叩いてくる。


「侯爵から侯爵への贈り物に、偽物を使う訳がないでしょう。」


そう言ったシオンとシオンの膝枕でうたた寝してるナツメは礼装用の軍服だ。三人娘は忙しかったからな、民族衣装を設えさせる余裕がなかった。三者三様、さぞかし似合ったに違いなかろうに……


運転席と広い後部座席を仕切るガラス板が下がり、ハンドルを握る侘助が手回しの良さを披露する。


「お三方の民族衣装も準備してあります。会場でお色直ししてください。奥方様には雪の結晶スノーフレーク、ナツメ殿は熾天使、リリス嬢には小悪魔の刺繍が施されたドレスを用意させました。」


「まあ!ありがとう、侘助さん。」


「どういたしまして。」


奥方様の膝枕を堪能しながら片目を開けたナツメが口笛を吹く。


「ヒュウ♪ ワビーったら手回しがいいの。」


ロブちん、ハッシーの次はワビーかよ。


「私は八熾家の執事でございますからな。この程度は当然にございます。」


賞賛×2の後は罵倒のお時間だ。


「ちょっと侘助!なんで私は小悪魔の刺繍な訳? 聖女なり女神なり、相応しいのがあるでしょうが!」


執事の涼しい顔がバックミラーに映ったままだ。だいぶリリスの毒に耐性がついてきたらしい。


「ほう……性女に駄目神、ですかな?」


「言ったわね!アンタは弟の寂助と一緒に、山葵わさび助に改名なさいよ!兄弟まとまっていいでしょ!それから…」


リリスがさらなる猛毒の息吹ブレスを吐く前に、侘助は仕切りガラスを戻していた。侘寂兄弟も"悪魔の子"の扱いにすっかり慣れたようだ。


────────────────────


士官クラブで開催される祝勝会には、地元のテレビ局クルーの姿も見える。シノノメ中将、ミドウ少将、オプケクル准将が出席する豪華な祝宴だからな。何もしてないビロン少将は、ロベールを連れて早々に退散しちまったが。ま、戦ってもいないのに出席したら、引き立て役になるだけだ。名門貴族として、引き立て役は願い下げだろう。


(隊長殿、司令殿はもう到着しておいでです。)


(そうか。ご苦労、ビーチャム。偵察任務は完了だ。)


「大龍君」ミコトは最後に登場してもらう。司令達には悪いが、今夜の主役は御門グループ総帥である姉さんだぜ。


ビシッとタキシードを着込んだ侘助が車のドアを開け、車外に出たオレにカメラが向いた。十分間を取ってから姉さんに手を差し出し、美しい龍姫の姿をお披露目する。先導に立つのは侘助と凛々しい礼装のシオン。並んで歩く姉さんとオレの後にはナツメとリリスが続く。カメラ映えを考えて車中で打ち合わせをした通りのフォーメーションで行進だ。


姉さんをエスコートして会場内に入ったオレは、テムル総督を中心に車座になって座る要人達のところへ向かった。


(カナタ、おまえわざと遅れてきたな? この私を引き立て役にするとはいい度胸だ。)


座るのが躊躇われるほど見事な刺繍が入った敷布に着座したオレに、司令がテレパス通信で皮肉を言ってきた。


(なんのコトやら。オレが衣装合わせに手こずっただけですよ。)


衣装合わせに手こずる予定は総督には伝えてあるから、問題ナシさ。


「やっと来たな、友よ。さあ、飲め。」


テムル総督に凝った装飾が施された木杯を渡され、アトル大佐にお酌をされる。総督はといえば、姉さんから送られた漆塗りの杯を使ってくれている。食器の一つと侮るなかれ、社交界では何を着て、どんな器を使うかは、重要なメッセージになるのだ。


「この度の戦、見事な勝利を飾られたようで、祝着至極にございます。」


敷布に正座した姉さんから挨拶されたテムル総督は、姿勢を正して頭を下げる。


「丁寧なご挨拶、痛み入る。大龍姫の弟、龍弟侯にはとりわけ世話になった。中原の民を代表して感謝の意を申し述べたい。」


「弟が助けになれたのなら何よりです。ささ、御一献。」


「龍姫に酒を注いでもらえるとは、末代までの名誉だ。有難くお受けさせて頂こう。」


「私の弟は龍の島最強の狼。テムル総督は中原最強の狼と聞き及びます。故郷は違えど狼同士、末長く友誼を結んでやってください。」


「もちろんだ。剣狼カナタは蒼狼テムルの友。剣狼よ、龍姫を前に我らが終生の友である事を誓おうではないか。」


最年長の苦労人、シノノメ中将が身を寄せてきて、オレとテムル総督の間に座った。


「では私が乾杯の音頭を取ろう。黄金の狼と蒼き狼の友情を祝って、乾杯!」


バリトン歌手みたいな渋い声で音頭を取ってもらい、オレと総督は杯を合わせた。


(カナタ君、そろそろイスカにも花を持たせないと、後が怖いよ?)


中将は娘も同然の司令の立場が気になるようだな。


(ですね。すぐにバダル大佐を始めとした前衛三都市の市長が、司令に挨拶に来ますから。)


それで司令の顔は立つはずだ。曲がりなりにも市政の長が出向いてくるんだからな。



姉さんの地位と立場を強調しつつ、司令の顔も立てる。この祝勝会では、姉さんは名誉を、司令は実利を得た。配分としては問題あるまい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る