覚醒編28話 失ったなら、取り戻せばいい
「風美代、アイリ、これを。」
トレーニングルームに入った私は、汗を拭き、スポーツドリンクを口にする妻と娘に小包を手渡した。
「あら、私とアイリにプレゼント?」 「わーい♪ なにかな~?」
中身は刀と薙刀だよ。物騒なプレゼントだが、必要なものだからな。
「風美代、その刀身に見合う柄は兵器開発部が作製中だ。近いうちに最高の薙刀が完成するだろう。なにせ、その刀身を打ったのは現代最高の刀匠「五代目鉄斎」だからな。」
現代最高の刀匠は現在、機構軍に身を置いているが、彼の作品は世界中の好事家の垂涎の的だ。高性能な武器の製造、販売は軍や治安組織が管轄しているが、大金を積んででも入手しようとする輩には事欠かない。この三品はバートに頼んで、とあるコレクターからちょいと失敬してきた。違法に入手した物を、違法に拝借しただけだから、全く気にもならないね。
「ありがとう。でもアイリに刀はまだ早いんじゃない? 腰から下げても引き摺っちゃうわよ?」
「背中に背負えばいい。柄と並行して、ワンタッチで高速分離する鞘も作らせている。」
子供のアイリは普通の刀を、両手持ちの大剣だと思えばいいだけだ。バイオメタル化のお陰で、重さに振り回される心配はないのだからな。
「ありがとう、お父さん!この刀、大事にするからね!」
「私達家族は刀の手入れの仕方を、剣豪二人に教わらないとな。」
五代目鉄斎の鍛えた双子刀と薙刀は、私達の身を守ってくれる武器だ。護身刀の手入れは、受益者である自分自身で行わないといけない。
「お任せください、ボス。」 「ですが私も
甲田君、拳法家にとっては五体が武器なのだろうが、
「あなた、この刀の名前はなんていうのかしら?」
いささか不安そうな風美代。そう、現在最高の刀匠と謳われる五代目鉄斎だが、そのネーミングセンスにだけは疑問符がついている。カナタの愛刀も鉄斎刀だが、"
「幸運な事にまだ無銘だ。だから私達で名付けよう。……う~む、どんな名がよいかな……」
「じゃあアイリが名付けるね!アイリのは名剣ラッシー、お父さんのは名剣ジョリィにしようよ♪」
名剣ラッシーに名剣ジョリィ!? 待て待て、娘よ……
「いやいや、ラッシーもジョリィも名犬だが、それは私達にしかわからんぞ。第一、刀の名前として…」
「もう決めたの!ラッシー、私を守ってね♪ ジョリィはお父さんをよろしく♪」
命名した愛刀の鞘に頬ずりする娘。い、いかん!こ、このままではなし崩しで…
「そうねえ……私は
風美代まで悪ノリしてきたか。確かに
「私としては超絶魔刃刀・燦然煌火とか…」
せっかくの名刀なんだ。カッコいい名前を付けたいじゃないか……
「コウメイ、ハッキリ言いますが、そんな噛みそうな名前よりも、ジョリィの方がまだマシです。言いやすい分だけ、ね?」
バートが首を振り、三羽烏は肩を竦めた。
「まさかボスのネーミングセンスが…」 「五代目鉄斎よりも…」 「お粗末だったとは……」
……私のネーミングセンスは、そんなに酷かったのだろうか……
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愛刀となった名剣ジョリィを腰に下げ、オフィスに戻った私は、ザインジャルガへ派遣する人員の選定に着手する。
再開発のマスタープランはこちらが立てるにしても、相手の
現地に行って初めてわかる事もある。表のリーダーとは別に丙丸君も派遣しておこう。丙丸君は三羽烏の中で、もっとも柔軟性に富んだ人材だ。
よし、人員は決まった。ザインジャルガの防衛に成功した段階で、被害予測を下に作製を命じておいたマスタープランを、カナタの送ってくれた詳細なデータと照らし合わせて修正する作業を開始しよう。国交省と組んで仕事をした経験が活きる時がきたぞ。
風美代が持ってきてくれたサンドウィッチの山を片手に、私は仕事に没頭する。
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結構な時間がかかったが、おおまかな作業は完了した。細部は都市開発部の連中が詰めてくれるはずだ。骨子を固めた後は信頼出来る部下に委任、財務官僚時代はこれが出来なかったから、私は人望がなかったのだ。私だって
……もう20:00か。仕事は一区切りついた事だし、明日は休みにして家族と共に過ごす時間を取ろう。
オフィスから自宅へ繋がる通路を歩き、陽当たり以外は満点の我が家へ帰った。オフィスも自宅も地下深くにあるから、陽当たりだけはいかんともしがたい。明日は家族を連れて、地上に出よう。離島の別荘で過ごすとするか。
「お帰りなさい、あなた。晩御飯はなにがいい? みんなお腹がペコペコみたいよ。」
