覚醒編29話 龍姫は覚醒し、蒼空を舞う



※今回からカナタ視点に戻ります。


ネヴィル元帥とシノノメ中将の間でこの戦役の停戦協定が妥結され、ネヴィル師団が撤退した後の前衛三都市は同盟領に戻った。


軍を率いてザインジャルガに凱旋した新総督は、大きな被害を被った外縁区画に足を運び、市民の慰労と復旧作業に着手する。瓦礫の山を重機が押し出し、平地となった場所には、いくつもの天幕が張られていった。


「手際がいいですね。ザインジャルガの兵士はテントの設営が上手くて早い。」


タブレットを片手にアトル中佐と被害状況の確認するテムル総督は、自慢げに微笑んだ。


「我々は遊牧民だ。街で暮らすようになった今も、心は草原にある。テントの設営は遊牧民の基本、兵士達には徹底的に仕込んであるさ。」


民度を超える政治家が存在しないように、指揮官を超える軍隊も存在しない。強兵は必ず優れた指揮官を伴う。司令やザラゾフ元帥の下に強兵が集うのは当然なのだ。そしてテムル総督も、優れた指揮官なのだろう。


「御門グループから仮設住宅を運ばせていますが、これなら住居の方は問題なさそうだ。持ってくる仮設住宅は病院や物資の備蓄庫として活用しましょう。食料や医薬品の輸送も手筈を整えましたから、復興に役立ててください。」


「協力に感謝する。ネヴィルの野望のとばっちりで外縁市街に更地が増えてしまった。災い転じて福と為す、は龍の島の諺だったな。我々もその流儀に倣い、外縁市街を機能的に再整備するか。」


更地になってしまった以上、区画整理もついでにやる、か。テムル総督は政治家としても優秀らしい。


「転んでもタダでは起きない、って諺もありますよ。再整備計画のプランナーは御門グループからも提供しましょう。」


教授が再編した御門グループ都市開発部には俊英が揃っている。無傷で照京を奪回するコトは不可能と、オレが軍人としての見解を示すと、教授は即座に開発部の人員を増強した。辣腕家の教授は都を奪回した後の再建計画をもう立てているだろう。この街の再建に携わるコトは都市開発部に実務を積ませる機会としてはもってこいで、同盟最高の技術力を持つ御門グループのバックアップはザインジャルガにとっても望むところ。これは双方にとって利のある話なのだ。


「お館様、ここはこのシズルに任せて、少しお休みください。激戦に次ぐ激戦でお疲れのはずです。」


心配性の筆頭家人頭の言葉に、オレは首を振った。疲れているのはオレだけじゃない。街を破壊された市民の戦いはこれからなのだ。


「テムル総督や被災した市民達が休まずに復興に精を出しているのに、オレだけ休む訳にはいかない。シズルさんは八熾の庄設立の立役者、普請には詳しいはず。スケアクロウとレイブン隊を使って総督を補佐しろ。オレは重機にでも乗ってみる。」


「同盟侯爵のお館様が、自ら土木作業に従事するなど!」


「いいからいいから。一度、ブルドーザーに乗ってみたかったんだよね。」


男の子はだいたい重機が好きなもんなんだよ。ミニカーの一つぐらいは誰でも持ってたはずだ。


─────────────────────


ブルドーザーを借りて瓦礫を片付け、焼け出された市民と一緒に炊き出しのカレーを食べる。教授やシズルさんみたいなスキルのないオレには、これぐらいしか出来るコトがない。


……夕焼けが綺麗だ。日が落ちたら、船に戻ってガーデンにいる姉さんに通信を入れないと。ホントは今すぐにでも入れないといけないのに、またオレは逃げている。父親を失った姉さんが悲しんでいるのはわかっているのに、理由をつけて対面するのを先延ばししていやがるんだ……


