覚醒編22話 革命の終わり
照京革命政府の首班、
クーデター前に機構軍と交わした約束はことごとく反故にされ、照京市民の生活は御門ガリュウの統治前と変わらぬどころか、より酷くなった。これまで通りの税金に、機構軍に支払う安全保障料まで加わったからだ。街の再建が完了すれば、段階を踏んで税率を軽減すると約束させたが、それがいつなのか、という言質を機構軍は与えない。
当然の事ながら、クーデターに加わった部下達は不満を漏らすようになり、榛政権の屋台骨は揺るぎつつあった。
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「総督、市民の不満は日増しに増大しつつあります。このあたりで手を打たねば、暴動が起きかねません。」
首席補佐官、
「こんなはずではなかったと、クーデターに加わった兵士達も思っているだろうな。」
軍の要職は機構軍から派遣されてきた軍人に独占され、蜂起した照京兵達は不遇を囲っている。市民の不満と軍部の不平、これで揺るがぬ政権があれば見てみたいものだ、と榛は心中で呟く。
「お分かりならば、何か手を打ちましょう!機構軍と交渉して、内政自治権の拡大を図るのです!」
「やってはみるが、徒労に終わるだろう。彼らは最初から約束を守る気などなかったのだ。」
「ですが!」
「わからんのは、照京で市民の蜂起や再度のクーデターが起これば、機構軍にとっても都合が悪い、という事だ。一体、機構軍上層部は何を考えているのか……」
思惑は読めないが、行動しない訳にはいかない。疲れ切った表情の臨時総督は卓上の電話機を手に取り、連絡先を知る機構軍要人に手当たり次第に連絡を取り始めた。真っ先に連絡したのはクーデターを唆した張本人、朧月セツナ。しかしいつもと同じで、多忙を理由に通信に応じない。そして、他の要人も同様だった。革命政府は梯子を外されたのだ。
今となってはもう遅いが、あの野心家は最初から照京を出世の踏み台にするつもりだったのだろう、榛もそんな事にはもう気付いているが、何も出来ない。
「……総督、こうなっては……いっそのこと、機構軍からも独立してはいかがでしょうか? 我々の大義を天下に示すのです!」
受話器を置いた榛に柊が決起を促す。だが、榛は首を振った。
「再度の流血の上に独立したとしよう。その後はどうなる? 照京がいかに巨大都市であっても、一都市の力では機構軍とは戦えない。同盟軍に救援でも求めるのかね?」
「そ、それは……」
裏切り者からの救援要請など、同盟軍も鼻で笑うに違いない。戦略上の価値はある街だけに、交渉次第では動く可能性もあるが、少なくとも、総督の榛と革命政府幹部の首は差し出さなければ助力は得られない。首を差し出すとは比喩的表現ではなく、本当に命を差し出すという意味でだ。
「それにクーデターを起こそうにも、機構軍の兵士が市内の要所に大量に駐屯している。我々に失望した照京兵がどれだけ決起に参加してくれるかも不分明、今の状況で蜂起してみたところで、鎮圧されてお終いだろう。」
「………」
「今さら言ったところで詮ない話だが、ミコト様を擁して決起すべきだったな。父の悪政を娘が正す、というカタチで体制を変えたのならば、同盟軍の支持を得られたかもしれん。」
名ばかりの総督はデスクの引き出しからブランデーの瓶とグラスを取り出し、並々と琥珀色の液体をグラスに注いだ。沈黙する副官を前に、総督の脳裏には後悔ばかりがよぎってゆく。
「我々の決起に意味があったとすれば、ガリュウ総帥によって恣意的に運営され、歪みつつあった御門グループが再生した事だけだろうな。それとて我々が再生させた訳ではなく、結果としてそうなっただけ、だがね。」
皮肉な事に根拠地を失ったはずの御門グループは、龍姫を旗頭に組織を再編し、勢力を増しつつある。新総帥となったミコト姫を支えているのは若き英才「剣狼」カナタだ。アスラ部隊に軍医として勤務する弟、兵部が「英雄予備軍の筆頭」と評した軍人は今や完全適合者となり、誰もが認める立派な英雄になった。あの狼の目を持つ青年が自分を訪ねてきた時に腹を割って話をしていれば、どうなっていただろう……
「総督、過去を振り返るのはまだ早いでしょう。我々に出来る事はあるはずです!」
「だといいがね。キミも一杯やりたまえ。」
デスクからもう一つグラスを取り出した榛は、副官にも酒を勧める。首を振って昼酒を拒否した副官の耳に、複数の軍靴が織り成す狂想曲が聞こえてきた。
「なんだ貴様らは!総督室に入る前にはノックぐらいしないか!」
押し入ってきた将校達を柊が一喝する。だが、返ってきたのは嘲笑と侮蔑だった。
