覚醒編30話 汚れ役の汚れ仕事



総督府で行われた総督就任式典には、シノノメ中将を始めとする軍の要人達と、ミコト様を筆頭に立てた政財界の重鎮達が参列していた。新総督の意向で華美な装飾や儀礼は省かれ、簡素な様式で式典は営まれている。そして式典のクライマックス、前総督ジャルル閣下から、新総督テムル閣下へ、総督杖の移譲が行われた。


この様子はテレビの画面を通して復興に励む市民達も見ているはずだ。総督杖を手にしたテムル閣下は、総督府のバルコニーに出て、前庭に詰めかけた市民に対して演説を始める。


新総督は今回の戦いに勝利したと宣言し、ザインジャルガをより強く美しい街に生まれ変わらせると市民に約束した。詰めかけた市民達は、新総督の誕生を万雷の拍手と歓声で歓迎し、式典は終了。新総督は正式な初仕事として、復興市街の視察に出向くようだ。もちろん、腹心のアトルを伴って。


オレはといえば、総督府にやって来た御門グループ都市開発部の特命チームのリーダーに会い、引き継ぎ作業に入った。街の復興を見届けたいけど、オレには次の任務が待っている。今回の戦役に敗北した機構軍一の好戦主義派閥、ネヴィル一派はしばらく動けない。願ってもない好機が到来、龍の島を舞台に、同盟軍が戦を仕掛ける時が近付いている。


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視察を終えて総督府に帰ってきたテムル総督に、御門グループ特命チームを紹介し、この街での仕事は終わった。


「よく来てくれた。同盟最高の技術力を持つ御門グループのバックアップは心強い。実務に関しては、副官のアトルと相談してくれ。」


特命チームは総督就任の祝辞を述べてから、早速仕事に取りかかりたいと申し出た。テムル総督は申し出を了承し、アトル大佐に連れられた特命チームは会議室へと移動してゆく。


総督室に残ったオレに、テムル総督は咳払いをしてから、話を始めた。


「……あ~、コホン。友よ、姉君の大龍君はビックリするほど綺麗なお方だな。」


「もちろんですよ。……テムル総督、いずれ婚約者が出来た時の引き出物として姉さんから贈られた龍紋入りの櫛、まさか贈り主の姉さんに渡そうとか考えてませんよね?」


「……ダメか?」


「ダメとは言いません。ですが、姉さんを娶ろうというのなら、1対1でオレと勝負してもらいます。オレに勝てたなら、どうぞご随意に。」


オレに勝てる男じゃなけりゃ、姉さんは渡せない。戦国乱世の世の中だろうと、絶対に姉さんを守ってもらわなきゃなんないんだからな。最低条件として、オレより強くて賢い男じゃなきゃダメだ!


「なあ、剣狼。自分が完全適合者だと知ってるか? 俺も武勇に自信はあるが、兵士の頂点とタイマン張って勝つ自信などない。いくらなんでも、無理ゲー過ぎるだろう……」


「では鍛え直して、出直してください。いつでも挑戦をお待ちしています。」


「……この男、マジで言ってやがる。悪い事は言わんから、俺ぐらいで妥協しておけ。剣狼に勝てる男など待っていたら、ミコト姫は生涯独身だぞ。」


断固断る。姉さんの良人選びに妥協なんかしないからな。


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翌日、ガーデンへ帰投する準備を整えたオレは、艦長室で姉さんと食卓を共にする。帰投の準備と言っても、シオンとシズルさんにブン投げしただけだけどね。


