覚醒編21話 全ての事象を見通せる者はいない



タルタイの街を脱出した完全適合者3人は、それぞれの大隊の指揮に戻る。ソードフィッシュに搭乗したオレは案山子軍団を率い、ケクル准将が切り開いた道を通って市街戦の真っ只中へと飛び込んだ。


司令が内縁部と外縁部を隔てるゲートを閉じておいたので、敵の連携は寸断されている。孤立した外縁部の敵を叩き、遅れて参戦してきた内縁部の敵を撃破。絵に書いたような各個撃破のタクトを執った司令は、中心部にある軍司令部を包囲し、防衛司令のオルグレン伯に降伏勧告の使者を送った。


使者が戻るまでは小休止だ。オレは部隊を船に収容し、傷の手当てとカロリーの補給を指示する。


「隊長、スケアクロウ、レイブン隊ともに戦死者はなし。重傷者は市外の病院船に送りました。両隊とも、戦闘能力をほぼ維持出来ています。」


シオンから報告を受け、オレは安堵した。これ以上、戦死者は出したくない。


「そうか。戦死者ゼロはなによりだ。シオン、ザインジャルガ防衛戦で戦死してしまった兵士の家族には見舞金を贈り、オレが書いた手紙を添えようと思う。カレルから戦死者と遺族の事を聞いておいてくれ。」


ダーはい。オルグレン伯は降伏するでしょうか?」


「たぶんな。この状況では奴に勝ち目はない。逃げずに司令部に籠城したのは、捕虜交換で帰国させる約束がネヴィルと出来ているからだろう。」


大規模な戦争=政治だ。残る懸案は、ネヴィルが三つの前衛都市を守るか捨てるか、に懸かっている。


「オルグレン伯が降伏するなら、残りの都市の奪回作戦が始まりそうね。少尉、今度は少数で乗り込むなんて無茶な作戦はやんないでよ?」


リリスが釘を刺してきたが、おそらくそれはない。奪回作戦自体が行われない可能性が高いからだ。


「心配するな。この戦いにはもうケリがついた。ネヴィルは前衛三都市と引き換えに「追撃の禁止」と「サイラスとオルグレンの身柄」を要求してくるだろう。酸素供給連盟か、世界通貨基金を仲裁人に立てて、交渉が始まるはずだ。」


酸素供給連盟と世界通貨基金は機構軍にも同盟軍にも与さない独立勢力だから、交渉の立会人を務める事が多い。荒廃した星に酸素を供給する連盟と、共通通貨クレジットの価値を保全する基金には、両軍ともに手を出さない。彼らも軍事的な脅威とならないよう、組織を守る最低限度の武力しか持たないようにしている。酸素供給連盟の施設は荒野のど真ん中にあるが、ヒャッハーでさえ手を出さないぐらいだ。連盟施設への攻撃は公共の敵パブリックエネミー認定に直結し、地の果てまでも追われる事を意味する。防衛部隊はいるが金目のものはなく、襲えば成功失敗に関わらず、機構軍と同盟軍の双方から全力で駆除される。いくらヒャッハーがバカでも、そんなリスクは犯せない。


「そ。ならいいわ。少尉に新しいお友達が出来て、政治力が増した。私達にとっては、まことに都合のいい結末って事ね。」


その為におびただしい血が流れはしたが、な。


「そうなるな。シオン、ここを頼む。オレは司令に話があるから、白蓮に行く。シズル、ついてこい。」


「ダー。」 「ハッ!」


ネヴィルとの交渉はシノノメ中将が表に立つが、実際に取り仕切るのは司令だ。撤退の安全と引き換えに追撃の中止とオルグレンの引き渡しまではいい。だが、サイラスはガリュウ前総帥か、ウンスイ議長と交換したい。司令がネヴィルの出してきた条件を丸呑みするコトはないだろうが、御門グループの意向も汲んでもらわないとな。


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白蓮の艦橋ブリッジにオレが姿を現すと、司令は指揮シートから飛び降り、顎でついて来るよう合図してきた。


艦長室に入った司令は高そうな椅子に腰掛け、応接椅子に座ったオレとシズルさんに話しかけてくる。


「話というのは戦後処理についてだな。いささか気の早い話だと思うが。」


「もう状況が見えていますから。司令、サイラスの身柄ですが…」


「ガリュウかウンスイと交換したい、だろう? わかっている。そのセンで話をするつもりだ。身分はともかく、オツムの中身を考えれば、こちらが大損しそうだがな。」


やっぱり司令もサイラスとあの二人じゃ、能力に大差があると思っているのか。


「同感ですが、やむを得ません。」


「損失を避ける為には、ウンスイの方がマシだろう。ガリュウは本物の無能だが、ウンスイは上に立つ者次第だ。軍人としては論外、政治家としても頼りにはならんが、企業家としてはまあまあの能力を持っているからな。……おや、意外そうな顔をしてくれんのだな。」


