覚醒編26話 相互理解は言語から
「少佐から話は伺いました。マリアンヘラ・バスクアル以下、ギロチンカッター1、3、5中隊総員、薔薇十字の
一分の隙もない完璧な隊列を組んだ60余名の隊員達、その最前列に立つ女傑にボクは敬礼された。
「バスクアル中尉、軒先などと言わず、母屋に入ってください。我々は本日この場から"仲間"です。」
「大国の皇女にあらせられるお方から過分なお言葉を頂き、感銘を受けました。しかしながらローゼ姫、少佐から話をお聞きかとは思いますが……」
「はい。"ケリコフ・クルーガー大佐が帰還された暁には、原隊に復帰させる"、それが条件です。帝国皇女の名において必ず約束を守ると、ここに誓いましょう。」
嘘は言ってないからね? 帰ってきたケリーさんごと抱え込むつもりなだけだから♪
「ありがとうございます。敗戦の責任を問われかねなかった我々を擁護して頂き、隊員一同感謝しております。このご恩に報いる為、微力を尽くします。」
「期待しています。ギロチンカッターの名称ですが、こちら側で使用すると交渉がまとまりました。ですので、バスクアル中尉が暫定隊長としてギロチンカッター大隊を率いてください。」
「重ね重ね、感謝致します。グース、いえ、エスケバリ達に"ギロチンカッター"の名を使わせたくありませんでした。あの……裏切り者どもに……」
「ケリーさんとは一度しかお会いしていませんが、尊敬出来る軍人でした。ささやかながら力になれて嬉しく思います。」
そのケリーさんは独特な部隊編成を行っていた。普通、大隊は5つの中隊で編成され、指揮中隊は大隊指揮官が中隊長を兼任するものなんだけど、ギロチンカッター大隊の指揮中隊隊長はバスクアル中尉が務めていたのだ。完全適合者にして最高の工作兵でもあったケリーさんは、単独行動も多かったからだろう。
副長のエスケバリ大尉が率いていた第2中隊、彼に追従した第4中隊が欠け、現在のギロチンカッターは3個中隊しかいない。まずすべきなのは、大隊としての機能を取り戻す事だ。
「バスクアル中尉に最初の任務を命じます。マウタウ駐屯師団からこれという兵士を選抜し、2個中隊を編成してください。併せて副長の人選も行うように。」
「ハッ!大佐がいつ帰ってこられても問題ないよう、新生ギロチンカッター大隊の編成作業を開始します!」
「それからこれは命令ではなく、お願いなんだけど……」
「お願い? 我々はローゼ姫の指揮下にある訳ですから、命令して頂ければ…」
これは個人的な事だから、命令じゃダメなんだよね。
「あなたの事は"マリアン"って呼んでいい?」
「わ、私はあまり、自分の名前が好きではないので……」
「どうして? いい名前だと思うよ?」
「し、しかしですね……」
「ダメ?」
おねだりポーズは得意なの。ほら、可愛い小猿ちゃんも真似してるでしょ?
「……致し方ありません。」
やったね♪ マリアンと仲良くなりたいのは個人的な願望でもあるんだけど……その先に
……ボクも腹黒くなってきたなぁ。それもこれも、カナタのせいだよ。
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マリアンに編成作業を命じたボクは軍司令部に戻り、サングラスとウィッグで変装してから、ギンを伴ってお忍びでマウタウの街に視察に出る事にした。視察という名の息抜きだけどね♪
フォート・ミラー(シュガーポット)の陥落によって
「ギン、活況に沸く市場の風景っていいものだね。」
「そうですね。みかじめ料を取る小役人がいなくなって、市民も喜んでいるようです。」
役人軍人がみかじめ料を要求する社会なんて狂ってる。そんな狂気がまかり通る世界なんて、ボクがぶっ壊してあげるんだから!とりあえずマウタウを、もっと住み良い街に変える事から始めよう。……腹が減っては戦は出来ぬって言うし……
「……ところで…」
「お腹が空いた、ですね。姫、この市場には"手洗い水"が出て来るような飲食店はないのですが?」
最近はそんな畏まった食事はしてないもん!そんな事は知ってる癖に!
