覚醒編13話 驕れる者久しからず



オレは軍司令部の通信室で、サイラス捕獲の報告を行う。スクリーンに映った司令は喜びを隠さなかった。


「アリングハム公サイラスを捕らえたのか!でかしたぞ、カナタ。」


司令を相手に茶化しも皮肉もなく、普通に褒めてもらうって、結構偉業なんだよな。


「計算通りと言いたいところですが、サイラスを捕らえられたのは運が良かったからです。今回は珍しくツイてました。」


敗走したロスパルナス攻略部隊を立て直したサイラスがザインジャルガに現れ、さらにヤツ好みの景勝地があり、オマケに前総督が準備していた隠しトンネルまであった。行き掛けの駄賃に仕掛けを施しておいたが、あわよくば利用しようという程度で、こんな僥倖までは計算しちゃいなかったんだ。そもそも機構軍高官のテンプレなら、敗残兵を再編して戦場に急行なんてのがあり得ないからな。サイラスの参戦は、オレの計算にはなかった要素。ヤツは戦術指揮官としても有能だったが、軍事官僚、参謀としての能力は指揮官以上だったってコトだ。


「カナタ、籠城戦の打ち合わせをしておこう。我々はザインジャルガへ向かうと見せかけ、途中で進路を変更する。行く先はザムルアークだ。」


進路を変えてザムルアークへ向かう?……そうか、司令は"魏を囲んで趙を救う"をやるつもりだな。ザインジャルガから最も近い敵性都市、ザムルアークが陥落すればネヴィル師団は退路を断たれる。いや、陥落させなくとも包囲するだけでいい。補給が断たれれば大軍なのが災いして、ネヴィル師団は長くは戦えない。


攻略側が籠城側より先に兵站が尽きるとなれば、士気は格段に落ちる。ネヴィルが短期決戦を狙って物量に任せた大攻勢を仕掛けてくる可能性もあるが、そうなった場合はザインジャルガを放棄して後方都市に撤退し、こちらに向かっているビロン師団と合流してからザインジャルガに取って返せばいい。ネヴィル師団は一時的にザインジャルガを占領出来るが、シノノメ師団、ミドウ師団、ジャダラン師団、ビロン師団に包囲される。ネヴィルが数日でザインジャルガの市民を服属させられる訳もなく、オマケに補給を断たれた状態での籠城戦。敗北は必至だ。


「ネヴィルに戦略眼があれば、短期決戦はないでしょうね。」


「おまえなら説明せずとも私の意図を読むと思っていたぞ。いい手だろう?」


「ですが問題もあります。」


「問題とは?」


「一時的にとはいえザインジャルガを失うかもしれないという点に、テムル総督が目を瞑ってくれるかどうかです。街を占領したネヴィル師団が紳士的に振る舞うとは限りません。」


「事前に根回しは必要、もちろんわかっているさ。そこでおまえの出番だ。」


出たよ、司令得意の無茶振りが。オレにテムル総督の説得をやれってか。


……なにか他の手はないだろうか? 一時的にでもザインジャルガを渡すコトなく、ネヴィル師団を敗走させる方法が……


オレを友だと言ってくれるテムル総督を"母都市を見捨てて逃げ出した男"なんて呼ばせたくない。作戦上、必要なコトだったと理解は得られるはずだが、新総督の政敵は無視して非難するだろう。


考えろ。ああなってこうなって……これならイケるかな? うん、サイラス次第だが、イケるはずだ。


「司令、少しプランを変更しましょう。オレに考えがあります。」


「ほう、言ってみろ。」


この大攻勢を発案したのはロンダル島の帝王ネヴィルだろうが、腹心のサイラスは参謀役として軍議に参加していたはずだ。だったら、ザインジャルガに密偵を忍び込ませているはず。サイラスは兵士としては大したコトはない。ならば密偵は脱出の手引きではなく、情報の伝達に使おうとするはずだ。ザインジャルガをネヴィル師団が占領、これがサイラスが自由の身になる為の最良の手段だ。名誉挽回を計りたいサイラスはきっとそうする。ヤツは切れ者、その能力を信じよう。


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「剣狼、それが俺に出来ると思うか?」


オレの提案を聞いたテムル総督は自信がなさそうだった。


「やってもらわないといけないんです、腹を決めてください。テムル総督は剛毅で剛直な武人のイメージがあります。この役は総督にしか出来ないんです。」


オレはあからさまにサイラスに警戒されているし、腹心のアトル中佐も参謀タイプだ。オレやアトル中佐の口から出た言葉をサイラスは信じない。だが、サイラスはテムル総督を謀略分野で軽く見ている。


「テムル様、天掛侯爵の策を採用されるべきです。大丈夫、きっと上手くいきます。」


「……アトル、俺はそんなに"口を滑らせそうな男"に見えるのか?」


テムル総督はジト目で中佐を睨んだ。


「いえいえ。ですがテムル様にはこれから総督として政治まつりごとも取り仕切って頂かねばなりません。政治とは駆け引き、腹芸の一つや二つはこなしてみせねば、為政はままなりませんぞ。」


