覚醒編27話 息子は怪物、娘は天才



ザインジャルガから通信してきた息子の顔は、あまり明るいものではなかった。今回の戦役でも大活躍した英雄とは思えない。


「そうか。ガリュウ前総帥が処刑されたのか。」


「ああ、教授の情報網にもかからなかったみたいだな。」


「うむ。若手将校に不穏な動きがある事は掴んでいたが、前総帥やハシバミ総督を粛清するとまでは思っていなかった。」


クーデターには成功したものの、照京は将校達の考えたようにはならなかった。不満を持って当然としか思っていなかったな。それより問題なのは……


「それよりカナタ、ケリコフ・クルーガーの奇襲を防げなかった事はすまなかった。」


こっちの方が大問題だ。ガリュウ前総帥やハシバミ総督の身柄は機構軍の手の内にあり、動向を掴んだところで何も出来なかったが、処刑人の奇襲は防げた事件だ。完全適合者に覚醒したカナタが返り討ちにしてくれたから大事には至らなかったが、もし、カナタに万一の事があれば……考えたくもない……


「いくら教授や特命部が優秀でも、あの男の奇襲を防ぐのは無理だったと思う。災い転じて福と為す、ケリコフのお陰でオレは完全適合者になれた。結果オーライにしておこうぜ。」


結果論で言えばそうなるが、おまえの命が懸かった話を結果オーライでは済ませられないんだ。より深く、機構軍の動向を探る必要がある。とはいえ、機構軍中枢部に工作員を潜り込ませるのは至難の業だな。


「完全適合者になった剣狼だ、もうおいそれとは手を出せまいが、可能な限りの努力はしてみる。」


そう言ってみたが、私が軍事ではなく、政治の人である事を知っている息子は首を振った。


「教授、そっちに回すリソースがあるなら、他の分野に回してくれ。……オレを討ち取るなんて、ヤツらには無理だ。」


この淡々と事実を述べるがごとき、自信に満ちた顔よ。私と同じ顔のはずなのに"格の違い"を感じさせるじゃないか。剣狼カナタは怪物で、その潜在能力は処刑人との激闘によって開花した。……いや、照京で邂逅した時と、本当に顔が違ってきているぞ? アギトそっくりではあるが、どこか波平を思わせる面影がある……


"心転移の術は容貌を変化させる"、カナタと密会した時にミコト姫が言っていた事は本当だったようだ。だとすれば、私のこの顔も天掛光平の面立ちに似てくるのだろうか……それはマズいな。


「カナタ、ザインジャルガから帰投した後、リグリットまで来てくれ。今後の相談もあるし…」


「オレの固有能力タレントスキル能力学習スキルラーニングの調査も頼みたい。学習の条件、何がラーニング出来て、何が出来ないのかを知っておきたいからな。」


「うむ。類似の前例もなく、カナタのみが持つ固有能力だけに解明は難しかろうが、やってみない手はない。」


今の段階で言える事は、"元素系の放出能力パイロキネシスは取得出来ない可能性が高い"という事だけだ。それもあくまで可能性で、実際は可能なのかもしれんからな。カナタは高い知能と柔軟な思考法を持つ強者、手札が多ければ多いほど強くなる。


「処刑人との戦いで得られたモノは数多いが、ヤツの固有能力をラーニング出来たのがとにかく大きい。これからは磁力操作能力に磨きをかけるコトに重点を置くつもりだ。いくら鍛えたところで処刑人ほどの域には到達出来ないだろうが、オレにはこの狼眼があるからな。」


そう、天狼の目を持つカナタは"殺戮の力を金属に付与出来る"のだ。金属を操る能力と、金属に力を付与出来る能力の相乗効果は絶大だろう。芸も工夫もなく磁力槍に狼眼の力を込めて飛ばすだけで、切り札になり得る。なにせ形状変化しながら襲ってくる厄介極まりない槍が、必殺の威力を持っているのだから……


「それとな、教授。桐馬刀屍郎は叢雲討魔本人だった。ローゼから確認が取れたよ。」


!!……やはりか。八熾と並び、御門の狼虎と恐れられた虎は生きていた、か。


「……やはりそうだったか。カナタ、私の考えでは、死神トーマは御門家……いや、ミコト姫に復讐する気はないのだと思う。照京動乱の時、わざわざカナタにミコト姫の危急を伝えて脱出を手引きしたぐらいだからな。」