帰宅してリビングのドアを開けた私を、エプロンを付けた妻が出迎えてくれた。遅くなったというのに、晩御飯を食べずに待っていてくれたようだ。
「リクエストしてもいいなら、鉄板焼きナポリタンを。」
「わーい♪ 鉄板焼きナポリタンだぁ♪」 「楽しみですね。」
アイリを膝に乗っけたバートは、"日本語のお勉強中"らしい。テレビ画面にはアイリの好きな昭和のアニメが映し出されている。
「ねえ、バート。無敵ロボと最強ロボが戦ったらどうなるのかな?」
「トライダーG7対ダイオージャですか。夢の対決ですが……」
「社長さんVS王子様の対決でもあるよね!」
「トライダーもダイオージャも作中で負けた事はないですからね。いい勝負になりそうです。」
相棒はいつの間にか日本アニメ通になっている。三羽烏も最初はアイリに付き合ってアニメ鑑賞していたようだが、風美代の話では個人的にもどっぷりハマって、連日鑑賞会を開いているようだ。
「風美代、鉄板焼きナポリタンは、マッシュルームを多めに頼む。」
「ウィンナーもね!」 「目玉焼きも増量でお願いします。」
タマネギ以外は具沢山のナポリタンになりそうだな……
「はいはい。アイリ、ロボットアニメばっかり見てないで、たまには"リボンの騎士"でも見たら?」
「甲田女史は"ラ・セーヌの星"を見せると言っています。最高の"戦う女の子のアニメ"とか言っていました。」
「バート、最高なのはリボンの騎士よ!……甲田さんとは話し合う必要があるわね。」
リボンの騎士の放映期間は風美代より前の世代だったはずだが……再放送でも見たのだろうか?
上着を脱いだ私がソファーに座ると、アイリが膝に頭を乗せてきた。ロボットアニメを見ながら待つ事暫し、キッチンの方から焼けたケチャップの匂いが漂ってくる。気の早いアイリはもう椅子に座って、フォークを構えて待っていた。
「リボンの騎士は名作、あなたもそう思うでしょう?」
ジュウジュウと香ばしい音を立てる鉄板をテーブルに置いていく風美代に問われ、私は反射的に頷いた。甲田君には悪いが、家族円満の為だ。実はどちらも見た事がないのだが……
(コウメイ、頷いたのはいいですが、どっちも見た事はないのでしょう?)
ナイショ話にテレパス通信は最適だな。
(ああ。円満家庭を保つ為にはやむを得まい。)
そう。私の意見では"戦う女の子のアニメ"と言えば……
(……キューティーハニー、ありますよ? 地球から贈られてきたライブラリーに入ってましたから。翔平さんと息子さんの超オススメマークが入ってたそうです。)
……親父、カナタ……やはり似た者家族か……
(後からコピーしてくれ。風美代とアイリにはナイショでな。)
そして似た者親子だ。私もキューティーハニーはもう一度見たい。
(フフッ、コウメイも好きですね。)
(バートもな。)
テレパス通信でナイショ話を済ませた私と相棒はテーブルに着き、風美代特製の鉄板焼きナポリタンを頂戴する。
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夕飯を済ませた私達は、順番に風呂に入る。最後に入浴したバートは青地に黄色のラインが入ったパジャマを着ていた。プライベートでも青のスーツを着ている事が多いし、バートは青が好きらしい。
「アイリ、黄色の絵の具を持ってきてくれるかい?」
「うん!でも黄色だけでいいの?」
「ああ、黄色だけでいい。」
ちょっとした悪戯を思い付いた私は、アイリにお絵描き用の絵の具を持ってきてもらった。
「コウメイ、何をするんですか。顔を洗ったばかりなんですよ。」
「いいからいいから。少しだけ動かないでくれ。」
バートの鼻の頭と目の下に黄色の絵の具を塗り付けて、アイリに見せてやる。
「じゃーん!アイリ専用ガーディアン、巨神バートの登場だ。」
巨神ゴーグの主題歌にあったように、過去と未来の扉を開く鍵を見つけたい。とりわけ、過去の過ちを償う為にも……
「わぁい!
はしゃぐアイリを広い肩に乗せたバートは苦笑いした。
「アイリ、私をゴーグほど頼りにしないでくださいよ。ヘリを片手で叩き落としたり、戦車を持ち上げたりは出来ませんからね?」
「頼りにするもん♪ バートはアイリを守ってくれる青い目の巨人だもん!」
「そう、頼りにしていい。身長193センチのバートラム・ビショップは、アイリにとって家族で守護神なのだからな。さて我が家の守護神さん、明日は家族で別荘に出掛けようか。クルーザーの操船を頼むよ。」
「了解。風美代さん、お弁当をよろしく。」
肩にアイリを乗せたまま、青い目の巨人は風美代に敬礼した。家族と一緒に海と山を楽しむ、いい休日になりそうだ。
バートは家族を失った男、だが今はそうではない。私達がバートの"新しい家族"なのだから。
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