覚醒編23話 独裁者の最後



「私に面会したいだと? 一体誰だ?」


失脚したとはいえ、御門ガリュウは王族である。幽閉された屋敷は豪華であり、数人の付き人も与えられていた。もちろん、付き人という名の監視役、ではあったが……


「機構軍の桐馬刀屍郎様です。先ほど、赴任地のマウタウから急遽お見えになられました。」


礼節は守るが、慇懃無礼な口調は改めようとしない付き人達。何度も口調を改めるように叱責したが、一向に改まる様子はない。


「誰かと思えば悪名高い死神か!私は会わん、誰にも会わんぞ!さっさと追い返せ!」


機構軍の幽閉下にある元独裁者は面会を制限されている。もし、制限がなかったとしても誰も訪ねてこないであろう事に、ガリュウは気付いてしまった。自分には人望が皆無であった事実を知ってしまったのだ。


「いい加減、自分の立場を弁えたらどうだ? ご機嫌よう、ガリュウ総帥。」


ノックもなく私室に踏み込んできた髑髏マスクの軍人は、含み笑いを漏らす付き人を下がらせ、断りもなく椅子に腰掛けた。


「誰が座っていいと言った!私は照京の王、御門ガリュウだぞ!」


「王座から転がり落ちた元王族、だろ? 細かい事を言いなさんな。」


平手打ちを食らわせてやろうと右手を上げたガリュウだったが相手は完全適合者、兵士ピラミッドの頂点部に住まう男だと思い出し、踏み止まる。せめてもの矜持で肘掛け椅子にどっかりと腰掛け、怯えを悟られぬよう虚勢を張る事しか出来ない。


「それで、桐馬某が私に何の用だ?」


「おまえは高度な教育を受けてきた割りに、人の名前も覚えられんのだな。ま、高度な教育が高潔な人格を育む訳じゃないと、証明してのけたのは大したもんだ。」


「おまえ、ではなく総督閣下だ。下賎の身に生まれた悲しさ、敬称の使い方も知らぬらしい。」


「そうかい。こう見えても、侯爵家の生まれなんだがね? おまえのお陰で髑髏のマスクを被った亡霊になり果てたがな。」


「なにっ!? 元は侯爵家の生まれだと……」


「ガリュウ、俺の顔を覚えているか?」


マスクを外した死神の顔を見たガリュウの背筋が凍りついた。12年前に滅ぼしたはずの忌まわしい顔、その面影が男の顔には残っていた。この猛虎はいずれ龍をも喰らうかもしれない。そう恐れ、排除したはずの血族が目の前にいる!


「む、叢雲討魔!バ、バカな!貴様は12年前に死んだはずだ!!」


「ところがどっこい、生きていたのさ。おまえのバカさ加減をあげつらっても仕方がないが、屋敷の死体は偽物だった。」


「よせ、止めろ!叢雲一族を滅ぼしたのは悪かった!この通り、詫びるから…」


頭を下げながら後退る器用な行動に、叢雲トーマは失笑した。


「おいおい、王族のプライドはどこにいった。今さら取って喰おうなんて言ってないだろ。俺が手を下すまでもなく……おまえは死ぬ。」


「な、なにぃ!? わ、私が、この私が死ぬだとぅ!?」


唐突な死刑宣告に、虚勢を張る気力も萎えたガリュウは、歯をガチガチと震わせた。椅子に腰掛けていなければ、腰砕けになって床にへたり込んでいただろう。その可能性だけは考えないように、毎日暮らしてきたのだ。


「そりゃそうだろ。おまえのやらかしてきた悪行を考えれば妥当な処分だ。在位している間は秘密警察を使ってやりたい放題、獄死した政治犯のほとんどが、おまえの命令だったんだってな?」


「知らん!私は何も知らん!」


「まだしらばっくれるのか。だがな、もう裁判は終わった。悪事の片棒を担いできた連中が、残らず吐いちまったよ。"全部おまえの命令だった"とな。心配するな、その連中も一緒に処刑される。素直に吐いたお陰で銃殺刑から減刑され、薬物による安楽死にはなったんだが……話が違うと騒いでたねえ。あんまり騒いでると反省の念が薄いと見做されて、劇毒による服毒死に変わっちまうってのに、元気なもんさ。」