夕食の傍ら、オレは新総督が求婚を断念した経緯を姉さんに話してみた。


「まあ!テムル総督がそんな事を仰ったのですか。」


「ええ。オレに勝てる自信がついたら、挑んでくるんじゃないですかね。」


「ふふっ、テムル総督は優れたお方ですけれど、一騎打ちでカナタさんに勝てる日は来ないでしょうね。」


「……余計な真似をしましたか?」


侯爵で総督で少将、しかも若くて気骨のある男前。冷静に考えれば、テムル総督ってまたとない優良人物だよな。


「いえ。カナタさんが私の良人選びに関心があるのは当然です。私だって、"カナタさんの嫁御は私の眼鏡に適う娘さん"と決めていますから。」


……マリカさんと姉さんってコトあるごとに張り合ってるような気がする。三人娘も優等生のシオン以外は、マズいような……


給仕係を務めていた侘助が、微笑みながら意見してきた。


「姉弟揃って良人、嫁御選びに意見されますか。八熾家の家人としては、お館様には早く身を固めて頂きたいのですが。幸いにして、候補はたくさんいらっしゃいますしな。」


「侘助こそ身を固めろ。弟の寂助も一緒にな。オレと違っていい歳だろ。」


「それはご心配なく。私は結婚を考えている相手ぐらいおりますから。奥手の弟にこそ仰ってくだされ。」


……知らなかった。まあ、貝ノ音家の将来は安泰みたいで何よりだ。


「艦長。ジャルル前総督が来艦されました。お通ししてよろしいですか?」


なんだと!? 引退した前総督がわざわざ訪ねてきたってのか?


「アルマ、すぐにシズルさんを迎えに…いや、オレが出迎える!とりあえず手近にいる者に案内させて艦に入って頂くんだ!前総督を待たせるなよ!」


出立前に挨拶に赴こうと思っていたのに、まさか来艦されるとは。……何かあったんじゃなかろうな?


─────────────────


ジャルル前総督を艦長室に隣接する客間に案内し、姉さんと一緒にお話を伺う。引退して家督と総督の座を息子に譲った前総督は、肩の荷が降りたはずなのに、酷く疲れた顔をしていた。


「天掛侯爵、カルルがな……死んだよ。」


「なんですって!? ジャルル閣下、お伝えしたようにバルビエ少佐の銃殺刑は回避され、執行の時期は閣下の一存で決めてよいと猶予がつく手筈だったんです!なのに…」


「いいのじゃよ。倅のやった事は死罪に相当する。ほとぼりが冷めたとて、牢から出す訳にもいかぬ。監獄で一生を終えるくらいならば、潔く自害する。あれにも、中原の狼としての誇りが僅かながら残っておったのじゃろう……」


「………」


あのバルビエが自害……いや、最高に上手くいったとしても、生涯幽閉されて過ごすとなれば、我が身を儚んで自害したくもなるか……


最後の最後まで、自由を夢見て見苦しく足掻くだろうと思っていたが、狼の矜持が残っていたようだな。息子の死を悲しんでいるジャルル閣下も、その点に救いを見出しているようだし、これでよかったのだろう。兄の晴れ舞台を血で汚さずに、一日待って死を選んだコトは褒めてやるよ。そんな殊勝な心掛けがあるのなら、最初っからそうしとけとは思うがな。


「ジャルル閣下、なんと言っていいものか、言葉に迷いますが……」


バルビエに同情はしないが、前総督は本当にお気の毒だ。息子が卑劣漢だと暴かれ、死を余儀なくされた。ウォッカやピエールの部下の仇討ちをやらない訳にはいかなかったが、前総督のお気持ちを考えれば、他の手があったのかもしれない……


「そんな顔をするものではない。侯爵は断罪されて当然の罪を、白日の下に暴き出しただけじゃ。正義は侯爵の側にあり、倅の自害は倅自身が招いた事。……ここにまかり越したのはの、もう一人の倅、テムルの事を頼んでおこうと思うたからじゃ。テムルは勇敢で、器量も人望もある。策謀は不得手じゃが、そこはアトルが補ってくれよう。じゃが、それでも心配でな……」


「アトル大佐だけではなく、ジャルル閣下も健在です。テムル総督が判断に迷った時は、閣下の経験に頼るコトになるでしょう。お気を強く持って、元気で長生きしてください。もちろん私も、及ばずながら新総督のお力になります。」