「でもお勧めの店はあるんだよね?」
「旨いラーメン屋なら知ってますが……」
「そこに行こ!老師が作ってくれるラーメンとは違う美味しさがありそうだよ!」
「老師は本格的な四仙料理を得意としていますからね。あれは逸品ですが"ラーメン"ではなく、"拉麺"と言った方がよろしい。」
どこが違うのかよくわからないけど、ギンはラーメン大好きらしいから、何か違いがあるのだろう。
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"めん吉"と書かれた暖簾をくぐって、ボク達は食事時で賑わう店内のカウンター席に座った。
「親父、鳥白湯ラーメンを二つ頼む。」
「あいよっ!任してくんな!」
ギンのオーダーを聞いた店主さんは威勢よく返事をして、白ネギを刻み始めた。
「うん。翻訳アプリなしでも、全部読める。猛勉強した甲斐があったみたい。」
覇国語と公用語で書かれたメニュー表、だけどこのぐらいの文字なら普通に読めるようになってる。
「教えた甲斐がありました。しかし翻訳アプリがあれば十分なのに、なぜ覇国語だけは覚えるんです?」
……だって、カナタの使う言語だもん。日々進化を続ける翻訳アプリは優秀で、方言、スラングでも翻訳可能になってきている。でも、カナタとは翻訳アプリを使わずにお話したい。いつか来る日に備えて、完璧に使えるようにしておきたいんだ。言葉の理解は相互理解の第一歩だから……
……相互理解、そんな立派なものじゃないか……カナタの肉声がアプリなしでは理解出来ないなんて、ボクには我慢ならないのだ。
「へいっ!鳥白湯ラーメン、お待ちっ!」
わぁ、美味しそうだよぉ。これが"ラーメン"かぁ。
「ラーメン屋の作る白湯は、央夏の白湯とは別物ですから。老師は"似非白湯"などと言って怒ってましたが、味そのものは旨いと認めていました。ついでに言えば、叉焼とチャーシューも製法は違います。これは煮豚で、焼豚とは違うものです。」
「うん。老師の作ってくれた
魔女の森でカナタは"帰ったらチャーシュー麺を腹一杯食う"なんて言ってたけど、これが食べたかったんだね。ボクが美味しいラーメンを作れるようになったら、カナタはビックリするかな……で、でもそれって、カナタのご飯をボクが作るって事で……
余計な事を考えないで、熱々のラーメンを楽しもっと!………はい、完食!ご馳走様でしたっ!麺もスープも絶品で、手間暇かけて煮込まれたチャーシューも美味しかった。うん、次に来る時はチャーシュー麺にしよっと!
「おい、俺達から金を取ろうってのか?」 「誰がこの街を守ってやってると思ってんだ?」
……美味しいご飯を食べていい気分なのに台無しだよ。
「守るもなにも、マウタウはまだ敵襲を受けた事などありません。誰が、何から街を守っていると言うのですか?」
ボクがレジの前で凄む兵士二人にそう言うと、店主さんが首を振った。
「お嬢ちゃん、よしなよ。みかじめがなくなっただけでアッシらは…」
「食事を提供し、対価をもらう。それが店主さんのお仕事です。相手が誰であれ、仕事の対価を受け取る権利があります。」
「おう、小娘!誰に能書きこいてやがんだぁ?」 「優男ともども、売り飛ばしちまうぞ、コラ!」
「やってみろ。やれるものならな?」
カウンター席から立ち上がったギンは、両手の指をポキポキと鳴らした。
「遠慮は入りません。懲らしめてあげなさいっ!」
「上等だ、コラァ!」 「俺らが何年この街で軍人やってると思ってやがんだぁ?」
知る訳ないでしょ、そんな事。少し痛い目に遭えば"身の程"がわかるんじゃない?
ボクのヒットマンは、瞬く間に不逞軍人二人を叩きのめし、床を舐めさせた。
「この店の床は綺麗に磨かれています。舐めて掃除する必要はありませんよ?」
気絶した相棒の傍に倒れて呻く片割れに近付き、そう囁いてみた。折れた歯を吐き出した男は、ボクの足首を掴もうと手を伸ばしたけど、素早く躱して靴底で踏ん付けてあげる。
「あら、失礼。……あなた達の顔は覚えました。どこの所属か知りませんが、厳罰が待っていると覚悟なさい!」
手の甲を踏まれたまま、ボクの顔を見上げた兵士の顔が驚愕で歪んだ。
「……そのお顔。ま、まさか、貴方はローゼ姫!」
あ、咄嗟に身を躱した時に、サングラスが落ちちゃったんだ……
「ローゼ様だ!」 「俺、現物なんて初めて見た!」 「アホゥ!現物とか言うな、不敬罪で銃殺されるぞ!」
あやや、困ったなぁ。初めてのお忍びで、いきなり正体がバレちゃったよ。
「皆さん、静粛に。ボ…私がお忍びで参った事は内密にお願いします。」
変装して街に出掛けた事がバレたら、アシェスにお説教されちゃう。
「ナイトレイド卿だけではなく、ローゼ姫にまで来店頂けるとは……ラーメン屋やっててよかった……」
店主さんが涙ぐんでる。そんなに感動する程の事じゃあ……ナイトレイド卿?
「店主さん、クエスターもこの店に来たのですか?」
「へい。えらい
クエスターの顔を知ってるなら、アシェスの顔も知ってるはず。"えらい別嬪さん"はアシェスじゃない……って事は……
(ギン、クエスターとデートしてたの?)
(デ、デートではありません!クエスター殿が"ラーメンを食べた事がない"と言うものですから連れて来ただけで……)
テレパス通信でも、ギンの狼狽振りがわかる。……でも、おかしい。老師が拉麺を振る舞ってくれた時、クエスターもご相伴に預かったはず……ラーメンと拉麺は違うと知っていたから? いや、そう考えるより……
むむぅ。帰ったら"恋愛軍師クリフォード"に相談してみよう。アシェスは少佐が好きみたいだけど、クエスターはギンが好きなのかもしれない。ギンの覇国語講座に二人揃って参加していた事といい、怪しい事この上ないもんね♪
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