覚醒編14話 ザインジャルガ攻防戦



内縁部に設けられた作戦本部のモニターには、曲射砲の砲撃を受け、損壊してゆく外縁部の街並みが映し出されていた。


「総督、状況はどんな感じですか?」


幕舎に入ったオレはそう聞いてみたが、仏頂面の新総督から返ってくる答えはわかっていた。


「ネヴィルがやりたい放題やってくれてる。ありったけの曲射砲スパイダークラブを持ってきているようだな。」


故郷の街並みが炎上してゆく光景は、新総督の怒りに火を点けたようだ。激情型の主を冷静な腹心が諫める。


「テムル様、外縁部の市民の避難は完了しています。壊された街は再建すればよいだけ。今は耐えてください。」


「……わかっている。アトル、ガキの頃におまえと遊んだ公園も曲射砲で破壊された。俺の思い出の場所を奪った連中には、目にもの見せてくれる!」


ふつふつと湧き上がる怒りをこらえるテムル総督。蒼き狼を怒らせた報いは、機構軍兵士が血で払うコトになるだろう。


「こちらの曲射砲はほぼ壊滅ですね。新しい曲射砲には御門の最新鋭曲射砲「カグヅチ」などいかがですか? 性能は保証しますよ。」


「でも、お高いんだろ?」


ようやく笑ったテムル総督に、オレも笑って答える。


「そこは友達割引で提供しますよ。代わりに街の再建には、同盟最高の技術力を誇る御門グループにご用命を。」


「俺の友は商売人だったか。そのあたりはドンパチが終わってからアトルと話してくれ。」


「ええ、ネヴィルを追っ払ってから商談といきましょう。取り敢えずは別な商売、死の商人としての仕事をしますかね。」


「そうだな。ネヴィルはまだ救援師団の接近に気付いていないようだ。」


「でしょうね。気付いていれば、曲射砲など引っ込めて野戦の準備を始めているでしょう。市街戦が始まった頃に接近に気付き、慌てふためく無様を笑ってやりますか。」


「偵察班の報告では、敵軍はかなりの兵力をザムルアークへ向かわせたようだ。ネヴィルも軍神イスカは恐ろしいらしい。」


オレだって怖いよ。あんな完璧超人、間違っても敵に回したくない。ホント、味方で良かったぜ。


「司令が怖いなら逃げりゃあいいものを。総督、市街戦の打ち合わせを始めましょうか。」


敵の侵入してくるゲートは三ヶ所。広い街路があり、数的にも最大であろう中央はテムル総督が担当し、そうでない場所をアトル中佐とオレ達で受け持つ。すんなり役割分担を定めて、オレは麾下の部隊に配置の指示を開始した。


──────────────────


「突撃突撃ぃ!我々の勝利は目前だぞ!」


市内の端っこに入ったぐらいで調子に乗んな。市街戦は始まったばっかじゃねえか。


「勝利は目前? 違うな。おまえらの人生の終わりが目前なんだよ!」


群れてくる敵部隊に狼眼を喰らわせ、まとめて地獄に送ってやる。


「邪眼持ちの悪魔だ!剣狼が現れたぞー!」


喚くな雑兵、耳障りだ!


「スケアクロウ、レイブン各隊、戦闘開始!調子に乗ったアホどもを柩に入れて、ロンダル島に送り返してやれ!」


迫る兵士を斬り伏せ、狼眼で殲滅しながら、オレは全体の指揮を執る。策を講じて敵軍を分散させたとはいえ、こちらの数的劣勢は明らか。物量で押し切れる自信があるからこそ、ネヴィルは力押しで攻めてきてんだからな。


……目の前の敵部隊は沈黙させたが、両隣のブロックを押さえられたか。マッキンタイア候エドワードにこんな指揮は無理、ってコトは右翼の指揮はロードリック候ロドニーだな。ヤツはとにかく挟撃を好む。


「左右の友軍が撤退を始めた。スケアクロウ、レイブン隊、Fブロックまで後退!」


「「「イエッサー!」」」


頼むぜ、司令。早く来てくださいよ。


─────────────────────


二時間ほど戦い、後退を繰り返したスケアクロウ、レイブン隊は、中央で戦うテムル総督の本隊と合流した。既にアトル中佐も合流していて、本隊と分隊は力を合わせて雲霞のように迫る敵兵達を一度は押し返す。


