覚醒編24話 虎は遠き地から龍を想う
※今回は死神視点のお話です。
「親父、お袋……一族の仇、ガリュウは死んだよ。最後まで醜態を晒すかと思っていたんだが、奴も一応は人の親だったらしい。」
機構軍首都リリージェンの郊外にある秘密の墓地。俺は墓石に水を掛け、照京特産の銘酒とつるかめ屋の和菓子を墓前に供えた。この墓には親父とお袋の遺髪が収めてある。12年前、燃え盛る屋敷の中で手渡された形見だ。
「"つまみはないのか?"とザンマ君なら言いそうだね。お帰り、トーマ君。」
おっと、バイオセンサーをオフにしたままだったか。まったく、剣術武術の心得が全くないってのも問題だねえ。もっとも俺が剣術武術の修行に精を出したって二流の下にも到達出来ないだろう。なんせ折り鶴一つ、作れないほどの不器用ときたもんだ。世間は"覇人はみんな、手先が器用"と思い込んでいるが、俺みたいな例外だっているって事をわかってんのかね?
「博士、研究所からわざわざ来てくれたのか。お袋も喜ぶだろう。」
博士の後ろには髑髏マスクの護衛、
故人の恩師と息子、秘書と従卒は手を合わせ、霊前で祈りを捧げる。
「平八郎、丈ノ進、博士の護衛、ご苦労だったな。」
「博士はお館様の親も同然のお方ですから。」 「丈ノ進と呼ばれるのも久しぶりですねえ。すっかり"片牙"に慣れちまった。」
親父の秘書だった
……俺はいつまで一族を亡霊でいさせるつもりだ。せっかく生き残った一族眷属を、日の当たる場所に帰して、身の立つようにするのが、俺の役割ではないのか……
「お館様、我らの事はお気遣いなく。」 「まったくで。呑気な半死人の暮らしも悪くないもんでさぁ。」
二十年以上も付き合ってきた二人には、髑髏マスク越しでも俺の考えがわかるようだ。……呑気な半死人、か。だが淀んだ時代に風が吹き始めた、時代を変えようとする風が。……呑気に生きられる時間はもう僅かだろう。
世界に蔓延する淀んだ空気をかき乱す風を起こしたのは……剣狼だ。鳳凰の雛、ローゼ姫を覚醒させた狼は、同盟軍にも新風を吹き込むだろう。剣狼の起こす旋風に乗り、ミコトも龍として飛翔するかもしれん。
……俺はどう動くべきなのだ? 鳳凰と龍が手を取り合い、世界を変えようとするのなら……俺は……
「気持ちは有難いが、再興された八熾を見て、思うところはないのか?」
これからなにをするにせよ、亡霊戦団の力が必要だ。俺の力の源泉は、叢雲一族と土雷衆だからな。三猿と赤衛門、親父が一族に招き入れた鬼助(六徳)、鷺宮家の旧臣、
「八熾は八熾、叢雲は叢雲。だろう、丈ノ進?」 「おう。犬科の八熾は立てる相手がいた方がいい。猫科の俺らは気ままに生きるのが合ってらあな。」
「……もし、俺が御門を支えると言ったら……どうする?」
二人は即答せず、互いの顔を見やってから答えた。
「……ガリュウの娘に責任はないにせよ、御門を支えるのには抵抗があります。」
遠慮がちな平八郎の言葉に、丈ノ進も頷く。
「平八郎の兄貴も、俺の妹も御門一門に殺されました。今更、仇の残党を支えるなんざ御免でさあ。
半世紀前の恨みは流せても、十年前の恨みは流せん、か。……違うな、俺には剣狼ほどの器がないのだ。奴は群れのリーダーとして、確固たる信念と強い意志がある。一族郎党をまとめ上げ、龍の下へと帰参させたのは、剣狼の意志に他ならない。
"トーマよ、叢雲宗家の長きに渡る歴史でも、おまえほどの
……大昔に親父の言った通りだったな。俺には野心だの理想だの、強い意志ってものが欠けている。
"頭が切れるのはいい事だ。だが、悟りきった坊主でもあるまいに、わかった風な顔でつまらん人生を送るなよ?"
