覚醒編20話 殺人蜂VS軍神



「やりおる!軍神の異名は伊達ではないな!」


「私がコンピューターで遊んでいるうちになんとかしないと、おまえに勝ち目はないぞ?」


画面をチラ見せねばならんから、狼眼は使えん。剣術だけでなんとかしなければならんな。


殺人蜂ことホーネッカー大尉は、私がコンピューターの前から動けないのを知っている。時折、視線を外さねばならない事もだ。その優位性を弁えていたからこそ、格上の私に挑んできたのだろう。


「早く勝負をかけてこないと、私の作業が終わってしまうのだが? それはおまえの人生の終わりと同義だ。」


「そんな事を俺に教える理由があるか? 本当にそうならサッサと作業を終わらせればいいだけだ。むしろ、まだ時間が必要なのではないかと邪推してしまうなぁ?」


安い挑発には乗ってはこないか。異名兵士といってもピンキリあるが、殺人蜂はデキる部類だ。蜂らしくヒット&アウェイを繰り返し、致命の一擊はもらわないだけの技術を持っている。


「機構軍での評判は知らぬが、これでも私は弱者には慈悲をかける方でな。爪楊枝みたいな得物でツンツンしてくる稚児には情けをかける気になろうというもの。」


「一回り年上の俺を稚児呼ばわりか。確かに貴様は噂通りの天才なんだろう。ところで軍神、蜂は群れるものだと知っているか?」


床の穴から次々と飛び出てくるスズメバチの徽章を付けた兵士達。やはりな、自分の部下に召集をかけていたか。


「スズメバチは単独で狩りを行う昆虫界の空の王者だ。どうやらおまえはスズメバチではなく、群れるのが好きなミツバチだったようだな。ホーネッカーからハニービーに改名する事を薦める。」


「無知な女だ。スズメバチは基本的には単独行動だが、それも時と場合による。おまえはスズメバチに…」


「フェロモンを塗りつけられた獲物と言いたいのだろう? 確かにスズメバチにフェロモンを塗りつけられたミツバチの巣には、群れが殺到してくるな。」


テレパス通信でカナタを呼ぶか……ホーネッカーは、カナタ達はメイン通路を守るのに手一杯で戻ってこれないか、一人戻らせればメイン通路を衛兵達が押し抜けられると考えているようだが、甘いぞ。並の異名兵士ならそうかもしれんが、完全適合者とは兵士の頂点。単独で挟み撃ちにされようと、通路を死守してのけるだろう。


……とはいえ、ここは自分の力で切り抜けるか。カナタやトゼンに救援を求めては"軍神"の名が廃る。特にトゼンの手は借りたくない。"ああ? こんな雑魚どもに閉口してんのかぁ?"なんて嘲られるのがオチだ。


やれやれ、連れてきたのが最強忍者のマリカなら、すぐさま物音を聞きつけて戻ってきてくれるのだろうがな。


(司令、剣擊音がしますが、ひょっとしてバトってます?)


カナタも耳敏いようだ。トゼンも気付いているかもしれんが、スルーしているのだろう。泣きが入ったら戻ってやる、4番隊はそういう羅刹の集団だからな。


(ああ。だが問題ない。メイン通路を守っていろ。)


私が助ける事はあっても、助けられる訳にはいかん。そもそも、助けなど必要ない状況だからな!


───────────────────


ホーネッカー大尉は刺突剣の先に念真力を集中し、部下達は短針銃から飛び出た針先に念真力を纏わせる。


コンピューターの前から離れられない以上、距離を取られれば私から仕掛ける事は出来ない。練気した念真力を幾重にも纏う時間はある、という訳だ。後続の部下達が特別製の短針銃をぶら下げていたからな、そうくると思っていた。


だがホーネッカー、"もう少しで作業が終わる"と言ったのは本当だったんだぞ? そう言ってやれば、おまえは"まだ作業に時間がかかる"と考えるに違いないと思ったからな。


ヒット&アウェイを繰り返すおまえを見て、私は"時間稼ぎをしている"と判断した。時間稼ぎの理由が"部下を呼ぶ為"である事も予想していて、ついでに言えばそれを防ぐ手立てもあったのだ。


