覚醒編18話 利権という名の魔物



「カナタ、おまえ一芝居打ったな?」


作戦会議を終え、おのおのの戦艦に戻る道中、同じ車に同乗した司令が助手席から囁いてくる。


「なんのコトですか?」


「トボケるな。バダルを利用して腰抜け三人を型にハメただろう?」


やっぱり陰謀、暗闘で司令を出し抜くのは無理だな。オレとは年季が違う。


「バダル大佐はともかく他の三人は頼りになりません。しっかりした防衛司令をテムル総督に任命してもらわないと後々が不安だ。今回の失態で"敵が攻め寄せてくれば、得意の野戦で撃退すればよい"なんて甘い考えは捨てたかもしれませんが、無能が有能に生まれ変わるとは思えない。少なくとも前衛都市の防衛態勢だけはテムル総督が直轄すべきです。主従をハッキリさせた以上、アトル中佐は内政にも干渉するでしょうけど。」


「そのうち誰ぞが文句を言い出すのではないか?」


「そうなったら首をすげ替えるまでですね。司令、ザインジャルガの再建は御門グループの傘下企業が請け負います。御堂財閥は前衛四都市の再建を請け負う、それでよろしいですか?」


助手席のシートを倒してリラックスモードだった司令は、座席を起こして含み笑いを漏らした。


「クックックッ、利権の配分にまで気を回し始めたか。なかなかの政治家になってきたな。だが「締まり屋」トガはそう簡単に財布のヒモを緩めんぞ?」


「トガがいくら締まり屋でも、シノノメ、ミドウ、ジャダラン、二人の総督と財閥の長が強硬に主張し、災害ザラゾフまで同調すればイヤとは言えない。ザラゾフが同調すれば「日和見」カプランもこっち側につくでしょう。カプラン元帥は風見鶏だ。風が吹く方向に頭を向ける。」


「カナタの言う通りだが、誰がザラゾフを説得するのだ?」


「オレがやってみます。たぶん、話がつくでしょう。」


「そうか、自信があるようだな。話は変わるが、おまえは父の暗殺に「災害ディザスター」は関わっていないと断言したが、奴とは一度会っただけだろう? なぜそう言い切れる?」


「カンです。でも根拠がない訳ではありません。ザラゾフは己が腕一本で元帥にまで上りつめた叩き上げで、強さに相応しい強烈な自負と自尊心を持ち合わせた男です。絶対強者の自分が戦死するなんて思っちゃいないから、当然のように最前線で戦う。気に入らない奴がいたら、力尽くで叩き潰すのがザラゾフの信条だ。」


「……そんな男が暗殺という手段に打って出るのは不自然、と言いたいのか?」


「はい。暗殺ってのは"まともにやったら勝てません"と認めるに等しい。果たしてあの絶対強者の自負を漲らせる男が、アスラ元帥に対して暗殺という手段を取るでしょうかね?」


「………」


司令は何も答えず、ポケットから取り出した煙草に火を点け、燻らせた。


「ザラゾフはバーバチカグラードの会戦で死神に敗れましたが"兵家に勝敗はつきもの、最後に勝てばよい"と気にする風はありませんでした。それどころか自分を退けた死神を高く評価していたように思います。災害ザラゾフは"強者を好む強者"、それがオレの人物評です。だからどうしてもザラゾフと暗殺という言葉が結びつかない。」


「……確かにな。だがトガとカプランが共謀しても、父をどうにか出来るとは思えん。カナタの言う通り、ザラゾフが無関係だとすれば、何かを見落としている。」


「ええ。きっと何かを見落としてるんです。思いもよらぬ、何かを……」


「その"何か"を探すのは後々の楽しみに取っておこう。ザインジャルガ地方の利権分配については了解した。だが一つ忠告しておこう。利権を追い求め、自陣営の勢力拡大を図るのはいい。気をつけねばならんのは、"利権を追求する事自体が目的化する事"だ。私はそういう輩を散々目にしてきた。巨大財閥の長で今も利権拡大を図る私だから、"おまえが言うな"と言いたいかもしれんが、私には理想がある。理想の実現の為に利権が必要だから、そうしているのだ。そこはわかれ、……いや、わかってくれ。」