「ええ。ミコト様をトップに据えた新体制を築く時、御門グループの役員を半分ほど放逐しました。放逐された者はほぼ全員が、ガリュウ前総帥の任命。残ったのは、ウンスイ議長の推薦した人間ばかりでした。ですから、ウンスイ議長は御門グループの番頭としては、それなりの能力を持っていたのだと思っています。」


「なるほどな。私としても一応は血縁関係にある男だ。ウンスイの身柄を要求する、で構わないか?」


そういや、司令のお婆さんは御鏡家の人間だったな。ウンスイ議長は司令のお婆さんの兄君の子、になるんだったか。


「はい。ガリュウ前総帥は腐っても王族で照京の支配者、サイラスでは家格が不足してるでしょう。」


侯爵と公爵の交換なら、向こうも文句あるまい。ガリュウ前総帥が帰還したとなれば、御門グループがザワつく。まずは番頭のウンスイ議長を返還してもらって、彼を型にはめる。ウンスイ議長が姉さんを新当主と認め、忠誠を誓うなら良し、そうでなければ、冷や飯を食べて頂こう。……冷や飯を食わせる場合、執行部の役員達に根回ししておく必要があるな。彼らは、議長に恩を感じているはずだ。


大丈夫、ウンスイ議長の娘、イナホちゃんはミコト様を慕っている。最悪の場合、ウンスイ議長からイナホちゃんに家督を譲らせればいい。そうしておけば、ガリュウ前総帥が帰ってきたところで、もう何も出来まい。


「イスカ様、ちょっとよろしいですかな。」


ノックの後、真新しい大佐の階級章をつけた老僕が艦長室に入ってきた。


「司令、昇進おめでとうございます。」


司令は今回の功績で少将に昇進するのだろう。ついでに腹心の「神兵」クランドも大佐に昇進させた、といったところかな?


「私の昇進記念パーティーは、ザインジャルガの新総督就任記念式典と併せてやろうか。主役を食ってしまいそうで、気が引けるがな。」


気が引けるとは口ばかりで、主役を食ってやる気満々のお顔。今のうちに御門グループのメイクアップアーティストをザインジャルガに呼んでおこう。テムル総督は見栄えのする男だ、司令のワンマン……ワンウーマンショウにはさせないぞ。


「イスカ様、オルグレン伯から降伏勧告を受諾すると返答がありました。通信室までお越しくだされ。」


「やっとか。答えが見えているのに、勿体つけおって。ではカナタ、ネヴィルとの交渉は今の話を軸に行う。おまえは新たな友人と街の再建計画でも相談していろ。」


「了解。ネヴィル元帥との交渉は任せました。」


そんでザインジャルガの再建計画は、教授にブン投げだ。いいブレーンがいると楽が出来るねえ。


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オルグレンと彼の率いる半個師団を捕虜にした同盟軍に、機構軍から交渉の使者が遣わされてきた。酸素供給連盟、世界通貨基金からの立会人も一緒だ。


交渉はシノノメ中将(実質は司令)とネヴィル元帥の間で行われている。オレ達はその行方を見守るしか出来ない。政戦両略に長けた司令が交渉を行うのだから、安心して待っていればいい。とはいえ、交渉が決裂した場合に備えて、部隊の気を緩めさせてはいけない。オレの読みでは交渉はまとまるはずだが、自分の読みを絶対視してはならない。真の策士とは、策の外れた場合にも備える者だ。


交渉を終えた司令に、白蓮まで呼び出された。"誰も伴わず、一人で来い"という命令に不吉なものを感じる。


……交渉が決裂したのだろうか? いや、ただでさえ甚大な被害を被ったネヴィル元帥が、前衛三都市に固執するとは思えない。じゃあ一体何があったんだ?


艦長室に入って着座したオレに、司令が交渉の顛末を教えてくれる。


「カナタ、この戦いは終わりだ。ネヴィルが前衛三都市を放棄する代わりに、我々は追撃を中止し、オルグレンと捕虜を解放する。アリングハム公サイラスと、ウンスイ議長の捕虜交換も成立した。」


「万々歳じゃないですか。なのになんでそんな浮かない顔をしてるんですか? ガリュウ前総帥との交換は、司令も無理筋だと思ってたんでしょう?」


「……ガリュウ前総帥の解放は……永遠にない。」


なんだと!?……ま、まさか……


「し、司令、それじゃあガリュウ前総帥は……」


「ああ。……既に処刑された。この交渉が始まる直前にな。」


なんてこった!ひょっとしてオレが、ガリュウ前総帥の処刑を誘発させちまったってのか!?……一体なんで!? 同盟軍がガリュウ前総帥の引き渡しを要求するとでも考えたのか? それとも他に裏でもあるのか……




自業自得の結末だけに、オレに前総帥の死を悼む気持ちは湧いてこない。だけど、姉さんのコトを考えると気が重くなる。……父親の処刑を知れば、姉さんはどんな顔をするだろう……



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