街路に転がる軍馬と兵士の遺体を見たテムル総督はギリリと歯を食いしばり、戦況を戦術タブレットで確認した。


「次の攻勢が始まる前に内縁部に下がるしかないな。救援師団はまだ到着しないのか……」


物量で優位とはいえ、ネヴィルもロドニーもなかなかの戦上手だ。伊達に機構軍一の武闘派を気取っている訳じゃないな。


「総督、軍をまとめて内縁部に退きましょう。内縁部の防壁があれば、まだ時間を稼げます。」


内縁部の市街地で戦闘が始まれば、市民の犠牲は避けられない。だが、ここに踏みとどまるのはあまりに危険だ。防壁で持ちこたえている間に、司令が到着するコトを祈るしかない。


「待て、どうも敵軍の様子がおかしい。……どうやら救援師団の接近に気付いたようだな。」


さすが司令。いいタイミングで現れるぜ。


「すぐに内縁部に退きましょう!ネヴィルは今、選択を迫られてます!市内に突入した軍を引き上げて態勢を整え直すか、遮二無二攻撃をかけてザインジャルガを制圧してから籠城するか!」


「よし!総員、内縁部まで撤退!ここからが正念場だぞ!」


騎馬軍団と共に内縁部まで下がり、急いで防戦態勢を整える。ザインジャルガ攻防戦、クライマックスだな。


─────────────────────


内縁部の作戦本部に戻ったオレ達は、カロリーを補給し、手傷の応急措置を済ませる。オレのダメージはほとんどないが、部下には深刻な傷を負ってしまった者もいる。……そして、レイブン隊からは戦死者も出てしまった。オレは初めて部下を失ったのだ。


「侯爵、申し訳ありません。侯爵のスケアクロウは戦死者ゼロなのに、レイブン隊からは……」


カレルは悲痛な表情だったが、レイブン隊の指揮を執ったのもオレだ。責任を負うべきは、総指揮官であるオレなのだ。


「責任は総指揮官であるオレにある。カレルが気に病むコトはない。カレル、ここからが正念場、今は目の前の戦いに集中してくれ。……悲しむのは、後でだ。」


「はい。ネヴィルは攻勢をかけてくるでしょうか?」


「必ず仕掛けてくる。早めに損切りをして撤退が賢明だとは思うが、そう考える参謀のサイラスは囚われの身。好戦的なネヴィルやロドニーなら内縁部に総攻撃を仕掛け、短時間で落とせないかと試すだろう。撤退を考えるのは試みが頓挫した後だ。」


「剣狼、敵が動き出した!一斉攻撃がくるぞ!」


幕舎に入ってきた総督にそう告げられ、オレは覚悟を決める。


「カレル、内壁前にブレイザー1~5を集結させろ!アルマ、ソードフィッシュ発進だ!ロブはハンマーシャークを頼む!」


戦術タブで通信してから幕舎を飛び出す。愛馬で併走する総督に手を引かれ、オレは馬上の人になった。


「剣狼、これを被れ。」


風のように駆ける名馬、その馬上で手渡されたのは騎馬軍団の被ってるザインジャルガ伝統の帽子だった。


「了解!」


これで気分はチンギス・カンだ。モンゴル騎馬軍団のように、勇ましく戦うぜ!


──────────────────────


前総督の知恵は隠しトンネルだけではなかった。内縁部の防壁内には建物のない広いスペースがあり、防壁外には幾重にも堀が巡らされている。


「親父殿は研究熱心でな。築城の名手を呼んで、防衛計画の策定を手伝ってもらったらしい。この広さなら騎馬軍団が戦えるだろう?」


「確かに。さて、オレは地面に足をつけて戦いますか。」


馬から飛び降りて、ソードフィッシュから降りてきた案山子軍団に陣形を整えさせる。


「敵は門を壊してから工作部隊に橋を架けさせ、突入してくるぞ!総督の部下が防壁上から妨害攻撃をかけているが、そう長くは持たん!ここを抜けられたら市民のいる市街地での戦いになる!案山子軍団の名にかけてこの場を死守するぞ!」


「「「イエッサー!!!」」」


オレの誇る精鋭、スケアクロウの頼もしい面々。修羅場土壇場でコイツらほど頼りになるゴロツキはいない。




……頼むぜ、みんな。任務を遂行し、誰も死んでくれるな。


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