覚醒編15話 異母兄弟の雪解け

 

おびただしい犠牲を払って堀に架け橋を設置したネヴィル師団は、破城槌を搭載した攻城車を突貫させてきた。オレ達は目前の大軍と、ヤツらは迫り来るタイムリミットと戦っているのだ。


轟音を響かせながら、二度、三度と城門が揺れ、軋みと亀裂が広がってゆく。


「ソードフィッシュ、ハンマーシャーク、ブレイザー1~5、主砲スタンバイ。ハンマーシャークは主砲発射後にソードフィッシュの陰に回れ。……くるぞ!」


巨大な破城槌が城門を突き破り、攻城車が防壁内に突入してきた。


「全艦砲撃開始!キャタピラを狙って足を止めろ!」


攻城車で蓋をして大軍がなだれ込むのを防ぐ。やはり歩兵が合間を抜けてきたか。だが、開けた場所で待ち受ける迎撃隊が、狭い通路を抜けて来る相手に負けるかよ!テムル総督率いる騎馬軍団は投げ縄を侵入者達に投げ付け、馬を飛ばして引き擦り回す。散々引き擦り回されて弱った敵は、アトル中佐の歩兵隊によってトドメを刺された。


時間に追われるネヴィルの打つ手は一つ、"精鋭部隊を繰り出し、犠牲は覚悟で橋頭堡を確保する"だろう。


「うわぁー!」


騎馬軍団の兵士二人が軍馬ごと吹っ飛ばされる。おいでなすったな!


第一波の雑兵とは明らかに練度の違う精鋭が、防壁内に突入してきた。ここは精鋭殺しの精鋭部隊、案山子軍団の出番だ。


「総員オレに続け!右翼はリック、左翼はビーチャム!ダイヤモンドフォーメーションで張り倒すぞ!」


騎馬軍団を吹っ飛ばした大男が、武器腕ウェポンアームの銃口をこちらに向けたが、その銃口にシオンの放った銃弾が飛び込む。グレネード弾が誘爆を起こし、サイボーグアームは大破したが、精鋭だけに爆発と同時に腕を切り離して難を逃れる。手練れのサイボーグ兵士は従卒役の兵士に近接用の武器腕を装着させ、臨戦態勢を取った。指揮官らしいあの兵士はかなりデキるようだ。


瞳の望遠機能を使ってサイボーグ兵士の顔をズーム……あの顔、アイツは「殺人甲虫キラービートル」マスグレイブだ。異名兵士名鑑ソルジャーブックの分類によればS級の腕前、ヤツの相手はオレじゃないとマズい。


「何人がかりでもいい!剣狼を俺に近付けさせるな!敵の陣形を崩し、後続部隊の突入を援護するのが最優先だ!」


しかもバカじゃなさそうだ。この局面で投入されるだけのコトはあるな。


「邪魔だおまえら!」


群がる敵兵を睨み殺し、前進する。殺人甲虫は体のほとんどを義体化した兵士。カーチスさんみたいな希少例を除けば、サイボーグ兵士ってヤツは総じて念真強度が低い。生身の体を失った弊害だとも言われているが、理由はともかく、念真強度の低さは邪眼への抵抗力の低さを意味する。殺人甲虫は狼眼が苦手なのだ。


「雑兵では時間稼ぎにもならんか。ジャンゴブラザーズ、剣狼を抑えろ!」


意地でもオレとは戦いたくないか。正しい判断だが、それだけに面倒なヤツだぜ。"神輿は軽くてパーがいい"なんて台詞を吐いた政治家が地球にゃいたが、"敵は弱くてバカがいい"ってのが戦乱の星に生きる軍人の本音だな。


「……わかった。」 「任せときな。」 「抑えるどころか討ち取ってやらぁ!」


雑兵を下がらせて登場したのは、これまた異名兵士のジャンゴ兄弟。まだ戦歴が浅く、格付け不明の兄弟三人だが、お手並み拝見といくか!


「いくぞ、だんご三兄弟!」


次男三男が得物を手に白兵戦、長男が銃で援護。聞いてた通りのファイトスタイルだな。そしてこの反応の早さ、全員が超反射を持っている、と。


次男三男はかなり使、A級ぐらいはありそうだ。だが、力も速さも技術もオレが上だ!