ミコト姫に危害を加えるつもりはなくとも、一族の受けた仕打ちに対する報復として前総帥の処刑を後押しした可能性はあり得る。だが、私の考える死神トーマの人物像から判断すれば、それもなさそうだ。前総帥とハシバミ総督の処刑が終わってから気付いたのだが、今回の件は朧月セツナが糸を引いた照京植民地化政策の一環だ。5の悪政(前総帥)を10(ハシバミ総督)に変え、8(新体制)に落とす。結果的に値上がりしているが、もう照京に機構軍の統治に抗える者はいない。頭が悪くて腕の立つ者は取り込んだようだし、市民は不満を抱えながらも現状を甘受する他あるまい。この策を読んでいた死神は"放っておいても、どうせ死ぬ。手を下すまでもない"と静観していただけだろう。


「オレもそう思う。だが、ヤツが何を考えているのかがわからない。」


「ローゼ姫も知らないのか?」


「ああ。兎に角、腹の内も手の内も見せない男みたいだ。ローゼを守ってくれてるみたいだから、それで十分っちゃ十分なんだが……」


反則じみた固有能力に、最強の肉体と最高の戦闘頭脳を持った息子はまさに怪物。しかし、死神トーマも怪物に相違ない。成長し、覚醒した怪物VS生まれながらの怪物、奴との戦いだけは……不安が残る……


兵士としては到底両雄に及ばない私の考察に意味はないかもしれんが、現段階で狼と虎が戦えば"勝負は時の運"になるのではないだろうか?


私と息子は狼の系譜に連なる者だが、同時に神祖と同じ力を持った巫女、天継姫の末裔でもある。ミコト姫の話では神祖、御門聖龍は命を捨てる覚悟で、いや、本当に捨てるつもりで八熾と叢雲に和議を結ばせたらしい。心龍と天狼の末裔である我らが神虎と争う事を、天継姫が望む訳もない。天掛の系譜に連なるアイリが私の元へやってきたのは、天継姫のお導きだと信じている。祖霊のお心に報いる為に、私は私に出来る事をやらねばならない。


「彼に敵意がないなら、事を構える必要はない。カナタ、言い辛いのはわかるが叢雲討魔の生存については…」


「オレから姉さんに話す。教授は送ったデータを元にザインジャルガの再建計画を策定してくれ。」


「了解だ。そちらは任せてもらおう。」


息子の戦働きの成果を果実として結実させるのが私の仕事だ。照京奪還に備えて人員を強化した都市開発部にとって、最高の試金石になるな。息子が切り開いた道は、私が整備する。新生ザインジャルガの機能性を高め、カナタの新しい友人の力とするのだ。


───────────────────────


「コウメイ、頼まれていたものですが、なんとか入手出来ましたよ。」


通信を終えた私に、相棒が小包を持ってきてくれた。


「そうか。入手法は聞かない方がいいかな?」


「聞きたいなら話しますよ?」


意味あり気なバートの顔。やはり非合法な手段で手に入れたようだな。


「やめておこう。宝物庫の肥やしになるより、有効活用される方がいい。バートが持っているのは"武器"なのだからな。」


小包を持ったバートと一緒にトレーニングルームに赴き、甲田、乙村、丙丸、通称"三羽烏"から剣術と格闘技のレクチャーを受けている妻と娘の様子を窓越しに見学してみた。


三羽烏を相手に武芸の鍛錬に汗を流す妻と娘。甲田君は風林寺拳法、乙村君は心貫流、丙丸君は円流の免許皆伝を持っている。風美代とアイリの武術指南役として申し分ない。


「奥様!引き手をもっと早く!薙刀はリーチがある分、懐に飛び込まれると難儀しますよ!」


「はいっ!」


薙ぐ、払うを得意とする円流は、薙刀の扱いにも長けた流派だ。風美代は得意武器を薙刀に定めた。なので丙丸君が妻の師範役だ。


「お嬢様、手打ちの打撃になっています!もっと下半身とも連動させて!体重の軽い者の手打ちなど、手練れの兵士は筋肉で弾いてしまいますよ!」


「うんっ!こうやればいい? えいっ!てりゃあ!」


三羽烏の言ではアイリには"センスがある"らしく、円流の薙ぎ払いに、突きを得意とする心貫流を組み合わせた独自の刀法を確立しつつあるらしい。可愛い娘は独自の刀法に加え、甲田君の教える拳法までマスターするつもりのようだな。


「私もアイリに、射撃と"真っ当ではない戦闘技術"を教えていますが、末恐ろしい才能ですよ。コウメイ、うかうかしていると"娘の方が親父より強い"なんて事になりかねませんが?」


正統派の剣法と拳法&暗黒街の暗殺技術、さらに500万nもの念真強度……息子は怪物、娘は天才だったか。親として鼻が高いよ。地球にいた頃は、息子の才能に気付かなかった私の言う台詞ではないが……




小休止になったようだな。では、頑張る妻子にプレゼントを贈ろう。女子供に贈るようなものではないが、戦乱の星に生きると決めた私達家族には必要なものだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る