「……わかった。アトル、"勝ちに驕った権力者の演技"をやってみるから、練習に付き合え。やるとなったら徹底的にやるぞ。」


「はい。天掛侯爵、サイラスはどうやって知り得た情報を密偵に伝えるのかな?」


「わかりません。」


「なにっ!?」


「大丈夫です。サイラスは必ず知り得た情報を外へ伝えます。ヤツの狡猾さを信じましょう。」


外縁部のゲストハウスに移送されるという読みが当たった時、サイラスは本当に嬉しそうだった。あの笑顔、読みが当たったからだけではなく、裏には他の理由もあったんだ。その理由とは"送り込んだ密偵を市街中心部シティセントラルに潜伏させるコトが出来ず、外縁部に配置していたから"だろう。この街はよそ者の流入が難しい上に、中心部に近付くほど身元調査は厳しくなるからな。隠しトンネルの件といい、前総督は為政者として有能だった。そう簡単に密偵が市街中心部に入り込めるようなシステムになっちゃいないはずだ。


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虜囚の身となれば念真力を枯渇させる為に、朝一で医療ポッドへ入るコトを義務付けられる。サイラスもそれは承知のはず。だがヤツなら、ゲストハウスに護送される途中で街路の密偵にテレパス通信を飛ばし、尾行をさせていたはずだ。サイラスが捕らえられたとなれば行き先は軍司令部、密偵ならその程度は読むだろう。オレのプランではネヴィル師団が街を包囲し始めたらヤツの居場所を移動、隠蔽して曲射砲の使用を躊躇わせてやるつもりだったが、状況が変わった。ヤツの移動は曲射砲の砲撃が始まってからだ。


罠を仕掛けた翌日、大挙して押し寄せてきたネヴィル師団は、ザインジャルガを完璧に包囲し、移動式の曲射砲を設置して攻撃を仕掛けてきた。籠城側も曲射砲での妨害を開始したが、とにかく敵の数が多い。3つ潰されている間に一つ潰せばいい、そういう計算での消耗戦だ。防衛側の曲射砲をあらかた潰してから、ゲートの破壊を開始する。物量に勝る側の正攻法だな。


砲撃音が鳴り響く街中、護送車に乗ったオレはサイラスのいるゲストハウスを訪れた。


「やあ、侯爵。少し騒がしいが、せっかく来たのだからお茶でも飲んでいきたまえよ。」


安楽椅子に腰掛け、リビングでくつろぐサイラスは馬乳酒片手にくつろいでいた。


「悪いが急いでいる。アンタのいる場所をネヴィル師団が知っているみたいなんでね。」


「なんだ、もう気付かれたのか。思ったよりも早かったな。」


悪びれる様子もなく、サイラスは椅子から立ち上がった。


「あざとすぎなんだよ。このゲストハウスから近い曲射砲だけが、砲撃を受けていない。」


「やれやれ、もう少し上手くやれないものかねえ。しかしさすがは「軍神」イスカだ。ザインジャルガの救援に向かわず、ザムルアークに進軍するとは。」


「結果が同じであれば、合理的な方法を取る。当たり前の戦略だろ。」


「そうだね。一見、奇抜に見えて、実に理に適った戦略だった。ジャダラン総督が口を滑らせなければ、危ういところだったよ。驕れる者久しからず、とはよく言ったものだ。」


「驕れる者はアンタだけどな。」


「なにっ!?」


「アンタはテムル総督の名演技に引っ掛かったのさ。司令はザムルアークに向かっちゃいない。向かうと見せかけて、全軍でこちらに急行している。救援師団を監視していた索敵班を潰されて往生していたところに、腹心サイラスから値千金の情報。いかにも司令がやりそうな策だけに、ネヴィルは飛び付くと思っていた。」


実際、やろうとしていたんだからな。ネヴィルは予想外だった司令の策を知り、小躍りしただろう。


「ぐぬぬ……」


サイラスが噛みしめた下唇から血が流れる。猪武者だと侮っていたテムル総督の演技に引っ掛かったのが、相当屈辱だったらしい。


「ザムルアークに兵を駐屯させるつもりだったのか、進路の途中で足止めさせるつもりだったのかまではわからんが、とにかく別働隊は無駄足を踏んだ。アンタのお陰で遊兵を作れたよ、ありがとう。」


馬乳酒が入ったグラスを持つ手が震え、そのまま叩きつけようとサイラスは腕を振り上げたが、素早く掴んで制止する。


「お高いグラスなんだ、壊さないでくれ。ところでどうやって外部と連絡を取ったんだ?」


「それもお見通しではないのか?」


「いや、アンタなら巧妙な手段で外部に連絡するだろうとしか思ってなかった。」


「私の知略も計算のうちか。……してやられたよ。」


策に溺れた策士を護送車に連行し、発車を見送る。この蹉跌はサイラスの慢心を削ぎ、さらなる知恵者に育てるだろう。ガリュウ前総帥とウンスイ議長、どちらかと交換出来ても、こっちが大損だな。釣り合ってるのは身分だけで、頭の中身は大違いだ。




……捕らぬ狸の皮算用は、この街を守りきってからにするか。さあ、殺し合いの時間だ!


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