「兄ちゃん、コイツつええ!!」 「なんだこのバケモンは!!」


「剣狼は完全適合者だ。俺達兄弟が総力でかからねば勝てん。絶対に油断するな!」


血の気の多い弟二人を、冷静な兄貴がコントロールする。なるほど、いいトリオだ。急速に名を上げてきたのはフロックじゃない。


……しかし、この兄弟は狼眼を避ける為に目を切りながら戦ってるってのに隙がねえな。技量から考えれば、出来すぎじゃねえか? 三男が死角からの蹴りを躱した!カンがいいのか、それとも……


「なるほど。おまえら兄弟は"視覚共有"が出来るのか。」


能力をラーニングする能力を持ったオレが言うのもなんだが、この星にゃいろんな能力者がいるもんだぜ。


「コイツ、もう気付きやがった!」 「なんでわかった!」


「……バカ、ハッタリだ。答えを教えてどうする。」


迂闊な弟達を兄貴が叱責したが後の祭。他の兄弟が見てる光景を共有出来るから、直接目を合わせないでも戦える。司令は愛鷹、修羅丸の目で上空から戦場を俯瞰する。文字通りの鳥瞰図バードビューってヤツだ。それの人間バージョンがコイツらってコトか。


……!!……様子を窺っていたマスグレイブがローラーダッシュでサイドを突っ切りやがった!シオン隊の狙撃支援をなんとかするつもりだ!


「させっかよ!ここは通さねえ!」


リックがマスグレイブをブロック、一騎打ちに持ち込む。ナツメ、ビーチャムも敵の手練れと戦闘中か!早くジャンゴ兄弟を沈黙させねえとマズい。今のリックじゃマスグレイブには……


人造筋肉のサイボーグ兵士と、天然筋肉のタフネス兵士は競り合っているが、やはりリックの分が悪い。


「助太刀するぜ、リック!」


「ピエール!おまえどうしてここに!」


「話は後だ!このブリキのオモチャをぶっ壊すぞ!」


殺人甲虫キラービートル」マスグレイブに二人がかりで立ち向かう「鮮血ブラッディ」リックと「強堅マイティガード」ピエール。超再生持ちの二人が壁になり、殺人甲虫の進撃を阻む。


「貴様ら、二人がかりとは卑怯千万…」


「どの口が言ってんだ、ボケ!」 「兄貴に三人もけしかけといてなに抜かす!」


おまえら結構、気が合ってんじゃねえか。その調子で息も合わせて頑張ってくれ。


さて、余裕が出来れば落ち着いて戦える。受けに徹してだんご三兄弟の動きは見切った。刀で次男、脇差しで三男の攻撃を凌ぎながら、磁力槍で長男を攻撃だ!ケリコフと違って一本しか形成出来ないが、オレは殺戮の力を金属に込めるコトが出来る。砂鉄も金属、問題ない!


「磁力を操るだと!」


三兄弟では長男が一番デキる。磁力槍一本では仕留めるコトは出来ないが、おまえが連携のキーだ。長男の行動を阻害出来れば、次男三男の連携も乱れる。そして連携さえ崩れれば、余裕で勝てる。兄弟三人が水も漏らさぬ連携で、実力以上の力を発揮していただけなんだからな!


僅かにタイミングのズレた左右からの攻撃に狙いすましたカウンターを決め、次男三男をノックアウトする。


「…ちっきしょう…」 「…マジでつええ…」


次男三男は気絶、冷静な長男ならこの状況で無駄な抵抗はしないはず。


「……俺達の負けだ。投降するから弟達を殺さないでくれ。」


二丁拳銃を地面に捨てた長男は両手を上げた。やはり物分かりがいい。


「わかった。両手はそのままでうつ伏せになれ。ガラク、トシゾー、三人を拘束しろ。油断するなよ。」


オレはリック&ピエールの援護に向かおうとしたが、その必要はなさそうだった。既に第三の男が二人を援護していたからだ。


自身の戦闘力はイマイチでも、念真支援能力には長けたギャバン少尉は、的確にシールドを張って二人のダメージを軽減する。超再生持ちでタフな二人は、ギャバン少尉の援護があれば攻撃に集中出来る。タフでパワフルな二人が全力攻撃をかけてくるとなると、いくら格上のマスグレイブとはいえ厳しい。勝負どころと見たギャバン少尉は支援に加えて念真撃まで放ち始めた。唸りを上げるポールアームとバトルアックスが襲い掛かり、隙間からは念真撃が飛んでくる。サイボーグアームから火花を飛び散らせながら、マスグレイブは防戦一方だ。これならオレは狼眼で雑魚を殲滅に回った方がいい。


