覚醒編17話 策謀を巡らす狼
「羽虫どもめ。"飛んで火に入る夏の虫"とは貴様らの事だ!」
どこまでもオレ様な司令は殿部隊先鋒をひと睨みし、コピったばかりの狼眼で敵兵を薙ぎ倒す。倒れ伏した敵兵を眺めながら、司令は口笛を吹いてご満悦だ。
「ヒュウ♪ なかなかの殺傷力だな。雑魚を相手にいちいち刀を振るうのは面倒この上ないゆえ、実に助かるぞ。」
初めて使う能力とは思えない殺しっぷりだな。トゼンさんが言った通り、この万能才女様には一度、二番になるお気持ちを知ってもらった方がいいかもしれない。
「さあ、本家の狼眼を見せてみろ。お手本として拝見してやろう。」
言われるまでもない。マンパワーを活かして敵軍中央をゴリ押しで突破し、背面に展開する。殿部隊の壊滅が早ければ早いほど、師団本隊の撤退距離は縮まる。※金ヶ崎の退き口みてえに頑張ってる敵軍の、心をへし折ってやるぜ。
「では本家の殺戮芸をご覧あれ。」
オレは視界に入った敵兵をまとめてロックし、狼眼を浴びせる。うん、司令よりは多く殺せたな。本家の面目は立ったようだ。
「睨み殺して何が楽しいんだぁ? この手でバッサリ殺ってこその殺し合いだろうがよ!」
念真皿を飛び石状に並べた隻腕の人斬りは、孤立するのにも構わず、敵軍のど真ん中に飛び込んでゆく。もちろん、オレも司令も止めない。止めても無駄だし、問題もないからだ。
「シャアアァァァ!」
念真皿を渡って高く跳躍、着地しながらの抜刀で3つの首を飛ばしたトゼンさん。敵兵の波に四方八方を取り囲まれようと、人斬りは意にも介さない。当たるを幸いに斬って斬って斬りまくり、迫る白刃の雨は残像が見えそうな速さで躱してゆく。これぞ同盟軍最多殺傷記録のタイトルホルダー、その面目躍如だ。
「カナタ、行くぞ!トゼンにばかり美味しいところを取らせるな!」
「今行ったら"俺の獲物を横取りすんじゃねえ!"って言われそうですけどね。」
司令は0番隊に、オレは11番隊に、後に続くよう指示を飛ばす。4番隊に指示は必要ない。羅候の実質の指揮官はトゼンさんではなく、ウロコさんだからだ。
名のある兵士も何人か出てきたようだが、オレの出番はなかった。トゼンさんが真っ先に飛び掛かり、名乗りを上げる前に餌食にしてしまったからだ。
中央突破、背面展開に成功したオレ達は、小一時間ほどで殿部隊を撃滅した。ジャダラン、ミドウ師団からごく僅かな戦死者は出たものの、アスラ部隊の戦死者は0、完勝のお手本みたいな戦いだった。
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殿部隊を壊滅させたミドウ、ジャダラン師団は進撃を続ける。迂回路を通って次の戦地に向かっているシノノメ師団と合流し、前衛都市タルタイを奪還するのだ。
先行していたシノノメ中将は既に都市の包囲を終え、司令の到着を待っていた。
シノノメ師団の旗艦「瑞雲」の作戦室に師団幹部達が集まり、ブリーフィングが始まる。オレは遠慮したかったが、今回ばかりは参加せねばならない。佐官や将官ばっか集まってる席に、なんで将校のオレが参加せにゃならんのだよ。テムル総督の為とはいえ、気乗りしないコトこの上もない。
作戦室の一番奥の席に座ったシノノメ中将は、左右の席に全員が着座したのを見て口を開いた。
「ネヴィル元帥はさらに後方の前衛都市に撤退したようだ。師団本隊が反転して野戦を挑んできてくれれば、機構軍元帥を叩くチャンスだったのだがね。」
そうさせない為に、司令は中将に迂回路から進軍してもらったのか。地形図を見る限り、ネヴィルが反転して決戦を挑もうとすれば、シノノメ師団に横擊される位置関係だ。兵力を分散させれば、各個撃破される恐れがある為、下策とされる。だが、それも時と場合によりけりだ。今回みたいに綺麗に決まれば、戦わずして有利な状況を築ける。
第4次川中島の合戦で軍師勘助の考案した"
「ネヴィルが逃げ出すのはわかっていた。叔父上、タルタイに籠城しているのは誰だ?」
「リチャード・オルグレン伯爵、守備戦術に長けた良将と聞いている。」
「
「前衛都市奪回作戦を始める前に、一ついいですかね?」
さあ、泥被りタイムのお時間だ。これだけはテムル総督やアトル中佐にやらせる訳にはいかない。
「尉官ごときが何を言うつもりだ? 今は我々の街を取り返す作戦以外に話す事などない!」
大佐の階級章を付けた男が不平を口にしたが、テムル総督が一喝した。
「バダル、俺の友を侮辱する事は許さん!黙って剣狼の話を聞け!」
テムル総督、高圧的なのは好都合なんですよ。そうでなくちゃあ、オレもやりにくい。
「バダル大佐、オレはその奪回作戦の意義を問いたい訳ですよ。」
アンタらに好き勝手されたんじゃ、テムル総督に都合が悪いんでな。悪いがここで型にハメさせてもらうぜ!