空になったカレー皿を置き、輪になった市民に混ざって談笑する。家屋を失ったってのに、遊牧民の末裔達は逞しい。彼らは失った昨日よりも、明日に生きようとしているのだ。


談笑し、励まし合う市民の輪に穴が空き、供を伴った貴人が姿を見せた。オレが、理由をつけて対面を先延ばしにしていた貴人が……


「カナタさん……」


「姉さん!どうしてここに!」


姉さんはオレに駆け寄ってきて、重機の油で汚れた手を、ぎゅっと握りしめてくれた。


「ザインジャルガの防衛に成功したカナタさんが、追撃に出撃したと侘助が教えてくれたので、ガーデンから駆け付けました。新総督の就任式典には私も出席した方がよいと思いましたから。」


ザインジャルガの後方地帯は同盟領だから安全だろうけど、それでも絶対じゃない。危険なコトはしないで欲しいよ。


「……姉さん、その……」


「ヘリで移動中に父上の事は聞きました。全ては父上自らが招いた事、カナタさんが気にする事ではありません。」


「……ですが……」


「カナタさんはカナタさんに出来る最善を尽くしました。アリングハム公との捕虜交換で、ウンスイは帰ってこられるのです。イナホがどんなに喜んでいる事か。」


イナホちゃんも複雑だろうな。ウンスイ議長の返還と前総帥の処刑執行の報せは同時にもたらされたはずだ。自分の父親の生還と姉さんの父君の死、手放しには喜べない心境だろう。


姉さんは衆目が注視しているのにも構わず、オレの体をぎゅっと抱き締めてくれた。


「クルーガー大佐と戦って、死の間際まで追い詰められたそうですね。あまり姉さんを心配させないで……カナタさんは私の唯一の家族、大切な弟なのですから……」


……そうなんだ。父親を失った姉さんに残された家族はもうオレだけ。


「でも、彼のお陰でオレは完全適合者になれました。もう、誰にも負けません。オレは大龍君の弟、剣狼カナタです。」


オレは絶対に死なない。オレまで死んだら、姉さんは天涯孤独の身になってしまう。


「はい。剣狼カナタは龍の島一の、いえ、世界一のつわもの。最強の狼を倒せる者などいません。類い稀なる武勇を持った弟に恥じない姉に、天狼が守護するに相応しい龍に私はなります。」


オレを抱く腕に力がこもる。肉親の死を、姉さんは力に変えようとしているのだ。


「……ところで姉さん、皆が見ているのですが……」


「自慢の弟を抱擁して何が悪いのですか?」


姉さんにハグハグされるのは大好きだけど、これだけ人の目があっちゃあ、こそばゆいし、恥ずかしい。


「日が落ちて来ましたし、オレの船に戻りましょうか。」


「はい。ザインジャルガ総督府には"弟の船に滞在する"と伝えてあります。復興に忙しい人達の手を煩わせてはいけませんから。」


ザインジャルガのホテルは全部、怪我人の収容に充てられてるからな。貴人のもてなしが出来る状態じゃない。それでも新総督の就任式典は行うべきだ。指導者の力強いメッセージを、民衆は必要としているのだから。


────────────────


姉さんと一緒にソードフィッシュに戻ったオレは、客室の準備を随行してきた侘助達に命じ、艦長室で姉弟二人きりになった。姉さんはお茶を淹れてくれるつもりのようで、茶棚からティーカップを取り出している。


……旗艦の艦長室なら誰かに聞かれる心配はない。死神の正体を姉さんに話しておこう。これが吉報なのか凶報なのかはわからないが……ヤツの正体が判明した以上、隠しておく訳にもいかない。


「……姉さん、驚かないで聞いてください。くだんの桐馬刀屍郎ですが、叢雲討魔本人でした。」


驚かないで、とは言ってみたものの、それが無理なのはわかっていた。驚愕のあまり、ティーカップを落としてしまった姉さんは、割れたカップに構うコトなく、オレに近付いて問い質してくる。


「本当ですか!? カナタさんは桐馬刀屍郎は討魔様のクローン体ではないかと推察していたでしょう?」


「はい。ですがよく考えれば、可能性はもう一つあるコトに気付きました。"桐馬刀屍郎がクローンではなく、叢雲屋敷で発見された遺体がクローンであるかもしれない"と。」


「その可能性を私には黙っていたのですね?」


弟に隠し事をされた姉さんの顔が曇る。言い訳じみたコトは言いたくないが、正直なところを言ってしまおう。


「確実な事実が判明するまでは、オレの胸に留めておくべきだと思いました。姉さんの心を波立たせるだけですから。」


「……カナタさん、討魔様が生きていらっしゃる事は間違いのない事実なのですね?」


「ケリコフと決闘した後、ローゼとテレパス通信出来る機会がありました。彼女には前もって桐馬刀屍郎が叢雲討魔である可能性を伝えてあったので、確認を取ってくれたようです。死神は心の内を見せない男ですが、そんな嘘をローゼにつくとは思えない。」


