覚醒編12話 湖底に潜む狼
作戦開始ポイントは湖。夜陰に乗じて湖に辿り着いたオレは、軍服の上から潜水服を着込み、静かにバイクを湖に沈めた。それからインセクターを飛ばし、零式の基本機能であるアブソーバーシステムを起動させてから湖に潜って真っ暗な湖底で待機する。
ハム公が現れるとすれば、朝焼けか夕焼けの時刻、朝焼けだったら助かるんだがな。作戦開始前にザインジャルガの写真家を呼んで、この湖で一番写真映えするスポットを選んでもらった。オレもそうだが腕に自信がある軍人は、わりかし少人数で戦地をうろつく。オレの場合は作戦上必要な場合だけだが、写真家気取りの世襲軍人ハム公なら、戦場でも自分の趣味を我慢する訳がない。
協力してくれた写真家の話じゃこの湖は、この地方の景勝地らしい。だったらなおさら、我慢は出来ないだろう。ハム公、おまえが戦地で撮った写真を集めた個展を開いて、悦に入ってるのは知ってんだせ?
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真っ暗な湖底で鳴った小さなアラームの音。日の出の時刻だ。インセクターから送られてくる画像を注視しろ。湖面がもっとも映えるのは日の出の時刻、プロの写真家がそう言っていたんだ。
……来た!ハム公と護衛達だ。護衛の数は6人。一人は
獲物を見つけたオレは、湖底からちびっ子参謀にテレパス通信を飛ばす。リリスの念真強度なら、トンネル内にいてもテレパス通信を受信可能だ。
(リリス、作戦開始だ。120秒後に、行き掛けの駄賃を起動させろ。)
(了解。少尉、気をつけて。)
フィンを付けた足でサメのように泳ぎ、ワニのごとく湖畔のターゲットを狙う。ワニ、じゃないな。水中メガネとフィンを脱ぎ捨てて反発力のある念真皿を水中に形成、皿を蹴って加速したオレは水面から飛び出し、鷹のようにハム公御一行に襲い掛かる!
「!!…奴の目を見るな!」
即座に反応したのはやはりヘインズ。一瞬でオレが何者かを判別し、部下達に警告する。だが、突如湖面から飛び出してきた曲者を見るなと言っても、なかなか出来るものじゃない。本能やセオリーとは真逆の暴挙だからだ。
「「「グアァァァァ!」」」
最大強度の天狼眼を喰らった部下達は、即死こそ免れたが目や耳から血を流して地に倒れ伏した。これでヘインズとハム公だけだな。
「殿下、お逃げください!……早くっ!!」
刀を大盾で受け止めたヘインズは脚立の前で呆然としていたハム公に向かって叫び、状況を理解したハム公は逃亡態勢に入った。
逃げようったってそうはいかねえ。右手一本でヘインズの相手をしながら、左手で腰に挟んだ鞭を手に取り、ハム公の足を巻き取る。足を絡め取られたハム公は、這って逃げようとしたが、オレのパワーはハム公よりもはるかに上だ。
引きずり寄せられながらハム公はがなりたてる。
「ヘインズ!鞭を切れ!早くしろっ!」
自分でやれ、自分で。腰に立派な剣を下げてるじゃねえか。ヘインズさんは、オレの相手で手一杯なんだからさ。
「この儂を片手であしらうとはなんたる怪物!うぬは鬼の子か!」
「鬼じゃない、狼だ。」
矢継ぎ早の斬擊を、体を覆うほどのサイズがあるタワーシールドで凌ぐヘインズ。公爵様の護衛役だけあって、なかなかの手練れだ。
「鬼でも狼でも、殿下だけは守る!儂は「大盾」、ブランドン・ヘインズじゃ!」
見上げた忠誠心だな。暗君に仕える忠臣ってトコか。……暗君でもないか、ハム公は戦術家としては有能な方だし。
防戦一方の忠臣をよそに、鞭を剣で切断したハム公は逃げ出そうとしたが、周囲を見て足が止まる。湖畔に面した森には同盟兵士がうろついていたからだ。
「くうっ!いったいどこにこれだけの伏兵を潜めておった!」
防戦一方の忠臣に、ハム公が答えを返す。
「……違う。これはホログラムビジョンだ。撤退する時に仕掛けておいたのだな!」
即座に見抜きやがったか。やっぱりハム公は戦術家としては優秀だな。こりゃ絶対に逃がす訳にはいかねえぞ。
「ハム公、おまえさんならもうわかってるだろうが、
サーモビジョンは風景が見づらくなる。それでも使わざるを得ないだろうがね。
「殿下!お早く!この怪物を儂が抑えている間に!」
「頼んだぞ!増援をすぐに送…」
駆け出そうとしたハム公は無様にすっ転んだ。
「殿下!!」
「なんだこれは!……砂鉄だと!?」
切断された鞭の断面から零れた鉄の砂が紐状に形を変え、ハム公の足と傍の大木を結び付けていた。
「なぜ貴様が処刑人の
「"猿でもなれる磁力使い"って本を読んだ。ヘインズさんよ、通信教育ってのは便利だな。」
タッシェが聞いたら憤慨しそうだが、ここにはいないからいいだろう。
「殿下!念真衝撃球で砂鉄を吹き飛ばすのです!」
「私は使えない!ヘインズ、なんとかしてくれ!」