「それは失礼。ですが市政を壟断し、塗炭の苦しみに喘ぐ市民を見ても恥じぬ革命政府首班に礼儀など必要ですかな?」
突き付けられた銃口、その剣呑な光が、榛に答えを導き出させた。
……自分は判断を誤ったのだ。もとより権力を欲した訳ではなく、悪政を正した後は御門家に、ミコト様に権力を禅譲するつもりだった。そのつもりならば、最初からミコト様を立てておくべきだったのだ。ガリュウ総帥を失脚させ、自分も身を引く。真に照京の未来を憂うならば、そうすべきだった。謀叛人としての汚名は自分が被り、道筋をつけた後にミコト様に道を譲るなどという甘い見込みが産んだ結果がこれだ。機構軍に介入などさせず、クーデターを成功させた後に、自分の首と引き換えに同盟軍と交渉しておけば……
目の前の現実を見るがいい。将来の指導者と期待したミコト様は都を追われ、その右腕になるべき竜胆左内は落命した。愚かな自分が余計な事さえしなければ、ミコト様を竜胆、天掛の両雄が支える新体制が誕生していたかもしれないのに……
「柊大佐、やはり一杯やりたまえ。革命政府の終わりに乾杯だ。」
そして、この酒が末期の酒になるのだろうと、榛は覚悟を決めた。遅きに逸したが、機構軍の思惑が榛には読めたのだ。
機構軍の思惑とは"革命政府にガリュウ総帥と変わらぬ悪政を行わせ、粛清する事"だった。そして血気は盛んだが、思慮の足りない青年将校達を手足として使い、機構軍主体の新政府を樹立する。その後に、苛烈な統治のタガを緩めてやろうという算段なのだ。御門ガリュウの悪政を正す名目でクーデターを起こした榛兵衛も、やはり悪政で市民を苦しめた。クーデターに期待した照京市民の落胆は大きい。そこに
少し考える頭を持った人間ならこの茶番劇、タチの悪い出来レースに気付くだろうが、骨のある人間は都を脱出して亡命政府に身を寄せるか、革命政府の要人になっている。革命政府の要人を根こそぎ粛清すれば、残るのは思慮の浅い小物と度胸のない俗物ばかり、であるなら機構軍主導の新政府によるこの街の支配は盤石、そういう謀略だ。
将校達に連行されながら、榛は機構軍の謀略を柊にテレパス通信で解説した。
(我々はまんまと一杯食わされたという訳ですか!総督、その謀略をこの者達に…)
憤慨する柊の提案を、榛は却下した。これ以上、醜態を晒す事には耐えきれなかったからだ。
(無駄だよ。この将校達は確信犯だ。己が立身出世の為に、機構軍の走狗となる道を選んだのだよ。躾の終わった飼い犬、といったところかな。)
総督府の執務室から、政治犯収容所の独房に引っ越しする事となった榛は、独房の扉が閉じる前に青年将校達に忠告した。
「君達に一つ、忠告しておこう。遺書は早めに書いておきたまえ。」
「なんだと?」 「どういう意味だ?」 「戯れ言を言うな!我々がこれより照京の明日を担うのだ!」
「同じ事を思っていた私は、この有り様なのだがね?」
将校の代表らしき男が前に出て、権力の座から転がり落ちた前任者に刀を突き付ける。
「我々を貴方がたと一緒にするな。機構軍の朧月少将から、施政の一新についてのお墨付きを頂いている!」
照京を踏み台に将官の地位を得た朧月セツナは、また昇進したらしかった。
「なるほど。あやつが描いた絵図だったか。主人からしみったれた餌を与えられて狂喜する
「黙れ!痴れ者が!」
刀の峰で殴られた榛は窓一つない独房の中へと押し込められた。外界の光は重厚な扉によって遮断され、古びた蛍光灯の灯りが敗者の姿を照らす。
敗者となった男は監視カメラを見上げ、思案し始めた。先ほど柊大佐から提案された再度のクーデター、それは榛も考えていた事だったからだ。完全とは言えないまでも、一人でその準備は進めてきた。彼の人生最後の仕事として、亡命政府に計画の概要を伝えなければならない。
……ミコト様、お許しください。私の愚かさが、竜胆左内を始めとする未来ある若者達を死に追いやってしまいました。
心の中で懺悔した榛は、最後の仕事の準備を始めた。処刑された後、自分の遺書や遺品は、アスラ部隊にいる弟の元へ送られるかもしれない。その可能性に賭ける以外になさそうだった。
まずは遺書に隠語を含ませ、見破らせるとしよう。榛の考案した隠語の解読法は革命政府要人なら知っている。拘束された要人の誰かは解読法を吐いてしまうだろう。遺書に隠した秘文をダミーとし、本命の伝文をどこに隠そうか……
逃れられぬ死を前に、英明さを取り戻した男の頭が冴え渡る。それは理想を追い求め、夢破れた男を憐れんだ神が、最後に与えた恩寵かもしれなかった。
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