欲張りな私は、殺人蜂と精鋭の部下はここで始末する、と考えただけなのさ。


作業を完了させるリターンキーを念真髪で押し、全面の敵に集中する。私の顔を見たホーネッカーは作業の終了を察したようだが、彼らの準備もまた、完了していた。


「図られたか。だが、ここが軍神の墓場だ!死ねぃ!」


射手された針の嵐を盾に突進してくる殺人蜂。無数の針と二本の刺突剣が捉えたのは……用済みになったコンピューターだった。マリカから教わった爆縮使用の超速ジャンプで跳んだ私は、天井に長脇差しを突き刺し、眼下の兵隊蜂どもを狼眼で睨む。


「ぐえっ!」 「ぎゃあ!」 「うぉあ!」


悲鳴を上げた兵士は倒れ、天井を蹴って床に降りた私は、夢幻双刃流の技を生き残りに見せてやる。


「俺が食い止める!おまえ達は下階に退避しろっ!」


上官の命令に従い、出て来た穴から退避しようとした兵隊蜂どもだったが、丸く穿たれた穴は……氷で塞がれていた。息を飲み、意外な工作に驚く兵士。精鋭とはいえ動揺したな!


驚愕から立ち直る前に最大威力のパイロキネシスをぶつけ、氷の人柱群を完成させる。同盟最強の氷結能力者は戦死した「吹雪の老人ジェド・マロース」ではなく、この私なのだ。


「私に盾突いた愚か者どもを逃がすとでも思ったのか?」


手近にあった氷の人柱を刀の峰で叩き砕き、私は一人残った殺人蜂と対峙した。


「き、貴様は氷結能力まで持っていたのか……」


異名兵士名鑑ソルジャーブックに載っているスペックが全てだと思ったら大間違いだ、と学んだようだな。すぐに部下の後を追うおまえが、何を学んでも活かせはしないが……」


邪眼能力のコピーに氷結能力、私は今まで隠していた手札をこの戦いから解禁する事にしたのだ。十二神将が集った以上、もう小細工など必要ない。最後の兵団ラストレギオンが総力を以て挑んできたとしても、アスラ部隊コマンドなら叩き潰せる!


「それはどうかな? 昆虫の複眼は遠近感に乏しい代わりに、横の動きをコマ送りで見る事が出来る。欠けた遠近感は残った目で補完し、縦の動きを補う。この目で見切れない技などない。……勝負だ!」


片目を複眼に変えた殺人蜂は、相打ち覚悟の一擊に賭けるつもりのようだ。


「片目だけとはいえ、ホタルと同じような目を持っていたか。よかろう……こい!」


目を瞑って狼眼を防ぎながら、突進してくる殺人蜂。彼我の距離が縮まったところでカッと目を見開く。その間に私は両腕を曲げ、右手の刀を左肩の後ろに、左手の長脇差しを右肩の後ろに回していた。


「見た事もない構え!だがいかなる技でも、見切ってみせる!」


「笑止な!貴様ごときに見切れる技ではない!」


×字に振り抜かれた二つの刃は、殺人蜂の体を四つの肉片に変えていた。この技は見切りの奥義を極めた男、「達人マスター」トキサダをして"始動は見えても、変化までは見切れない"と言わしめた無双の必殺技。構えとタメさえ完了すれば、防ぐ手立てはないのだ。御堂家の持つ"神腕"を持たねば放てぬ、継承者専用のこの奥義はな。


