覚醒編19話 マンパワーこそ究極のパワー



「少し待て。」


司令はそう言い、オレとトゼンさんは足を止める。


軍服のカメレオン繊維ファイバーを使い、夜景と同じ黒装束を纏った三人の完全適合者は、タルタイの街と平原を区分けする防壁の際まで辿り着いていた。


バイオメタル化によって鳥目を克服した修羅丸の送ってくる映像を分析していた司令が親指を立てる。作戦開始だ。


反発力のある念真皿を連続形成し、オレ達は防壁上部まで駆け上がる。防壁通路を哨戒していた運の悪い兵士はトゼンさんが一瞬で永眠させ、そのまま市内へと駆け下りた。完全適合者にとって、この程度の防壁なんぞあってないようなものだ。


「こっちだ。いくぞ。」


先導する司令の後を、オレとトゼンさんが続く。何度か敵兵をやり過ごし、ゲートを管理する詰め所前まで到着出来た。強運の司令がいるお陰か、哨戒兵の死体はまだ発見されていないようだ。


「三階の窓が見えるな? あそこから飛び込む。トゼンが先行しろ。私が作業を終えるまで、誰にも邪魔させるな。3カウントでいく。3、2、1、ゴー!」


カウント終了と共にトゼンさんが念真皿を蹴って飛び出した。詰め所の入り口に立っていた衛兵がオレ達を指差したが、銃の引き金を引く前に狼眼で黙らせる。


「しゃあらぁぁぁー!」


三階窓の強化ガラスを怨霊刀・餓鬼丸が切り裂き、人斬りに続いてオレと司令も詰め所内に飛び込む。曰くつきだがその切れ味は至宝刀と同等と評される餓鬼丸、その鋭い刃は詰め所を警護する兵士達にも向かった。


「ここは任せときなぁ……二人で発令所を抑えりゃいいぜぇ!」


飛んでくる銃弾はハクの張った念真障壁がブロックする。この小蛇は念真力を操るのに長けているのだ。白蛇だけに幸運の御守り役ってコトかね?


「頼んだぞ。」 「ハク、頑張ってな。」


(頑張るのでしゅ!)


トゼンさんは、群がる兵士を片っ端から斬り捨ててゆく。これならオレと司令は発令所内の兵士だけ相手すればいい。


発令所に飛び込んだオレと司令はW狼眼で兵士を一掃する。だが、二人だけは狼眼に耐えて見せた。


「私は作業を開始する。そいつらは任せたぞ。」


「アイサー、ボス。」


そこそこデキる二人だったがケリコフに比べりゃ可愛いもんだ。二人を始末したオレは発令所の裏口を持ってきた溶接器で封鎖し、ブービートラップの名手、シュリ先生直伝の技で指向性爆薬を外向きに仕掛けた。


「司令、トゼンさんの援護に行きます。爆発音がしたら戻ってきますから。」


「サッサと行け。いくら私でもハッキングには少々時間がかかる。チッ!やっぱり遠隔操作で爆破させようとしているな。まず、そっちからか。」


頑張ってください。詰め所ごとドカンは勘弁です。


発令所に司令を残し、中央廊下に戻ったオレにトゼンさんが悪態をつく。


「ああん? 俺の獲物を横取りしにきやがったのかぁ?」


「左は任せました。オレは右を殺ります。」


「半分こか。しゃああんめえ。」


この人には楽になったとかいう発想がないのかね? 生まれながらのバトル野郎にそんなもんあるワキャねえか。


発令所を奪回しようと群がる敵兵、だがオレとトゼンさんという壁は彼らにとっては分厚すぎた。


「カナタ!向かいのビルから狙撃がくんぞ!」


固有能力タレントスキル蛇の嗅覚スネークセンスで危険を察知したトゼンさんが警告してくれる。蛇の嗅覚がある限り、いかなる不意打ちも人斬りトゼンには通じないのだ。


迷うコトなく、目の前の敵をひっ捕まえて人間の盾にする人でなし二人。直後にガラスを破って数発のライフル弾が襲ってきた。仮にも詰め所なんだから、もっといい防弾ガラスを入れとけよなぁ……


「乱戦状態だってのにお構いなしか。人でなしどもめ。」


しかも下手くそだ。一発必中の腕でもあるならまだわからんでもないが、オレらに当たらず、味方に当たってんじゃねえか。


「おいおい、人間様を盾にしてるオメエが言うかぁ?」


ライフル弾を胸に喰らった死体を放り投げたトゼンさんは、左右を睨んで敵兵を牽制する。


人斬りに睨まれ、乱戦状態でも構わずライフル弾が飛んでくるとわかった敵兵達は、気の毒なぐらい怖じ気づいた。敵は異常に強く、味方は自分達にはお構いなしとなれば怖じ気づくなって言う方が無理だろう。


オレはホルスターからグリフィンmkⅡを抜き、銃口に追加バレルを装着してロングバレルに換え、グリップにはアタッチメントパーツを取り付けた。自分でも惚れそうなぐらいスピーディでスムーズな手付きだねえ。