さて、牽制の連擊を繰り出してる間に、終焉のチャージは完了したぞ。
「今行きます!お待ちくだされ!」
「そうか。逝ってこい……地獄へ!」
夢幻刃・終焉は自慢のタワーシールドごと、ヘインズの体を切り裂いていた。
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いい腕をした護衛役と、兵士としては大したコトがない主を重ねて肩に担いだオレは、隠しトンネル目がけて疾走する。異変を悟ったサイラス師団は救援部隊を出撃させてきたが、肝心要の
行き掛けの駄賃として湖畔の森に仕込んでおいたホログラムビジョンやスモークグレネードの影に隠れながら、
「全員いるか?」
確認しながら戦利品の二人をバイクのサイドカーに分乗させる。
「はい!隊長、撤収しましょう。」
ハム公を載せたバイクのエンジンをかけながら、シオンが答えてくれた。
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「ザインジャルガへようこそ、アリングハム公サイラス殿。俺が総督のテムル・カン・ジャダラン侯爵だ。」
「総督はジャルル・カン・ジャダランと聞いていたが?」
トンネルを出るあたりまでは取り乱していたハム公だったが、総督府に出頭する頃には落ち着きを取り戻していた。捕虜交換で帰国出来ると確信している特権階級の強味だな。
「ジャルル・カン・ジャダランは引退した。今は俺が総督だ。」
「なるほど。ジャダラン総督、ヘインズ少佐の手当てはしてくれているのだろうね?」
「現在手術中だ。必ず助けると約束は出来んが、最善は尽くそう。」
卓上電話が鳴り、テムル総督は受話器を取った。
「そうか。ご苦労だった。アリングハム公には俺から伝えておく。」
受話器を置いた総督は、ハム公に忠臣の容態を話した。
「手術は成功し、ヘインズ少佐は命を取り留めた。剣狼が手加減してくれたお陰だな。」
「ザインジャルガ医師団の努力に感謝する。剣狼に感謝する気にはなれないが、私の狭量を笑わないでくれたまえ。」
ま、災いを振り撒いた張本人に感謝は出来ないよな。別にいらんけど。
「さてアリングハム公、パーム協定に則り、貴官を捕虜として拘束する。公爵位を持つ貴官を捕虜収容所に送る訳にもいかんから、ゲストハウスを用意させた。屋敷の外に出る事は出来んが、のんびりくつろいでくれ。ヘインズ少佐も容態が安定し次第、ゲストハウスで静養してもらうつもりだ。」
「わかった。そのゲストハウスは
……!!……コイツ、思った以上に出来る。籠城前に捕らえられたのは、本当に幸運だったのかもしれない。
「……なるほど。その策を考えたのは天掛侯爵のようだな。」
テムル総督の顔色を窺っていたハム公、いや、サイラスは背後に立っていたオレの方を振り向いた。
「いい手だよ。外縁部に私がいるとなれば、元帥も曲射砲の使用をためらわざるをえない。どこに拘束されているのか、わからないからね。これから"野戦で捕らえた機構軍兵士に、私の拘束情報を持たせて解放する"といったところかな?」
「ご名答。」
「その兵士とは私が直接話そう。その方が説得力があるだろう。私も命は惜しいから、協力するのはやぶさかじゃない。」
「直筆のお手紙を書いてもらいましょう。オレの言う通りの文面でね。」
解放する兵士と会わせれば、テレパス通信で何を囁くかわかったモンじゃない。自由に文面を書かせれば、隠語で何か伝えようと試みるだろう。サイラスはそれぐらいの知恵を持った男だ。
「……キミは頭が切れるな。」
「命は惜しい、それが本音なのはわかってる。妥当な取引だろ?」
「そうだね。では少し色をつけてもらいたい。主に、ゲストハウスでの待遇面に。」
「言う通りに手紙を書いてくれれば、好きな銘柄のワインを用意させる。」
「ワインではなく、馬乳酒にしてくれ。この街の名産らしいからね。それと民族衣装を着たメイド二人、それでどうかな?」
「いいだろう。テムル総督、手配をお願いします。」
「わかった。剣狼はここに残ってくれ。アリングハム公はアトルに護送させる。」
控えの間から入室してきたアトル中佐は兵士を呼び、サイラスを連れて総督室を出ていった。サイラスが部屋を出る前に、オレの顔を見てニヤリと笑ったのが印象に残る。笑顔の意味は……いずれ借りは返す……といったところかな?
……アリングハム公サイラス、思った以上に厄介なヤツだ。謀略に長けた切れ者を捕虜交換で国へ帰すのは危険かもしれない。
だけど公爵のサイラスならガリュウ前総帥か、ウンスイ議長と交換出来るかもしれないんだよなぁ。……悩ましいぜ。
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