わかったわかった、親父の言う通りだよ。……波瀾万丈、望むところだ。俺に翼がないのなら、翼を持った連中を飛ばしてやればいい。俺の知る限り最も強い翼を持つ女はスティンローゼ・リングヴォルト、男なら……天掛カナタだ。朧月セツナや御堂イスカではない。煉獄も軍神も天才、英雄なのだろうが、神様気取りや、乱世の梟雄の手助けなど御免被る。気まま我が儘が虎の生き方、ひねくれ者の俺は庶民派のお姫様と、牙を持った小市民の手助けをしてやるさ!
剣狼には言い寄る女が多いみたいだが、そこにローゼ姫も加えてやろう。そうするには……
「トーマ君、霊前であまり悪い顔をするものじゃないよ。」
「フフッ、博士。墓参も済んだ事だし、リリージェンに帰ろう。首都で一休みしたら、お出かけついでにマウタウまで来てくれ。マウタウ防衛計画の技術的問題の解決に、博士の力が必要だ。」
「いいとも。久しぶりに娘の顔を見るのも悪くない。コヨリは元気にしているかね?」
「ああ。相変わらずミザルとじゃれ合ってるよ。毎日毎日、よく飽きないもんだ。」
「コヨリは
その娘は"母のキレっぷりは私なんかとは比較にならないわよ?"と、のたまっていたがねえ……
「ま、仲良く喧嘩してるんだからいいだろう。ミザは博士の開発した
「治るからいい、という問題ではない気もするが……」
気のせいだ、気のせい。ミザは性格ブスだの、メス魔王だの散在罵っているが、コヨリの事が気に入ってるんだよ。
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リリージェンにあるスペック本社ビルの地下に亡霊戦団のアジトはある。サロンは上階にあるが本拠は地下、亡霊は亡霊らしく、地底に潜んでろって事かね? もっとも地下に蠢く亡霊達は地上に這い出て、今はマウタウでたむろしている。この本拠地に居残っているのは最低限の人員だけだ。
アジトの中に設置されたガラス張りの休憩室に兵馬、弾正、赤衛門の姿があった。マウタウでの作業に必要な資材を積み込みにかかる博士達と別れ、休憩室に足を運ぶ。
休憩室の長椅子に寝そべった俺はポケットから髑髏マークの入った煙草「スカルストライカー」を取り出し、口に咥える。長煙管で煙草を吹かしていた兵馬が、煙管の先の火を貸してくれた。
「トーマ様、墓参りは済んだのでござりますか?」
兵馬は戦国時代にタイムスリップしたところで、違和感なく過ごせるだろうな。ま、今の時代も戦国っちゃ戦国なんだが……
「済んだのでござるよ。兵馬、弾正、おまえ達はお袋の墓に参らなくていいのか?」
「参るに決まってるでしょう。兵馬が"トーマ様が仇の末路をご報告されたのちでござる"って譲らなかっただけでね。」
顎の無精髭を撫でながら弾正がボヤいた。毛先まで手入れされた長髪を後頭部でまとめた兵馬は古式ゆかしい侍、相棒の弾正は無造作に刈り上げた短髪に無精髭と、野武士じみた風体をしている。風体と相反して、インテリなのは弾正の方だったりするから、人間ってのは面白いな。
「少佐、俺を呼び寄せたのは何用で?」
俺は懐から取り出した手紙を赤衛門に手渡した。手紙の表に記された※
「委細承知。それでは。」
事情を悟った四人目の猿は休憩室を出ていった。すぐさまロックタウンへ旅立つつもりなのだろう。我龍はいい父親ではなかったが、それでもミコトは悲しんでいるはずだ。脳裏に残る幼馴染みの残影を振り払おうとしてみたが、出来なかった。俺は既に死んだ男、もはや彼女を守る事など出来はしないというのに……
ミコト、これが今の俺に出来る精一杯だ。父親からの最後の手紙が、おまえの心を慰めてくれるといいのだが……
※花押とは 署名の代わりに使用される記号、符号の事。手紙の表には御門我龍の花押が書き記してあった為、赤衛門は鷺宮家の旧臣である兵馬と弾正に見せないように配慮しました。叢雲(鷺宮)トワに仕えていた二人は我龍を憎んでいるからです。
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