「欠席裁判は同盟憲章で禁じられている!そんな裁判は無効だ!」


「自分はさんざん同盟憲章を破っといて、ムシのいい事いいなさんな。そもそも、もうこの街は同盟憲章の保護下にはない。機構領では欠席裁判も合法だ。諦めろ。」


突き放す死神、だが生に執着するガリュウは諦めない。


「死神、いや、叢雲トーマ殿、頼む!処刑だけは回避出来るよう、機構軍に取りなしてくれ!おま、貴公はリングヴォルト帝国皇女の相談役のはずだ!そのぐらい出来るだろう、出来ると言ってくれ!」


「貴様が叢雲一族にやった事を忘れたのか? そんな事を言えた身じゃないだろうが!!」


見苦しく足掻く姿に、死神の怒りが爆発した。予想していた姿とはいえ、他人の命は鴻毛のごとく軽んじ、自分の命だけは千金よりも惜しむ醜態を見せられれば、怒りにも火が点く。


硬く分厚いチーク材の丸テーブルをウェハースのように砕いた剛腕に、ガリュウは心底震え上がった。


「俺はな、恨み事を言いに来たんじゃない。貴様のやった事は取り返しがつかないし、今さら頭を下げられたところでなんの意味もないからな。堕ちた龍が死に怯えながら暮らす無様を配下の者から聞き、生き残った一族の溜飲も下がった。」


「生き残った一族!では、この屋敷の付き人達は……」


「親父が照京の外で組織していた暗部の連中だよ。だから何を聞かれても問題ない。明日の朝、貴様は念真力を抜かれ、喉を潰された状態で公開処刑される。俺の正体を誰にも喋る事は出来ん。これは覆る事のない、貴様の運命だ。」


抑制の効いた死刑宣告を受けたガリュウは観念せざるを得なかった。……もう私に助かる道はない……死の恐怖が心を覆い尽くしたが、一点だけ白地が残った。十数年は忌々しく思っていた情景。それは仲睦まじく遊ぶ、娘と少年の姿だった。だが今となっては、それが最後の希望なのだ。


「……では、ここに何をしにきた。恨み事を言う為でもなく、私の無様を嗤う為でもなければ、何の為に……」


朽ち果てる我が身、もう逃れるすべはない。考えないようにはしてきたが、ずっと心のどこかで恐れていた可能性は今、現実となった。……せめて最後は龍らしく朽ちよう。死を受け入れる覚悟をした独裁者は、娘の笑顔を思い出す。権力に酔いしれ、ろくに父親らしい事をしてこなかったガリュウだったが、それでも娘の顔が脳裏に浮かんだのだ。


「娘の事だ。貴様は最悪の父親だったが、それでもミコトの血を分けた父だ。もし、娘に何か言い残したい事があるのなら筆を取れ。俺が届けてやろう。」


「……わかった。憎い仇である私への温情に感謝する。」


安堵した龍は筆を取り、娘へ宛てた手紙をしたためる。後悔と絶望にさいなまれながら涙を流し、残される娘へ懺悔の言葉を書き連ねた。憑き物の落ちた龍から手紙を受け取った虎は、軍用コートの懐にしまい込む。


「トーマ殿、雲水はどうなるのだ? あれは謀殺の類には一切関わっていない。私の命令に忠実な、ただの執政官だ。」


ようやく忠臣の心配か。最後まで身勝手な男だ。心の中で嘲りながら、猛虎は盲目の鷹の処遇を龍に教える。


「アリングハム公サイラスとの交換で、帰国する事になった。帰国ではないか。もう照京は機構領だからな。」


心龍の元へ帰参した鷹の曇った目が澄み渡るといい。そうすれば龍の手助けが出来るだろうと、虎は思った。


「……そうか。頼めた義理ではないが、ミコトを頼む。御鏡雲水、八熾彼方、叢雲討魔、御三家が集えば……」


涙で赤く染まった龍の哀願を、虎はすげなく断った。


「断る。なにが悲しくて今更、御門家を支えねばならん。人器を手放したのは貴様と左龍だ。」


「そこを曲げて頼む!……遅きに逸したがようやく気付いた。御門家あっての御三家ではない、御三家あっての御門家だったのだ。私は明朝、地獄に堕ちる。地獄の業火に焼かれながら、叢雲斬魔とその奥方、誅殺した叢雲一族に詫びよう!だから……娘を、ミコトを守ってくれ……この通りだ!」