「夢幻双刃流・ついの太刀、双極双刃そうきょくそうじん。冥土の土産に持ってゆくがいい。」


バラバラになった死体の首に向かってそう言い、私は発令所の出口に向かった。


──────────────────


「仕事は終わった。撤収するぞ。」


「させてくれますかねえ。」


そう言ったカナタは、剣先で砲塔を回す戦車を指した。かなりの数だな、気前よく戦車を繰り出してきたものだ。


「ついてこい。とりあえず屋上に出る。」


主砲の一斉砲撃で生じた爆風と破片を障壁で防ぎながら、三人で走る。やれやれ、たった三人の兵士を相手に大盤振る舞いだな。そのうち陸上戦艦でも持ってきかねんぞ。


屋上にはヘリが一機置いてあった。上空から情報を送ってくれていた修羅丸が、私の肩に止まる。


「ピィ!(ご主人!)」


「私は無傷だ。心配するな。」


「おいイスカ!まさかヘリで脱出しようってんじゃないだろうな。ンな事したら…」


何も考えてない人斬りが思いつくような事を、私やカナタがわからん訳あるまい。


「司令、オートパイロットの設定完了。飛ばしますよ。」


言わずとも私の意図を悟ったカナタは、ヘリを離陸させた。


「ヘッ、ミサイル代わりに使おうってか。っと、今度は人間様の乗ったヘリが登場だぜぇ?」


戦闘ヘリの眩いサーチライトが私達を照らす。つまり、ヘリのパイロットは私達を見ている訳だ。戦術アプリで光量を絞った私とカナタはパイロットを狼眼で睨み、ヘリ達を墜落させる。


数機のヘリが螺旋状に回転しながら墜落し、戦車隊のど真ん中には操ったヘリが激突、炎上する。派手な展開にトゼンはご満悦だ。


「砲撃音がするぜぇ。屁こき熊が攻撃を始めたみてぇだ。」


曲射砲が無力化したと同時に、「人食い熊マーダーベア」オプケクルが攻撃を開始、予定通りだ。この展開を見据えて、龍頭大島の猛将を叔父上の師団に同行させておいた。


後は道中で仕掛けた爆弾を爆破し、混乱に乗じて脱出するだけだ。詰め所の包囲網だけは、飛び石ジャンプを使いながら力尽くで抜けるしかないな。


風切り音と共に、屋上の床に突き立った巨大な矢。……これは……ボボカの……


「脱出路が配送されてきましたよっと。鷹の修羅丸もいい仕事したけど、鷲も負けてないねえ。」


矢羽の後ろからは二本のラインが伸びていた。カナタはベルトポーチからフックを取り出し、ラインと結ぶ。


「下方向からの射撃は全力防御で。完全適合者三人の念真障壁を抜ける手練れはいないでしょ。」


ウィンチで巻き上げられるフックに掴まった私達は、500mほど先のビルの屋上に到着した。


「司令も黄金の狼ゴールドウルフも、無事、よかった。」


ネイティブアトラスの野伏レンジャー、ボボカにトゼンが悪態をつく。


「ああ? 俺もいんだろうが?」


「トゼン、ほっとく、死なない。憎まれっ子、世、はばかる。」


訳せば"トゼンはほっといてもどうせ死にっこない。憎まれっ子、世にはばかると言うだろう"といったところか。


「ボボカ、信条は横に置いてだ。翻訳アプリを使え。500mは離れた詰め所の屋上に矢を命中させた腕前は見事だったが。」


「少々離れていても、屋上は広い。容易い事だ、黄金の狼からは"屋上であればどこでもいい"とオーダーを受けていた。」


時間差をつけてボボカを潜入させ、脱出を手引きさせる、か。私達が詰め所に現れたとなれば、敵の注意は当然そちらに向く。斥候兵でもあるボボカなら、その間隙を縫って潜入は可能だ。ボボカは次のビルに向かって連結式の巨大弓の弦を引いた。


フックにぶら下がってビルの合間を移動しながら、モヤモヤを払おうと試みる。頬を打つ風が髪をなびかせるが、心にかかったモヤまでは飛ばしてくれない。


私はヘッジホッグを連れて戦地に来た、中隊長のボボカも当然いる。……ならばこの手は、私が発案しなければならなかったはずだ。詰め所の包囲だけは力尽くで抜ける、完全適合者が三人いれば、おっとり刀で飛んできた、目の粗い包囲網は力尽くで切り抜けていただろう。結果に変化はない。だが……カナタの脱出プランの方がスマートかつ、確実性が高い事は認めなければならない。




上官として、部下の成長を喜ぶべきなのだ。それはわかっている。だが、私の心にかかったモヤは屈辱感なのだろう。……この私が……戦術立案で誰かに遅れを取るとは……


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