そしてローゼがオレに嘘をつくとも思えない。


「……ああ、天照神アマテラス様、雷神ナルカミ様、ありがとうございます!討魔様が、討魔様が生きていらっしゃるなんて……」


龍の島がある方向、東を向いて祈りを捧げる姉さん。天照神アマテラス様は御門家と八熾家、天照神の兄で妹神を守護する雷神ナルカミ様は叢雲家と御鏡家が奉っている。兄妹二柱は照京の守り神なのだ。


「姉さん、叢雲討魔は生きていました。……どうなされます?」


姉さんの秘めた想いをオレは知っている。叶うものなら再会させてあげたい。だけど、それには障害も多い。


「討魔様にお会いして、御門家の非道をお詫びしたい。さぞ、御門家をお怨みでしょう……」


「前総帥は怨んでいるかもしれませんが、姉さんを怨んではいないと思います。もし怨んでいるのなら、照京動乱の際、何もせずに放っておけばよかった。そうすれば姉さんは殺されるか、虜囚の身でした。ですが、生き残った叢雲一族は姉さんも怨んでいるでしょう。」


八熾一族がそうだったからな。出会った頃のシズルさん達は、前総帥だけではなく、御門家自体を敵と見做していた。半世紀前の怨みですらそうだったんだ。12年前の怨みなら、もっとだろう。


「叢雲一族にも生き残りがいるのですね!どの家の誰ですか? どのぐらいの家人が生き残ってくれたのです?」


「わかりません。100を超えてはいないだろうとしか……」


「それはどういう事ですか?」


「髑髏の仮面で顔を隠した軍団、亡霊戦団ゴーストナンバーズを構成しているのは叢雲一族の生き残りだろうと予測しています。死人を悪く言いたくはありませんが、前総帥の詰めの甘さを鑑みるに、叢雲一族の根絶やしに成功したとは思えない。照京を離れていた者や、都にいても叢雲討魔のように難を逃れた者が必ずいたはずです。」


そこは確信している。亡霊戦団の中核は、叢雲一族の生き残りに違いない。


「……なるほど。カナタさん、現在の状況では"討魔様との交戦は避けてください"としか言えません。」


「もとよりそのつもりです。オレはローゼと姉さんが手を取り合い、戦争を終結させられるように動くつもりですから。叢雲一族の怨みつらみは、戦争が終わってからなんとかするしかないでしょう。」


「………」


「姉さん、間違っても神祖様のように"我が身と引き換えにしてでも、狼虎の手を結ばせてみせる"なんて思わないでくださいよ?」


「カナタさん、"御門の心を映す鏡"は、八熾家ではなく、御鏡家の役割ですよ?」


「イナホちゃんが成長するまではオレが代行します。」


生還してくるウンスイ議長にゃ悪いが、イエスマンに過度な期待はしちゃいない。主君の為を思えばこそ、時には苦言を呈するコトも出来る。それが本物の忠臣だろう。


肉親の死を知った直後に想い人の生存を知る、か。姉さんの胸中は複雑だろうな。こんな腐った考えを平気でやれる自分が嫌になるが、"前総帥の処刑は、オレにとっては都合がよかった"のだ。12年前の暴挙をやらかした張本人が生きていては、まとまる話もまとまらない。まかり間違って返還などされたら、本当に扱いに窮しただろう。姉さんに肉親を差し出すなんてコトは出来ないし、そうなれば両家の反目は収めようがないからだ。



……都合よく事態が推移したとはいえ、八方丸く収めるのは至難の業には違いない。でも可能性はゼロではない。腐って狂った思考法を、今は頼りにしよう。オレは乱世を生きる狼なんだ。


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