覚醒編11話 前総督の遺産
衛兵に引き立てられてゆくカルルの姿が地下行きのエレベーターの中に消えてから、ジャダラン少将が呟いた。
「しかし裏切りに気付いたにしても、よく物証を持ち出せたものだな。ビロン中尉はいい部下を持っていた、という事か。過去形で言わねばならんのが残念だが。」
ジャダラン少将にはタネを教えておいて構わないだろう。
「ピエールの部下にそんな気の利いたヤツはいませんよ。敵のど真ん中に放り込まれて逃げるのに手一杯、そんな余裕がある訳もない。」
「なに!? じゃああれは……」
「声帯模写の達人がアスラ部隊にいるので、作ってもらいました。本当は詳細な台詞を再現させたかったんですが、ピエールの記憶力では冒頭部分しか思い出せなくてね。ま、バルビエがボロを出してくれてラッキーでした。」
「剣狼は人が悪いな。もし、冒頭部分を聞いてもボロを出さなかったらどうするつもりだったんだ?」
「冒頭部分だけ聞かせてスイッチを切り、勝ち誇った顔でハッタリをかますだけです。"この通り、証拠は握っている。理解したなら取引だ。ゴバルスキー曹長とビロン中尉、ついでにオレにも相応の金を払え。そうすれば目を瞑ってやる"とね。バルビエは取引に応じたでしょう。そこは自信がある。」
賎しい人間は、自分と同じレベルでしか他人を推し量れない。バルビエは金で済むならと、取引に応じたはずだ。
「訂正しよう。剣狼は頭が良くて人が悪い。剣狼、軍法会議にかけられれば、カルルには銃殺刑の裁きが下るだろう。そこで一つ、頼みがある。刑の執行を、親父殿の存命中は猶予したいのだが構わないか? 無論、牢獄から出す事は許さん。」
老いた父への配慮か。気持ちはわからないでもないが……
「それはウォッカとピエール坊ちゃんに聞いてください。部下を失ったのは彼らです。」
巨漢二人が答える前に、アトル中佐が首を振った。
「テムル様、それはなりません。総督の血縁者だからといって刑を猶予すれば、新総督の治世に対する姿勢に疑義を挟む者が出てまいります。身内だから、いえ、身内であればこそ、厳正に処罰を行わねば、法の公正さを損ねます。」
苦言を呈した副官の言葉に、ジャダラン少将の表情が曇る。親子の情愛としてはジャダラン少将の言が正しいが、統治者としての姿勢はアトル中佐の言に理がある。ザインジャルガは複数の遊牧部族による連合国家だ。ジャダラン氏族を贔屓すれば、他の部族も特例を求めてくるだろう。
「……そうだな。アトルの言う通りだろう。剣狼、このアトルはな、俺とは兄弟も同然の仲なのだ。母を早くに亡くした俺は、アトルの母を乳母として育った。幼少の頃から俺を諫める、手厳しい兄なのさ。優しい姉を持った剣狼が羨ましいよ。」
「テムル様、私はあくまでテムル様の侍従。臣として主君に諫言を差し上げているだけです。」
ジャダラン少将にはアトル中佐、クシナダ姫には錦城中佐、いい統治者には優れた側近が付いている。アトル中佐は苦言を呈する、良薬なのだろう。
「良薬は口に苦し、と言いますものね。では判決に付帯事項をつけられるよう働きかけてみましょう。カルルの所業に責任を取り、ジャルル・カン・ジャダラン総督は引退。同盟はジャルル総督のこれまでの功績と貢献を鑑みて、刑の執行は前総督に一任する。判決にそんな付帯事項があれば正当性に問題はありません。ウォッカ、ピエール、それでいいな?」
「カナタに任せる。」 「俺はなにもしちゃいねえ。文句を言える筋合いじゃねえな。」
ピエールも少し物わかりが良くなったか。結構なコトだ。
「ジャダラン少将、ビロン少将を納得させるのに、いくばくかの金が必要でしょうが、お父上の為にはそうした方がよろしいのでは?」
「心遣いを感謝する。俺の事はジャダランではなくテムルと呼んでくれ。剣狼は俺の友だ。」
「はい。ではテムル総督、街の防衛計画を練りましょう。ネヴィルからこの街を守れなければ、全ては画餅と化します。」