狼眼でマスグレイブ隊の兵士を殲滅し、数的優位を築き上げた。これでもう問題ない。元々、スケアクロウ隊員の練度は敵を上回っているからな。


劣勢を見てとったマスグレイブがローラーダッシュで逃げにかかろうとした足を、リックがポールアームで払い、転倒させる。トドメを刺そうとバトルアックスを振り上げたピエールに、ギャバン少尉が警告した。


「ピエール!仕込み武器に気をつけるんだ!」


「チッ!」


舌打ちしたマスグレイブの膝から突き出された仕込み槍が、身をよじったピエールの脇腹に刺さったが、強堅の異名を持つ金髪巻き毛は倒れなかった。


「それで終わりか? クソ野郎!!」


渾身の力で振り下ろされた戦斧は、マスグレイブの脳天をかち割った。全身を義体化してるサイボーグ兵士も、脳味噌だけは生身だったらしい。


────────────────────


先鋒の雑魚部隊は騎馬軍団に蹴散らされ、第二陣のマスグレイブ隊も敗北したが、ネヴィルの戦意はまだ潰えなかった。すぐさま襲ってきた第三陣も騎馬軍団と力を合わせて退け、第四陣が前進してくる前に命令を下す。


「ブレイザー4、5、全速前進!城門を塞げ!」


陸上戦艦を二隻、くれてやるよ。それで時間が稼げるなら安いもんだ。


城門を塞いだブレイザー4、5のクルーが後部ハッチから脱出してくるのを案山子軍団が援護、無事に後衛まで下がらせる。


せっかく開けた穴を即興で塞がれたネヴィルは、やっとザインジャルガ制圧を諦めたらしい。部隊を後退させ、街から離脱を図る。腹ただしいのはわかるが、外縁市街に砲撃をかましながら撤退しやがるか。せめてもの嫌がらせってコトなんだろうが……覚えてろよ?


「剣狼、これで借りを返した事にしといてくれ。」


土手っ腹の傷口に止血パッチを貼ったピエールにそう言われ、オレは頷いた。リックと同タイプの兵士だが、リックほどの技量を持たないピエールのダメージは深い。追撃戦への参加は無理だな。


「だいぶ手酷くやられたな。追撃戦はオレらに任せて医療ポッドで休んでろ。目覚める頃にはパパが迎えに来てるだろう。」


「こんな傷なんて事ねえと言いたいが、さすがに無理だ。部隊は全滅するわ、ライバルだと思ってたリックに差はつけられるわ、散々だぜ。」


肩を並べて強敵と戦い、リックとの差を思い知ったようだな。それでいい、少しは学ばないとまた同じコトをやらかすだろう。


バトルアックスを肩に担いで去ってゆくピエールは、背中越しにギャバン少尉に問いかけた。


「ロベール、なぜ俺を助けた? 俺が死んだ方が都合が良かったはずだ。」


筋骨逞しいピエールの背中を見送る撫で肩のギャバン少尉、だが口から出た台詞には骨があった。気骨のある兄の、骨太で優しい言葉。


「ピエール・ド・ビロンが僕のたった一人の弟だからだ。」


「……ジャダラン少将は異母弟カルルとの関係を後悔していたよ。"血を分けた弟だと知っていれば、カルルをあんな風にさせなかった。過ちを犯す前に根性を叩き直して、共に歩めていただろう"って俺に言ったんだ。……なあ、俺達はまだ間に合うかな?」


「間に合うさ。間に合うに決まっている。」


「そうか。……またな、。」


兄貴と呼ばれたギャバン少尉は、目を閉じて口元だけで笑った。目を閉じたのは涙が浮かんだのを仲間に見られたくなかったからだ。ピエールが振り向かずに去って行ったのは、照れた顔を見られるのが恥ずかしかったからだろう。不器用な兄弟だぜ。



家督争いという兄弟を隔てていた氷壁は溶け、雪解け水となって流れ出した。まだきごちないかもしれないが、水が満ちれば"水いらず"な関係になるのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る