「なんだと!? 奪回作戦の意義を問う? おまえは何が言いたいんだ!」
「オレらが苦労して街を奪回してもだ、アンタらに任せてたら、また簡単に奪われるんじゃないかって話だよ。」
「無礼者が!我らは誇り高き平原の民、侮辱は看過…」
「誇り? バダル大佐、アンタの部下のバルビエ少佐は、味方を捨て駒にして逃げ出したんだぞ。一体どういう教育をしてたんだ?」
「そ、それは……バルビエ少佐は先代市長、タイタール様の嫡男ゆえ、我らにも遠慮があってだな……」
「ああ、そうかい。んで、アンタは機構軍にも遠慮して、サッサと街を放棄したのか? 隣に並んでる偉いさん方も他人事じゃねえぞ!4つも前衛都市があって、まともに抵抗したとこが一つでもあんのか? テムル総督は機構軍襲来の一報を受けてすぐに救援軍を組織し、出撃していた。なのに時間稼ぎも出来ずに白旗上げやがって!」
バダル大佐の隣に座る佐官達は口々に反論してくる。
「私は大局的視野に立って、街の被害を抑える為に…」 「平原を埋め尽くす大軍に我が街だけで立ち向かうのは…」 「ジャダラン総督、この若僧を黙らせて…」
「やかましい!身分も家柄もある人間がピャーピャーさえずんな!テムル総督はザインジャルガを守る為に、自ら陣頭に立って戦ったぞ!アンタら4人の誰か一人でも、手傷を負いでもしたのか?」
「街を守って死ねとは言わん。だが私も、おまえ達に街を任せるのは不安に思う。」
腕組みしていた司令が口を開き、前衛都市の軍人兼首長達はどよめいた。
「そんな!」 「軍神ともあろう方のお言葉とは思えぬ!」 「仲間割れなどしておる場合ではないのだぞ!」
「カナタ、奪回作戦を行うにあたって、条件をつけるとすればなんだ?」
司令はオレの意図を悟ったようだ。うまく誘い水を流してくれる。
「首のすげ替え、ですかね。今までも前衛四都市はザインジャルガの指揮下にありましたが、名目上、といった感が拭えませんでした。この役立たず4人を廃し、総督の任命する執政官を派遣する。そうでないなら我々が血を流してまで奪回作戦を行う必要はありません。」
さあ総督、出番ですぜ。総督とは打ち合わせなんかしてないが、テムル総督なら……
「友よ、待ってくれ。この4人はそれぞれの街の有力部族の長だ。誇りもあれば、街を作ったのは自分達だという自負もある。」
「総督、自負や誇りを問題にしていません。オレが問題だと言っているのは能力と覚悟です。」
「能力と覚悟を示せばよいのだな? おまえ達、街を奪回した後は命を賭けて防衛に努めるか?」
「ハッ!身命を賭して街の防衛に努めます!」
バダル大佐の言葉に他の三人も頷いた。
「テムル様を盟主と仰ぎ、その命令に従いますか?」
アトル中佐が主の為に、一番肝心なコトの言質を取りにいった。この問いへの返答で、コイツらの運命は決まる。
「我らはテムル・カン・ジャダラン侯爵を盟主と仰ぎ、その命に従う事を誓う!おのおの方、それでよいな?」
「おう!」 「うむ!」 「承知した!」
また音頭を取ったバダル大佐の言葉に三人は同調した。オレは指を鳴らして従卒を呼び、馬乳酒を持ってこさせる。
「遊牧民には血盟を以て契りを交わす伝統があると聞きました。先ほどの誓いを胸に、儀式を執り行って頂きたい。」
テムル総督は小刀で親指を切り、流れた血が馬乳酒を注いだ杯に滴り落ちる。誓いの血杯を首長達は回し飲みし、儀式は完了した。よし、これでザインジャルガと前衛都市に主従という関係が確立した。新総督の統治は前衛都市にも及んだのだ。
テムル総督への集権成功の立役者からテレパス通信が入る。
(うまくいったようだな、剣狼殿。)
(はい。バダル大佐のお陰です。ありがとうございました。)
(なに、バルビエの件では迷惑をかけた。こうする事がこの地方の安定にも繋がる。)
ジャルル前総督の弟、タイタール市長が養子のバルビエではなく、バダル大佐に街を任せた理由。それは大佐が分別を弁えた男だったからだ。バダル大佐は街を守って戦死する覚悟だったが、アトル中佐が落ち延びるように頼んだ。その配慮がこういうカタチで生きてきたのだ。
これでザインジャルガ地方は名実共にテムル総督の支配地になった。このコトは御門グループにも大きなプラスとなって返ってくるだろう。おっと、その前に前衛都市を奪回しなきゃな。
※金ヶ崎の退き口 浅井長政の裏切りによって窮地に陥った織田信長が、羽柴秀吉、明智光秀、徳川家康らの決死の働きによって脱出したとされる戦い。戦国時代の代表的な撤退戦の一つ。
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