カルルみたいな内通者候補を抱えたままで籠城戦は危険だから先に始末したが、オレの任務はザインジャルガの防衛だ。
「ああ。この街は必ず守る。父祖が築いた我らの故郷を機構軍に渡してなるものか!」
ジャダラン少将と一緒に上階行きのエレベーターに乗り込む。籠城戦の始まりだ。
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軍司令部最上階の作戦本部、新総督とオレは、アトル中佐を交えて防衛計画を策定する。
「最初に破られるとすれば、このゲートでしょう。ですからここまで引いて、このビル群まで敵をおびき寄せてからビルを爆破、倒壊させて防壁に使います。」
「兵団の朧月セツナがバルク・マウル攻防戦で使った手だな。アトル、周辺住民を退去させる手筈を整えろ。」
「ハッ!しかし剣狼殿、うまくビルを倒壊させられる工作兵が、我が街にいるかどうか……」
「オレの部下に「便利屋」ロブがいます。彼はその手の工作を得意にしている。問題ありません。」
「今後はザインジャルガでも工作兵の養成に努めねばならんな。野戦が得意なだけでは、世間は渡っていけん。浮き彫りになった課題はさておき、隠し通路をどう使うべきか……」
「隠し通路?」
「ザインジャルガ市内から平原に抜ける通路がある。親父殿が総督になった時、秘密裏に掘らせておいたものだ。無論、遠隔爆破で瞬時に埋めてしまう事も出来る。まず通路を使って奇襲をかけ、後を追ってきた敵を生き埋めにするのが上策か……」
「隠し通路の数と位置を見せてください。オレの考えていた策に使えるかもしれない。」
地図に表示される隠し通路の位置情報。ジャルル・カン・ジャダラン総督は切れ者だったらしい。この街を包囲するなら布陣したくなる場所の近くにトンネルの出口がある。隠し通路は全部で4本、そしてオレが行き掛けの駄賃を仕込んだ場所からそう遠くない位置にも、出口は存在している。
「……最高だ。奇襲をかけておいてからトンネルを爆破、それにプラスαを加えましょう。」
ネヴィルなら爆破を恐れてトンネル内への突入を思い止まるかもしれない。でも、確実に一本だけは追ってこざるを得ないようにしてやるぜ。
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テムル総督との打ち合わせを終えたオレは割り当てられた官舎に戻り、作戦概要を幹部に話した。
「隊長お一人で先行されるのですか? 危険すぎます!」
案の定、心配性のシオンはいい顔をしなかった。
「時間制限なく湖底に潜めるのは、零式を搭載してるオレだけだ。ヤツがどのタイミングで現れるかわからん以上、オレが先行するしかない。みんな、今回は作戦開始時刻が読めない作戦だ。緊張感を保てるかどうかが鍵になる。シメてかかれ!」
「「「ラジャー!!」」」
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小細工に長けたロブ隊から選抜した隊員と、幹部を引き連れてトンネルの入り口へ向かう。
秘密トンネルは、軍の物資倉庫に隠された小部屋の中に存在していた。オレはテムル総督から教えてもらったパスコードを入力し、ゲートを開く。
トンネルはちょうど騎馬武者一人が通れるだけの幅と高さが確保されていた。前総督はザインジャルガが包囲された場合、自慢の騎馬軍団による奇襲で活路を開こうと考えていたのだろう。バイオメタル技術が確立される前から、総督が頼りにしていたのは騎馬軍団だったようだ。
「オペレーション「
小型バイクに搭乗したオレが先頭を切って走り出し、同じバイクに乗り込んだ案山子軍団が後に続く。
……覚悟しな、ハム公。ロスパルナスでは逃げられたが、今度は逃がさねえぞ!
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