「わかっています。ご心配なく。」


スケアクロウとレイブン隊を率いてみてわかった。オレを信じ、共に戦ってくれるみんなには金銭面でも十分に報いてやりたい。今回の戦いでレイブン隊からは戦死者が出てしまった。彼らの遺族には厚く報い、生活の不自由などさせない。どんなに慰労金を積んでも死者が帰ってくる訳ではなく、遺族の悲しみが紛れる訳でもない。でも、やらないよりはマシだ。その為には金がいる。だから利権を拡大するんだ。司令もオレと同じ気持ちで、部下達を厚く遇しているのだろう。


オレは親父のようにはならない。税金という巨大な金を動かすうちに己を見失い、金に動かされるようになった親父のようには!……オレが大切にしたいのは仲間と家族、それは絶対に変わらない。


────────────────


司令は自分の船の作戦室にオレとトゼンさんを呼び、内緒話を始めた。司令の話を聞いたオレ達は呆れた。いや、呆れたのはオレだけで、トゼンさんは愉しそうだった。


「作戦会議で"今夜のうちにタルタイを奪還する"と大見得を切ったのは、そんなコトを考えていたからですか。しかしちょっと無謀すぎやしませんか?」


オレが司令に苦言を呈すると、トゼンさんは不機嫌になった。


「どこらが無謀だ、ああ? 俺とカナタ、完全適合者が二人もいんだぞ。なにも問題ねえ。昨日今日の駆け出しみてえにビビってんじゃねえぞ!」


死地に飛び込むのが趣味のトゼンさんと一緒にしないでもらいたい。……つーか、ビビり扱いにゃムカッときたぞ!


「ビビる? ちょっと待てよ、オレはどこぞの人斬りみたいに神経が焼き切れちゃいないだけなんだよ!」


「ああ? 誰の神経が焼き切れてるだぁ?」


(カナタしゃん、トゼンしゃんの神経は焼き切れてないのでしゅ!)


可愛い子蛇が弁護人かよ。でもな、ハク、その弁護は無理筋ってもんだろう。


「ハク、トゼンさんが普通だとでも思ってるのか?」


(焼き切れてるならはんだ付けで繋げられましゅ!トゼンしゃんにまともな神経なんて元からないのでしゅ!神経全部、反射神経に使ってるのでしゅ!)


子蛇の裏切りにトゼンさんはずっこけそうになった。


「フフッ、ハクもなかなか言うではないか。トゼン、完全適合者は二人ではなく三人だ。私も作戦に加わる。」


は!? 司令も作戦に加わるだとう?


「いやいや、待って待って!何考えてるんですか!司令は総大将でしょうが!」


「たまにはよかろう。それにカナタ、ゲートの開閉操作をおまえやトゼンが出来るのか?」


「………」 「こっち見んな。俺に出来るワキャねえだろう!」


「という訳だ。私の参戦は作戦遂行上、必要不可欠なのだよ。奴らがタルタイの街を占領してから日が浅い。つまり、都市の防衛システムは同盟軍のモノをそのまま流用しているはずだ。私のハッキング技術は同盟でも指折り、どこか一つでも起点があれば、数時間はシステムを麻痺させられる。」


完璧超人、ここに極まれり。ホントに何でも出来るお人だな。考えてみりゃ司令は、"ハッキング不可能と言われた攻撃衛星群にウィルスを流し込んで自己防衛機能以外を麻痺させた"アスラ元帥の娘だ。超一流のハッカーとしての才能も受け継いでいたってコトか。


「力押しよりはマシだと考えますか。じゃ、いっちょやってみましょう。」


「ようは三人でタルタイに殴り込んで、イスカが防衛システムを黙らせるまで時間を稼げばいいって話だろ? 簡単な仕事じゃねえか。」


(ボクもいるのでしゅ!) 「ピィ!(ご主人、ウチもがんばる!)」


三人と一匹と一羽で殴り込みか。敵に発見されるまでは隠密作戦スニークミッションだけどな。


「フフッ、修羅丸、頼りにしてるぞ。」


肩に止まった愛鷹の頭を撫でてから、司令は戦術タブに街の地図を映し、詳細な作戦の説明を始めた。




普通の兵士なら絶対に遂行不可能な作戦。だが、一騎当千の完全適合者が三人いればやれなくはないはずだ。


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