「おいおい、カナタ。ハンドガンで狙撃銃と喧嘩しようってのかぁ?」


「ヘボスナイパーの相手なんざ、ハンドガンで十分だ。」


グリフィンmkⅡはあらゆる状況に対応出来るように設計されている。アタッチメントパーツを取り付けて射程を伸ばせば、並のスナイパーライフル相手になら勝負出来るんだ。


狙撃部隊の追撃は窓の下壁に身を隠して凌ぎ、狙撃用の銃弾を込めた半透明の弾倉を狼眼で睨む。殺戮の力を付与された銃弾は黄金に輝き、準備は完了した。


「狙撃兵どもは俺らが身を屈めてる間に突っ込めとでも言いたいんだろうが、そりゃムシが良すぎる話だわなぁ?」


廊下の左右から飛んでくるハンドガンの弾を念真障壁で弾きながら、トゼンさんはせせら笑った。


「下手な狙撃が飛んでくるとわかってるのに、特攻なんて出来ないっての。安全な場所から狙撃だけしてるいいご身分にゃわかんねえだろうけどよ。」


コッチに長距離攻撃がないなんて思うなよ? すぐに地獄を見せてやるぜ!


遮蔽から身を起こしたオレは、手ブレ抑制戦術アプリ「不動クン」を起動させて腕を固定し、両手で構えたグリフィンmkⅡで狙撃兵を狙い撃った。反撃を予期していなかった狙撃兵達は、バタバタと倒れてゆく。


「狙撃ってのはこうやんだよ、わかったか?」


死人に訓示を垂れても仕方ねえか。しかし、思ったより上手くいったな。訓練の時より射撃精度が上がっていた。ま、訓練と実戦じゃ集中力が違うか。


「上手えもんじゃねえか。ホントに器用な野郎だな。おおかたトッドあたりに習った技なんだろうけどよ。」


横目で狙撃兵部隊の最後を視認しながら、トゼンさんは念真力を纏わせた小柄こづかを投げて左右の敵兵を仕留める。廊下に押し寄せてきた敵兵の波が小休止したので、窓の下をチラリと見やると敵兵がうじゃうじゃ、しかも通りを曲がって戦車まで姿を現した。


さすがにハンドガンで戦車を始末するのは無理だな。……司令、急いでくださいよ。


────────────────────


発令所のメインコンピューターを前に、私は小声で呟く。


「頼むぞ、ツクヨミ。おまえの力を見せてくれ。」


月神ツクヨミは天照神アマテラスと対を成す女神、その女神の名を与えられた戦術アプリ「ツクヨミ」は比類ないハッキング能力を持つ。もちろん、市販などされていない。父上は対攻撃衛星群専用ハッキングプログラム「アマテラス」を使って、月を模した衛星群への道を開いた。


このツクヨミはアマテラスをベースに父が造った戦術アプリ、前衛都市の防衛システムごときは敵ではない!


私は手動でコンピューターにアクセスし、脳波通信を使ってパスワードを割り出す。


よし、これでシステムへの侵入が可能になった。後は私の仕事だな。


「司令、トゼンさんの援護に行きます。爆発音がしたら戻ってきますから。」


恐ろしい早さで最強兵士の仲間入りをした狼は、特殊工作の手際もよくなっていた。特殊工作のスペシャリストを親友に持っただけの事はある。


「サッサと行け。いくら私でもハッキングには少々時間がかかる。チッ!やっぱり遠隔操作で爆破させようとしているな。まず、そっちからか。」


遠隔爆破を阻止し、曲射砲を麻痺させる。ここまでは順調だな。ほう、市内各所に設けられたゲートにもアクセスが可能なようだ。外門を開くついでにイジってやろう。内部のゲートは閉じてやるのがいいだろう。市内中枢にある軍本部から、外縁区画へ向かう増援部隊を足止め出来る。


ジジッと音がし、焦げ臭い匂いが鼻をついた。振り返った私の背後の床から敵兵が一人、飛び出してくる。下階の天井を焼き切って発令所を奇襲、少しは頭と手際のいい奴がいたようだ。


「モグラがいたか。大人しく地中におればよいものを。」


二刀を構え、床を焼き切って登場した敵兵と対峙する。ほう、私を相手に戦おうというだけあって、少しはデキるようだな。


「おまえは賢い女だと聞いていたが、賢いどころかとんだ大馬鹿だったらしいな。総大将の癖に敵地にノコノコ飛び込んでくるとは。」


「フッ、獅子が羽虫の群れに飛び込むのを恐れるのか?」


「羽虫ではなくスズメバチの巣だ!覚悟しろ、軍神イスカ!」


私と対峙する男も二刀を構えた。刺突剣エストックの二刀流……面白い、コイツが「殺人蜂キラーホーネット」か。


横目で画面を覗き、変異性戦闘細胞を仕込んだ髪一本でコンピューターを操作しながら、殺人蜂との戦いを始める。




ハッキングと戦闘を同時にこなすのは初めてだな。フフッ、このぐらいのハンデがなくては面白くない!


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