「その言葉が聞きたかった。天掛侯爵、いつまでも倅の良き友であってくだされ。」


ジャルル閣下に頭を下げられ、オレは慌てて体を起こしてもらう。初老を過ぎた大功労者が、頭を下げるほど立派な男になった覚えはない。


「ジャルル閣下、せっかくこうしてお出でくださったのですから、私に中原の昔話などお聞かせ願えませんか?」


「龍姫に昔話を語って聞かせたとは、あの世にいった時のいい土産話になりそうじゃの。そうじゃな、こんな話がある。あるところに…」


姉さんにご相伴して、中原を駆け抜けた老いたる狼が語る昔話を聞かせてもらおう。




あれだけ優秀な息子さんなのに、それでも心配して若輩者の元を訪ねて頭を下げるとは……親っていうのは本当に有難いものなんだな……



──────────────────────


同日、早朝。ザインジャルガ中央監獄、最奥部にて。


「僕はいつまでこんな牢屋にいなければならないんだ!アトル、父上を呼んでこい!」


「いつまで、というご質問の答えは"死ぬまで"です。ジャルル閣下を呼んでこいというご要望への答えは"叶いません"ですね。」


「うるさい!僕が呼んでこいと言ったら…」


後頭部を掴んで、顔面を粗末な木机に叩きつけてやる。この若僧は、まだ自分の置かれた立場がわかっていないようだ。


「いひゃい!いひゃい!こ、この無礼者が…」


「鼻血ぐらい拭ってから怒鳴れ。ジャルル閣下もテムル様も"貴様になど会いたくない"と仰せだ。中原最高の名門、ジャダラン氏族の名誉を地に落とした面汚しに、誰だって会いたくなどない。」


貴様にはどんな嘘をついても構わない。卑劣な嘘で味方を死に追いやった貴様になどな。


「ぼ、僕はこんな牢屋で一生過ごすのは嫌だぁ~!アトル、助けてくれ~!」


「いいだろう。私が助けてやる。この薬を飲めば、楽になれるぞ?」


机の上に置かれたアンプルを見たカルルの顔が、恐怖で引きつる。


「……こ、これは……まさか……毒薬なのか?」


「そうだ。安楽死用に作られた薬が入っている。苦痛を感じる事なく、死ねるだ。私は飲んだ事がないから、"はず"としか言えんがな。」


「い、嫌だ。ぼ、僕はまだ死にたくない……」


「強制する気はない。この薄暗い牢獄の中で、ジャルル閣下の長寿を願いながら、怯えて暮らせばいいさ。だが言っておく。ジャルル閣下がみまかりになられれば、貴様は即、銃殺刑だ。市民から投石で迎えられ、罵声を浴びせられながら、不様で惨めな死を迎える事になる。そうなった場合、貴様の墓には"咎人カルル"とだけ刻まれる予定だ。」


「僕は、カルル・バルビエ・ジャダランだぞ!なぜ名前だけなんだ!咎人などと要らぬ言葉をなぜ付ける!」


貴様が咎人でなければ、この世に咎人など存在しない。そんな事さえわからんとは、やはりどうしようもない男だ。


「バルビエ家は貴様に"バルビエ"の名を使って欲しくないそうだ。もちろん、ジャダラン氏族とてそう。だが、潔く死を選ぶなら"カルル・ジャダラン"として埋葬されるだろう。そのぐらいの慈悲はある。」


貴様が道を踏み外しさえしなければ、尊号である"カン"すら戴けていたのだ。バカに言っても、詮ない事だが……


「……他に道はないのか? 僕が自由の身になる道は……」


「ない。仮に機構軍がザインジャルガを占領したとしても、貴様のような無能、卑劣漢を生かしておく訳がなかろう。私だったら民心を買う為に、真っ先に処刑するだろうな。もっともテムル様や私がいる限り、そんな事態は起きないが。……さて、話す事は話した。後は勝手にするがいい。」


「……名誉ある死……それしかないのか……」


バカが。もう貴様に名誉など欠片も残ってはいない。だが、上手くいきそうだな。ダメ押ししておくか。


「……ああ、そうだ。そのカプセルだが、飲むなら早い方がいいぞ。あまり日持ちはしない薬らしいし、貴様の浅知恵では昼に行われる牢内検査で見つかって、没収されてしまうだろう。」


これでよし。このバカを生かしておくメリットは皆無だ。自決したとなれば、ジャルル閣下のお心も少しは慰められるだろう。延々と泣き言を聞かされ続けるより、遥かにマシに違いない。


牢獄を出た私は、衛兵に死体袋を用意するように命じた。


「あの卑劣漢が安楽死ですか。ゴバルスキー隊にいた弟は、全身に銃弾を喰らって死んだというのに……」


この牢獄の衛兵は全員、私の部下だ。事情は全て知っている。だから牢内の会話も、残らず聞かせてやった。


「安楽死? 何の事だ? あれは"劇毒"の入ったアンプルだぞ?」


牢内から上がる絶叫、続いて激しく嘔吐する咳音が響く。小悪党がなけなしの勇気を振り絞ったようだな。


「ハハハッ、アトル大佐もお人が悪い!弟の仇めが!ざまあみろ!ハハハハハッ!」


腹を抱えて哄笑する衛兵の肩を叩いてから、地上への階段を上る。




汚物の除去は完了。くだらん仕事だったが、これもテムル様の御為だ。私が手を汚すしかあるまい。


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