椅子から降りて平伏する龍を、虎は冷ややかな目で見下ろす。


「……貴様が地獄に堕ちるのは、自らが招いた宿業だ。冥府でどう暮らそうと、俺の知った事ではない。手紙は確かに預かった。必ずミコトの元へ届けてやる。俺に約束出来るのはそれだけだ。」


「頼む!娘を…」


床に額をこすりつけて哀願する龍、立ち上がった虎は背を向けた。もう遅い、と言わんばかりに……


────────────────────


翌日、死神は朧京の龍、朧月セツナと共に、総督府のバルコニーの上に立っていた。総督府前の広場には、公開処刑を見物しようと市民達が集まっている。


龍紋付きの礼装の着用も許されず、囚人服で処刑場に連れてこられたガリュウを、市民達は罵声の嵐と投石の雨で出迎える。


「ほう。泣き叫ぶかと思っていたが、落ち着いたものだな。」


朧京の龍は、照京の龍が醜態を晒すのを期待していたらしい。自らの足で歩いて壁際に立ち、目隠しも拒否したガリュウの姿を見て意外そうな表情を浮かべた。


「喉を潰したのだろう? 泣き叫ぶのは無理だ。」


刻を視る龍の盟友と目される男は淡々と応じ、時計台に目を向けた。間もなく、処刑は執行される。


「ふん、哀願するような目でこちらを見上げよって。今更処刑が中止されるとでも思ったか。」


「………」


時計台が10回、鐘の音を響かせ、兵士5人が銃を構えた。執行官の号令と共に撃ち鳴らされた銃声5発のうち、1発だけの実弾が、独裁者の人生に終止符を打った。仰向けに倒れた龍は、悔恨と諦観の眼差しを天に向け、目を見開いたまま、絶命する。


独裁者の死に様を見に広場に詰めかけた市民達は、口笛を吹き、大歓声を上げた。誰一人、その死を悲しむ者はいない。


「終わったか。さてトーマ、けいの仇は惨めな最後を遂げた事だし、今から祝杯でもあげよう。特上のワインを用意させてあるのだ。ここは下民が騒がしくていけない。」


下民ねえ。心龍眼を持たぬ龍も、刻龍眼を持つ龍も、根っこから支配欲の塊なのだな。……この男が死を迎える時、いったい誰を想うのだろう。神虎眼を持つ虎はそう思ったが、答えはすぐに出た。自分自身に決まっている。この野心家には、それしかないのだから。


「やはり俺の正体を知っていたか。くれぐれも内密に頼むぞ。」


神虎の言葉に刻龍は頷き、自分の見解を述べた。


「私は出会った時から正体に気付いていたが、最近の卿ときたら遊び心で薔薇十字に入り、戦場で神虎眼を見せてしまったからな。機構軍にも僅かながらいる、少し頭の回る連中ももう気付いているだろうさ。」


「やれやれ、面倒が増えそうだな。」


「なに、私に力を貸してくれれば、侯爵どころか王に任命してみせよう。卿には照京、いやいや、龍の島全てを委ねてもいい。」


気前のいい話だ、空手形にしてもな。そう思った神虎だったが、心の内とは正反対の答えを返した。


「夢の膨らむ話だな。ゴッドハルトが黙ってなさそうだが。」


「フン!あんな老害など恐れるに足りぬ。奴が神気取りでいられるのも今のうちだけだ。」


同床異夢の未来予想図を語りながら総督府内へ戻ったセツナとトーマ、館内で控えていたアマラとナユタが二人の後に付き従う。




心の見えぬ心龍の末裔は死に、神虎は刻龍と偽りの友情を演ずる。戦乱の星は、欺瞞と喜劇、そして悲劇に満ちている。



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